山荘日記

その2006年葉月

 




葉月・4週・・・さらば夏休み



8月27日(日)雨のち曇     於 前庭石卓

哀しい程までに
美しい声で
山荘の黄昏を
包む蜩
(ひぐらし)が
女郎蜘蛛に
捕らえられてしまった。

急いで獲物に飛び掛り
逃げないように
糸でぐるぐる巻きに
するかと思っていたら
些かも慌てず
悠然と蜩に近づき
体液を吸い始めた。

蜩の生命が音を立てて
蜘蛛に吸い取られる。
決して聴こえぬ
その幽し残酷な響き
蜩の哀しいまでに
美しい声にエコーする。

蜩と女郎蜘蛛


8月26日(土)雨     於 西畑のメロン

馬鈴薯を全滅させた鹿が
枝豆を食べメロンにも
手を出し、西畑は更に
悲惨な様相を帯びてきた。

先週耕運機をかけ
畑はふかふか。
其の上連日の雷雨で
更に柔らかくなった土に
くっきりと刻印された
憎っくき鹿の足跡。

そこへちゃっかり兜虫。
先ほど雌の兜が
チップの山でうろついてたが
色気より食い気かい?
早く交尾しないと
もう夏は終わってしまうよ。
鹿、メロンを襲う


8月26日(土)雨     於 前庭

伝説の西瓜「伝助」が
日毎に大きさを増し
昨年晩夏は連日西瓜を
食べていた。

余りの美味しさに今年も
張り切って各種17本もの
苗を植え育ててきた。

ところがどうも
変なのである。
西瓜の花は黄色いのに
白い大きな花が咲き
瓢箪のような実が成った。

西瓜は生命力の強い
夕顔、南瓜等に接木して
苗を作る。
夕顔は西瓜の生命
食べてしまったのだ。
西瓜の変身


8月27日(日)雨のち曇     於 北の森(朝トレ)

冥界の天体!

小雨の降り濡つ
薄暗い森で
闇を突き破っていきなり
冥界神プルートーンが
現れた。

地球の247倍もの時間で
太陽を巡る冥界の星は
つい3日前の8月24日
IAU
(国際天文学連合)によって
惑星の座から下ろされた。

こいつの正体は
山荘図鑑には載って無い。
即図書館に直行。
検索1時間・・・徒労。
敢えて名を挙げるなら
原茸?白卵天狗茸?
えっ!
疣のあるのは
白鬼茸だって。
冥界神・プルートーン


8月26日(土)雨     於 東の森への農道(朝トレ)

鮮やかなのである。
小さくて藪に呑み込まれ
見過ごされてしまうが
近寄ってじっくり見ると
かなり鮮やかな美人。

合弁花の昼顔科で
ある事は一目瞭然。
しかし其の先に進めない。
山荘の和文図鑑12冊
英文図鑑6冊の
何処にも姿を留めず。

プルートーンの正体を
求めるついでに
図書館で検索。
全く姿無し。
もしやと帰化植物図鑑を
開いてやっと同定。
マルバルコウ
嘉永年間
(1856年)渡来。
合弁花の白粉花?


8月25日(金)晴後雷雨     於 中畑

どうこの美味しそうなこと!

「農薬を全く使っていない」と
言ったら農業をやってる
隊員が
「うちじゃ、農薬撒いても
虫にやられちまう」
と嘆いた。


《農薬を使わないと
できないなら
山荘では作らない》
これが山荘の方針である。

200本程を早速茹でて
保存用に実を剥きにかかる。
2日がかりでやっと終了。
大型冷蔵庫の冷凍室は
とんもころしだらけ。

これで1年間分のワインの
摘みには事欠かない。

山荘ワインの御摘み収穫


8月27日(日)雨後曇     於 西畑

先週西畑の秋桜を
ばっさばっさとなぎ倒した。
やっと畑らしくなったが
残っている秋桜が
あちこちで咲き出した。

トマトに迫る秋桜
まるで自分でトマトを
育てたかのような顔し
澄まし込んで咲いている。

カモフラージュのつもり?
だめだめ
騙されないよ。
秋桜に奪われたトマト


8月27日(日)雨後曇     於 西畑

十数の蕾が一斉に開いた。
曇天で暗い山荘の前庭が
急に明るく華やいだ。
チベットから帰国し最初に
山荘でこの花に出逢った
2年前の記憶が甦る。

純白で強靭な生命力を
秘めた
花弁を見つめていたら
チベットの雪の匂いがした。
気のせいかなと思って
鼻を近づけてみたら
確かに百合が持っている
あの強烈に誘惑する
甘い香りは無く
匂いの在るはずの無い
雪の気配が流れた。

・・・
(2004年8月20日山荘日記より)
高砂百合一斉開花


8月27日(日)雨後曇     於 倉庫

出発を1ヵ月後に控え
連日協賛企業から
ヒマラヤ遠征用の
荷が届く。
荷の整理と試食
礼状発送と中々忙しい。

今回で35回になる
海外登山。
我が隊を後援し続け
支えてきてくれた企業には
感謝!感謝である。

何人かの社長さんからは
直に激励の手紙や電話を
いただき感激!

作業の合間に村の衆が
果物や取れたての野菜を
持ってきてくれる。

目指すは
カンペンチン
(7293m)
ヒマラヤへの隊荷





葉月・3週・・・晩夏の生命



8月19日(土)晴     於 ガニメデからの森

三叉神経の激痛
数度にわたり傷めた左膝痛
硝子体剥離障害
アキレス腱痛
右肺肉芽腫発症。
1ヵ月後にはヒマラヤ遠征。

トレーニングによる
肉体酷使と老化現象が
津波のようにやって来て
暫くガニメデから
遠ざかっていた。

払暁と共に目覚め
ぷち天文台・ガニメデの
天井を開き
夜明けの太陽を
朝トレ前に森と共有する。

唯それだけの時間が
取れなくなる日は
そう遠くは無い。
ガニメデの朝


8月20日(日)晴のち雷雨     於 中畑と朝食の唐黍

とんもころし
台風並みの
激しい雷雨にやられて
三度もなぎ倒され
全滅かと諦めていた唐黍。
その都度一本ずつ
立て直した甲斐あって
見事復活し
収穫期

しかしまだまだ
油断は出来ない。
午後になると雷雨の
定期便がやってくるのだ。
降るだけなら涼しくて
大歓迎!
問題は雷雨に伴う強風。
究極の味覚
グイット?ぎって
バリバリと皮を剥き
即茹でる

つい30分前は
未だ生きていた唐黍。
これを食べたら最早
八百屋の
唐黍は食べられない。

言葉では到底言い表せない
究極の味覚なのである。

大量に茹でて剥いて
冷凍保存し山荘では
通年これを常食にする。

あっ!ごめん
虫君まで茹でちゃった。


8月20日(日)晴のち雷雨     於 前庭の石卓

太い紅葉の根元から
水仙のような葉を出す。
でも夏になると
花も付けずに枯れてしまう。
《変な奴》と
13年間も思っていた。

とんもころしを夢中で
頬張っていたら
視界にピンクが揺れる。
《あれっ!こいつ
いつから咲いてるんだ》

「山荘建てた時からよ」
そうか
彼岸花のように
葉無しで突然咲くから
気づかなかったんだ。

夏水仙


8月20日(日)晴のち雷雨     於 中庭のテラス下

山荘池の主
日本蟇蛙

ついに出ました大物蝦蟇!
毎年春になると
数メートルもの長い
寒天のような紐状の卵塊を
池に産む。
しかし
たくさんの黒い御玉杓子が
孵る前に
半分野生化された獰猛な
山荘池の鯉に
皆食べられてしまう。
でも産み続ける。

目の後ろに耳線があり
ここから毒液を出し
敵をやっつける。
実はここ2ヶ月
蛙のコーラス隊を追い求め
山荘下の水田に
何度も足を
運んでいたのだ。

日没と同時に一斉に
始まる蛙のラブコールは
初夏の
山荘定期演奏会
素晴らしい歌声の主に
一目逢いたいと・・・


しかし演奏会が終わり
朝になると
姿を隠してしまう。

蝦蟇は歌ってくれないし。


8月19日(土)晴のち雷雨     於 前庭の石卓

雌腹部側面後方の
真紅の大型斑紋は
これから秋にかけて
鮮美さを増し
女郎としての妖しさを
完成する。

垂直に3重の網を張る。
中央に目の細かい丸網
その前後に平行した
小さい網を広げる。

秋になって
真紅の紋が鮮やかになると
小さなしょぼくれた雄が
数匹巣の縁にやって来る。
交尾後に
黒後家蜘蛛の雄のように
食われてしまうとか?
女郎蜘蛛





葉月・2週・・・笠取山


8月10日(木)晴     於 立野山橋にて(朝トレ)

朝夕の森に流れる
蜩の鳴き声にうっとり!

暫し聴き惚れていると
あっと言う間に日々は流れ
赤とんぼが舞い始める。
愕然とする
赤とんぼは秋の使者。
つまり夏休みがもう直ぐ
終わってしまうことを告げる
使者でもあったのだ。

赤とんぼがやって来た。
ヤバイ!
しかしよく考えてみると
焦る事も
愕然とすることも無い。
おいら1年中休みなんだ。
いいなー!
秋の使者・深山茜


8月13日(日)晴     於 居間スタンドライト

大型の昔ヤンマが
山荘の池を
悠然と飛翔する。
優美な姿と
大きな
緑の複眼
吸い込まれてしまう。

テラスの網戸を開けた
一瞬の隙をついて
昔ヤンマが居間に
飛び込んで来た。

擬似太陽と知ってか知らずか
スタンドライトに突進し
そのまま笠に止まる。
緑の複眼が
擬似太陽の光を
複雑に反射する。

ヤンマにとって
擬似太陽とは何なのか?
昔ヤンマ


8月12日(土)曇後雷雨     於 笠取小屋下藪沢の頭にて(山トレ)

熊の痕跡は
山荘周辺の森にも
至る所にある。
だが、こんな凄い爪痕は
見たことが無い。

裏白樅の大木
強力な爪で引っ掻き
引き剥がし食べてしまう。
当然樅の木は
枯れてしまう。
あちこちで樅の大木が
立ち枯れている。

熊は木の実は食べるが
木の皮を食べるなんて
聞いたことが無い。
それも裏白樅だけが
引き裂かれているとは?
熊の爪痕


8月12日(土)曇後雷雨     於 笠取山稜線にて(山トレ)

浅黄斑
The Chestnut Tiger
(栗毛の虎)
いきなり空が開けた。
何の前触れも無く
深い森が断ち切られ
視野いっぱいに宇宙が
広がるこの瞬間が好きだ。

それだけでも嬉しいのに
宙には淡い藍と黒の文様を
優雅に閃かせ
幾つもの
帆船が舞っている。
《大きいね
美しいね!》


8月12日(土)曇後雷雨     於 笠取山稜線にて(山トレ)

自然倒木が杉苔に覆われ
谷の小石までもが
毬藻のように苔で包まれ
森は緑の生命に
満ちている。

仄暗い森の中から
標高2千mの
明るい稜線に出ると
あちこちに咲き乱れる
黄色い花。

何だっけ?
「メタカラコウ?」
「そんなような気もするけど
ちょっと違うかな?」
ここ数十年日本の夏山に
ご無沙汰。
すっかり忘れてしまったが
《丸葉岳蕗》でした。
丸葉岳蕗


8月12日(土)曇後雷雨     於 笠取山山頂にて(山トレ)

お盆休みに入ると
日本百名山は
人でごった返す。
百名山では無いものの
奥秩父の名峰・笠取山も
さぞかしと覚悟を決めて
歩き出したが
人っ子一人居ない。

山頂に聾唖者の2人連れが
まるで
山の一部になって
静かに佇んでいた。
シャッターを押してもらった。

日本の山の山頂で
写真を撮るなんて
随分久しぶり。
笠取山山頂1953m


8月14日(月)晴     於 前庭石卓にて

どれ、大きくなったかな?
と無花果の果実を
見に行ったら敵発見!

昨年は食べきれない程の
良く熟した甘い無花果が
実ったのに
今年は小さな実が
ちらほら。

犯人はこいつだ。
幹に穴を開けて食い荒らし
桑、枇杷、白樺等を
枯らしてしまう。
前庭の数本の白樺も
例年穴を開けられ
何回も植え替えを
余儀なくされた。

さて、殺すには忍びない。
池の鯉に食べてもらって
輪廻をまっとうさせよう。
桑髪切り虫


8月13日(日)晴     於 西畑にて

《お犬様ならぬ
秋桜様》の失政の報いが
西畑を襲った。

西畑は1m以上に伸びた
秋桜が辺り一面に跋扈。
例年なら10月まで実を
付ける茄子もオクラも
西瓜、メロンもほぼ全滅。

中畑のトンモコロシと
西畑の人参のみが
秋桜にめげず
成長している。

しかし人参も新たなる敵
揚羽蝶の幼虫に
襲われている。

こいつも鯉に食べてもらって
輪廻だ

黄揚羽5令幼虫


8月14日(月)晴     於 座禅草の森にて(朝トレ)

夏特有の水蒸気を
含んだ大気がいつも太陽の
輝きを奪っていた。
しかし今朝の高層大気は
久々にクリアーで
素晴らしい快晴。

森の吐き出した息吹を
光が刺し貫き
森影に神々の予感を描く。

人々は敬虔な気持ちを抱き
総ての生命に耳を傾け
生命の彼方に
想いを馳せる。

そう、確かに
生命の創造者は
存在するのだ。
森の朝日




葉月・1週・・・陶器の海へ


8月6日(日)晴     於 居間から

北回帰線上の
アポロンは
高芝山山頂の
やや左肩から
5時14分に顔を出す。
今日の日の出は5時37分。
時間にして23分だけ
南へ移動したことになる。

今朝の太陽は
高芝山の
南の峠近くから顔を出した。
半年間の長い旅を経て
小倉山を超え
遥か水晶峠まで
太陽は達する。

つまり山荘にとって
北回帰線は高芝山
山頂
南回帰線は水晶峠。
南回帰線へ


8月6日(日)晴     於 居間にて

アポロンが
豊穣な光を
北の大地に振り撒き
南回帰線に向かって
助走を開始すると
山荘主は何故か
ヒマラヤの地への回帰を
夢見る。

山荘の生命は捨て置かれ
畑や庭は雑草に制覇され
豊穣な光は
実りを失う。
《汗の美しさ》を体験し
雑草と闘い
実りを回復すべく
山荘会員は
出撃せねば!


(2002年夏の檄より)
山荘の夜明け


8月5日(土)晴     於 テラスにて

紅海のダイビングから戻り
山荘テラスに出てみると
《珊瑚海の昼と夜》
と題した大皿の藍に
吸い込まれるようにして
玉虫が息絶えていた。

玉虫は発生数が
とても少なく
山荘でも滅多に
見ることは
出来ない貴重種。

成虫になってからは
殆ど何も食べず
生殖と死を求めて
唯ひたすら飛び交う。

最も華麗な甲虫が
死の最後の瞬間に求めた
《珊瑚海の昼と夜》
海を求めて


8月5日(土)晴     於 テラスにて

テラスで朝食を
摂っていたら
立羽蝶科の
小三筋
(コミスジ)が
飛んできた。
3本の白い線が目立つので
直ぐ同定出来る。

蝶は飛んできても
テラスに花が無いと
分かると2度と
舞い戻って来ない。

でもこの蝶は何度も飛来し
必ず

《珊瑚海の昼と夜》に止まり
触手を
陶器の藍
そっと触れる。

それは水ではないんだよ。
陶器の水幻影


8月4日(金)曇     於 倉庫にて

不思議で不思議で
何度も蟻を捕まえて
蟻地獄に落とした
幼い頃の記憶がある。

スプーンで
地獄の底を抉って
紙の上に広げると
口に鋏をつけた蟻地獄が
もそもそと砂の中から
姿を現す。
そいつを砂を詰めた
瓶に入れ
飼育していたら
居なくなってしまった。
探したら
砂で繭を作っていた。
繭がトンボになって
飛んだときの驚きは
忘れられない。

蜻蛉じゃなくて
斑薄羽蜉蝣だったんだね。
蟻地獄


8月6日(日)晴     於 山荘東の果樹園にて

「お知らせいたします。
熊が出没しています。
農作業には充分気をつけて
ください」

こんなに沢山桃が熟して
いるんだもの
山の熊にとっては
堪らないだろうな。
桃だけでなく葡萄もプラムも
一面に実っている
山荘周辺は
この時期、熊、猪、鹿が
大暴れ。

朝トレの帰りに
農婦に声をかけたら
撥ね出し桃を籠一杯も
貰ってしまった。

早速、朝の食卓に載せる。
とっても甘い!
桃の収穫期



8月4日(金)曇     於 東の森にて

山荘近辺の森には
2箇所に熊の捕獲檻が
仕掛けられている。

朝トレで走っていたら
その1つに月の輪熊
掛かっていた。
びっくりして近づいたら
恐ろしい唸り声を発し
鉄檻をガリガリ引っ掻き
今にも飛び出してきそう。
これじゃ森で出会ったら
とても敵いそうもない。

今年は未だ
どちらの檻にも熊は
捕獲されていない。
でも先週この檻の上で
熊の吼え声を聴いて
逃げ帰ったのだ。

熊の襲撃近し!
捕獲檻・熊出没




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