その30春ー2008年皐月
皐月2週・・・山荘にドリアン登場
密航者・ドリアン 知らなかったのだ。 まさかドリアンが 飛行機持込禁止だなんて。 ・ 4重に密封したドリアンは セキュリティーを通過。 だが乗り込み直前の 3回目の最終チェックで ドリアンと発覚。 ・ 積み込み荷物として 預けねばその場で ドリアンは没収とのこと。 ・ 確かに臭いが 持込禁止とするほど 嫌われているとは 知らなかった。 ・ 昨年は果肉のみ インドネシアから運んだが ついに今年は果実が 山荘にやって来た。 |
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5月9日(金)晴 居間にて |
オブジェ・ドリアン 山荘で梱包を解いて 驚いた! 硬く閉ざされていた果皮が 開き始めている。 ・ 翌日には更に亀裂が 走り5つに裂け クリーム色の美味しそうな 果肉が現れた。 ・ 甘酸っぱい香りと共に 玉葱の腐ったような もの凄い悪臭が漂う。 ・ テラスに出しておいたら 蟻や多くの昆虫が 狂ったように群がる。 だがテラス光景には 馴染まずドリアンは 浮いてしまう。 ・ 月面クレーターとして 焼いた大皿に載せ 黒縞絨毯に置いてみる。 ・ 異邦人としての オブジェとなりドリアンは 貪婪な好奇心を露にする。 月面とアンサンブル するなんて驚き! |
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山荘に実るドリアン 《山荘へようこそ 果物の王様! それでは先ず山荘一番の 老木・白梅を 御紹介しましょう》 ・ 高さ30mにもなる ドリアンの木に較べると 僅か5m程の梅の木では 物足りないのか 梅の幹に乗せられた ドリアンは落ち着かない。 ・ 「なんだか随分寒くて ここではどうも 生きていけそうもないな」 ・ そう言ったきり すっかり黙ってしまった。 大皿に乗せられた時の 饒舌なドリアンは姿を 消してしまいました。 |
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5月9日(金)晴 奥庭にて |
死への誘惑 酒とドリアン 東南アジアでは ドリアンを食べるとき 飲酒すると死に 繋がると信じられている。 ・ 古くは18世紀に 書かれた文献にも登場する。 ガスによる腹内での 異常発酵説 または高カロリーのドリアンと アルコールによる急激な 高血糖説など 様々な俗説がある。 医学的な調査もされているが はっきりした原因は わかっていない。 (Wikipediaより) ・ そこで早速昨年同様 ワインと一緒に 山荘主は食べてみました。 勿論死んでなんかいません。 これは余りにも酒と合うので 究極の快楽を 隠蔽する当局の陰謀なのだ。 |
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お帰りなさい! 一目見るなり 鎖に繋がれたまま 大きくジャンプし 立ち上がり吠える。 ・ おいおいそんなに 飛び上がったら 首が絞められて苦しいだろ! ・ 近寄ると飛びついて 全身で歓びを表す。 鎖を外そうにも歓びが激しくて 動きが止まらず 外せない。 ・ たった2週間 離れていただけで 此れ程 再会を歓んでくれるなんて 嬉しいなセブン君! |
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5月9日(金)晴 ゲートにて |
花とセブン 山荘中に漂うドリアン臭に 興味を示すかと セブンを観察したが どうやら果物には無関心。 ・ 牡丹やアイリスも 咲き乱れているので 花粉に惑わされるのではと 思ったがこれ又無関心。 ・ 花壇に近づけたら 花の下に潜り込み体を 擦りつけて 無残にも アイリスの蕾はポロリ。 ・ そうかセブンは 果物も花も興味ないか。 それじゃ猪や鹿を追って 扇山の森にでも 行くかい? |
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5月9日(金)晴 前庭にて |
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海から山へ 母船のてっぺんにある サンデッキから 前を見る。 ・ 黒ずんだ層雲と海が 上下に繋がり スコールの存在を示す。 ・ 後方には真っ白な積雲。 右手にはラグーンの 明るいブルー。 左は深い海の存在を 告げる群青。 いずこを見ても海ばかり。 ・ 広大な大海原を走り 珊瑚海に潜り スル海のど真ん中で 来る日も来る日も 海一色の日々。 ・ でも山荘で寂しく 咲き誇っているあなた達を 忘れはしなかったよ。 |
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前庭の歓迎 とても気になっていたのが 前庭の牡丹。 例年5月の1週に開花し 自らの重さに 耐えかねて雨と共に 直ぐ散ってしまう牡丹。 ・ 未だ咲いていたんだ。 間に合ったね! 今年の冬が寒かったから 開花が遅れたんだ。 ・ でも何だか今年の牡丹は 花が小さいね。 よし今年は根を掘り出して 土を入れ替えて 新たな大地を プレゼントしよう。 ・ そうだその前に鉢植えの 君子蘭の土を替えねば。 |
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5月9日(金)晴 前庭にて |
牡丹の蠱惑 15年前 山荘の君子蘭は1鉢。 それが年々の 株分けで今年はついに 15鉢にもなってしまった。 ・ やっと君子蘭の15鉢を 各部屋の出窓に 置いて窓から見下ろすと 牡丹がニッコリ! ・ 『次の土の入れ替えは わたしの番ね』 そう言って微笑まれては 来週こそ最優先で 入れ替えねば! ・ それにしても なんて美しい微笑み! |
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5月9日(金)晴 前庭にて |
アイリス深奥 ドキッ! 隣のジャーマンアイリスが 妖しく花びらを広げ 僅かな隙間から 蠱惑的な 姿態を覗かせる。 ・ 華麗な色彩に 拒絶的な冷たさが 潜んではいるものの この彩と文様は 珊瑚海の生命そのもの。 ・ 牡丹の隣で 寡黙に咲いている アイリスは陶房工事で 邪魔になり 牡丹の横に移植。 ・ 今は石卓のぐるりに 広がり正に前庭を 飾る女王。 ・ 珊瑚海と山荘の生命を 結びつけたのは ドリアンの強烈な香り? |
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森を彩る紫・桐 森のあちこちで 淡い薄紫の桐の花が 目立ち始めた。 ・ 10mにもなる桐は 梢に花を付けるので いつも森の高い所にしか 紫を見せない。 ・ その10mの梢が ひょいと姿を見せた。 急峻な竹森川の畔を走る 道路から川を 見下ろすと目の前に 桐の淡い薄紫。 ・ 川床から10mも延びて 人目につかぬ梢に 咲いたのに丸見え。 |
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5月11日(日)雨 竹森川にて |
森を彩る紫・藤 その桐はセブンの家の 近くにあってここで セブンを鎖から開放し いつも朝トレーニングに 出かけるんだ。 ・ で、セブンと走り出すと 藤の濃い紫もそこかしこに。 雨に濡れて 中々風情あるね。 ・ 藤は自然な森にしか 見られないんだ。 藤は木に巻きついて 幹を変形させ 樹冠で繁るので 樹木の光合成を遮る。 ・ 幹の変形した木材は 売れないし 光合成を奪われた木は 育たない。 ・ そこで樵は見つけ次第 切ってしまうんだよ。 桐は優れた木材として 大切にされるけど 藤は可哀相だね。 |
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巨大な藤の根 足の短いセブンが 立ち止まって巨大藤蔓を 飛び越えるか潜るか 思案する。 ・ 日本の藤は2種類あるが こいつは山藤だな。 野田藤と どう区別するかって? ・ そりゃ簡単さ。 木への巻きつき方で 解るんだ。 良く見てご覧。 こいつ幹に左巻きで 巻きついているだろ。 野田藤は右巻きなんだよ。 ・ セブンが問いかける。 「右巻きと左巻きと どう違うの?」 誰も知らないんだ。 多分藤自身も知らないんだ。 ・ でもきっと理由が 在るんだろうね。 遺伝子に組み込まれた その解を得るには まだまだ途は遠いね。 |
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森の石楠花 鬱蒼とした常緑樹の森に 華やいだ薄いピンクの 光が点在する。 ・ 山荘の石楠花はもう 疾うに咲き終えたのに 東森では今が満開。 ・ 3m近くもある大きな 石楠花がそこかしこに 咲き乱れ 森影を仄かな光で 淡く彩る。 ・ 山荘周辺に広がる 広大な森の中で 石楠花は此処でしか 見られないんだ。 どうしてだろうねセブン? |
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5月11日(日)雨 東森にて |
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美味しそう!山採薇 ヤマドリゼンマイ 東森の長ーい林道を 抜けると鉄塔山の コルに出る。 コルに出る瞬間は いつも胸が高鳴る。 ・ ヒマラヤの深奥部 フーシェ谷の村から 1週間もかけてやっと 辿り着く峠。 ・ 急峻なガンドコロ峠は そこに立った瞬間 人生の価値観を一変させる 迫力ある峠である。 ・ 目の前に突然屹立する 世界第二の高峰K2に 圧倒され言葉を失うのだ。 ・ だが地図にも無い この小さな峠には ガンドコロ峠に劣らぬ 魅力が在る。 その1つがこの薇である。 |
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私は誰でしょう? 巧妙な罠を仕掛け 生殖を実現する知恵者。 ・ 雄花の長い仏炎包の下部に 小さな穴が開いていて 花粉を沢山着けた昆虫は この孔から脱出する。 ・ しかし雌花には この孔が無く 逃げようと上に向かう昆虫は 雌蕊の上にある 鼠返しのような突起に 阻まれ落下。 ・ 結局脱出出来ず 死の最後の瞬間まで足掻き 花粉を雌蕊に 擦り続けながら死ぬ。 ・ この罠の欠点は 昆虫が最初に雌花に 入った場合である。 生殖は成立せず虚しく 昆虫は死ぬのである。 ・ この両側に耳朶が着くと お馴染み耳型天南星。 そうこれは蝮草です。 |
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惑星に生命誕生 生命の影すら見えぬ 赤茶けた 荒涼たる大地に パラボナアンテナのような 翼が開いた。 ・ 月面に人類の種子を 蒔いたら きっとこんな風に発芽 するのだろう。 ・ この枝豆の芽が 大きく育ち開花し 結実するには多くの困難が 待ち受けている。 ・ この美味しそうな芽を 地中に潜む昆虫が 虎視眈々と狙っている。 昨年はそれでほぼ全滅。 |
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5月12日(月)曇 西畑にて |
マルチ栽培 西瓜の苗は移植に弱く 枯れやすいので 接木苗が多い。 ・ 生命力の旺盛な夕顔に 接木するがそれでも 水分が不足すると 直ぐ枯れてしまう。 ・ 週末農業では 毎日の散水は不可能。 今年も西瓜、メロンの苗 十数本を枯らしてしまった。 ・ 仕方なく黒ビニールで 大地を覆いマルチ栽培で 育てることにした。 ・ 環境汚染の元凶となる 黒ビニールの再利用可能法を 視野に入れて 枯葉を沢山詰めて さあ!今度こそ育っておくれ。 |
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5月12日(月)曇 西畑にて |
ミニ温室・低温対策 野菜とは思えぬ 硬く太い茎に美しい花を 咲かせる アフリカ原産のオクラ。 ・ これも苗は寒さや 水不足に弱く直ぐ枯れる。 マルチは大地からの 水分蒸散を防ぎ 雑草の発芽を抑え 保温効果もあり正にMulti。 ・ だがオクラは葉そのものが 冷気に弱くマルチでは 対応出来ない。 ・ そこで今年は初めて ミニ温室をペットボトルで 作ってみた。 頑張れアフリカ君! |
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5月12日(月)曇 西畑にて |
トマト開花 500年もの昔 アンデスから世界への 旅を始めたトマト。 ・ 毒々しい赤や 有毒植物・ヘラドンナに 似てることもあって 世界各地で有毒とされ敬遠。 ・ イタリアの貧民層が 食用にしたり 米国の町の裁判所前で 無毒を証明するため 食べた人が現れたりして やっと食用になったとか。 ・ 今では医者要らずとの異名。 「トマトが赤くなると 医者が蒼くなる」とさえ 言われるとか。 ・ 山荘での夏野菜の主役 だから沢山実を 着けておくれ。 |
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5月12日(月)曇 西畑にて |
大地を裂いて 固体生命の あらゆる情報を小さな カプセルに押し込み種子を 成す発想は DNAを操作する創造主の アイディアだろうか? ・ このカプセルは生命の 存在を許さない 苛酷な自然条件を 難なくクリアーし 遥かなる時の流れにさえ 超然と立ち向かう。 ・ 小さな小さな春菊の種が 僅か2週間程で 大地を突き破り芽を吹くと ほんとにあの時の 小さなカプセルか? と問わずにいられない。 |
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5月12日(月)曇 西畑にて |
もう直ぐ収穫! マイナス10度の寒さに 耐え春を迎えた途端 グングン成長して こんなに大きくなりました。 ・ 1本抜いて 葉を茹でて酢味噌で 食べたらうっとり! ・ なんて滑らかで 優しい味なんだろう。 勿論球そのものは 新玉葱のサラダにして クレソンや春菊と一緒に 生で食べたんだ。 ・ 玉葱はローマ時代に 栽培されたとか。 西瓜は中央アジアで オクラはアフリカ トマトは南米で 春菊は地中海 玉葱がイタリアで・・・・。 山荘の畑は世界地図だね。 |
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5月12日(月)曇 西畑にて |
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すくすくと大きく 折角バリアーを築いて 池の鯉達から 守ってやったのに バリアーの隙間を越えて 沢山のお玉杓子が 池に進出。 ・ どうなったか気になって 池を覗いたら バリアーから越境した 果敢なパイオニア達は 最早影も形も無い。 ・ 全部食われてしまったのだ。 それでも後に続く パイオニアがいるから 未来は開かれるんだろうね。 ・ バリアー内の枯葉を捲ると 水中から続々と 出てくるお玉杓子。 ・ もうすっかり一人前の お玉杓子だね。 君達だけでも元気に 育っておくれ! |
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ずぶ濡れ 雨の森で 手術をした右アキレス腱は どうにか朝トレーニングに 耐えているが 3週間前に痛めた左が 回復しない。 ・ スル海のDVで10日程 走らなかったので そろそろ大丈夫かと マニラの市街で軽いジョック。 そこで左アキレス腱痛再発。 ・ 雨の森をセブンとゆっくり 鉄塔稜線まで 登ったのだがやはり無理。 痛みは更に酷くなり。 ジョックも出来ない。 ・ ずぶ濡れのセブンが 心配そうに見つめる。 「どうしたの? 僕と走るの嫌いになったの?」 ・ 「そうじゃないんだ!」 その先の言葉に絶句する。 この事実をセブンに 伝える術を持っていない事に 改めて気付き 愕然とする。 ・ 相手への想いが どんなに深くても 決して伝えられぬ事実。 永劫の ディスコミュニケーション。 |
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皐月3週・・・コラージュ・注文の多い料理店
5月17日(土)晴 森の朝食(北森にて) 注文の多い料理店異抄本 森の中に不意に現れた幻想のレストラン。 確かに誰かを招こうとしているのです。 ヒマラヤに棲む珍獣ヤクの毛で編んだ座布団までが さり気無く置かれていて静かに貴方を待っているのです。 あー行ってみたい! と思ってしまうのは私だけでしょうか? ・ 二人の若い ぴかぴかする 獣猟種の柴犬と皇室犬の交配犬・セブンをつれて、だいぶ 木の葉のかさかさしたとこを こんなことを 「ぜんたい、ここらの山は 鳥も 早くタンタアーンと、やって見たいもんだなあ。」 |
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「 横っ腹なんぞに 二三発お もうしたら ずいぶん痛快だろうねえ。 くるくるまわって それからどたっと ・ それはだいぶの山奥でした。 案内してきた専門の鉄砲打ちも ちょっとまごついて どこかへ行って しまったくらいの山奥でした。 ・ それに、あんまり山が そのセブンと名付けられた 犬はめまいを起こして しばらく それから 吐 死んでしまいました。 |
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あんまり森のテーブルが綺麗なので ちょっとだけワインを 呑んでみたいな。 |
「じつにぼくは 二千四百円の損害だ」と 一人の紳士が その犬の ちょっとかえしてみて 言いました。 ・ 犬の所有者の紳士は すこし顔いろを悪くして じっと、もひとりの紳士の 顔つきを見ながら云いました。 ・ 「ぼくはもう 「さあ、ぼくもちょうど寒くは なったし腹は 戻ろうとおもう。」 ・ 「そいじゃ、これで切りあげよう。 なあに戻りに 山鳥を 買って帰ればいい。」 |
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ワイングラスの縁に唇を近づけると なんとも言えぬいい香り。 あー駄目だ!呑んでしまおう。 美味しそうな焼きたてのパンも少しだけ食べたいな! |
白ワインを1杯赤ワインを2杯呑んだら 身体がふわふわしてひょいと飛び上がって 気がついたら 森のベンチに座っているではありませんか。 |
「 そうすれば結局おんなじこった。 では帰ろうじゃないか」 ところがどうも困ったことは どっちへ行けば戻れるのか いっこうに見当が つかなくなっていました。 ・ 風がどうと 草はざわざわ 木の葉はかさかさ 木はごとんごとんと鳴りました。 ・ 「どうも腹が空いた。 さっきから横っ腹が 痛くてたまらないんだ。」 ・ 「ぼくもそうだ。 もうあんまり あるきたくないな。」 「あるきたくないよ。 ああ困ったなあ 何かたべたいなあ。」 「 ・ 二人の紳士は、ざわざわ鳴る すすきの中で こんなことを云いました。 |
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その時ふとうしろを見ますと 立派な 西洋造りの家がありました。 そして ・
という札がでていました。RESTAURANT 西洋料理店 WILDSNAKE HOUSE 山楝蛇軒 ・ ・ 「君、ちょうどいい。 ここはこれで なかなか開けてるんだ。 入ろうじゃないか」 ・ 「おや、こんな所におかしいね。 しかしとにかく何か 食事ができるんだろう」 「もちろんできるさ。 看板にそう 書いてあるじゃないか」 |
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あれ!昔読んだ本は 確か山猫軒だったんだが 変だぞ! |
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「はいろうじゃないか。 ぼくはもう何か喰べたくて 倒れそうなんだ。」 二人は玄関に立ちました。 ・ 玄関は白い 実に立派なもんです。 そして 開き戸がたって そこに金文字で こう書いてありました。 ・
二人はそこで「どなたもどうか お入りください。 決してご ありません」 ・ ひどくよろこんで言いました。 「こいつはどうだ やっぱり世の中は うまくできてるねえ きょう一日なんぎしたけれど 今度はこんないいこともある。 |
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森が造ってくれた細長いベンチは 少し座り心地が悪いけど ちょっと高いので森をうろつくニ人が とても良く見えるのです。 |
この家は料理店だけれども ただで ご 「どうもそうらしい。 決してご遠慮はありません というのはその意味だ」 ・ 二人は戸を なかへ入りました。 そこはすぐ なっていました。 その硝子戸の裏側には 金文字でこうなっていました。 ・
二人は大歓迎というので「ことに 若いお方は ・ もう大よろこびです。 「君、ぼくらは大歓迎に あたっているのだ」 「ぼくらは両方兼ねてるから」 |
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ログハウス倉庫で誰かが呼んでいます。 どうやら珊瑚海・マジュロで ずっと前に買って来てほったらかしてある ハンモックらしいのです。 |
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ずんずん廊下を進んで 行きますと こんどは水いろの ペンキ ありました。 ・ 「どうも変な どうしてこんなにたくさん 戸があるのだろう」 「これはロシア式だ。 寒いとこや山の中は みんなこうさ」 ・ そして二人はその扉を あけようとしますと 上に黄いろな字で こう書いてありました。 ・
「なかなかはやってるんだ。「当軒は注文の多い 料理店ですから どうかそこは ご承知ください」 ・ こんな山の中で」 |
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そういえばすっかり忘れていたよ。 森の贈物のベンチもなかなかいいけど 長く座っているとお尻が 痛くなるからね。 海のお土産・ハンモックを森に出して使ってやろう。 |
「それあそうだ。見たまえ 東京の大きな料理屋だって 大通りにはすくないだろう」 二人は云いながら その扉をあけました。 するとその裏側に ・
「これはぜんたいどういうんだ。」「注文はずいぶん 多いでしょうが どうか一々 こらえて下さい」 ・ ひとりの紳士は 顔をしかめました。 「うん、これはきっと注文が あまり多くて 手間取るけれども ごめん下さいと こういうことだ」 |
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森に出たハンモックは大喜び! 早速網を広げて山荘主を乗せたまま 森とお喋りを始めました。 |
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「そうだろう。 早くどこか はいりたいもんだな。」 「そしてテーブルに ・ ところがどうもうるさいことは また扉が一つありました。 そしてそのわきに鏡がかかって その下には 長い 置いてあったのです。 扉には赤い字で ・
「お客さまがた、ここで 髪 それからはきもの の 落してください。」 ・ と書いてありました。 |
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『もう直ぐ夏なのに枝も葉も繁り放題で鬱とおしいのに どうにかならないかしら?』 と森が語ればモックは いとも簡単に山荘主に申し渡すのでした。 『枝を切って御上げなさい』 |
「これはどうも最もだ。 僕もさっき玄関で 山のなかだとおもって 見くびったんだよ」 「作法の厳しい家だ。 きっとよほど たびたび来るんだ。」 ・ そこで二人は きれいに髪をけずって そしたら、どうです。 ブラシを板の上に 置くや そいつがぼうっとかすんで 無くなって、風がどうっと 室の中に入ってきました。 ・ 二人はびっくりして 扉をがたんと開けて 次の室へ入って行きました。 |
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枝を切ろうと木のてっぺん近くまで梯子をかけて昇り 森を見回しました。 すると靴の泥を落している2人の紳士が まるではっきり見えるので思わず 笑ってしまいました。 |
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早く何か暖いものでもたべて 元気をつけて置かないと もう なってしまうと 二人とも思ったのでした。 扉の内側に、また変なことが 書いてありました。 ・
見るとすぐ横に黒い台が「鉄砲と ここへ置いてください。」 ・ ありました。 「なるほど、鉄砲を持って ものを食うという法はない。」 「いや、よほど偉いひとが 始終来ているんだ。」 ・ 二人は鉄砲をはずし 帯皮を解いて それを台の上に置きました。 |
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森の精が宿った沢山の倒木がオブジェになって 森の到る所でこんな風に潜んでいます。 仮面となった倒木の 虚ろに開いた黒々とした2つの目。 その目が鉄砲を外す2人をしっかり見張っているのも 木の上から良く見えます。 |
また黒い扉がありました。 「どうか 「どうだ、とるか。」靴をおとり下さい。」 ・ 「仕方ない、とろう。 確かによっぽど えらいひとなんだ。 奥に来ているのは」 二人は帽子とオーバーコートを 靴をぬいでぺたぺたあるいて 扉の中にはいりました。 扉の裏側には ・
「ネクタイピン、カフスボタン ことに みんなここに 置いてください」 ・ と書いてありました。 |
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扉のすぐ横には黒塗りの 立派な金庫も ちゃんと口を開けて 置いてありました。 鍵 あったのです。 ・ 「ははあ、何かの料理に 電気をつかうと見えるね。 ことに尖ったものは あぶないと こう云うんだろう。」 ・ 「そうだろう。 して見ると 帰りにここで 「どうもそうらしい。」 「そうだ。きっと。」 |
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泡を噴いて死んでしまったはずのセブンでしたが 実は飼い主が心配で森を駆け巡って 妖術の正体を突き止めようと しているようです。 |
二人は めがねをはずしたり カフスボタンをとったり みんな金庫のなかに入れて ぱちんと ・ すこし行きますと また その前に 扉には こう書いてありました。 ・
「壺のなかのクリームを 顔や手足にすっかり 塗ってください。」 ・ |
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5月18日(日)晴 妖しい藤門(上条の森にて) |
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どうもこの藤の門を潜ってから妖術が 始ったらしいとセブンは 直感したようです。 |
みるとたしかに壺のなかのものは 牛乳のクリームでした。 ・ 「クリームをぬれというのはどういうんだ。」 「これはね外がひじょうに寒いだろう。 きれるからその予防なんだ。 ・ どうも奥にはよほどえらい人がきている。 こんなとこで、案外ぼくらは 貴族とちかづきになるかも知れないよ。」 ・ 二人は壺のクリームを顔に塗って手に塗って それから靴下をぬいで足に塗りました。 それでもまだ残っていましたから それは二人ともめいめい こっそり顔へ塗るふりを しながら喰べました。 |
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5月17日(土)晴 妖松(北森にて) |
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それからこの松も妖しい。 2人の紳士の心性の卑しさを見抜いて 懲らしめる妖術をかける 作戦に加わっているのだろう。 |
それから大急ぎで 扉をあけますと その裏側には ・
と書いてあって「クリームを よく塗りましたか 耳にも よく塗りましたか」 ・ ちいさなクリームの壺が ここにも置いてありました。 「そうそう ぼくは耳には塗らなかった。 あぶなく耳に ひびを切らすとこだった。 ここの主人はじつに 用意 ・ 「ああ、細かいとこまで よく気がつくよ。 ところでぼくは早く 何か喰べたいんだが どうもこうどこまでも 廊下じゃ仕方ないね。」 するとすぐその前に 次の戸がありました。 |
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妖術に掛けられた2人の紳士が 何度もじっと見つめていたのは苔生した倒木に生えた 猿の腰掛でした。 どうもこのこの茸は金色の文字らしいのです。 |
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「料理はもうすぐできます。
そして戸の前には十五分と お待たせはいたしません。 すぐたべられます。 早くあなたの頭に 瓶 よく ・ 金ピカの香水の瓶が 置いてありました。 二人はその香水を頭へ ぱちゃぱちゃ振りかけました。 ・ ところがその香水は どうも 「この香水はへんに酢くさい。 どうしたんだろう。」 |
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本当は酢ではなくて仄かな藤の香り のはずなのですが 藤も心性の卑しい2人の紳士を懲らしめようと妖術に 加わっているらしいのです。 |
「まちがえたんだ。 下女が まちがえて入れたんだ。」 二人は扉をあけて 中にはいりました。 扉の裏側には 大きな字で こう書いてありました。 ・
・「いろいろ注文が多くて うるさかったでしょう。 お気の毒でした。 もうこれだけです。 どうかからだ中に 壺の中の塩をたくさん よくもみ込んでください。」 |
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5月18日(日)晴 戸惑う犬(上条の森にて) |
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妖術にかかり森の奥に消えてしまった 2人の紳士に向けて セブンは懸命になって吼えました。 |
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なるほど立派な 青い瀬戸の塩壺は 置いてありましたが こんどというこんどは 二人ともぎょっとしてお互に クリームをたくさん 塗った顔を 見合せました。 ・ 「どうもおかしいぜ。」 「ぼくもおかしいとおもう。」 「 いうのは向うが こっちへ注文してるんだよ。」 ・ 「だからさ 西洋料理店というのは ぼくの考えるところでは 西洋料理を、来た人に たべさせるのではなくて 来た人を西洋料理にして 食べてやる こういうことなんだ。 |
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微かに犬の遠吠えが届いたようで 2人の紳士はついに 森の妖術に気付いたのです。 |
これは、その、つ、つ、つ、つまり ぼ、ぼ、ぼくらが……」 がたがたがたがた 震えだしてもうものが 言えませんでした。 ・ 「その、ぼ、ぼくらが、…うわあ」 がたがたがたがた震えだして もうものが言えませんでした。 「 ・ がたがたしながら一人の紳士は うしろの戸を どうです 戸はもう 動きませんでした。 |
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しかし遅すぎたのです。危険はもう目の前に 迫っています。 1m25cmもある大きな森の山楝蛇(ヤマカガシ)が 大蛇に変身して2紳士を 呑み込もうとしてます。 |
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奥の方にはまだ一枚扉があって 大きなかぎ穴が二つつき 銀いろのホークとナイフの形が 切りだしてあって ・
と書いてありました。「いや、わざわざご苦労です 大へん結構にできました。 さあさあおなかに おはいりください。」 ・ おまけにかぎ穴からは きょろきょろ二つの 黒い こっちをのぞいています。 ・ 「うわあ」がたがたがたがた。 「うわあ」がたがたがたがた。 ふたりは泣き出しました。 すると戸の中ではこそこそ こんなことを云っています。 |
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この黒い目玉に睨まれたら もう駄目です。 この薄ぺらな板戸を突き破れば2人は一呑みで 一巻の終わりです。 |
「だめだよ。 もう気がついたよ。 塩をもみこまないようだよ」 「あたりまえさ。 親分の書きようが まずいんだ。 ・ あすこへ いろいろ注文が多くて うるさかったでしょう お気の毒でしたなんて 書いたもんだ」 ・ 「どっちでもいいよ。 どうせぼくらには骨も 分けて 「それはそうだ。 けれどももしここへ あいつらが はいって来なかったら それはぼくらの責任だぜ」 |
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木の上から見ていてももう気が気ではありません。 あの大蛇は山荘の巣箱の卵や雛を 狙って何度も凄惨な殺戮を 繰り返した殺しのプロで手下も 沢山いるんです。 |
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「呼ぼうか、呼ぼう。 おい、お客さん方 早くいらっしゃい。いらっしゃい。 いらっしゃい。 お 菜っ葉ももうよく塩でもんで 置きました。 ・ あとはあなたがたと 菜っ葉をうまくとりあわせて まっ白なお皿に のせるだけです。 はやくいらっしゃい」 ・ 「へい、いらっしゃい いらっしゃい。 それともサラドは お そんならこれから火を起して フライにしてあげましょうか。 とにかく早くいらっしゃい」 |
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ありゃ! なんと山荘主が焼いた大皿までが 森の妖術に加わって 特別出演してるではありませんか? |
二人はあんまり 心を痛めたために 顔がまるでくしゃくしゃの 紙屑 お互にその顔を見合せ ぶるぶるふるえ 声もなく泣きました。 ・ 中ではふっふっと笑って また 「いらっしゃい、いらっしゃい。 そんなに泣いては 流れるじゃありませんか。 ・ へい、ただいま。 じきもってまいります。 さあ、早くいらっしゃい」 「早くいらっしゃい。 親方がもうナフキンをかけて ナイフをもって 舌なめずりして お客さま方を 待っていられます」 |
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水玉模様の大皿も特別出演に大張り切りで 『さあ!諦めてお皿にお乗りなさい』と 2紳士の恐怖を煽ります。 |
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二人は泣いて泣いて泣いて 泣いて泣きました。 そのとき後ろからいきなり 「わん、わん、ぐゎあ。」 という声がして あの獣猟犬のセブンが 飛び込んできました。 ・ たちまちなくなり セブンはううとうなって しばらく室の中を くるくる また一声 「わん。」と高く いきなり次の扉に 飛びつきました。 戸はがたりとひらき セブンは吸い込まれるように 飛んで行きました。 |
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どうです。 あのセブンの勇ましいこと。 顔中に枯葉や蔓を絡ませながらも果敢に 藪に突っ込み 大きな山楝蛇に向かって怯むことなく 襲いかかったのです。 |
その扉の向うの まっくらやみのなかで、 「しゅー、しゅー、しゅー」 という荒々しく息を吐く 音がして それから藪が しゅるしゅる鳴りました。 ・ 室は煙のように消え 二人は寒さにぶるぶる震えて 草の中に立っていました。 見ると上着や ネクタイピンは あっちの ぶらさがったり こっちの根もとに ちらばったりしています。 ・ 風がどうと 草はざわざわ 木の葉はかさかさ 木はごとんごとんと 鳴りました。 |
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ほら見てご覧! あの時紳士が置いていった上着や靴や財布や ネクタイピンが今でも森に残っていて 鳴子百合になったんだ。 それで時々 あの《注文の多い料理店》のお話を聞かせてくれるんだよ。 |
5月17日(土)晴 読書の終わり(北森にて) セブンがふうとうなって そして後ろからは 「 二人は 「おおい、おおい、ここだぞ早く来い。」と叫びました。 ・ そこで二人はやっと安心しました。 そして猟師のもってきた ・ しかし、さっき一ぺん紙くずのようになった二人の顔だけは 東京に帰ってもお湯にはいっても、もう元のとおりに直りませんでした。 《コラージュ協力者》 注文の多い料理店:宮沢賢治、特別出演:獣猟犬セブン 人物撮影:村上映子、演出:山荘主 |
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皐月4週・・・ぴっかぴっかの生命
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森の散歩行く? あのね、先生がね お散歩に 連れてってくれるんだって! ・ ぼくはね 先生と走りっこして かくれんぼもするんだよ。 ・ 俺なんか 今朝も一緒に 先生と走ったんだぜ。 猪も出たし 鹿の足跡なんか てんで凄いぜ! ・ ふーん 僕も見れるかな? ・ 甘ーい恵太は 散歩を3歩と勘違い していたのです。 3歩どころか実は 恵太にとっては 無限に続く試練だったのです。 |
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むずむずする! あれっ! むずむずする。 ・ 何処が? そういえば 恵太は靴下なんか いつもは履かないもんな。 ・ こっちもこっちも。 ・ どれどれ。 なにも入ってないじゃん。 パンツの中か? ・ おんぶ! おんぶして! ・ ついに恵太はお尻を 出してお父さんに直訴! どうもこれは恵太の 作戦のようです。 実に恵太はクレバーなのだ。 セブンは閑で閑で お昼寝。 |
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うぁーいヤッター! どうして 上に行くの? もう下にいこうよ。 ・ あのな 山に来たらな どっちに行くかは 山の隊長さんが 決めるんだ。 ・ ふーん、でも 下の方が楽だもん。 おんぶ! ・ よし、それじゃ 帰りは恵太が お父さんを おんぶするんだぞ。 ・ 恵太「・・・・ 」 ・ ついに恵太は 恵太専用の 登山電車を手に入れ 得意満面。 それにしてもお父さんの 笑顔が素晴らしいね! |
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カオスとコスモス 緑がいっぱいで 森の香りが 眠気を誘うわ。 ・ それにこの 背中の緩やかな 母の律動が プリミティブな 夢の世界へいざなうのよ。 ・ つい7ヶ月前に 私が棲んでいた懐かしい 葉子さんの肉体。 生命のカオスの 海になって再び私に 呼びかけるの! ・ DNAのカオスの 世界から 半年前に出てきたばかりの 綾ちゃんは 未だプリミティブな世界に 属していて きっと行ったり来たり しているんだね。 |
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緊張の降り 枯葉の降り積もった 急斜面は とても滑りやすく 転倒し易いのです。 ・ で、もし転倒したら 肩車に乗った恵太も 寝台車に乗った 綾も大怪我を するかも知れません。 ・ でも恵太も綾も そんな心配は 全くしないのです。 ・ 私たちのお母さんや お父さんが そんな失敗をする筈は 決してないと 信じているのです。 ・ その揺ぎ無い 親子の信頼があって ぴかぴかの生命は 初めて 未来への旅が 可能になるのです。 |
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母は強し! 3歳4ヶ月の恵太を 森の散歩に 連れていくのは 最初からの計画でした。 ・ 綾は未だ 7ヶ月だから兄が 森の散歩をしている間は 山荘お留守番かな。 ・ と思っていたのだが 当然という顔をして 母の葉子さんは 綾を背負って出発。 ・ やおら森の 小枝を拾い杖にして スイスイ登り ついに葉子さんは 山荘での森散策最年少 新記録を樹立したのです。 ・ 生まれて僅か7ヶ月の 生命が山荘の森の 洗礼を受けたなんて 嬉しいな! ・ 《綾ちゃん ようこそコスモスへ!》 |
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爆睡恵太 出発前 張り切っていた恵太は 即ダウン。 ・ お父さんの肩車の 乗客になってからも 枝や葉が 泣き虫恵太の顔に触れる。 森がちょっかい出して からかうんだ。 ・ 恵太は半べそ。 「もういやだ、帰る!」 ・ でも森から出る頃は すっかり爆睡。 落ちないように お父さんの顔に巻きつけた 腕は決して 離しませんでした。 |
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5月24日(土)曇 西森出口にて |
母のスペアリブ! 温泉に行って 散歩の汗を流して 食材を仕入れて山荘に 戻ると スペアリブのいい匂い。 ・ オーブンを2段にして 上下に並べた スペアリブはぷちぷちと 弾けながら 僅かに焦げ目が付き始め 美味しそう! ・ さあ、乾杯だ! スペアリブに齧り付く。 「あのこれ私じゃなくて 私の母が仕込んだんです」 ・ 2人の子育てに 忙しい娘のために スペアリブを仕込んでくれた 葉子のお母さん。 20年前の 美しい笑顔が浮かぶ。 |
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綾ちゃんの冒険 「わーこのビール すごく美味しいわ! でも強そう」 とミッチー。 ・ 「口当たりが良くて ワインのような感じね」と 葉子さん。 ・ 昇さんは 「なんだか色々な スパイスの味がして こんなビール呑んだ事 ないですね」 ・ 綾ちゃんは そんな会話が飛び交う テーブルから脱出し 一人、旅に出ようと決心し 秘密の暗い通路を 這い這いし始めました。 ・ カオスの深い闇から 光を浴びて コスモスへ歩み始めた 綾ちゃんの 好奇心に満ち満ちた瞳。 |
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肉よりスリッパだわ! 恵太は スペアリブに 喰らい付いたまま 妹の旅立ちを じーっと見つめています。 ・ 綾ちゃん何やら発見! 「あら、美味しそうだわね」 とスリッパに手を かけました。 ・ 会話に夢中になって 足元に綾が居るなんて 全く気づかない山荘主は 驚いたのなんの! ・ 綾ちゃんが手を かけたのは山荘主の スリッパだったのです。 ・ 綾ちゃんの折角の発見を 見守ってやろうと そっと 山荘主はスリッパを 脱ぎました。 |
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おいしいわ! 「なにかしら? ちょっと硬くて 不思議な匂いがするわ」 ・ 「掴んだだけでは さっぱりわからないわ。 随分大きくて わたしの体の半分近くも あるかしら?」 ・ 「そう、一番確かなのは やっぱ嘗めてみることよね。 そうすれば お母さんのおっぱいより 美味しいかどうか 直ぐわかるわ」 ・ あっ、いけない! 綾はほんとに スリッパを嘗め始めました。 |
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5月24日(土)曇 食卓下にて |
旅路を邪魔する兄 暗いテーブル下を 出ると 果てしも無く広ーい 世界に出ました。 ・ 手と足を 精一杯に突っ張り 四つん這いになって ゆらゆらと揺れながら それでも少しずつ 綾は前進し始めました。 ・ スペアリブを 両手でしっかり持ったまま の恵太に 行く手を遮られ 綾は 生まれて始めての 『最初の絶望』を 体験します。 ・ 「あら!進めないわ。 もしかすると 思いのまま生きるって 難しいのかしら?」 |
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哀しみに流離う綾 永劫の輪廻と鳥葬を 描いたチベットの大型油絵 《時空的渚》を 目指すかのように 油絵の架かった壁面に 向かって 五体投地を繰り返す綾。 ・ 綾のカオスなる肉体が 本能的に嗅ぎつけた 遥かなる聖地への旅。 ・ その聖地を大型油絵に 見出した綾の旅は 恵太の出現により中絶を 余儀なくされた。 ・ 聖地に背を向け 哀しみのアリアを歌う綾。 |
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5月24日(土)曇 ヒマラヤ石棚下にて |
ヴィーナスを愛でる兄 初めての綾の 旅立ちに 兄としての教訓を 与えたのか それとも単なる嫌がらせか 解らぬが そう、しつこくも無く 恵太は綾を解放し再び スペアリブに専念。 ・ 後ろの大型油絵前の ヴィーナスにやおら興味を 示し接近する恵太。 ・ なにやらヴィーナスの 胸を撫で お尻を触り思案している。 ・ 「うん、もしかすると 人生のパスワードは この辺にあるのか?」 |
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5月24日(土)曇 絵画前にて |
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ワイン最高! バニラ棒を入れた ボルネオのラム酒を たっぷり効かせた 山荘特産スィートポテト。 ・ こいつにホイップした 生クリームを トッピングし貝皿に 盛り付ける。 ・ 更にドライマンゴの ワイン漬けに ヨーグルトを添えて 切り株トレイに乗せる。 ・ ミッチーが 「こいつワインに合うわ」 とドライの赤ワインを ぐいとあける。 ・ 恵太が心配そうに ミッチーをうかがう。 ・ 「イエーイ! ワイン最高!」 |
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ぴっかぴっか生命 「200本目は紅海 300本目は中米のココ島で その時のTシャツなんだ」 と山荘主が ログにピンで留めた サイン入りのTシャツを 指差す。 ・ 葉子も倫子も昇さんも ダイバーで前に グレートバリアリーフで 潜ったことがあるとか。 ・ それじゃ話は早い。 ダイバー3人が集まって はい!パチリ。 ・ さて恵太や綾は 将来海に恋焦がれるか 山に熱中するか? はたまた研究者になって 世界に羽ばたくか? ・ ぴっかぴっかの生命が 眩しくて 瞳がくらくらするような 1日でした。 |
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雲海上の山荘 スイッチを押す。 グイーンと低い唸りに 混じって 甲高い悲鳴のような 金属音が長く尾を引く。 ・ 2度、3度悲鳴が続くと 徐々に光が闇を 切り裂き金属で 固く閉ざされた扉の外に ゆっくりと カオスの海が現れる。 ・ コスモスを厚く濃密な 雲海が覆い 総てをカオスに回帰 させんと蠢く。 ・ 山荘の電動シャターを 開く瞬間は いつも新たなる世界への 期待に胸が高鳴る。 |
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せり上がる雲海 肉体の内部に 生命のスープとして潜み 10ヶ月のカオスを経て 生まれでた綾。 ・ その小さな肉体の 殆どがカオスでありながら 綾は1つの確信を持って 旅に出ようとする。 ・ 昨日の綾が認識していた 世界は カオスに浮かぶ 僅かな陰影でしかなかった のかも知れない。 にも拘らず揺ぎ無い 確信を抱く綾。 ・ 山荘の体内から 綾のように怖ず怖ずと 今私は 窓外のカオスの陰影を 見つめる。 |
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呑みこまれる世界 ほら見てご覧! 認識の断絶が目前で 壮大なドラマを 演じているよ。 ・ ミッチーが属する世界が 否応無しに 押し付けてくる認識に 押し潰されては いけないよ。 ・ 世界と自らの間に 本質的な違和感を 抱いていたのは 決して間違いなんかでは なかったんだ。 ・ この奇跡的なドラマを ミッチーにも見せて あげたかったな! こんなドラマは山荘でも 滅多には見られないんだ。 |
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迫り来る氾濫 執拗な氾濫は 繰り返し村々を押し流し 河の広大な流域に 沖積土をもたらし やがて破壊を 豊穣へと変える。 ・ 破壊された跡に残された 沖積土は作物を 豊かに実らせ豊穣を もたらすのだ。 ・ カオスによる認識の断絶は 沖積土に代わる 意識変革を生み出す。 ・ 山荘が繰り返し深い雲海に 包まれカオスとなって リセットされるのは 氾濫と豊穣の彼方への 旅立ちを促しているのだ。 |
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・ 人類は豊穣と氾濫の座標平面に 新たなる座標軸を直交させ3次元空間を獲得し 知的存在への一歩を踏み出した。 ・ 3次元座標軸に刻まれた最初の目盛はメソポタミア エジプト・インダス・黄河文明であった。 更にメソアメリカ、アンデス文明を知的存在は加え 豊穣と氾濫の彼方・コスモスへの旅を開始した。 ・ さあ!綾のように 臆せず 私もコスモスへと旅立とう。 |