その35秋ー2008年神無月
10月3週・・・森からの森のプレゼント
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落日の山頂 凄いのなんの! 両脚を高く上げて 飛びついてきて全身で歓ぶ。 愛情を確かめるかのように 抱きついたまま頬を ぺろぺろ嘗める。 ・ 瞳はしっかり 山荘主を捕らえて離さず。 想いを込めて いつまでも見つめる。 ・ 太平洋を越えて 遥かメキシコ・コルテス海へと 消えてしまった山荘主。 3週間ぶりの再会に 歓喜する悠絽、舞瑠と 夕日を追って 扇山に登った。 ・ 残照が舞瑠の左頬を 染め悠絽の背に 光のラインを描く。 |
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悠絽は沈み行く太陽に向かって 舞瑠は闇に閉ざされる森に向かって 静かに語りかける。 《解ってるな!あさって 10月20日だぜ》 |
中央アジア アルペンホルンのような 舞瑠の低い唸り声は 森に流れ漆の葉を震わす。 ・ 紅葉の始った漆葉は 太陽の光と 細胞のアントシアンで 紅の輝きを発し 光のメッセージを送る。 ・ 《中央アジアの高原で 生まれ育ったので あの香りのするものは 決して忘れません。 中央アジア そっと呟いてみるだけで 胸が高鳴った少年時代。 でしょう。 森の皆に伝えるわ》 ・ 放射状に光の言語を 紡ぎ漆葉は森に 中央アジアを謳う。 |
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瑠璃の小紫 光の言語は こんな風に彩を変えて 山荘の庭にも 満ちているんです。 ・ ビッグバーンで 粒子と反粒子が生み出され 生み出された粒子は 反粒子と出逢って消滅し 光に変わってしまう。 ・ 同数生まれた両者は やがて総て光となって 粒子は残らなかった筈。 つまり星々は 生み出されなかったのだ。 ・ でもこうして私は 小紫で在りながら素粒子の 顔をしてもう1つの ビッグバーンを待っている。 |
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10月19日(日)晴 前庭 |
紅天狗茸 対称性のずれ 《CP対称性の破れ》が 私を生み出してくれたと 教えてくれた 小林誠、益川敏英さんが 10月7日に ノーベル物理学賞を 贈られると発表されました。 ・ ほんの僅かな 対称性の破れが存在の 本質だなんて 森の住人なら誰でも 感じてはいるんです。 ・ 私だって全体的に 対称形でありながら 白斑など 随分非対称でしょう。 ・ 私も何も無い大地から ビッグバーンで 突如生み出されたの。 |
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冬眠寸前の蝮 《破れ》そのものは 44年も前に米国の実験で 確かめられているんです。 ・ が、どうしても 4種類のクォークでは 《破れ》を説明出来る理論が 組み立てられません。 6種類にしてついに 小林・益川理論は 《破れ》を鮮やかに導き 今回のノーベル賞受賞に 至ったのです。 ・ そうそうおいらだって 体全体は対称形だけど こんな風に 非対称にとぐろを 巻いたりして冬眠するのさ。 ・ もう眠くて舞瑠の声も 森の光の言語も よく聴こえないけど 20日には宜しく! |
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煌く芒の穂 漆葉が中央アジアを謳い 小紫が素粒子になって 光の言語を紡ぐなら 私は穂先で 光を散らしながら最新の ビッグニュースを 語ろうかしら? ・ ススキと言えば 山荘奥庭眼下に広がる 一面の芒ケ原。 今正に花盛りで 光を孕みそれはそれは お見事の一言。 ・ かつて巨峰の葡萄畑で 美味しい葡萄が 沢山採れたんです。 でも今は葡萄棚だけ残し 一面の芒ケ原。 ・ その芒ケ原がね・・・ |
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10月19日(日)晴 前庭 |
光で語る唐冠 「なになに」と 聞き耳を立てているのは 珊瑚海からやって来た 唐冠(トウカムリ)。 ・ 光を使って唐冠が こんな風に お喋り出来るのは 太陽が南回帰線へ 旅立ったこの季節だけ。 ・ 朝日の当たる僅かな 時間が嬉しくて 唐冠は光を吸い込み 芒から聴いた話を 奥庭の蔦に語りかける。 ・ 「でね、芒が言うには どうもその葡萄畑が 復活するらしいんだよ」 |
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10月19日(日)晴 前庭 |
蔦の色付き 「知ってるよ、その話。 このところ葡萄畑の持ち主と 時々顔見せる いつもの造園業者が 芒ケ原に入って巻尺で 何やら計ったり・・」 ・ 燦々と太陽を浴びて 光の言葉で蔦は 奥庭の仲間に語り続ける。 ・ 「どうもその話は 明日の10月20日と関係が ありそうなんだ。 植える葡萄苗も決まっていて フランスの 『カベルネ・フラン』と 日仏混血の『甲斐・ブラン』 だとか言ってたよ。 ・ カベルネと言えば 高級赤ワインを生み出す 葡萄だし 甲斐・ブランは白ワインの 原料だね。 そうか解ったぞ!」 |
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極上無花果豊穣 山荘の無花果を一度 食べたらもう お店の無花果なんて とても 食べられたもんじゃない。 ・ 甘さと香りが蕩けて うっとりしてしまう美味しさ。 今年も沢山採れました。 でもまさかこの無花果までも 光の言葉を操るなんて 驚きました。 無花果も知っていたんです。 ・ 「蔦さん鈍いね。 やっと気付いたの? そうなんだよ。 あの葡萄畑を 復活させるのは山荘の 森の希望でね どうやら山荘主が畑の 主になるらしいよ」 |
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10月19日(日)晴 前庭 |
娑羅樹の黄葉 「えっへん!」と 黄ばみ始めた娑羅樹が 皆の注意を引いて 語り始めました。 ・ 「芒ケ原だけじゃないんだ。 実は荒れ放題に なっている東の森の一部も 畑と一緒に山荘主に委ね もっともっと 生き生きとした森に するらしいよ」 ・ いつも控えめで どんなに美しい黄金の 光を発しても決して 喋らなかった娑羅樹までが 語りかけるなんて よっぽど 関心があるんだね。 |
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10月19日(日)晴 前庭 |
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森の食卓 ピーク2へ一気に 駆け登る急な尾根に 取り付き 元気な舞瑠でさえ 時々立ち止まり悠絽なんぞ ゼイゼイハーハーで・・・ ・ それでも森に差し込む 朝の光が あまりにも幻想的で うっとりしながら ピーク2の頂に立ちました。 ・ それからいつも通る 東の森から北の森へと ゆっくり下りました。 ・ 北の森が見え始めると 舞瑠も悠絽も そわそわして何だか 落ち着かないのです。 ・ 驚きました。 なんと北の森の中央に 料理とワインの乗った テーブルが待っていたのです。 ・ ワインの横には 手紙まで添えられています。 |
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《Happy Birthday To you》 そうでした。確かに 10月20日は山荘主の 誕生日なのでした。 ・ 手紙はいつもの あの『どんぐりと山猫』の 馬車別当だと 見当はつくのですが 未だ湯気を立てている 出来立ての料理は 一体誰が 作ったのでしょうか? ・ そわそわと落ち着かない 悠絽、舞瑠の振る舞い 漆葉や小紫、庭の草木達が 交わす囁き。 ・ 変だな!何かあるぞ。 とは思ってましたが 若しかすると彼等の 企みなのでしょうか? ・ ワインも絞りたてなんです。 |
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人物画像:新 山猫 |
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森からの 森のプレゼント ワインを一杯呑んでから 2頭の犬に 訊いてみました。 澄ました顔して 悠絽も舞瑠もまるで 『なにも知りませんよ』と 在らぬ方を向くのです。 馬車別当の手紙は 更に森と葡萄畑について こう記していました。 《どうぞ芒ケ原の 葡萄畑も東の森も ご自由に使ってください》 ・ もしかして9月の ワイン絞りの時の 山荘主の嘆きを森は 聴いていたのでしょうか? ・ 醸造用の葡萄が 手に入らなくなって最早 これが最後のワイン造りだと 言ってたのを。 |
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美味しそう!もう我慢出来ない! だが勿論、食いしん坊の2頭が いつまでも澄まし顔でいられる筈がありません。 山荘主がワインを呑み揚げたてコロッケを口にした途端 舌なめずりして一声大きく吼えたのです。 《 美味しそう!もう我慢出来ない!》 ・ そうだったのか! 扇山の山頂で森に向かって呼びかけたあのセリフ。 《解ってるな!あさって10月20日だぜ》 あれは食いしん坊の2頭がこのご馳走に与かる為の作戦だったのか! |
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子授け地蔵 煌びやかな 錦秋のクリスタルライン を抜けると そこだけ闇を抱えた森・ 子授地蔵のある 峠に出た。 ・ 「夫婦に子が授からないとき お地蔵様を 誰にも分からないように 一体持ち帰り 子供が授かるように 毎日お祈りをし 子が授かったら二体にして 元に返し祀っておく」 ・ 不気味な闇に降り立ち 地蔵の異様な 雰囲気に怯える様に 2頭の犬は 耳をピンと立て気配を伺う。 |
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さあ!この闇が森の総てを覆う前に 小楢山の頂に立ち 帰って来なければならぬ。 さもなくば闇は4つの生命を漆黒の闇に 塗り込めてしまうのだ。 |
残照登山開始 夕闇の迫る峠から 小楢山への登山道に 入ると枯れ草が道を覆い隠し 早くも敵意を剥き出し 4つの生命の意図を 闇に引きずり込もうとする。 ・ 山荘周辺のいつもの 走り慣れた森には無い 敵意に出っくわし 2頭の犬は戸惑う。 ・ 敵意の正体を 突き止めようとするのか 藪の中で 耳を欹て鼻を鳴らし 出発をためらう。 ・ さあ!走るぞ! |
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10月26日(日)曇晴 小楢山へ |
紅葉の終わり 森の闇を 跳ね除けるように光が 落葉樹の樹幹を 飛び交う。 ・ 散り残った鮮やかな葉が 光を捉えて 《死も又なかなか いいもんだぜ》と囁く。 ・ 朱を放ちながら 落ちていく太陽を見つめ 悠絽も舞瑠も佇む。 ・ あの朱が体内で 血に変換され生命を育む のを本能が捉えたのか 暫し2頭は朱に 見入ったまま動かない。 |
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人物画像:村上映子 | 10月26日(日)曇晴 的岩手前(標高1606m) |
闇近し急げ! 太陽の終わりと共に 死は確実にやって来る。 ならば 太陽が消え去る前に 意図は 完遂されねばならぬ。 ・ 《走れ悠絽、舞瑠! 残された時間は もう無いのだ》 ・ 舞瑠はただひたすら走り 悠絽はしきりに 立ち止まっては朱の行方を 確かめ逡巡する。 ・ 頂は目前に在る。 帰路の闇を甘受し登るか はたまた意図を 放棄し闇に捉えられる前に 撤退すべきか? |
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10月26日(日)曇晴 一杯水手前(標高1690m) |
小楢山(1713m)・残照の森 10月26日(日)曇晴 この光に逢う一瞬のために生きていたんだ。 そう思わせる光の氾濫の中で歓びが静かな波紋を描き 繰り返し繰り返し心象風景に打ち寄せる。 存在の重さは重力の呪縛から解放され、永劫の輪廻から解き放たれる。 光との邂逅に胸が震える。 ・ 生誕後の粒子と反・粒子は再び出逢い一瞬の輝きと共に無に還る。 受精と同時に生み出された『生』と反・生である『死』も、再び出逢い無に還る。 《PC対称性の破れ》から生み出された生命の意図は 《光への回帰》にあったのだ。 |
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冬の彩咲き出す コスモスから ルージュの彩を引き継いで 真っ先に咲き始めた テラス横の山茶花が 無数の花をつけた。 ・ 沢山ある山荘の 山茶花の中で真っ先に 開花し山荘に 晩秋と冬の訪れを告げる テラス横の山茶花。 ・ 紅に純白の文様が 滲む気品のある 美しい花弁が盛んに 訴えているのに どうも山荘主は鈍感。 ・ でも昨夕、光の洗礼を 受けた2頭の犬は 山茶花の前で立ち止まり 「ワン!」とご挨拶。 本当に美しさが 解っているのかな? |
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美味・紫シメジ これもワンちゃん発見! ・ 先日、造園業者や 森の売り主と一緒に 山荘の森を歩いていたら 薄紫の紫シメジが あちこちにむくむく。 ・ 造園業者は大喜びで 沢山収穫し 「これすごく旨いんだよ。 食べてみる?」と言って 皆に分けていた。 ・ どうもそれを ワンちゃん覚えていたらしく 森で出逢うと 立ち止まり山荘主に目で 『ほら!』と示す。 なかなか君達役に たつ様になったね! |
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10月27日(月)晴 北の森 |
柿・秋色 橙色の光が突然点々と ツリーに灯り まるでクリスマスの イルミネーション ・ 柿の実は葉と同じ 緑色してて 生っていても色付くまで 中々気付かない。 或る日予告も無しに 突然灯り柿の存在に 気付かされる。 ・ 色付く前に緑のまま 落ちて残る実は例年僅か。 それがどうしたのか 今年は豊作。 ・ 柿も又、山茶花や 紫シメジと同じように 山荘の秋を告げる使者。 さて今年は 沢山の干し柿が出来そう。 嬉しいな! |
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10月27日(月)晴 奥庭 |
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山荘葡萄園 先週は芒ケ原だった 山荘下の葡萄園が すっかり刈り払われて 元の葡萄棚が 姿を現した。 ・ 隣の畑の里人が 葡萄畑の再開を知って 刈り払ってくれたのだ。 感謝、感謝! ・ この後、頑丈で根深い 芒の根を掘り起こし 畑に戻さねばならぬが これは掘削機がないと とても出来ない。 ・ 掘削機が無いので 業者に頼んで開墾しよう。 12月には葡萄苗を 仮植えし来春から 葡萄畑との闘いが始る。 ・ 葡萄が実りワインが 絞れるまで 一体何年かかるのか? 気の遠い話である。 |
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