仙人日記
 
 その1172ー2015年  葉月
 Contents
[C]   第3日目 8月4日(火)晴午後曇,夕刻雷雨
双六岳へ
活動データ:31161歩、22km877m1013Kcal
《A》 荘厳なるガイアの夜明け
《B》 笠から槍、南岳への稜線図
《C》 双六岳へ 3日目
《D》 小鑓幻想 4日目
《E》 新穂高へ 5日目
笠ヶ岳山荘発 5:40 花見平 11:20
抜戸岳(2813m) 7:20 双六小屋着 12:10
秩父平 8:40 双六小屋発 12:50
大ノマ岳(2662m) 10:20 双六岳(2860m) 13:50
弓折岳(2592m) 10:50 双六小屋帰着 14:40
弓折乗越 11:00    

笠ヶ岳、抜戸岳、大ノマ岳、弓折岳、22km877mの稜線
8月5日(晴)  樅沢岳稜線より

振り返ってみて、あまりにも遠き山稜にあんぐりと口が開いてしまう。
遥か彼方の笠ヶ岳から本当に、このか細い脚で僅か1日で歩いてきたのだろうか?
歩数計には3万1161歩、22km877mと記されているが、
こうして樅沢岳の稜線から眺めてみると、とても1日の労作で成し遂げられる仕業とは思えない。
1日の労作がこんな風に画像となって展開されるなんて、心底嬉しいね!



深山鳥兜 (ミヤマトリカブト)

白山風露 (ハウサンフウロ)

衣笠草 (キヌガサソウ)

深山竜胆 (ミヤマリンドウ)


【7】 心が透明になり、厳粛な想いが
8月4日(晴れのち曇り・夕立ち)

ぐっすり寝たせいか、3時半頃には目が覚めた。暗い中で身支度をしながら、夜明けの気配が満ちて来るのを待つ。
窓から外を覗いてみると、素晴らしい眺望が飛び込んでくる。
槍から穂高連山の山塊が黒いシルエットとなり、紅の帯がそれらをくっきりと浮かび上がらせる。これから始まる、壮大なドラマの幕開けを予感させる。
未だ4時だが、山ではもう4時。まだ寝ている隊長に声を掛けてこの素晴らしい景観の感動を伝えずにはいられない。
声を聞きつけた他の登山客も起き出して、窓の外を眺め「わー、これはほんとにすごいですね!」と感嘆の声。
カメラを抱えて、外に出る。爽やかな空気に包まれ、圧倒的な夜明けのドラマを鑑賞。

とにかく山稜のシルエットの豪華な美しさときたら、この地にやってこなければみることのできない、
正しく自分の足で掘り出した素晴らしい宝もの。
雲の色がどんどん変化して、やがて槍の肩から深紅の光の塊が盛り上がり、幾筋もの光の矢を放ちながら一気に太陽が昇ってくる。
この一瞬の出逢いの為に此処に来た、と言っても過言でない。
最初の太陽の光に出逢う瞬間、心が透明になり、厳粛な想いがこみ上げる。無意識のうちに何かを祈っている。



槍に向かっての遥かなる旅立ち
笠ヶ岳山荘発 5時40分 稜線上のたった一人の旅人



【8】 全く人の姿の無い稜線上を

夢中でシャッターを切りながら、ふと見回すと隊長が居ない。
人も減っているような・・慌てて小屋に戻ると、既に隊長は朝食を食べてる最中。
「太陽出てきましたよ!」と叫ぶと、食事を放り出して、カメラを手に表へ飛び出す。日の出は4時55分だった。
朝食には生卵が付いて、これは食べやすくて隊長にも好評だった。この高みでの生卵、貴重品だ。
昨日よりちょうど30分遅れで、5時40分山荘を出発、本日の行動開始。
歩き始めから、この稜線上の景色の素晴らしさに圧倒され、何度もカメラを構え、分岐までのコースタイムは1時間の筈なのに、
20分くらいもオーバーしていた。

目をやれば其処に佇む北アルプスの主峰達、去年はあのジャンダルムを目指したんだと感慨深く何度も見つめる。
遥か雲海の彼方には御嶽山の姿も望める。
全く人の姿の無い稜線上を、嘗て登った山々を傍らに眺めて歩むのは、最高の贅沢だ。
稜線上の登山道を外れ、這い松の斜面に分け入り抜戸岳山頂を目指すが、こちらから登ることはしないのか、道標なども無く分かりにくい。
戻る形でやっと小さな山頂標識があった。
我々とは違うところから登ってきたらしい若い単独男性がそれぞれ2人いた。




あれ去年のジャンダルムだわ! 

夜明けのアルプスの稜線は、
ダイナミックな遠景と
繊細な美を鏤めた花々の近景のアンサンブル。
村上が愛おしむように
昨年登ったジャンダルムの蒼いシルエットを見つめる。

そうだったね、落石や雪渓の割れ目の崩壊で
危険な天狗沢には未だたっぷり
雪が残っていたっけ。
アイゼン、ピッケル無しでは登れぬ急な雪渓が、
随分昔のヒマラヤ遠征を追想させたり、・・・・
もう1年も経つんだね。

抜戸岳のピークは巻道から逸れていて、
道標など全くないので
適当にケルンを目指してガレ場を登ったが、
頂上標識は隣のピーク。
そこから簡単に巻道に出られるかと
這松の中を下ったが途中から藪漕ぎ。
どうも我々が新穂高に下ると
思っていたらしく後から付いてきた単独行者に、
ルートが違うと注意してやったら吃驚していた。
単独であるが故に
一層慎重であるべきなのに、ナンタルチア!
 
夜明けのチングルマ 


抜戸岳ケルン (南峰)

抜戸岳の藪漕ぎを抜け巻路へ

抜戸岳頂上標識 (北峰)
秩父平への下りは
未だ残雪がたっぷり。
数百メートルにわたって
固定ザイルが張られ、
下りきると一面のお花畑。
小梅蕙草、信濃金梅、白山一華、
 
秩父平の雪渓
白山風露、深山竜胆、四葉塩釜、
蝦夷塩釜などの群落が
雪渓を背景に実に美しい。
大ノマ岳、弓折岳の山頂標識は
見当たらず、それらしき
指道標があるのみ。 

雪渓の固定ザイル

秩父岩と雪渓


【9】 心底驚いたと云う声を出す

彼らと前後しながら、元の登山道に出る道を探して歩く。私の前を歩く若者のザックの脇から何かがはずれ、
谷側に向かって岩場を転がり、途中で止まった。
気が付いてないようなので、大きな声で落とし物を伝えるが、振り返ってもきょとんとしている。
何とか通じて、「何で落ちたんだろう、変だな」と呟きながらも、無事落とし物を回収して、お礼を言いながら戻ってくる。
「こっちに行けばいいんですよね?」谷底に向かって延びている尾根筋を指さし、彼が無邪気そうな声で訊いてくる。
「どちらへいくんですか?」その尾根の先って何処目指してんだろう、と疑問に思って尋ね返す。

「新穂高行くんですよね?」「?、、」我々が、新穂高に下ると勝手に思っていたらしい。
驚いて、反対方向だと示すと、今度は彼が心底驚いたと云う声を出すので、あきれるのを通り越し心配になった。
後から来たもう一人の単独者が、やっぱり心配になったのだろう、口で説明しながら、彼を連れて戻ってくれた。
君!一人なんでしょ?人の後付いていっちゃだめだよ・・・・
意外に手間取りながらも、我々は無事に稜線の巻き道に戻った。
秩父平の手前で休憩して、水分、エネルギーの補給。




雪渓の下は一面のお花畑
 
 
深山金鳳花 (ミヤマキンポウゲ)の群落


蝦夷塩釜 (エゾシオガマ)
7月初旬には未だ
たっぷり雪に覆われ
残雪の下で
じーっと雪解けを待っている。

雪の層が薄くなり
斑になって大地が顔を
覗かせた途端、
一斉に芽を噴き出し
あれよあれよと云う間に
葉を茂らせ花を着ける。

雪や寒さに耐えやっと咲いたのに
僅か1、2週間で
華やかな日々は去り
再び冷たい大地に眠る。

美しければ美しい程
切ないね!

小岩鏡釜 (コイワカガミ)

深山金鳳花 (ミヤマキンポウゲ)

6弁の深山金鳳花? (ミヤマキンポウゲ)
 
深山唐松 (ミヤマカラマツ)
 
四葉塩釜 (ヨツバシオガマ)
 
山母子草 (ヤマハハコグサ)


【10】 花々の色とが響き合い美しいお花畑

秩父平には未だ雪渓が残っているが、ザイルが張られているので、急斜面を一気に下降できる。
雪渓の登下降を不安に思うのか、わざわざ雪渓を避けて降り難そうなガレ場を下っている人がいて、雪渓は我々だけだ。
雪渓の下はコバイケイソウを始め、高山植物の花盛りで、白い雪と緑の草と花々の色とが響き合い美しいお花畑だ。
此処からはアップダウンを繰り返し、大ノマ岳、弓折岳を通過。途中で彼方に双六小屋の赤い屋根が見えるが、歩いていると予想外に遠く感じられた。
隊長の姿はとっくに見えない。弓折岳分岐で大勢の登山者が休んでいる。

私もどっかり座りこみ、水分をたっぷり飲んで、今回初めて持参してきたぶどう糖の塊を食べてみた。
かなり甘いのだが、食べ終わった後は意外にすっきりした後味。固いので噛み砕くのに少し力がいるが、即効性に期待してみよう。
5分程の休憩時間で早速出発。大して休まないのに、動き始めると体が軽い。
途中で早そうな男性グループに道を譲ったが、花見平で彼らは休憩中。私はもう休むことなく快調に歩ける。
これはぶどう糖の効用なんじゃないだろうかと、内心驚きながらも、もし本当なら良い行動食だと嬉しくなる。




追い付いて来た村上
 
鏡平への分岐点


弓折岳の頂(西)より高い2592m地点

2つの池を従えた鏡平山荘

花見平の雪田

双六小屋見ゆ

その後色々山の情報を訊いて来るので
話しながら歩いていたら、
目の前に3羽の
子供を連れた雷鳥親子。
白い冬羽の無い雷鳥を
観たのは初めてかな?

北アルプスの北と南を繋ぐ
双六小屋は凄い混雑で
ヘリが連日なん往復もして
大量の荷揚げをしている。
夜に天ぷらが出たのには驚いた。

天ぷらと云っても一品だけでなく
数種類の野菜等の盛り合わせで、
とても山小屋の食事とは思えない。
ヘリの威力に脱帽!

双六岳で金太郎娘に逢う

双六小屋に着いてから
余分な荷を下ろして双六岳に向かう。
頂で香川県から来た女の子に出逢う。
健康にはち切れんばかりの
金太郎さんのような丸顔に紅い頬。

写真を撮ってと頼まれるが
肝心のカメラを渡してくれない。
「まー私のカメラで撮って
メールしてやってもいいけど!」と云っても、
カメラ忘れに気付かずキョトン!

面白い女の子。先に下った彼女、
広い稜線でしゃがみこんでいる。
近づいたら「待ってました。
又写真撮ってくれますか!」


2人同時に双六小屋到着 


【11】 靴を脱いだ後、痛みが一気に

久々にぐんぐん飛ばして歩くと、前方に隊長らしい姿が見え隠れする。
すぐさま「トーオッ!」とコールしたいのを我慢、確実に隊長との差を詰めてから、呼びかける。
滅多にないことなので、隊長は驚きを隠せない顔をしていた。
双六小屋には12時10分着、笠ヶ岳を出発してから6時間半かかった。
小屋では通常は6人部屋に案内され、本日混んでいるので、3枚の布団で4人使用してもらうと云われる。
我々が1番乗りだったので、窓側の場所を確保できた。
暫くして同室者が案内されてきたが、40代くらいの夫婦である。反対側には夕方になって女性一人を含む高齢のグループ4人が入った。

今回幸いなことは、どの山小屋でも酷い鼾に悩まされることがなかったことだ。
混雑した小屋で同宿者を選ぶことが出来ないだけに、鼾の酷い人と一緒になってしまうと悲劇だ。
荷物の整理の後は、双六岳に登りに行くことに。用意して表へ出たが、左足裏の指の付け根が痛くてたまらない。
靴を穿き続けているときは感じないで済んだが、いったん靴を脱いだ後、痛みが一気にやってきた。
最近痛みがあって、インソールで矯正しているのだが、今の痛みは想定外だ。
未だ明日も明後日も歩かねばならない。残念だが今日は足を休ませてやろう。




70万年前の 巨大な褶曲岩体(秩父岩)

 
氷河で削られたカールに咲く小梅蕙草



前方の子雷鳥を見守る母

三俣蓮華岳

靴紐に止まった紅日陰蝶


【12】 その後激しい夕立が来た


双六岳の山頂は諦め、隊長が登って行くのを見送って、小屋に戻った。
部屋で休んでいた夫婦と喋りながら、汗でぬれた衣類を乾かしに乾燥室へ行ったり、ザックの整理したりと直ぐに時間が経つ。
同室者は京都の福知山から来たそうで、昨日は鏡平小屋に泊った。毎年槍ヶ岳が見たくて来ているが、去年も一昨年も雨で見られなかったらしい。
どうやら今朝も逆さ槍を湖面に見る為に池まで行かなかったらしいが。
そんなことを話しながら外を見ると、まさに雨が降り出しそう。

間一髪で隊長が戻ってきて、その後激しい夕立が来た。仕方がないので、談話室でビールを飲む。双六小屋は水が豊富で、ビールも冷たく冷えている。
夕食は最初の回だったが、食事室はかなり入れるようだ。びっくりしたのはメインの料理が野菜天ぷらの盛り合わせ。
ソーメン小鉢が天つゆ兼用と洒落ている。天ぷらは未だ暖かく、さっくりと揚がり具合も良く美味しく食べられた。
夕方、雨上がりの空は穏やかな夕焼け雲に包まれていた。
足の痛みも治まったようなので、明日は西鎌尾根を槍に向かって歩めるだろう。 




アルプス交差点
何しろ此処には表銀座コースと裏銀座コースが在るくらいだから
アルプス交差点があっても不思議ではない。
それにしても1本の杭に6枚の指導標識とは、恐れ入った。
裏銀座は高瀬ダムから野口五郎岳に登り
三俣蓮華岳から槍ヶ岳に連なるコースである。。

岩桔梗 (イワキキョウ)

緑から紅へ熟した深山大文字草(ミヤマダイモンジ)

熟した衣笠草 (キヌガサソウ)
野口五郎岳から北に辿ると後立山連峰に連なりし、遥か白馬岳へと延びる。
燕岳から槍ヶ岳へのコースが表銀座で、
そのまま槍を通過し西鎌尾根を辿ると、この双六小屋に至る。
また双六岳、黒部五郎岳から薬師岳を経れば立山、剣岳へと稜線は連なる。
正しくここはアルプス交差点なのだ。

天麩羅の大盛り

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