山荘日記

その14冬ー2007年睦月

 


睦月1週・・・山荘の宝石達




1月1日(月) 晴 山荘ゲート

謹賀新年

数十年ぶりに
都心で元日を迎えた。

吹雪のラッセルで
明け暮れた元日の記憶
が圧倒的に多いので
些か奇妙な気分である。

早朝トレーニングで
目白通りから不忍通りへと
走り護国寺へ出る。
普段は車のラッシュだが
広い通りには車影、人影無し。
静かな元日の朝。

墓地内をジョックし
雑司が谷霊園を抜け
鬼子母神を回り
初詣とやらをやってみた。

山荘に戻ると
夕日を浴びてゲートの
『謹賀新年』が
眩しそう。



1月1日(月) 晴 座禅峠

漆黒の表示板

いつだって
無数の選択肢があって
峠の表示板には行き先が
書かれているんだけど
高度を落とした太陽が
眩しくて
今は行き先が読めない。

あのモノリスのような
逆光の漆黒表示板には
何が記されているのだろう?
太陽が北回帰線に
戻ってくれば
見えるのだろうか?
それとも・・・


1月1日(月) 晴 上条峠

峠巡礼

それでも表示板の
文字が読みたくて
息を弾ませながら峠に登る。
たとえ
表示板が漆黒であっても
峠からはもう1つの
世界が展開するに違いない
・・・と信じて。

2007年のトレーニングが
始まった。
森を走り幾つもの峠を超え
山巓を巡る。
鍛えた肉体の彼方に
珊瑚海のダイビングや
ヒマラヤの高峰登山を
夢見て
命ある限り
走り抜けよう。




1月1日(月) 晴 向嶽寺

初 詣

真鴨が池にやって来たんだ。

山荘の池ではちょっと
小さすぎて無理かな!
「それじゃ何処の池?」

山荘から少し離れた
向嶽寺の池だよ。
いつもとっても静かで
厳かで雰囲気のある寺。

近くに恵林寺という名刹が
あるので目立たず
ひっそりしていて
お気に入りの寺なんだ。

で、ちょっと初詣に
顔を出したら
真鴨君に逢ったわけ。

太陽の回帰線への旅に
合わせて君達も
旅を繰り返しているんだね。
君達の旅の表示板には
何か書かれているの?



1月1日(月) 晴 奥庭

      小雀の旅立ち  
  (こがら)       

黄昏の薄明のテラスで
何かが動いた。
テラス横の娑羅の木だ。

左右前後に首を振り
なにやら戸惑っている四十雀。
一段枝を降り
更にせわしく首を振る。

このまま時間が停止して
しまうかと思った一瞬
娑羅の巣箱へ
飛び込んだ。

営巣以外の目的で
四十雀が巣箱に入るなんて!

朝になって小雀の
凍死体を発見し
初めて四十雀の意図が
理解できた。
小雀も巣箱に入れば
助かったのにね。



1月5日(金) 晴 東の森疎水

冬将軍の創作

あいつ
唯冷たいだけじゃないんだ。
森を眠らせ
小雀を凍死させ
冷たい光で
生命を萎縮させるけど
こんな素敵な水晶柱も
創れるんだ。



1月5日(金) 晴 山荘池

光の繭玉

激しい流れが
ジャンプした瞬間に
つめたーい息を吹きかけて
一気に
凍らせてしまうんだね。

水は死んだのではなく
ただ眠りについただけなの?
葉を総て落とした森のように?

小雀は眠ったのではなくて
死んだのでしょう?

そう、冬将軍が北の国へ
帰ると水は再び
大洋への旅を
開始するんだ。
小雀は大地回帰への旅を
始めるんだ。
唯それだけの違いさ。



1月5日(金) 晴 竹森川

凍れる獅子

ライオンのたてがみが
ファラオの飾りのように
8つも連なり
一段目と二段目の
たてがみの下に小さな眼。

鼻も彫刻されてるし
閉じた口も中々立派だね!

前足を突き出して
激しい流れの中から
今正に飛び出さんとして。

水晶柱や繭玉だけじゃなく
こんな凝った創作も
出来るなんて
冬将軍の腕も大分
上がったね。



1月5日(金) 晴 竹森川

静と動

最後はキーボードで
シューベルトの
『冬の旅』に挑戦ですか?

流れが
氷の鍵盤に触れる度に
鍵盤は長くなって
より低い音を発し
小さな鍵盤は高く歌い。
・・・そう僅かに曲らしく
響いてきましたね。

失恋、疎外感、絶望と哀しみ
唯一の慰め『死』を
求めての旅が
ほんの少し氷の音色から
伝わってきました。

冬将軍には
シューベルトの哀しみが
解るんですね。



1月6日(土) 雪 2階ベランダ

雪に眠る村

夜の森のざわめきも
風の口笛も総て
断ち切って
山荘の未明はいつも
静寂に満たされる。

動脈を走り静脈を還る
真っ赤な血潮が
眠りに就いた肉体を浄化し
未明の静寂の中で囁く。
『さあ!甦りなさい
ジョックの時間です。
森も谷の氷達も
峠の表示板もあなたを
待ってます』



1月6日(土) 雪 2階ベランダ

雪朝の静けさ

でも、いつもの静寂と違う。
密かな静寂の音色に
森羅万象の眠りが
忍び込んでいる。

血潮の囁きを
聞き流しながら
森羅万象の眠りに
想いを巡らす。
《どうして総てが
眠ってしまったんだろうか》

もしかすると?

寝室のカーテンを開く。
やっぱり!
雪だったんだ。



1月6日(土) 雪 果樹畑

雪に緊張

今年初めての本格的な
雪景色の中で
山荘はどんな表情を
しているのかな?

林檎と柿の木に挟まれて
作品棚でゴロゴロしてた
壷やピッチャーは
ちょっと緊張気味。

そういえばテラスの作品も
不安気な表情だったな。

そうか
雪が解けて器に入り
それが凍ると
器はみんな割れちゃうんだ。
それで助けを
求めているんだな。

わかったよ!
雪が入らないように
倒してあげよう。



1月7日(日) 晴 前庭

山荘の宝石

森を走りぬけ
朝トレを終えて山荘に
ゴールしたら
鋭利な光に瞳を射られた。

立ち枯れて
ひょろひょろと延びた
高砂百合の種子の
てっぺんでキラリ。
『あいつだ!』

昨日の雪が解けて
『あめゆじゅ』となって
夜に再び凍りつき
今、朝の光を
全身に浴びて
鋭利な光を発したのだ。



1月7日(日) 晴 前庭

永訣の朝

「銀河や太陽,気圏などと
よばれた せかいのそらから
おちた さいごのひとわんを・・・」

その最後のひとわんの
とし子の『あめゆじゅ』が
賢治の願いを入れて
兜卒の天の食に変わり
今、光り輝いているのだ。

「わたしの すべての
さいはひを かけてねがった」
賢治のとし子への想いを
今、私は目にしているのだ。



1月7日(日) 晴 前庭

生命の鼓動

銀河から落ちてきた
最後の一碗の
『あめゆじゅ』が
満天星(どうだんつつじ)の枝に
絡まり
再び銀河に還った。

この小さな超銀河の中で
無数の新星が爆発し
激しく銀河が流れ
生命の予感を鼓動する。

ここから生命が生み出され
ここに還ることが
時空を超えた
真理であることに
心がふるえる。

とし子は最後にこの
『あめゆじゅ』を
望んだのだ。



1月7日(日) 晴 扇山南麓にて

銀河への回帰

大地を蹴る偶蹄類の
片足が
血に染まった肋骨に
寄り添うようにして
転がっていた。

猪ではない。
勿論カバや牛でもない。
4指偶蹄類で残るは鹿のみ。

雪で山に食べるものが
見出せず山麓に下り
肉食獣に襲われたのだ。

それにしても何と
美しいまでの食べられ方。

『あめゆじゅ』に包まれ
とし子のように
天空に昇ったのだ。






睦月2週・・・どんど焼き


1月14日(日) 晴 おちょう屋

きっかんじょ

《キッカンジョ》

なんと言う
郷愁に満ちた言葉。
初めて聴いた言葉なのに
ずーっと昔から
体内に棲みついていたと
確信させることば。

1月8日、子供達はこの言葉を
叫びながら家々を巡り
杉や松の葉を集め
《おちょう屋》と呼ばれる
この小さな祠を建てると言う。

祠の中には丸石や藁で
造った男根が祀られている。
行人を守る道祖神と
原始信仰が結びつき
《性》は
豊穣の神となった。



1月14日(日) 晴 村のどんど焼き

男根昇天

銀河に異変が生じた。

夜の山荘眼下に広がる
2つの銀河に見たことの無い
明るく煌く新星が生まれた。

山荘直下の近銀河に2つ
甲府盆地に連なる遠銀河にも
微かな新星の煌き。

防寒着を纏いバイクに跨り
新星を目指して疾駆。

『やっぱり!
村のどんど焼きだったのか』

男根を祀る《おちょう屋》が
炎に投げ込まれる。
杉葉の油脂が炎を孕み
男根が天空に舞い上がる。
息を呑む壮絶な光景!



1月14日(日) 晴 村のどんど焼き

繭玉団子

《火》は
太陽を切り取り
神が
人間に与え賜うたもの。

生命は太陽の分身である
《火》を恐れ
高温に焼き焦がされる
悪夢に追われる。

悪夢を乗り越え
神の意図に気づき
《火》を手に入れた人間は
地球生命の頂点に立った。
頂点に立ち人間は
炎に神を見た。

男根が天空の神々に
回帰した後の熾火で
繭玉を焼く。

その繭玉には神が宿り
食した者は悪霊から守られ
永劫の旅へ
出発出来ると言う。



1月14日(日) 晴 村のどんど焼き

猿田彦命降臨

《さるたひこのみこと》は
仏道修行を妨げる悪魔の
障り・魔障を防ぐ。

大きな高い鼻、真っ赤な口尻
と巨体・猿田彦。
高千穂峰へと神々を先導し
自ら旅の守護神となり
道祖神に祀られる。

燃え上がる
《おちょう屋》に宿った
猿田が炎に炙りだされ
影を落とす。

悪霊、魔障を追い払い
人間の未来永劫の
時空の旅を祈り
猿田は炎の中で
印を結ぶ。

男根の衣を天空に投げ捨て
猿田は今
炎に降臨したのだ。



1月14日(日) 晴 村のどんど焼き

プロメテウス

《無知と暗闇》の中に居る
人間を救うべく
プロメテウスは人間に
《火》を与えた。

全能神ゼウスは怒り
不死のプロメテウスを捕らえ
岩山に鎖で繋ぎ
肝臓を禿鷹に食わせた。

にも拘らずプロメテウスは
人間の未来永劫への旅を
苦痛の中で祈り続ける。

プロメテウスこそ
人間創造の神であったと
アポロドロスは述べる。

男根によって人間を
創造した猿田よ。
お前は
プロメテウスだったのか?


1月14日(日) 晴 お山ころがし

木勧進

仏道を勧めて
人間を善に向かわせること。
転じて仏事に関して
金品を募ることを勧進と言う。

《きっかんじょ》の意味が
解かった。
《おちょう屋》を造る為の
資材集めが語源だったのだ。

きっかんじょ、おちょう屋造り
猿田彦命と書き入れた
灯篭造り、繭玉団子造り
どんど焼きと続く行事は
1月20日の
《お山ころがし》で終わる。

七夕飾りのような竹笹には
《おこん袋》が下げられる。
猿田彦が宿った袋は
20日に下ろされ
各戸に配られ家人の
未来永劫の旅を
守るのであろう。



1月14日(日) 晴 北の森

食いちぎられた樹皮

右側に深く抉られた溝が
数本走っている。
鹿にはこんな溝を刻む
鋭い爪は無い。

しかし熊にしては溝が
浅過ぎる。
となるとやはり猪か?

食い千切られた樹木は
森全体に広がり
山荘近くまでに及ぶ。
森に危機が訪れている。

例年、冬期には
森から大型の動物は
姿を消す。
狩猟期間に入るので
動物は奥山に逃げ込む。

しかし今冬は異なる。
奥山に餌が無いのだ。



1月14日(日) 晴 北の森

鉄砲撃ち

扇山の東稜線から
降り始めた途端
左手の藪から1mほどの
黒褐色の猪が飛び出した。

続けて藪がざわめく。
猪集団だ。
『襲われるかな?』
と思ったら猪は上部へ逃げ
藪の中から2匹の赤犬。

疾走する猪と追う犬。
やはり猪は森に
とどまっているのだ。

椅子に座し
森の木々になって
老猟師が潜んでいた。
「猪居たかね!
・・・こいつか?
大物用のライフルさ」

亥年初めての猪との出逢い。
うまく逃げられたかな?



1月14日(日) 晴 西畑

有機肥料造り

兜虫の産卵場でもある
チップの山も襲われ
兜虫の幼虫が根こそぎ
食われてしまった。

猪はミミズや兜の幼虫が
大好物で
畑を掘り起こし1匹も残さず
食べてしまう。

遅きに失したが
落ち葉囲いを作り
有機肥料造りを兼ねて
兜幼虫保護作戦に出た。

森から沢山の落ち葉を
運んで鶏糞をまぶす。

さあ!これで
初夏には兜虫が沢山
巣立っていくだろう。



1月14日(日) 晴 テラス

枯露柿収穫

太陽をいっぱい吸い込んで
山荘の柿が
甘くて蕩けそうな
干し柿になった。

『白く粉を噴いてない』って?
そう枯露柿は確かに
白いけど
あれは消毒用の硫黄が
吹きかけられているんだ。
無農薬の自然干し柿は
こんな色をしているんだよ。

これをスライスして
カマンベールチーズを乗せて
ワインに添えると最高。
もう何も要らない。

ワインも干し柿も
山荘自然の賜物。
豊穣な山荘に乾杯!



1月14日(日) 晴 階段下保温室

美味なる山脈水

山荘周辺七不思議の
第一番目は
扇山山頂直下から
突き出した発電導水管。

どうして山頂付近から
水が湧き出すのか?
万有引力の法則に
反しているではないか?

山荘の水は地下から
汲出している井戸水。
山荘の標高は750m。
これ又限りなく
法則に反している。

この水が滅法美味い。
山荘ビアが美味いのは
単に造り方だけでなく
この水のおかげ。
ミネラルウォータ業者が
この水を
放っておくはずがない。
ついに山荘下の村に
水工場が出来た。

本年初めての07ビアが
保温室で誕生。
七不思議の美味水に
感謝しつつ乾杯!



1月14日(日) 晴 二階テラス

神々の黄昏

ヴァルハラの城が
燃え上がり
古代ゲルマンの神々が
終焉を迎える瞬間。

ワーグナーの歌劇
《神々の黄昏》が迫る。
山荘の
黒いシルエットの彼方で
ヴァルハラの城が燃え
蜃気楼のように浮かぶ。

記憶を取り戻した
ジークフリートが
ブリュンヒルデの名を呼ぶ。
ブリュンヒルデの叫びが
木魂する。

やがて山荘は漆黒の闇に
閉ざされるのだ。
猿田彦よ
闇を切り裂け!
ゲルマンの神に替われ。





睦月3週・・狂った生命時計


オルドバイ峡谷にて 1982年8月13日
 

果てしも無く広がる雲海
海のそこで静かに眠る
ホモハビリスの大地
知的存在が初めて
眼にしたであろう
キリマンジャロの雪
175万年後に私もまた
キリマンジャロの雪に魅せられ
払暁の頂に立ちました
誰もいない氷の頂でした

(「シルクロードの白き神へ」の編集後記冒頭より)



1月21日(日) 雪 寝室東の窓から

三度目の雪

静寂の音色が
二重のペアガラスと
二重の分厚いカーテンを
通して大きな窓から
忍び込んで来る。

森羅万象が眠りに就いた
静寂の音色。
『又、雪が降ったんだ』

ちょっとドキドキしながら
ベッドから起き上がる。
さてどの窓のカーテンを
最初に開けようか?

広大な雲海が見下ろせる
南の窓?
いや今朝は山々の連なる
東の窓にしよう。

ゆっくりカーテンを開く。
朝トレーニングで走り回る
山々が小さな雲海を
従えて窓いっぱいに
広がる。



1月21日(日) 雪 寝室東の窓から

雪掻き一番

おやおや!
巣箱の入り口も雪で
塞がれてしまったな。

これじゃ寒さを凌ぐ鳥達が
夜に入ってこれないぞ。
今朝一番の雪掻きは
この巣箱からかな。

そうそう、この巣箱
先日、中を覗いたら
凄いんだ。

ベッドの布団が
二重になっていてフカフカ。

まず柔らかい苔が分厚く
敷かれ
その上に動物の毛が
たっぷり。
とっても暖かそう。



1月21日(日) 雪 寝室東の窓から

雪化粧

ほんの僅かに
梅の蕾が
膨らみ始めたかな?
と昨日思ったら
今朝は満開の雪の花。

その左隣りは常緑樹の赤松。
山荘が建設された14年前に
自然に芽生えた赤松。
誕生からの山荘ドラマを
刻む生命時計。
雪に塗れた大きな時計も
中々風情あるね。

それら奥庭の木々も
すっかり雪化粧。
なんだかいつもの
奥庭と違って「つーん」と
すましているね。



1月21日(日) 雪 西畑にて

花梨氷菓子

午後になって
融け始めた雪が
シャーベットになって畑を覆う。

さて今夜の献立はと
シャーベットを掻き分けて
畑の野菜を探す。

収穫もせず
忘れ去られた花梨が
ひょっこり金色の顔を出す。
『ねえ!花梨酒の
シャーベットはどう?
この雪と新鮮な私と花梨酒の
アンサンブルを
アペリティフにしてみたら』

電子レンジでチンして
硬い皮を剥いて
ミキサーにかけ花梨酒に混ぜ
雪に染みこませてみよう。



1月21日(日) 雪 西畑にて

雪の野菜達

ブロッコリーの花も未だ
頑張っているな。
よしこのブロッコリーと
池のクレソン、春菊を
サラダにしよう。

蕪はどうかな?
引き抜いてみると
白い艶々した大きな
丸い玉がころころ出てくる。

これは薄切りにして
ほんの少し塩味をつけよう。

ニ畝下の人参は
ごつごつと節くれ立った
実に生き生きとした表情で
土塗れになって登場。
『よしよし、お前は
いつものように摩り下ろして
人参パンにしてやろう』

冬菜と小松菜、青梗菜が雪を
跳ね除けて囁く。
『御浸しもいいわよ』
畑から引き上げようとしたら
大根がどら声を上げる。
『煮物を忘れるなよ』



1月20日(土) 晴・大寒 イオにて

大寒の君子蘭

部屋の中とは言え
イオは暖房してないから
夜は寒いんだ。
平日は誰も居ないから
当然氷点下さ。

大寒だと言うのに
まさかこの氷点下で花が
咲くとは驚いたね。

クリビアに仕込まれた
生命時計は
暖冬を読み違えて
2ヶ月も狂ってしまい
誰よりも先駆けて早春を
謳いあげたんだ。

太陽の運行から
生み出された天体時計と
地球生物の生命時計。
やっと知的存在は
気づき始めたんだね。
生命時計を狂わせるような
自らの環境破壊に。



1月20日(土) 晴・大寒 果樹畑にて

大犬の陰嚢

大地も森も植物の死色・
茶褐色に染まる大寒。
小さな小さな
青い花弁が一つ。
ここにも生命時計を
狂わされた花が開いた。

陰嚢(ふぐり)とは
睾丸の入った袋。
種子が犬の陰嚢にそっくり
だとは言えもう少し
詩的な命名であったらね。

学名はVeronica。
重い十字架を背負って
苦痛に歪む汗を滴らせ
刑場に向かうキリスト。
そっと近づき
汗を拭ってやった女性名が
ベロニカ。
花弁の中にキリストが
見えると言う。

冬は重い十字架。



1月20日(土) 晴・大寒 前庭にて

春と修羅

山荘の北壁は
2m以上の山茶花の木立。

この北壁を雪が覆い
真紅の花弁が開いたら
その北壁カンバスに
山荘は
どう映るのであろうか?

凍てついた純白カンバスに
喀血された生命は
山荘を紅蓮の炎で
包み込むのであろうか?

それとも白銀に染み込み
山荘を朱で描き直し
生命の修羅
炙り出すのであろうか?
玄関横の糸杉(Zypressen)
哀悼を込めて
歌いだすのであろう。
『いよいよ黒く雲の火花は
降り注ぐ』

いずれにしても
『おれはひとりの
修羅なのだ』



1月20日(土) 晴・大寒 カリスト(冬季温室)

スパティフィラム

冬季は温室となって
観葉植物を守る
カリストは三方が書架に
なっていて書籍が
ぎっしり詰まっている。

最低温度を8度Cに設定。
これでは寒くて
決して開花しないはずの
熱帯米国産・
スパティフィラムが開花。
彼女の生命時計も
狂わされたのだ。

彼女の背景に
一ヶ月前に発売された
ばかりの初版本が
さり気無く位置を占めた。

生命時計の狂ったスパと
時空断絶をパッチワークに
繋いだ『時の眼』。

新たなる物語が始まるのだ。



1月21日(日) 雪 前庭にて

時の眼

驚いた!
A・C・クラークは未だ
生きているのだ。
90歳を生き抜いて尚
『2001年宇宙の旅』続編
タイムオデッセイを
書き続けているのだ。

発売されたばかりの本著は
その一部にあたり
既に二部の題名も
「Sun Storm」と決定。

90年も生きてしまった人間が
知的存在の抱えている
最先端の問題を尚
解こうとしているのだ。

高鳴る胸を押さえて
静かに1ページ目を開く。
森と平原の渚に佇む
二足歩行生物ヒトザルが
森から危険に満ちた
平原へと一歩を
踏み出していく。
アウストラロピテクスから
ホモハビリスへの旅。

『2001年』の渚に存在した
モノリスは
宙に浮く銀色の球体
《眼》として断絶した時空に
再登場するのだろうか?

前庭の石卓上に置かれた山荘モノリスが気になって
存在を確かめに行く。

25年前のアフリカ・キリマンジャロ登山が甦る。
登頂後、オルドバイ峡谷にマダム・リーキーを訪ねた。
ホモハビリスが発掘されて19年目のオルドバイは
発掘の興奮も忘れ去られ訪れる人も無くただ荒涼とした大地。
マダム・リーキーは反乱のあったケニアに出かけ不在。
たった一人の留守番助手が手渡してくれた黒曜石石斧の刃。
持ち帰り今は山荘のヒマラヤの石達と一緒に居間で鎮座している。
それと同じような黒御影の石が偶然
14年前の山荘建設時に地中から出てきた。
それ以来この石は山荘のモノリスになったのだ。

さて山荘建設時から時を刻み始めた奥庭の赤松や山荘モノリスは
生命時計となって何を語り継ごうとしているのか?





睦月4週・・・存在の幻想



1月27日(土) 晴 二階寝室から

美の寂寥

小倉山を黒く塗り潰して
水晶峠から
暁の光が奔出する。

昨夜の雨の名残が
雲海となって
山荘にひたひたと寄せる。

海は薔薇色に含羞し
静かに寝室の窓に
漣の音色を響かせる。

《名も無き寂寥》との
花言葉を持つドラセナが
逸早く漣の音色を聴きつけて
眠りから覚める。

余りにも美しい夜明けと
花言葉が何処かで
ふと交差したような・・・

恐ろしいまでの美に
潜む寂寥。



1月27日(土) 晴 二階テラス

必然の果実

高所キャンプのテントを
開くと
氷河を埋め尽くして
渺茫たる雲海が
大地を覆う。
深遠な宇宙の孤独が
肉体に浸潤する。

その瞬間が忘れられなくて
ヒマラヤに
通い続けるのかな?
と呟いてみたら
山荘が肯いた。

《そうそう、貴方にとって
私は必然の果実よ》

あぁ、そうか!
この雲海の下には
ヒマラヤの氷河があるのか。
ここは高所キャンプ。



1月27日(土) 晴 二階東廊下から

失われた索引

ホ短調の
バイオリン協奏曲が
上昇する雲の流れに乗って
流れ始めた。

曲名が浮かばない。
こんなにも確かに
はっきりと
聴こえているのに・・・
中央アジアの壷達が
共鳴して妙なる調べを
奏でているのに・・・
作曲家の名前さえ
出てこない。

不意に記号の持つ
無意味さに気づく。
曲名も作曲家名も
この妙なる調べにとっては
単なる記号。
調べと記号との間には
何の必然性も無いのだ。

そのようにして
記号の詰まった索引は
失われ
宇宙の本質のみが
心象風景を刻み続けるのだ。



1月27日(土) 晴 扇山南稜線より

氾 濫

妙なる調べは消え去り
高所キャンプは
雲海の氾濫によって
沈められてしまった。

高所キャンプを飛び出して
遥かなる天空に煌く
山巓を目指す。

北の森を抜けると
再び雲海が足元に広がる。
壮大な白銀の海が
遥かな山脈まで流れ
大地を満たす。

雲表は激しく波打ち
隆起し次々と
山稜を呑み込む。



1月27日(土) 晴 扇山東稜線より

存在の幻影

森の裸木が
荒々しい雲海に
シルエットを落とす。

小倉山は頂稜部を
僅かに残し
山体の殆どが飲み込まれる。

存在は幻影でしかないと
雲海が叫ぶ。
存在の認識手段が
視覚のみならば
確かにそうであろう。だが・・

その後の言葉に絶句する。
聴覚でも触覚、嗅覚でも
あの山体を
認識することは出来ないと
気づく。

雲海の叫びは
真実なのか!



1月27日(土) 晴 扇山山巓より

預言者

扇山の稜線に立つと
驚くべき光景が
眼前に展開した。

山荘の北山稜背後にある
牧丘盆地までもが
雲海に呑み込まれて
消えてしまったのだ。

山荘眼下はしばしば雲海に
覆われるが
此処14年間、牧丘が
雲海に満たされたのは
目にしたことが無い。

或る日
極地の氷が総て解け出して
雲でなくもっと稠密な水が
地表を呑み込む。

《存在は幻影さ》と
せせら笑う預言者の影が
雲表に漂う。



1月27日(土) 晴 扇山山巓より

カタスタロフィ

東から山荘の雲海が
低く右斜面を這う。
左から牧丘の雲海が
急激に突き上げる。

2つの海が激しく上昇し
山稜を呑み込む瞬間。
それは2本の鉄塔が語る
大地のカタスタロフィ。

扇山山巓から
天空の神ゼウスのように
カタスタロフィを見つめつつ
耳を傾ける。
高所キャンプで聴いた
バイオリンの音色は
最早聴こえない。

だが、無音と化した
失われた幻影の世界へ
下降せねばならない。



1月28日(日) 晴 東の森にて

蜃気楼都市

森の暗がりから
キラリと光が発せられた。
吸い寄せられるように
森に分け入った。

銀河のような
年輪上に残された
高層ビル群が
時空の断裂帯のように
銀河を断ち切る。

真新しい断面。
赤松の巨木が
切り倒されたのだ。

年輪の銀河スクリーンに
森の木々が影を落とす。
自らの死のスクリーンに
投影した影を見つめる森。



1月27日(土) 晴 陶房にて

陶学事始め

《最高気温は8度まで
上昇し甲府では
3月の陽気になるでしょう》

朝の雲海は去り
絶好の作陶日和。
庭の陶房の
透明カーテンを開き
森の大気を沢山入れて
轆轤のスイッチオン。

長い間放って置かれ
最初錆付いたような音を
立てていた轆轤も
気分良くなったか
ハミング開始。

自給自足を目指しながら
珊瑚海ダイビング
ヒマラヤ遠征の拠点として
活躍する忙しい山荘。
陶芸に割ける時間は
農閑期の今しかないのだ。



1月27日(土) 晴 陶房にて

陶房モノローグ

自然の生々しい営みを通して
山荘の森や山や空から
いつも強烈な
インパクトを与えられる。

山荘の土を使って
インパクトの片鱗を
フォルムに出来ないか?

例えば今朝の雲海。
あの激しい天空のドラマを
大皿に描けないか?

溜めてある貝類
サザエ、帆立、蛤を
ポットミル機で潰し
乳白釉を造り雲海にしよう。
蒼いリキュールの瓶を
割って蒼穹を
描いてみよう。




1月27日(土) 晴  ピーク2稜線にて

ドラマ終焉

壮大な雲のドラマで
一日が始まった山荘に
夕日が忍び寄る。

土塗れになった陶房を
早急に片付け
ストックとマーク用の
テープを持って
新たな登頂ルートを
拓くためピーク2に向かう。

長い間ピーク2へ
直登するルートは無いと
思っていたが
ついに開発に成功したのだ。

西の山稜に沈んだ太陽を
追って新ルートから
ピーク2の頂に立つ。

朝の壮大なドラマを演じた
太陽が最後の光を放ち
森を炎で包む。
手前の木々は早くも
蒼ざめた夜に融ける。





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