山荘日記

その33夏ー2008年葉月

 


葉月2週・・・山荘の夏休み





鮫歯・珊瑚海の夏の贈り物



虹の光臨

蒼いモルジブの海の
宇宙から
山荘の森へ還る。

久しぶりに
大きな窓を開けると
天空に架かる虹。

眼下の里から
小倉山を一気に駆け昇り
天空を切り裂き
高芝山を超えて更に
鈴庫山の彼方へ
光の帯は走る。

船室の大きな窓を
彩るモルジブの
虹と連なり
森の宇宙と海の宇宙が
夏の詩を詠う。
8月8日(金)雷雨 小倉山



雹の襲来

虹が手紙をくれた。

数千メートルの
高みに漂う鉄床雲を
集めて
文字を氷の玉にして
天空から
届けてくれた。

どれどれ何が
書いてあるのかな?
確かに氷に
文様らしきものは
在るけれど
これじゃまるで解らん。

モルジブ鮫の顎に
書かれたデビヒ語が嗤った。
《今まで何か解っている
つもりだったの?》
8月8日(金)雷雨 山荘芝生





8月8日(金)雷雨 奥庭
青き林檎

モルジブ鮫と
言うのはね
山荘主が先週行ってた
モルジブで
手に入れたお気に入りの
鮫の大きな顎と骨。

その骨の白い部分に
DVガイドの
マウルーフが
モルジブのデビヒ語で
山荘主に
メッセージを書いたんだ。

そいつを山荘の壁面に
飾って
理解不能なデビヒ語を
眺めてはニヤニヤ。
変な山荘主!


リポーターは
雹に叩かれて濡れた
青い林檎でした。



林檎に宿る星

天空からの
氷の手紙が解けて
青い林檎に流れ
透明な星になった。

透き通った星に
長くデフォルメされた
犬小屋が浮かぶ。

そうだ悠絽が
あの小屋に新たな生命を
灯し始めたんだ。
きっと山荘主の帰りを
待っている。
迎えに行かなくちゃ。

それに山荘会員も
来るから一緒に悠絽を
迎えに行こう。
8月8日(金)雷雨 奥庭



怖えー!
命綱をつけた忍者

森の暗闇を
恐々と覗き込む
2人の忍者らしき人影。

で、ハーネスに
ザイルを装着して
ザイルをピーンと張って
るのはどうして?

ここ急勾配の屋根の上。
命綱を着けないと
真っ逆さまに
落ちてしまうのだ。

落ちるか落ちないかの
ギリギリの屋根の縁で
さて2人は
なにを始めるのか?
8月9日(土)曇 ログ屋根



まさか屋根で
クライミング?


性懲りも無く再び
やって来ました4月19日
馬淵、伊藤の両君。

確かあの日は
ログ屋根の南、西側の
半分しか仕事は
終わってない。
だが残りの半分は
大変危険な
作業になる。

再び山荘に戻って
残りの仕事を続ける事は
あるまいと
思っていたが両君は
戻ってきたのだ。

この貴重な山荘会員を
失う訳にはいかない。
命綱をしっかり
結んで安全第一。
8月9日(土)曇 ログ屋根



落ちるか塗るか!

ログの西と北側は
山の斜面になっていて
梯子を架けても
高すぎて屋根まで
は届かないし
不安定なのだ。

そこで切妻と破風に
オイルステンを
塗るには屋根上からしか
術は無い。

真剣な顔して
伊藤君が先ず切妻を塗る。
その下の破風まで
更に腕を伸ばし
緊張の一瞬。

8月9日(土)曇 ログ屋根



屋根上の詩人!

両君は実は詩人で
あったのか?

見上げるたびに
屋根上で大の字になり
黙って空に見入って
いるのである。

釣られて空を
見上げたが空には
何もない。
さては何もない空に
虚無を見出し
『我思う。故に我在り』
なんぞと思惟してるのか?

「全然違いますよ。
作業して
頭に昇った血を
下げているんですよ」
8月9日(土)曇 ログ屋根



揺れる桔梗

ふと屋根から
森に目をやるとあちこちで
気品を漂わせて
藍紫の花弁が揺れる。

伊藤君が突然
むふふの宣子さんを
思い出し
揺れる桔梗に向かって
熱い視線を投げる。

一緒に山荘活動に
参加する筈だった宣子さん。
伊藤君の熱い想いも
知らず今頃
何処でどうしているやら。

8月9日(土)曇 奥庭



純白の槿(ムクゲ)

そういえば
何度か山荘に来る
予定だった馬淵君の
むふふの彼女は
どうしたんだろ?

きっとこの純白なムクゲの
ように清楚で
美しいので自然界の
無数の生命達が
放っておかず
今回も馬淵君は
生存競争に敗れて
しまったのだろうか?

いやいや真淵君に限って
そんなことは無い。
次回はきっとムクゲの化身と
なって山荘に
現れるのだろう。
8月9日(土)曇 奥庭



池の大掃除

頭に血が昇って
しまう程困難で危険な
仕事が無事終わり
むふふの夢から覚めて
さてのんびり。

と思いきや
山荘主はとんでもない
事を言い出した。
「それじゃ次は
池の大掃除でもやろうか。
深くても1メートル程度
だから底に溜まった
枯葉や土は2時間もあれば
片付くよ」

「・・・・・・」

8月9日(土)曇 山荘池



錦鯉危うし!

《鯉は濡れた新聞紙に
包んでおけば
半日位は生きてるよ》

と小さい頃聴いた話を
しっかり信じ込んで
山荘主は真鯉も緋鯉も
錦鯉さえも
別の生簀に移さず
池の泥掬いを始めたので
鯉はギブアップ。

15年かけて育てた
珍しい藍の入った錦鯉や
金色の錦鯉も
死んでしまった。

鯉の養殖場に新たな鯉を
買いに行って
ビックリ!
山荘のより劣る錦鯉が
数万円の値段。
8月9日(土)曇 山荘池



宴の準備開始

山荘下の果樹園で
収穫した桃は
沢山あるし
前年度の唐黍と
畑の新鮮な唐黍も
どっさりあるし。

西畑のトマト
胡瓜、茄子、モロッコ
レタス、オクラ、蕪
そうそう小松菜、春菊も
食べられるかな?

これに山荘産玉葱
メークインを加えデザートの
採りたてメロンを
加えれば野菜・果物は充分だ。

8月9日(土)曇 西畑



匂いだけ?

朝からシェフの
村上さんが腕をふるって
調理した料理は
どれがメーンディッシュか
解らぬほど。

先ず3日前から
仕込んだ山荘定番の
スペアリブ。
海老と烏賊をたっぷり
使ったシーフードサラダに
シシャモの南蛮漬
茄子の揚煮
山荘のメークインで
作った特製コロッケと
ポテトサラダ、きんぴら
トマトのオニオンドレッシング。

勿論、悠絽が黙って
いるはずがない。
『あたしも食べたい!』
8月9日(土)曇 テラス



兜虫も宴に参加

悠絽だけではない。
羽音もけたたましくテラスに
飛び込んできたのは
お馴染み兜虫。

モルジブで買ってきた
テーブルクロスに
着地し悠絽と一緒になって
料理を味見しようと
あちこち走り回る。

さてそれでは先ず
山荘特産ビアで
綺麗になったログハウスと
池の為に乾杯!

8月9日(土)曇 テラス



黄星髪切虫

2次会の宴を
ログハウスに移し
山荘産ワインを
酌み交わし大いに呑む。

更にプチ天文台ガニメデに
昇り星空に身をさらし
天の川に描かれた
星々を追う。

あれが白鳥の尻尾デネブ
その西の銀河の岸辺
に琴座のベガ
二股に分かれた銀河の
南側に鷲座の
アルタイルが見えるだろ。

この3つを《夏の大三角形》
と呼んでいるんだ。

俺の背中が見えないか!
俺なんか背中に
銀河を乗せてるんだぞ!
と叫んでいるのは
無花果を食い荒らす
キボシカミキリ。


8月10日(日)晴 石卓の無花果





8月10日(日)晴 北の森
塩屋虻の白毛

宴の最中に
目白の冨美代さんから
電話メッセージが
届き東京の暑さが話題に
なるが山荘は
涼しいどころか寒い。

見事な尾を煌かせる
流れ星を
数えているうちに
寒くなりプチ天文台から
森に降りる。

両君が呟く。
「天の川を見たのも
あんな綺麗な流れ星
見たのも初めてですよ」

「この前山荘で見せて
もらった土星の輪も
良かったけど
今夜の箒星も忘れられないな」

森のシオヤアブが呟く。
『あたしお尻に箒星
着けてんのよ』



立秋・深山茜

翌朝6時起床。

夏の山荘活動起床時間は
5時と決まっていたが
山荘主の老齢化に
伴っていつしか
6時に勝手に変更。

勿論呑んだくれの
山荘会員に不満はない。
遅くまで呑んで
熟睡してる会員にとって
起床時間が
遅くなるのは大歓迎!

起床後は先ず
畑仕事が待っている。
トマト、茄子、胡瓜
唐黍、オクラに有機肥料を
漉きこむ。

ミヤマアカネが
目玉をぎょろりとさせて
『朝からご苦労さんだね。
それにしても若いのに
イマドキよく働くね』


8月10日(日)晴 立野山橋





8月10日(日)晴 東の森
大塩辛蜻蛉・雄

「畑仕事が終わると
愉しい楽しい
《森の散歩》だよ」と言うと
歓ぶのは犬だけ。

多くの山荘会員は
『山荘に来たからはこの
散歩と称する
ハードトレーニング(?)
避けて通れぬ苦役』と
思っている節がある。

そういえば
《森の散歩》に耐えられなくて
消えてしまった
山荘会員も少なくはない。

さて今朝の散歩は
目の前の小倉山にしようか?

オオシオカラトンボが
伊藤君を心配そうに見つめる。
『次の山荘活動は
ワイン造りらしいけど
彼も消えてしまうかしら』



墨流し(立翅蝶科)

紅色の口吻を
悠絽(犬)の糞に差し込んで
黒の貴婦人
スミナガシが澄まして
挨拶する。

『お帰りなさい。
《森の散歩》は
愉しゅうございましたか?』

伊藤君も真淵君も
村上さんも汗びっしょり
になってチラリと
犬小屋を一瞥しただけで
黒の貴婦人に気づかず
シャワー室へ直行。

森の生命たちは
《森の散歩》をする会員を
いつも
見守っているんだね。
8月10日(日)晴 奥庭



夏薔薇エール

太陽が暖めたシャワーを
たっぷり浴びて
前庭に出ると石卓の横で
真夏の薔薇がニッコリ。

『早朝から畑仕事を
こなし小倉山まで
登って御苦労さんでした。
白と赤のワインを
冷凍室でしっかり冷やして
おきました。
グラスに注ぐとワインに
氷片が浮いて
グラスに赤薔薇と白薔薇が
咲きます。
それを呑み干した瞬間
山荘活動の素晴らしさが
五体を駆け巡ります」

8月10日(日)晴 石段アーチ



朝トレ後のワイン

箸とスプーンは必要だけど
ナイフとフォークまで
食卓に並べると言う事は
朝から肉料理?

出てきたのは何と
湯気を上げた
ほかほかの
大きなメークイン。

圧力釜で蒸かしたので
皮が捲れ上がり
白く粉を噴き見るからに
美味しそう!

これをナイフとフォークで
切ってふーふー
冷ましながら食べるんだ。

この馬鈴薯と採りたて
唐黍と焼きたての
山荘人参パンが主食で
ワインによく合うんだな。

勿論冷やした桃
メロン、西瓜もヨーグルトに
和えてワインのつまみ。

薔薇さんの言う様に
五体にワインが
浸み込みますね。


8月10日(日)晴 石卓





8月10日(日)晴 鈴庫山頂
初めての悠絽遠征
1602m

早朝から
畑仕事をしてだよ
其のうえ山に登ってだよ
誰だってそれで
肉体労働は充分と思うだろ。

ワインを呑み終わったら
「さあ!それでは
笠取山(1953m)
でも行くか?」なんて言うんだ。

悠絽を車に乗せて
柳沢峠を越えて
一之瀬へ向かったら
林道が通行禁止。

「やったね!登山中止だ」
と思ったら
「それじゃスズクラ山にしよう」
ガックリ!

名前さえ知られぬ
マイナーな山だから当然
誰も登らない。
着いた山頂もひっそり。



小さな山頂表示板
山神宮

山神宮と彫られた
石碑は立っているが
山頂標識は
小さくて見えない。

モルジブで手に入れた
鮫の歯のように
鋭い悠絽の歯と並べて
やっと山頂標識が
写る程表示板は小さい。

深い森に覆われた
目立たぬ山だが
南側は崖になっており
眼下遥かに今朝登った
小倉山が霞む。

目を凝らして遠い扇山の
山腹を見やると
山荘が小さな星になって
緑の宇宙に煌く。

今朝登った山頂を
他の山頂から望むなんて
何という贅沢!


8月10日(日)晴 鈴庫山頂





8月10日(日)晴 鈴庫山の森
再会・銀竜草

スズクラ山の
『スズ』は稲の束を積んだ
稲積のことで
『クラ』とは岩を意味する。
谷川岳一之倉の倉と
同じクラである。

麓の平沢や福生里の
里から見上げると
南側の岩壁が
稲把を積んだように
見えるのであろうか?

この深い森で
実に久しぶりに幻の
《ギンリョウソウ》
に出逢った。

茸は樹木に寄生するが
銀竜草は
樹木に寄生した紅茸属菌類に
更に寄生して
菌経由で栄養素である
有機物を吸収する。

従って紅茸菌類があって
初めて生存が可能に
なるのだ。



マアルも加わる

大変だ!
マアルがやって来た。
犬小屋が足りない。
増設工事を急遽せねば。

毎日夕刻にやって来る
スコールのような
雷雨に襲われる前に
完成しないと
マアルがずぶ濡れに
なって可愛そう。

バイクでホームセンター
に走り軽トラックを
借りて資材調達。
何とかコンパネで小屋完成。

こりゃ面白くなってきたぞ!
2頭で森を走り
山を駆け巡るなんて
ワクワクするね。
8月11日(月)晴 奥庭



初合同トレーニング

2頭合同の
最高に贅沢な朝トレを
何処にするか
実に迷うな。

ようし先ず東の森から
鉄塔山の山腹を走り
それから
船宮神社に出て片栗の森
更に上条峠に登り
沢を下ろう。

2頭一緒に走ると
悠絽が今まで
見せなかった積極性を
発揮しぐんぐん
先頭になって飛ばす。

負けまいとマアルが
軽快な足捌きで追う。
8月12日(火)晴 船宮神社



ゆぴてる修正開始

今回の合宿の
メインである大型油絵の
修正が始まった。

6月に東京銀座で
油絵の展示会を開いた
村上さんが
15年前描いた
『ゆぴてる』の修正を
ログハウスに篭って開始。

山荘開きに合わせて
中国の画家・李明氏に2点
青い芥子の会の
隅田氏に1点、村上氏に1点
計4点の『ゆぴてる』が
山荘壁面に飾られた。
その1点の修正である。

山荘のテーマである
《木星》がどう生まれ変わるか
楽しみである。
8月12日(火)晴 ログハウス



葉月4週・・・初秋の気配






8月21日(木)晴 テラスから
入道雲と麦酒

北極からやって来た
冷たい大気が
太平洋の熱気にぶつかり
薔薇色に染まる巨大
入道雲を
天空に描いた。

翌朝冷気は北海道宗谷の
最低気温を1.5℃まで
低下させた。
この鋭い氷のナイフが
縦横無尽に
澱んだ熱気を切り裂く様
を観賞しながら
先週仕込んだビアを
ぐいっと呑む。

あれっ!
めちゃ不味いぜ。
しまった!2次仕込み
プライミングシュガー
の量が足りないんだ。
折角の天体ショウも
これじゃしらけるね。



初秋の音楽家

プライミングシュガーと
言うのはね
ビアを泡立てる為
入れる砂糖のことなんだ。

ビア100ccに対して
0.5gなので
大瓶633ccには3.1g
が適量なんだ。

これより多いと泡量が
増えすぎて
栓を抜いた途端
ビアは爆発し天井まで
吹き上げるんだ。

少ないと泡の立たない
沈黙ビアとなって
不味くて呑めない。
今回はどうも沈黙ビアに
なってしまったらしい。

キッチンで様子を見ていた
背筋露虫
ギチギチと嗤う。
『おめでとう!
それじゃ2樽分のビア
全部が不味い沈黙ビアに
成った訳ね。』


8月21日(木)晴 キッチン



桃溢れる冷蔵庫

沈黙ビアでしょげて
悠絽とマアルを連れて
散歩してたら
桃畑で出逢った里人
「撥ね出し桃
持っていきなさるかい?」

撥ね出し桃とは
ぶつけて傷がついたり
形が悪かったりして
市場に出さない桃。

味はむしろ撥ね出しの
方が美味しいのだ。
籠いっぱいに
桃を詰めてくれたので
冷蔵庫2段に入れたけど
入りきらない。

毎日毎日食べても
これじゃ食べきれないな。
8月21日(木)晴 キッチン



枝豆全滅
やっと収穫出来た唐黍

美味しい美味しい
茶枝豆の種を
どっさり畑に蒔いた。

7月の最初の収穫
茶枝豆の香りと
まろやかな味にすっかり
魅了された。

モルジブに旅している間も
収穫時期が
遅れてしまうのではと
気懸かりだったので
帰国後即収穫。
食べてみて唖然!

地元で『オガ』と呼ぶ
カメムシにやられ
豆が変質し
とても食べられる状態でない。

その代わり苦労して
育てた唐黍がご覧の通り。
早速保存食作り開始。
これで美味しい唐黍が
1年間食べ続けられます。


8月22日(金)晴 キッチン



豪華2頭立て

こんなに愉快で痛快で
愉しい気分に
なったのは少年時代以来。

2頭の犬に引かれて
ぐんぐん森を走る。
ただそれだけの事が
これ程深い歓びを
紡ぎ出すとは!

よたよた歩くだけだった
悠絽もマアルも
そんな事は
無かったかのように
競って走り続けるのだ。

2頭立ての馬車に乗った
王子様のような
気分になって唯走る。
8月22日(金)晴 小倉山山頂



磨り減った肉球

大変だ!
マアルの足の肉球が
磨り減ってしまった。

弾力に富んだ黒い
顆粒状角質層部分が
磨耗し
弾性線維の網目状
黒地が露出し
更に内側の筋肉が
ピンク色して覗いている。
痛そう!

マアルがびっこを
引いているので変だなと
4本の足を調べたら
4本共総て肉球が
磨り減ってしまっている。

ごめんよ!
そんなことにも
気が付かないなんて。
早く直して
又一緒に走ろう!


8月13日(水)晴 前庭



晩夏・高砂百合

黄色やピンクの百合・
マルコ・ポーロが咲き出し
野原のあちこちで
野萱草が開き
山百合が妖艶な色と香りを
放ち始めても
高砂百合は未だ固い蕾。

秋を告げるひぐらしの
哀しそうな声が
山荘の森に満ちる頃に
やっと開く高砂百合。

この一瞬がとても
待ち遠しい。
生きていることの哀しさと
歓びが静かに
込み上げてくる。

心がしーんとして
なぜか
琵琶の音色に満たされる。
8月23日(土)雨 前庭



ミンミン蝉の仮死

北極からの冷たい大気で
凍死してしまった
かのように
ミンミンが動かない。

あれ程大きな声で
高らかに太陽を
謳い上げていたのに
もう君の夏は
終わってしまったんだね。

きっと来週には
熱い太陽が戻って来るから
その時には
あの朗々としたアリア
聴かせておくれ。
8月23日(土)雨 奥庭



竹枯葉蛾の秋

もう枯葉になって
しまうなんて
早すぎはしないかい?

芝だって未だ青々してるから
君の枯葉は
とても目立ってそれじゃ
鳥に襲われて
食べられちゃうよ。

まるで保護色には
なっていないよ。
タケカレハ君!
そうか、もしかすると
君もあの
冷たい北極の大気に
騙されたんだね。
8月23日(土)雨 奥庭



秋色・筋雀蛾の幼虫

そんなにお洒落して
何処へ行くんだい?
セスジスズメ君!

オレンジの文様が
銀河鉄道の車窓のようで
漆黒のボディが
勇ましくて
君は宇宙を疾駆する
生命体だね。

北極の冷気に怯えて
早く変態しようと
焦らなくてもいいんだ。
君はもう直ぐ
本当に羽をつけて
中空に飛び出し
宇宙を疾駆するんだ。
8月23日(土)雨 奥庭





8月24日(日)雨 書斎から
予感の軌跡

フェルメール
絵の中にあるのは
移ろいゆくものをその一瞬だけ
とどめたいという
ささやかな祈りなのだ。

しかしそれだけではない。
微分法と同じく
そこにとどめられたものは
凍結された時間ではなく
それが再び動き出そうとする
予感である。

それを描き出すこと。
フェルメールは
ニュートンよりも少しだけ早く
ニュートンよりもより鮮やかな形で
世界を微分することに
成功していたのだ。

その予感の軌跡が
とりもなおさず美しくうつるのである。
そう私は思い至った。

福岡伸一
「フェルメールが紡いだ美」
より
現在上野の東京都美術館で 
フェルメール展開催中



山荘に架かる雲
8月24日(日)雨 村里から

生命は静止していてもいつだって
《再び動き出そうとする予感》に満ちている。

否、むしろ静止してる時こそ秘められた躍動が
鮮やかに滲み出る。

山荘の窓外に描かれたフェルメールの絵画に
吸い込まれた。

絵画の雲海の中から見上げた山荘は
更に上空に雲の帯を乗せ、新たに小さな雲海に
呑み込まれる寸前であった。

認識者にとって《予感の軌跡》は
未来から過去へと連なる生命そのものである。

認識者が山荘に予感を抱き続ける限り
山荘は生命体であるのだ。



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