山荘日記

その10ー2006年長月

 




長月・1週・・・小さい秋見つけた




9月3日(日)晴     於 奥庭

コーン、コーン
ログハウスの屋根を
マリンバにして
団栗が初秋の
前奏曲を奏で始める。

小さな秋を
真っ先に告げるのは
秋の夜の名演奏家達
ではない。

秋を忍ばせた風に
落とされた
慌てん坊の団栗
ログハウスの屋根で
いつも真っ先に
騒ぎ出すのだ。

マリンバの音色は
森に流れ
秋が静かに始まる。
初秋を告げる団栗


9月3日(日)晴     於
 西の森(朝トレ)



猪の朝風呂
影が長くなった。

南回帰線への
旅を急ぐ太陽を
影の長さで
知ったのか猪が
夏毛の虫を落としに
風呂場にやって来た。

2つある風呂の
使用した片方だけが
濁っている。
お気に入りの風呂は
檜の大木付きらしい。

この木に背をもたせ
のんびり鼻歌でも
歌っている姿を
想像すると
なんとも可笑しい。

それにしても
檜風呂とは
何と贅沢な!


9月3日(日)晴     於
 扇山山頂

秋の空が3つ
湖にぽっかり浮いた。

根元から
3本の幹を出し
湖を天空に
高く掲げているのは
楢の木。

深く生い茂った森の梢
を切り取って
僅かに覗かせた
小さな秋の空。

その空を湖に
浮かせているなんて
楢の木も中々の
詩人だね。
湖を抱く大樹


9月3日(日)晴     於 テラス陶芸作品上



背筋露虫・ぎちぎち
秋の夜の
名演奏家達がやって来た。

タキシード風の
お洒落なラインを背中に
着けてそろりと登場。
舞台での俺らの位置は
テラスに飾ってある大皿。

うん、この大皿の海には
とても魅かれるね。
夏にこの海を訪れた
玉虫や三筋蝶から
聴いたんだ。
秋の演奏会
テラスの海がいいよ」って。

演奏会の舞台がテラスに
決まったので早速
下見に来たんだ。
今夜から俺ら
《ぎちぎち》と
自慢のセロを弾きまくるぜ!


9月3日(日)晴     於 扇山稜線上(朝トレ)

何だって!
今夜、演奏会だって
そりゃ、どういうこと?
俺らに何の連絡も無しに?
確かに俺らの住んでる
扇山から山荘までは
遠いけど
《がちゃがちゃ》の
音色無しじゃ演奏会には
ならないぜ。

この俺らの肉体の輝き
見てご覧。
絶好調のしるしさ。
最高のプレイで
山荘の森を
震わせてやるぜ。

分かったよ。
それじゃ孔雀蝶さんに
招待状を渡すから
今夜頼んだよ。


轡虫・がちゃがちゃ


9月3日(日)晴     於 前庭



螽斯・ぎーちょん
聴いたぞ聴いたぞ。
《ぎちぎち》と
《がちゃがちゃ》だって!
それで演奏会になるのか?
忘れちゃいけないぜ。
何たって俺らの弦は
ストラディヴァリウスだって
及ばぬ音色を
紡ぎだすんだぜ。

まっ!
俺ら無しの演奏会なんて
ありえないね。
轡虫(くつわ虫)なんて
馬の口に咬ませた
口輪の雑音さ。
螽斯(きりぎりす)様は
舞台の最後(きり)に
お出ましする最高の演奏家
だって知ってた?
最後の「す」は古来から
空を飛ぶ生命を
意味してるのさ。


9月1日(金)晴     於 前庭

下界は暑さが続いてるが
山荘はめっきり
涼しくなった。
昨夜は15度Cまで下がり
Tシャツ短パン姿で
震えてしまった。

快晴の空で太陽が
いくら頑張っても
森を走り抜ける風には
何処を探しても
もう夏は居ない。

冷たい風に蝉が
地中から次々と慌てて
出て来て羽化を開始。
辺り構わずしがみつき羽化。

ここで出遅れたら
来年まで蝉に
成れないもんね!
夏の抜け殻


9月3日(日)晴     於 東の森(朝トレ)

池の端で赤紫の
萩が咲いた。
萩にしては小さいな。
と思って調べたら
同じ豆科の「駒繋ぎ」

萩は山荘の至る所に
雑草以上の繁殖力を
発揮して蔓延っている。

秋に敏感な萩
北の高気圧を感じて
咲き始めるはずなのだが
山荘の萩はいずれも
未だ開花していない。
探してみよう。

居た居た!
山荘の東森の出口に
しっかり咲いて
秋到来を告げている。
築紫萩



9月3日(日)晴     於 北の森から

朝トレーニングを終えて
北の森を降りる。
森のテーブルが見えると
その奥にログが姿を現す。

ログの大窓に
沈んだ森が影を落とす。
車渠貝や鸚鵡貝が
影の中で
森の弱弱しい光を受けて
浮かび上がる。

菱形の光の通路が
沈んだ森の影を穿ち
森の存在が幻想でしか
無かったと告げる。

私の肉体を
ニュートリノが突き抜ける。
そう
私の存在も幻想。
森の中の海


9月3日(日)晴     於 居間の大型油絵

オンマニペニフム
蓮の花・宇宙に栄光あれ!

と彫られた石板を
突き破って
超新星の白熱光が
チベットの若い女に迫る。

突き破られてしまった世界は
幻想でしか無かった事に
唯ひたすら
うろたえる。

輪廻、鳥葬、五体投地を
背景に祈る女の前面からも
白いオーロラ光が襲う。
前後の光が
うろたえた世界で
女を刺し貫くのは一刹那。

にも拘らず
この女は微動だにせず
確かに存在する。
芸術の秋・時空的渚





 

長月・2週・・・宇宙創生




9月9日(土)晴 於倉庫    

宇宙の一点から
光の粒子が放射される。

流星群軌道に地球が
突入すると
天空の一角から
星々のかけらが
宇宙創成期のように
激しく噴出す。

しかしこれほど激しい
無数の星々の激突を
人類は目にしたことは無い。
45億年前の
地球誕生時のような
この宇宙に人類は未だ
生まれていなかったのだ。

その45億年前の宇宙
今、夜の倉庫で
見つめている。

余りにも神秘的な
樽の中の宇宙に
圧倒され茫然自失。


宇宙開闢の瞬間


9月9日(土)晴 於倉庫    

胸をときめかせ
次の樽の蓋を開ける。

もう1つの宇宙が
更に激しく爆発しながら
私の瞳を射る。

12
2COH+2CO

糖をアルコールと
炭酸ガスに分解する
子嚢菌類の
サッカロミセスが
漆黒の宇宙に華麗な
光を散乱させ

星々を創る。

微細な楕円形の
単細胞・子嚢菌
も又
宇宙の創造主。
サッカロミセスの爆発


9月9日(土)晴 於テラス   

華麗な宇宙を創生した
演出家兼素粒子は
山荘の地元で収穫された
葡萄・べりーA。

演出家の助手である
杜氏は山荘専属の
ベチとミヤジ。
2人共ここ数年
山荘杜氏としてめっきり
腕を上げ今朝も
早くから山荘に駆けつける。
先ず昨年のワインを主食に
海老、帆立貝、烏賊の
海鮮サラダを副食にして
優雅な朝食を摂り
ワイン仕込み開始。

葡萄をもいで
樽の中で踏み潰し
更に手で潰す。

美味しいスペアリブを
準備してやって来るはずの
えこちゃんは

未だかな?


ヌーボの仕込み


9月9日(土)晴 於テラス    



宇宙形成の素粒子
20数年前に数学より
登山やスキーばかりを
教えた中学生が
立派な杜氏(?)に育って
山荘に還って来た。

杜氏が呟く。
今年の葡萄は
すごく出来がいいな。

粒に張りがあって
中々潰れない。
色もいいし虫食いや
腐食も無いし
いいワインが出来そうだな」

ビニールの袋を2重に履いて
樽の中の葡萄を
唯ひたすら踏み潰す
山荘主は腕から
太腿まで葡萄液に浸り
杜氏の言葉に耳を傾ける。


「けつぴん棒持って
ドンガバチョやって
完全な暴力教師で今なら
とっくに馘首だね先生!」


9月9日(土)晴 於テラス    

「オミャーラ何やっとん?」

興味津々の
小蟷螂が首を擡げ
じーっと見つめる。
「ドンガバチョって何なん?
もしかして
ひょっこりひょうたん島の
あのドンガバチョ!」
「そうそうあの藤村有弘
演ずるガバチョさ。
授業中の罰ゲームで
芋ねーちゃん他沢山の
バリエーションがあってね。
今なら校庭で生徒に
磔に処せられるかも」

「そうかそれで
君達は20年前の敵討ちに
山荘にやって来たって訳!」
「えっ!そうでも無いって?」
「じゃ何故?
分からん!」


何やっとん?


9月9日(土)晴 於奥庭    



どれどれ美味そう?
テラスから4樽の
仕込み葡萄を
倉庫に運んだ。
甘く少し妖しい香りに
満たされ倉庫の窓から
香りが漂い流れ出る。

早速倉庫のドア近くに
やって来たのは
殿様飛蝗の5令幼虫。

「おいら良い声で
鳴かないし害虫と言われる
嫌われもん。
そりゃ人間のご都合による
身勝手な判断で
こちとら大迷惑さ。
特に農薬で追い払われ
このあたりじゃ農薬の無い
山荘しか
棲みかは無いんだ。
ワインの絞り滓でいいから
恵んでおくれよ!」


9月9日(土)晴 於山荘ゲート前    

山荘の植物は
強靭なのが多い。
何度か山荘日記に
登場した髭欄
秋桜、採っても採っても
生えてくる蕨、萩。

この蔓性の白い花も
凄まじい生命力。
山荘の石垣を覆い尽くし
躑躅に絡みつき
畑や芝生を侵略する
敵である。

でも夏の終わりには
清楚な白い花
沢山つけて大地を覆う。

終日赤い葡萄ばかり
見てきた目には
眩しいばかりの純白。
仙人草・・・金鳳花科


9月9日(土)晴 於ログハウス    



ハープになった木星
やっぱりえこちゃんは
美味しいスペアリブを
どっさり持って
山荘にやって来た。

山荘の2006年ヌーボ
《ゆぴてる》
の誕生を
祝うには
ログハウスが相応しい。

ログハウス階下の倉庫で
宇宙を創生しつつある
樽のワインに挨拶してから
昨年のワインを持って
ログに上がる。

丸太を薄切りにしただけの
お盆にワイングラスと
果物や料理を置く。
ログの主・木星の油絵が
階下の樽宇宙に呼応して
妖しく悶える。

さあ!
新しい宇宙の誕生に乾杯!





長月・3週・・海を呑み干せ



9月16日(土)霧曇 於 黒岳広葉樹林の森   

山荘の森から
更に1200m登り
標高2千mの黒岳の森へ。

小金沢連嶺の中央部にある
標高1988mの黒岳は
山荘正面のパノラマ背景に
溶け込んでいて
あまり目立た無い山。

林道が標高1570mの
湯の沢峠まで
開かれているので
黒岳へのアクセスは良い。
だが湯の沢峠そのものが
山奥に在るため
訪れる人は少ない。

いつもひっそりとしていて
神秘的な森が
標高2千mの稜線に
展開する。
標高2千mの森


9月16日(土)霧曇 於 黒岳広葉樹林の森   



生命をとどめている老樹
隊長の坂原は
3ヶ月前から左膝を
数度にわたり傷め続け
更に右足指付け根を
致命的に傷め
トレーニング禁止。
要安静静養。

村上、大田は腰痛で
最近やっと回復の兆しは
見えたものの
やはり不調。
そこでチベット遠征を
1週間後に控えて
トレーニングは
負荷の少ない黒岳へ。

鬱蒼とした深い森で
今正に
《どぅ、と音を立てて
倒れんとする老樹》
に出逢った。
縦に裂かれ
内部から朽ち
苔生しそれでも
葉を繁らせ凛として
生きている。


9月16日(土)霧曇 於 白丸稜線の森   

初秋の花として
親しまれている松虫草も
標高2千mの寒さには
耐え切れず
最早色褪せお終い。

深い霧で花弁を濡らし
結露した露が
花弁を縁取り
透明な水晶になって
硬質な光を放つ。
花そのものが
ギヤマンの煌き。

やがて春の発芽まで
ながーい眠りに就く。
生命はこのようにして
過酷で不毛な
宇宙空間の
長い旅に耐える。
最後の松虫草


9月16日(土)霧曇 於 白丸稜線の森 



山鳥兜
紫碧なんて色が
存在するのを初めて
知ったのは鳥兜に
出逢ってからである。

秋を告げる花に
相応しい彩である。
群青の空にしては
あまりにも重いし
珊瑚海の色にしては
太陽を拒否したような
暗さを秘めている。
冬と言う死を予告する
花でもある。

根に猛毒を秘めている
が故に
死の色が紫に
忍び寄るのだろうか?

この猛毒は生薬にもなる。
死と生を鳥兜は同時に
司るのだ。


9月16日(土)霧曇 於 黒岳広葉樹林の森 

暗い森の中で
地中から生まれた
シャンデリアのように
白磁器の光を森に放つ。

「ポラーノ広場」
へ続く道標?それとも
「銀河鉄道」への道?

暗い森でこの花に逢うと
何故かいつも
宮澤賢治の
心象スケッチ
白磁器の鈍い光に
浮かぶ。

賢治は岩木山の森で
様々な生命から
時空を超えた感性を
授けられ
壮大な多次元宇宙への
旅に出た。
 シラネセンキュウ。キュウは草冠に弓と書くが旧漢字なのでFTP転送が出来ない。 白根川キュウ


9月16日(土)霧曇 於 黒岳広葉樹林の森



耳型天南星
賢治が暗い森で
天南星を見つけた時に
どんなに喜んだか
ありありと目に浮かぶ。

ミミガタテンナンショウ
とても面白い名前だね。
春に紫緑色の仏焔苞
包まれた肉穂花序を付け
秋になると
こんなに美味しそうに
熟すんだね。

天南星って
漢方薬の名前なんだ。
鳥兜と同じように
有毒だけど薬でも
あるんだ。

「ポラーノ広場」や
「注文の多い料理店」は
きっとこの
耳型天南星が賢治に
囁いたんだ。


9月17日(日)晴 於 山荘倉庫 

サッカロミセスが
漆黒の宇宙に華麗な
光を散乱させ

星々を創る。

あれから1週間。
ビッグバーンを終え
時空は爆発速度を
やや緩め幾つもの
泡宇宙を誕生させた。

1つ1つの泡の皮膜に
確かに星々が形成
されつつある。
銀河系の渦中で
生まれつつある
太陽系第3惑星は
何処に?

皮を取り除くと
紅の液体が
深奥部から上部へ
激しく噴流する。
泡宇宙は翻弄され
果てし無い輪廻の旅を
開始した。


炭酸ガス噴流


9月17日(日)晴 於 前庭石卓

うーん!
堪らない香り。

樽部屋のドアを開けた途端
甘美な妖しい香りに
悩殺される。

デカンタに紅の宇宙
泡ごと注ぎ込み
他のワインと共に
石卓に乗せ
ワイングラスに
宇宙(うみ)を満たす

上条の森で朝トレの汗を
たっぷり流した肉体に
甘美な妖しい香りが
囁きかける。

さあ!
クサントス
海を飲み干せ!
ゆぴてる・ヌーボ


9月17日(日)晴 於 前庭

「海を呑み乾すだって!
そんな事を誓った
覚えはないぞ」
《デルフォイの町の
誰でもが知っています。
海を呑み
干さなければ
貴方は総てを失います》

アイソーポスが
静かに登場。

《昨夜の私の
ビオロン演奏は如何?
又、私が必要ですって》
「素敵な音色だったよ。
今度は
海の呑み干し方を
教えてくれ」

《そんな事も知らず
貴方はワインを
造ったのですか?
解は森に託しましょう》


背筋露虫・U


9月17日(日)晴  座禅草の森手前

森の手前で
目の前を橙赤色の翅に
黒斑を散らした蝶が
舞った。

立翅蝶にしては珍しく
翅を全開にし
「さあ!アイソーポスの
メッセージよ
読んでご覧」とばかり。

緋縅立翅蝶のように
緋縅の鎧を纏っているが
翅の外縁は
暗褐色ではない。
は白の縁取りを
選んだのだ。

肉体と翅の
繊細なグラデーション
思わず
惹きこまれてしまう。
姫赤立翅蝶


9月17日(日)晴 於 座禅草の森手前

翅を翻し
蝶はメッセージを載せたまま
森へ飛び去る。

僅かな彩の変化を
視覚が捉えた。
メセージが変わったのだ。
翅先端の黒塗りが消え
翅全体が豹紋になった。
其の上、翅後方に
孔雀蝶のような藍い
ラピスラズリを象嵌している。

刹那にして
緑豹紋蝶に変身したのだ。

あの藍は海を示して
いるのだろうか?
緑豹紋蝶


9月17日(日)晴 於 上条山稜線



白鬼茸の雪達磨?
昨日まで秋雨前線が
停滞し森は茸ラッシュ。

あの世・冥界に
神が居るとしたら
こんな姿であっても
何の違和感も無い。

8月27日に出逢った時は
一瞬「ぎょっと」したが
今回は挨拶してしまった。
「やあ!プルートーン君
今度は雪達磨になって
登場かい?
その棘棘が
気になるんだけど?」

「こいつは悪行を成して
冥界に来た奴を
懲らしめる棘さ。
クサントスが海を
呑み干さなかったら
おいらの出番さ」


9月17日(日)晴 於 上条の森

ハナビラタケは
何かを連想させる。
何だろう?
そうか、出臍だ。
楢の木の臍、森の出臍。
オンファロスだ。

紀元前6世紀
イオニアの哲学者
アナクシマンドロスは
デルフォイが世界の
中心・臍(オンファロス)
であるとゼウスを使って
証明した。

ゼウスは世界を円盤と捉え
その世界の両端から
2羽の鷹を放した。
2羽の鷹はデルフォイで
見事に出逢ったのだ。

何だって!
花弁茸が世界の臍だって!
するとアイソーポスの解は
この花弁茸にあるのか?


花弁膠茸・・・葉牡丹茸
 美味しそう!スープにしたら最高の味になりそう。山葵醤油もいいかな。油で炒めてもいけそう。


9月17日(日)晴 於 上条の森 



唐傘茸・・・森のパラソル
笑わせるなよ。
オンファロスを見たこと
あるのかい?

あの褐色の釣鐘型
どう見たって
おいらの幼少時の姿さ。
つい数時間前には
何を隠そう、おいら
オンファロスだったのさ。

つまりおいらは
世界の中心であり
アイソーポスの解を
託されていたのさ。

だがオンファロスである
時間は僅かなんだ。
傘を開いてしまうと
おいら唯の唐傘茸に
戻ってしまうのさ。

オンファロスは何処へ
行ったかって?
森の珊瑚にでも
聴いてみな。


9月17日(日)晴 於 上条の森  

森の珊瑚なんて
言われてるけど形や
美しさだけで
呼ばれただけじゃない。

卵子のような担子胞子
担子器に並べて
有性生殖するんだ。
珊瑚が海に卵子精子を
放射し受精するのと
おんなじさ。

で何だって?
オンファロス?
珊瑚は海の事は
全部お見通しさ。
だが
「海を呑み干す」
なんて言った法螺吹きを
救う言葉が
何処にあるかは
とても教えられないね。
クサントスは
総てを失って消えて
しまえばいのさ。



黄金箒茸・・・森の珊瑚


9月17日(日)晴 於  座禅草の森



霜柱の夏花
「アイソーポスの解を
知ってるわよ」

薄暗い森の下草から
呟きが聴こえた。
屈み込んで覗いてみると
仄かな紫蘇の香り。
可憐な小花が垂直に
連なり静けさを湛える。

「私の冬の花を追って
何度も森を逍遥したのを
覚えている?
冬日記をご覧になって」

そうか、あの氷の花
君の冬枯れた茎で
咲かせるのか。
で、解は?

《海の水から川の水を
取り除け!
されば我海を呑み干さん》




長月・4週・・・認識の彼方へ



9月23日(土)晴 於  西畑下

コスモス・宇宙
何とも壮大な命名に感嘆!
こんな凄い名を付けたのは
誰だろうと
分厚い百科事典を開く。

あった!
18世紀末にメキシコから
スペイン・マドリードに送られ
そこの植物園長が命名。
園長名はカヴァニレス。

だが何故彼はスペイン語でなく
敢えてギリシャ語を
用いたのか?

山荘のテーマは木星。
ギリシャ神話の最高神は
ゼウス。
ゼウスはローマ神話の木星
つまり山荘のテーマは
ギリシャそのものでもある。

かつてギリシャはオンファロス
宇宙の臍であった事を
カヴァニレスは
花に託したのか?


秋桜の海に浮く山荘


9月23日・秋分の日《彼岸中日》(土)晴 於  奥庭陶房横

曼珠沙華

Manjusaka
サンスクリット語で
天上に咲く4つの華の1つ。
見る物の心を和らげる華。
葉も無く
不気味な朱を
ある日忽然と
辺り一面に散らす。
幼少時はこの華に
恐れを抱いていた。
妖気が忍びやかに漂いだし
幼い心を鷲掴みにし
私は異次元に拉致されて
しまうのだ。

しかし数十年後
山荘で再会したその瞬間から
ぐいぐいと強烈な力で惹かれ
私は華の虜に
なってしまった。

昨年移植した曼珠沙華が
奥庭でついに咲いた。


9月23日(土)晴 於  山荘倉庫

宇宙開闢から2週目に
泡宇宙での超銀河団の形成。
そして3週目には早くも
惑星や衛星を生み出し
150億年と言われる宇宙の歴史を
一気に突っ走った。

暗黒の深みから
サッカロミセスが輪廻の翼を
羽ばたかせ
次々にクレーターを噴出する。

「嵐の大洋」の北東にある
コペルニクスに
2つの目が光る。
まるで真っ黒黒介

そういえばこのクレーターは
どれもまっくろ黒介ばかり。
《トトロ》になった葡萄。
宇宙になったり
トトロになったりワイン造りって
面白いな。


月面クレーター


9月23日(土)晴 於  西の森下

雄株と雌株があり
雌花は多数集まって
球花を成す。
成熟すると子房と包葉の基部に
黄色い粉を生じる。
これがホップ粉である。

こいつをビアの仕込みに
入れると
独特の苦味と香りが出て
ビアが完成する。

山荘のビアは2種類のホップを
使い更に梅エキス
季節の果実を加え
ジンジャーでしめる。
最高に贅沢なビアである。

朝トレで時々目にするので
今度天然ホップ粉を採って
ビアを仕込んでみよう。
野生天然ホップ


9月23日(土)晴 於  西の森下

ほんの少し
耳を傾ければ
瞳を凝らせば
自然はこんなにも感動的に
美しく壮麗な宇宙を
垣間見せてくれる。

O・水素2つと
酸素1つの水の分子が
無数に散開する広大な宇宙。
分子の1つに目をやると
更に原子核を巡って
酸素や水素の軌道を
電子が飛ぶ。

その広大な宇宙を乗せた
太陽系第3惑星に
今、日が昇る。
太陽は H
Oの宇宙を
水晶の煌きで満たす
何と美しいのだろう!
芒の水晶


9月23日(土)晴 於  西畑



春菊のサラダ
「灯台元暗しよ」
「えっ!誰だ?」
「西畑の春菊よ。
芒の水晶に感動したり
秋桜に惚れたり
勝手だけれど
たまには私にも
瞳を凝らしてみて」
「うん、そういえば中々綺麗だね」

「秋桜なんて庭にも畑にも
やたらと蔓延り
いつもブータラ
悪態つきながら
引っこ抜いているのに
毎日サラダで食べてる
私には
見向きもしないなんて
随分じゃない?」

そうでした。
猪や鹿の畑荒らしにも耐え
夏の間美味しいサラダで
山荘の食卓を飾ってくれたね。
ありがとう!


9月23日(土)晴 於  前庭

世界観の崇高さと
人生観照の深さと
文化批判の
鋭さは驚異的である。

唯美しいだけでなく
この紫の果実は
知的存在なのだ。
こんな風に
前庭でひっそりと世界を
見つめているけれど
千年前の1007年には
《源氏物語》を完結させ
平安時代の
女流作家として
名を馳せたのである。

ワイン酵母の
生み出した球体
芒の葉に結露した水晶
そして植物の生殖によって
齎された紫の美玉。

それぞれが
壮麗な宇宙を構成し
次元を超えた感性で
私を
認識の彼方へいざなう。


秋色紫式部
(正しくは小紫)



9月24日(日)快晴 於  テラス



夏の日の死
昨夜は11度Cまで
気温が下がり
山荘はすっかり冬の兆し。

それでも太陽が昇り
森を暖めると
最後の声を振り絞って
ミンミンが鳴き出した。

おや!
兜虫の雌だ。
干乾びてコチンコチンに
なっている。

もしかすると昨日までは
生きていたのかも。
西畑のチップの山で産卵し
最後の力を集結し
テラスの陶器に
描かれた海を目指して
やっとここまで来たの?
最後に海は
見えたのだろうか?





           明日25日からヒマラヤへ出張。山荘日記は暫く否
                    ひょっとすると永遠に、お休みかな?
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