ランカヤン・ダイビング

珊瑚海・生命への旅

            珊瑚海・・・・・・・もう1つのヒマラヤ

其の10




Lankayan
         撮影日:2007年3月  場所:ボルネオ・ランカヤン    
                      撮影or編集:坂原忠清


R ランカヤン(マレーシア)


相対評価・・・《》最高、《》良い、《》並、《》やや悪い、《》悪い
珊瑚の成育 透明度 魚影 静けさ(ダイバー数) 周辺環境(汚染等)

総合評価・・・《



少年の冒険心を激しく揺さぶり
身も心も奪い去る幾つかの地名の1つに《ボルネオ》があった。
熱帯雨林のジャングルに覆われ
死肉の色彩、質感に酷似し腐臭を放つ巨大な花ラフレシアが咲き
限りなく人間に近いオランウータンが棲息する《ボルネオ》
この地での2度目のダイビングで
少年は還ってくるのだろうか?





赤道直下に位置する
ボルネオ島上空で
氷の鳥達が
飛行機の翼上を
舞い始めた。

ワインの呑みすぎで
幻覚が現れたのか?
眼を擦ってもう一度
しっかり見つめる。

そうだ!
昨年もボルネオ上空で
氷樹に遭遇したんだ。

これは熱帯雨林の
遠い昔の少年に対する
歓迎の舞なのか?
それとも
飛行機の窓に結露した
単なる氷?
氷の鳥



森の人

ボルネオ島北部の
サンダカンから
熱帯雨林に入った。

午後3時セピロクの森は
ねっとりした大気と
気怠いしじまに包まれる。

森の奥で何かが動いた。
くるりと回転して
木の裏から
オランウータンが姿を
現わした。

3時の食事時間と場所を
覚えているのだ。

火の見櫓のような高台で
リハビリセンターの
飼育係が
バナナを振りかざす。
じーっとバナナを見つめ
考える。

あまりにも人間の表情。
いや多分人間なのだ。

我々と共通の言語を
持たないだけの
ことなのだろう。

オランとはマレー語で人
ウータンは森
つまり「森の人」

類人猿は
アフリカで産声を上げ
知への途を歩み始めた。

オランウータンのみ
アフリカと遥か離れた
この地ボルネオで生まれた。
ボルネオは
もう1つの知の生誕地。



森に張られた1本の綱に
飛び移り
火の見櫓のバナナを
目指して空中を走る。

森人は単独行動が多く
樹上生活者なので
発見が非常に難しく
人目に触れることは
殆ど無い。

森人の出産間隔は
霊長類では最も長く
6年〜9年で人間より長い。

単独、樹上生活
慎重な出産、いずれも
森人の繊細な精神の表出
なのであろう。
ここセピロクでは
病んだ森人を療養している。
繊細な森人



クアラルンプールまで
8時間飛び続け
国内線に乗り換え
ブルネイ近くのラブアンへ。
更にコタキナバルへ飛び
翌早朝のフライトで
サンダカンへ。

そこからスル海を
高速艇で2時間
飛ばしに飛ばしやっと
ランカヤン島着。

辺りに島影、船影無し。
まさに絶海の孤島。
1周15分程の小さな島で
ぐるりは白砂の浜。
この島には
唯1つのリゾートしかない。

夜には海亀が産卵で
上陸して来る。
絶海の孤島



シンデレラ海牛
ヒプセロドリス・ボロッキィ

《息を呑む》

その美しさは他に
喩えようが無い。
これ程までに神秘的な
美しさに満ちた生命体に
出逢ったことが過去に
あっただろうか?

この海に魂を奪われた
ダイバーは
小さないとほしい生命を
シンデレラと呼んだ。
前二本の角は触覚。
後方6つの角は鰓で
中心部に肛門がある。
肛門の更に後の縁が
動いて足の機能を果たす。

この生命の正体は何か?
軟体動物であることに
先ず異存は無い。
口と肛門、腹、足が
あるので門腹足網。
両方合わせて
軟体動物門腹足網。


更に後方に鰓があるので
後鰓類に属す。
でどんな仲間に入るかと
言うと
実は巻貝なのである。
氷海で優雅に泳ぐ天使
クリオネの仲間なのだ。



Jorunna funebris

「海の宝石」・海牛は
小さいがとても目立つ。
単にカラフルなだけでなく
光海牛などは発光までして
更に目立つ。

つまり本人は
警戒色のつもりなのだ。
しかし当然多くの魚は
警戒なんぞ無視して
捕食しようとする。

そこで海牛は考えた。
磯巾着の毒を体に入れて
盗刺胞を造り
食べられないようにする。
海綿の骨片を体に入れて
食べられ難くする。

それでも食べられる。
昭和天皇が3度も
試食した話は有名である。
ヨルンナ・フネブリス



Chromodoris annae

男が化粧し
女が格闘技に挑むなど
人間界も性差が小さくなり
ユニセックス化現象が
そこかしこで見られる。

海牛は完全な雌雄同体で
雌雄のフェロモンを出して
互いを惹きつけ合う
ようなことはない。

全く同一でありながら
交尾し産卵するのである。
唯別の固体であるなら
誰彼構わず
交尾するのだ。

総ての人間が乳房と
ペニスとヴァギナを
持っていて遺伝子のみの
交換を目的とした交尾を
想像する。

海牛の美の所以は
ユニセックスにあるのか?
クロモドリス・アンナエ



Hypselodoris bullockii

より美しくなる為に
男が化粧を始めたように
競って
海牛は美の追求を始める。
やがて雄も雌も
美の極致に達し
美醜によって交尾相手を
選ぶ意味を失い
雌雄の区別さえ必要と
しなくなる。

そうなると交尾は
遺伝子の交換以外の意味を
持たなくなり
唯美しさのみが
虚しく孤立する。

そう思えば
ボロッキィさんの美も
納得できるな!
ヒプセロドリス・ボロッキィ



前2本の触覚を
牛の角に見立てて
日本では「海牛」と呼ぶが
ラテン語では
「Dorididae」と命名。

ギリシャ神話の
海の妖精ネレイスの母
ドリスの名をとったのだ。

フランスでは
「Toritonia」
これもギリシャ神話で
海の主神ポセイドンの息子
トリトンの名に因む。

ラテンでは母
フランスでは息子と
性が異なるのも
海牛ならでは。

ドイツでは「星の巻貝」と
未だ夢があるが
イギリスでは「海のなめくじ」と
ロマンの欠片すら無い。
小疣海牛・Phyllidia pustulosa



珊瑚海の真ん中に
島があって
到る所がダイビングサイト。
ボートで出かけても
数分でDVサイトに
着いてしまい
DV後も直ぐ島に戻る

1日3本ダイビングしても
時間がたっぷりあって
読書三昧。

部屋は戸建のシャレーで
部屋のテラス前には
ハンモックが掛けられ
寝心地抜群!

たっぷりの時間と
寝心地のいいハンモックと
美しい海と3拍子揃えば
後は読み応えのある
本さえあれば天国。

さて村上春樹の
「羊をめぐる冒険」でも
読もうか?
椰子の木陰で読書



夕焼けが読書タイムの
終わりを告げると
浜辺にテーブルを出す。
よく冷やしたビアを運び
壮大な夕焼けと対峙しつつ
ビアを呑む。

ディナー前のこの
ビアタイムは中々の迫力。
否応なしに
天地創造の悠久世界へ
引き込まれていく。

赫奕たる落日が
太古からのスル海を
赤黒く染める。

こんな風にして
生命神話を繰り返し
数十億年が
流れていったのだ。
スル海の落日



勾玉のような
人魚の涙のような細長い
小さな島・ランカヤン。

この地図では幾つもの島
が描かれているが
海面下の珊瑚礁である。

この珊瑚礁が総てDVサイト
となっている。
基本DVは1日3本で
8時、11時、15時から
15分間隔で3ボートが出る。

その後はハウスリーフでの
無制限フリーDVで
好きなだけ魚になれる。

島には日本人の影無く
マレー語と英語の世界。
翌日のDV計画は
レストランに張り出され
それを見て自分の
DVを決める。
Lankayan Diving Sites



The island is guarded
by a uniit of Malaysian
Army forces
& Royal Malaysian Navy
& Marine police
at all time.

なんだこりゃ!
マレーシアの陸軍と海軍と
海上警察が
いつもこの島を守って
いるって?

そういえば海賊で
悪名高きマラッカ海峡は
マレーシアだったっけ?

朝、昼、晩と
入れ替わり立代わり
軍隊と警察の高速艇が
やって来るのは
海賊対策だったのか。
早朝の巡回



東アフリカ、モーリシャス
インド、スンダ列島
グレートバリアリーフ
ソロモン諸島に分布とあるが
今まで
お目にかかった事は無い。

是が非でも
カメラに収めなくてはと
連日虎視眈々と
シャッターチャンスを狙った。
素早しっこくて
デジカメのタイムラグを
考慮してもカメラに
入らない。

入っても動きが早いので
ピンがずれる。
数十枚撮ったがどうにか
見られるのは
これ1枚だけか。
嘴長蝶々魚・Beaked coralfish



辺りに島影、船影無し。
まさに絶海の孤島。
とくればさぞかし
透明度の高い美しい海を
想像するに違いない。

確かに海は美しいのだ。
白い砂浜の先には
何処までも透明な
蒼く澄んだ海が広がる。

だが10メートル程潜ると
ご覧のように
プランクトンが浮遊し
透明度は極端に落ちる。
酷い時は2〜3メートル。
平均でも10メートル程度

これは珊瑚海DVにとって
致命的欠陥である。
だからこそいつも
訪れる人も無く
閑散としているのだろう。
亜細亜胡椒鯛・Orifntal sweetlips



燕魚は3本の黒い縞が
背鰭から腹鰭にかけて
走り群生している。

このように巨大になると
縞は消え
単独行動になり
ダイバーを恐れなくなる。

この場所が気に入ったのか
じっと動かずこちらを
見ている。

そこにかなり大きな
白い燕魚がやって来た。
途端に素早く突進し
あっという間に
白い燕魚を追い払って
又元の場所に戻った。

自らのテリトリーだったのか。
巨大燕魚Longfin batfish



『海の薔薇』と
独逸人は呼ぶ。
色彩変化に富んだ
優雅な触手は
妖しく生命体を誘う。

一杯聞し召した殿方なぞ
ふらふらと
吸い込まれそう。
吸い込まれたが最後
優雅な触手に絡め獲られ
後は野となれ山となれ。

自らの粘液で造った棲管
と呼ばれる管に棲むが
移動も可能。

移動を目にするのは
極めて稀だというが
触手をひらひらさせて
泳ぐ姿を
見てしまった。
紫花巾着・Cerianthus filifamis



透明度が悪いので
近くまで寄らないと撮影は
出来ない。

近くまで寄っても
逃げないのは
泳げない奴か鈍い奴だけ。

仕方なく蝦蛄貝に
カメラを向ける。
透明度の高いモルジブの
蝦蛄貝が目に浮かぶ。

ほらリンクして
ちょっと見てご覧。
迫力が全然違うだろ!
蝦蛄貝文様



近づいても逃げるのが
遅い奴といえば河豚。

いつも視点の定まらぬ
在らぬ方を見ている
表情が可愛い。

体に可動性の長い棘を
着けていて
警戒すると針千本科の
本領を発揮し
棘を立て威喝する。

河豚にしては無毒なので
中部太平洋や沖縄では
食用にされる。
鼠河豚Spotfin porcupinefish



胸鰭の文様と
赤い顎鬚、目の上の瘤が
決め手でやっと
鬼笠子と同定した。
最初はてっきり
鰐鯒と思っていたので
同定に時間が掛かったよ。

同じ笠子目で鬼笠子は
房笠子科、鰐鯒(ワニゴチ)
鯒科なので確かに
似ているんだ。

鬼笠子は赤い色が
普通なのに
こいつは鰐鯒とそっくりな
色なので実に
紛らわしいな。
目の縁の涙の後のような
白い線は鰐鯒には
無いもんね。
鬼笠子・Scorpaenopsis cirrhosa



透明な波が白砂に
ひたひたと打ち寄せる。
小さな島から延びた
唯1つの桟橋が
澄んだギヤマンの海に
静かな影を落とす。

ギヤマンの海の底に
ひっそりと息衝く
あの美しい宝石達を
私は忘れない。

別れの朝はいつも寂しい。
この島に
かつての少年を追って
再び来ることは
決して無いのだ。
《Adieu!》

アデューは再会の
望みの無いものへの
最後の
別れの言葉。
Adieu !









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