《E》 海のアーティスト


ラジャアンパット・ダイビング

えこちゃん記・1
ナイトダイブ

最初の一本
ほぼ半年振りの上に
新しいスーツを試す
こともあり
テストダイブなのに

大胆にも
ナイトにトライした。

新スーツで
沈めない海中は真っ暗。

ガイドのミキさんに
しがみつくばかりの
かっこ悪いダイブ。

結局ミキさんの照らす
ライトに連れられ
夜の海の生き物を見たが
自分のライトがないと
振り回されて
目が回りそう
だということがよくわかった。

海羊歯と錦海鞘
海中の活け花作品・ウミシダとニシキホヤ



えこちゃん記・2

蟹を見たのが
印象的だったが
後は良く覚えていない。

翌日はライトを借りて
潜ったが、そこは昼とは
まったく違う世界で
新鮮で楽しかった。
けれども、1日4ダイブは
私の耳には少々負担が
大きいので、結局
2日目のナイトが最後だった。


その代わり毎夕
皆がナイトダイブへ
出発するのを見送る。
もう暗い海面にゴムボートの
軌跡が大きな
扇形に広がり
扇の要で小さな黄色い花が
あっという間に開いて散る。

海の現代アート
生命の流れ・シャコ貝の筋肉の動き



えこちゃん記・3

各自の背負ったタンクの
黄色だけが暗い中に
浮かび上がって一斉に
飛び込むさまが
まるで花びらが
散るように見えるのだ。

甲板でダイナミックな
夕焼けを堪能したら
デッキにひっくりかえって
夜に溶けていく空を
見上げる。
小さな瞬きがたちまち増え
やがて空一面が煌く。
夜の海中でライトを消して
手を振ると指の先から
無数の星が生まれ出る。
あの瞬間がとても好きだ。
今空いっぱいに星が光る。
まるで星空の中を浮遊して
いるような不思議な
時間が流れる。

ミクロのアート
千点色海牛の触覚
Hypselodoris Maculosa



えこちゃん記・4

時には乗組員の青年が
ギターを弾いてくれたりも
する贅沢な時間だ。

2日目のダイビング

雨季だと心配していた天気も
予想外に良く
気持ちのいい朝からスタート。

6人のグループに分け
2つのゴムボートに乗りこんで
ポイントまでゆく。
クルーズの魅力の第一が
このポイントへの移動だ。
ゴムボートの乗りごごちも
悪くはなく、あっという間に
ポイントへ運ばれる。

海中は珊瑚も綺麗だし
魚も程ほどにいて
充実している。

如何!花開きました
花蓑笠子・ハナミノカサゴ・Red Lion Fish



えこちゃん記・5

この日3本目は船に
上がってからドルフィンが
ジャンプするのが何回も
見られより一層の満足感。

クルーズの生活は
朝のベルが鳴ると軽食が
用意されている。
7時半から一本目のダイブ。
上がってくると朝食が

準備されている。
11時から
2本目のダイブ。
終わると昼食が待っている。
午後は2時半から3本目。
勿論上がってくると
おやつタイム。
4本目のナイトが6時半から。
従って晩御飯は
やや遅い8時から。
こうして1日中潜って
食べて過ぎてゆく。
緑のリボンとドレス
赤縁龍宮海牛アカフチリュウグウSea Slug



えこちゃん記・6

合間にログブックをつけたり
魚の名前を調べたり
転寝をしたりしているうちに
時間が過ぎる。
何とのんびりとした日々
音楽を聴きながらの
読書タイムも悪くない。
ナイトダイブの後は
皆適度にアルコールを傾け
心地よいひと時が
過ぎていく。

クルーズ参加者のほとんどが
単独参加。
クリスマス島からの
梯子だという人
勤めを辞めて目下ダイビング
三昧だという人は
この後レンベだそうだ。

水玉と光の幻想
海老水母の体内エビクラゲJelly Fish



えこちゃん記・7

冬の間は南の海へという
雪国に住む人。
次のクルーズはもう
決まっているという人
誰も皆たくさん潜って
辿り着いたのが
自由気ままな
クルーズのようだ。

船に乗ってからは
連日好天に恵まれ
雨季だというのが
信じられないほど。
ミキさんの話によれば
前回12月末の
クルーズは
悪天候で連日の雨風
ダイニングにまで
雨漏りがして
悲惨だったとのこと
アート暗黒龍頭星雲
黒い刺青をした疣海牛Phyllidiella Rudmani



えこちゃん記・8

そんな悪天候では
珊瑚の美しさも
堪能できなかったに
違いない。
浅瀬の珊瑚は
太陽光が届けば
色とりどりの鮮やかさを
見せまた光が
揺れて屈折すると
更に複雑な色合いを醸し
いくら見ていても
飽きることのない
美しさである。
そこに小さな熱帯魚が
次々に現れ目を奪われる。
魚達が纏っている
光の衣は
僅かの動きでも
七変化をみせる。
極彩色に咲く白花
珊瑚ポリープ



えこちゃん記・9

青色の群れが
目の前で一斉に翻るとき
光の帯の色が一瞬にして
入れ替わる驚きは
忘れられない。
安全停止で水深の浅い
ところを漂っているとき
晴れているのといないのと
では雲泥の差がある。
光に包まれた珊瑚礁ならば
正しく
至福の時間となる筈だ。

潜るほどに海の凄さは
実力を現し
初めのころ
『綺麗だけど
こんなもんではね・・』と
碧いシャンデリア
ポリプ開く草片石珊瑚・クサビライシMushroom Coral



えこちゃん記・10

物足りなげだった
ベテランダイバーの
H氏をも
「今まで潜ってきた中でサイコーだったよ!」と
唸らせるに至った。

一体何処を見ればいいのかと
目移りするほど
魚影が濃いポイントが多い。
この海域のみで
見られる固有種も
何種類か出遭えた。
珊瑚も勿論とても
元気だし
種類も多い。

クルーズ船が停泊する
入江もいずれも綺麗だ。

観て欲しいのは手前のボケ部分よ
剃刀魚・カミソリウオ・Ghost Pipe Fish



えこちゃん記・11

小さな島々が無数にあり
その多くは
無人島らしい。
どの島も熱帯植物で
覆われている。
よく見ると島ごとにそこに
育っている熱帯樹にも
特徴がありそうだ。

小さな白い砂浜を持った
島もあるが
ほとんどは断崖絶壁で
海からいきなり
そそり立つ。
海鳥などの絶好の
繁殖地でも
あるのだろう。

フリルの貴婦人
黄色海牛Glossodoris Astomarginata



えこちゃん記・12
海中洞窟

海中洞窟に
潜ったのは午前中の
最も光が
美しい時間帯だった。
人一人が通れる狭い
通路を抜けると
そこは今までとは
違う洞窟の中。
ゆっくり廻ると天井の
穴からは
光がこぼれてくる。
海面で収斂した太陽光は
海中に射し込んだ途端
いっぺんに解けて
無数の
光の矢となり降り注ぐ。
飛ぶ黒ベルベット
平虫Flat Worm



えこちゃん記・13

矢に射られ、明と暗が
くっきりと分かれる。
光の束に
捉えられたものは
皆燦然と輝き
取り残されたものは
影へと溶け入る。
それらの全てが
揺らめきながら
呼応する。
影と光のあわいを
揺れつつ
漂うのは意識と
無意識の間を
彷徨うのにも似る。
光の降りてくる入り口を
見上げると
そこには
地上の森が揺らめきながら
覗いている。
結晶格子の造型
海牛・イボウミウシ・Sea Slug



えこちゃん記・14

水中から森を見上げる
嘗て無い体験。
何かがどこかで
微妙な歪みを生じて
いるような気がするのに
それが
なんだか分からない。

知らないうちに
次元の通路を
潜って
しまったのだろうか。
緻密な水の層に
抱きこまれているのに
縦横自在に動ける
不思議さも手伝って
地上でのどんな場面とも
異なる不可思議な
空間体験だった。
虚空と三次元の境界
海鞘の触覚・ホヤTunicateTunicate



ついに逢えた!
この舞姫の存在を
知ったのは小林安雅の
以下の文章であった。


スパニッシュダンサーの名で
世界的に知られる
水中舞踏家だ。

体の縁のひらひらを波打たせ
悩ましげに太めの
ボディをくねらせながら
水中ライトのスポットを浴びて
フラメンコを踊る。

昼間は岩陰に
じっとして
出番待ちしてることが多い。
南方系でときには
体長25cmにもなる
超大型種。
華麗なるドレス
スパニッシュ・ダンサ・水中舞踏家・帝海牛・ミカド



胸鰭下部の2つの
軟条が遊離してまるで
蟹の鋏のように
開いているのである。

その左右4本の軟条先端が
海底に着いていると
まるで歩いているようだ。
これが鬼オコゼの特徴。

その上この姫鬼オコゼの
目の上にはなんと
土筆が生えているでは!

驚いてはいけない。
胸鰭は扇のように大きく
開きその文様が
実にアートなのだ。
白弧を黒と黄が縁取り
白点を散らす。

その胸鰭が開く瞬間を
じーっと待ったが残念!
土筆の育つ碧い真珠
姫鬼オコゼ・Inimicus Didactylus



撮るには撮ったのだ
何を撮ったのか
さっぱり判らん!

それもその筈
こいつシースルーなのだ。
雌はこのように比較的
おおきな白紋が
在るので判りやすいが
雄なんぞ小さくて
透明なので磯巾着に
隠れて見えない。

魚ならイザ知らず
海老とあっては同定も
難しいかと思って調べたら
観賞用として
安価で人気があるとか。

そうだったの!
イソギンチャクエビさん。
珊瑚に揺らめく海老
白い発光体・磯巾着海老
・Anemone Shrimp



親は豪華な宝石を
身にまとって
それはそれは華麗だけど
子供までこんなに
美しいなんてやっぱ
親子なんだね。

不幸なのは
なんと言っても
美味しすぎることだね。

若しかするとその
美しさは捕食者に対しての
武器なのかい?
美で目を眩ませ
食べるのを躊躇させるとか。

いやいやこの妖しい紫が
敵には美でなく
危険信号に
見えるんだろうね。
僕の尻尾も見て
五色海老の子供Painted Spiny Lobster



行き交う船も無く
幾つもの無人島を縫う
ようにDV船は静かに
凪いだ海を進む。

今や世界の珊瑚海は
大なり小なり観光化され
何処にも人が溢れ
資本主義が牙を剥いて
自然を襲う。

この地も毒牙から
逃れる術は無くやがて
利潤追求の嵐に
飲み込まれてしまうのか。

ヒトズラハリセンボン
にっ!と笑って
背中を見せた。

「そうだよ。自滅するまで
利潤追求は続くのさ」
俺のアートはどう?
人面針千本・ヒトズラ
・Shortspine Porcupinefish



こんな表情をすることが
あるんだね。

まるで場末バーの
太りすぎた年増マダム。
斜陽の温かみが
ストレートに
響いてくるね。

ここまで生きてくるのに
海千山千で
苦労してきたんだよね。

そうそう昨晩
夜の海でコブシメの美しい
子供たちに出逢ったけど
あの子達
マダムの孫達かい?
昆布締め
黄色のアイシャドーどう?Broadclub Cuttfish



さてこれは難しい
3次元パズル。
決してピースが間違って
いる訳ではない。

中央上部の黒い円が
眼であることは判るよね。
そこから左に伸びているのが
釣竿と呼ばれる
吻上棘で
背鰭の第一棘なんだ。

この先端がエスカと言う
皮弁で
疑似餌になってる。

これで魚を呼び寄せて
その下にある
大きな口でパクリ。

それにしても海底背景に
よく溶け込んでいるね。
このクマドリ蛙魚。
擬態アート
隈取蛙魚Wartly Frog Fish



黒いリング文様が
余りにも
人工的でドキッ!

まるでチベットの
曼荼羅。

勿論1つ1つの文様は
異なり恰も
曼荼羅の如く
宇宙と人間の業を
通しての悟りを描いて
いるような・・・

小さな体に
宇宙曼荼羅を
幾つも背負って
斑海牛(ブチウミウシ)は
悠然と海の草を
食みつつ
何処へいくのか?
海の牧場に憩う
リングを描く斑(ぶち)海牛Sea Slug



うーん!
唸ってしまった。

珊瑚ではないし
海牛、平虫でもなさそう。
残るは海鞘しかない。

やっと辿り着いたのが
群体海鞘(ホヤ)のページ。
だが色、形は似ているが
鰓孔は1つしかない。

群体なので
複数固体が集合してると
考えれば多数鰓孔は
理解できる。

コンピューターの世界にも
載ってないなんて
もしや新発見!
甘いね、単なる見落としさ。

その後
《アヤイタボヤ》の仲間と判明
撮影:村上映子 新種の群体海鞘か?
お洒落ポシェット文様を描く鰓孔



世界の珊瑚海を訪ね
27回目にして
ついに5段階評定の
総合評価で《5》が出た。

珊瑚の成育透明度、魚影
静けさ(ダイバー数等)
周辺環境(汚染等)の5項目
で透明度だけが4で後は
総て5の評価である。

透明度の4も別に汚れて
いる訳ではない。
海の生み出す自然の
浮遊物やプランクトンが
齎した結果であり
むしろ生命活動の活発さを
物語っている。

素晴らしい海であった。
緑豊かな珊瑚の森
枝珊瑚と葉状ポリプ



芸術家達のカンバス
海と光の魔術師

素晴らしい海であった。
赤道直下の発展途上にある国々はいずれも
先進諸国の利潤追求の為でしかない開発と言う美名の下で
回復不能な被害を蒙っている。
この海にも利潤追求の魔手が延びて破壊される日も遠くは無い。
いや、既に利潤追求は各国のエゴを剥きだしにして排出ガスの規制すら出来ず
地球温暖化をもたらし地球そのものを危機に陥れている。

斑羽太は『 知は宇宙さえコントロール出来る可能性があるのか?』
と知の壮大な未来に目を剥いたが
現在のガイアの知的レベルは
地球さえコントロール出来ず地球そのものを破壊へ導こうとしている。

利潤追求を根本原則とする社会には自爆的未来しかあるまい。
決して
許す訳にはいかない。




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