山荘日記

その19夏ー2007年水無月

 


水無月1週・・・久々のワイン



痛みの睡蓮

山荘で目覚めると
朝日を浴びて睡蓮が
おずおずと開き始めた。

ヤップのマープ島で
連日マンタと共にDV三昧。
夕刻に浜と熱帯林をジョック。

どうもこのジョックで
慢性化した
アキレス腱鞘炎を
目覚めさせてしまったようだ。
右脚の痛みが取れず
朝トレをどうするか思案。

睡蓮を見ながら
思案してると
『水神池』の蛙の声がする。
「山トレやめて池においで」

そうだ!そうしよう。
6月3日(日)晴 山荘池にて



蛍池、蛙池、蜻蛉池

山荘から水神池までの
下り坂を痛みと共に
ゆっくりジョック。

田園に広がる緑が眩しい。
雉が鋭い声を放ち
静かな山里の空気を劈く。

先ず蛍池を覗いてみる。
蛍の舞には未だ早い。
あと2週間すると
源氏蛍が光を明滅させ
平家が後を追って舞い出す。

地元の玉宮小学校の生徒が
この池を造り
稲作しながら蛍、蛙、蜻蛉の
観察をしている。
蛍の絵が剥げちゃったね!
6月3日(日)晴 水神蛍池にて



誕生直後

蛙池は静まりかえっている。
おかしいな!
確か3週間前には
脚の生えたお玉杓子が沢山
泳いでいたのだが・・・

昨夜も宵闇と共に
蛙のコーラスが一斉に始まり
初夏の訪れを高らかに
謳っていたのに・・・。

池の畔の泥んこの中で
小さな影が僅かに動いた。
眼を凝らすと
あっちでもこっちでも
ぴょんぴょん。

よく見ると確かに蛙。
大きさ5ミリ。
これじゃ小さすぎて
ピントが合わない。
6月3日(日)晴 水神蛙池にて



塩屋蜻蛉・雄

熱帯の珊瑚海から戻ると
山荘はいつも新たな
魅力に満ち満ちている。

静かだった夜の山荘が
今回は初夏の
コンサートホールに変身。

春蝉の声が途絶え
宵闇が迫ると夜鷹が甲虫を
追ってキチキチと歌い出し
ハモる様に田の蛙が
合唱を始める。

蜻蛉池の塩屋蜻蛉
眠たそうな眼を
擦りながら呟く。
「昨夜も煩くてね、この池も
大フィーバーで寝不足さ」
6月3日(日)晴 水神蜻蛉池にて



山荘ワイン再会

水神池の朝トレから戻り
久々の山荘ワイン!

熱帯のマープ島では
ギンガンと呼ばれている
ライムのような柑橘類を
絞って焼酎に入れ
毎日愛飲していたが
やっぱりワインが恋しい。

山荘ワインとの再会に
歓びを込めて
コースターに紫陽花の葉
を置いてみる。
うん!なかなかいいね。
そうそう
この山荘とんもころしの味も
外国に出てしまうと
断たれてしまう。

収穫直後に茹でて
冷凍保存しておいた唐黍を
電子レンジで暖め
ワインの摘みに添える。
自然の風味と甘みが
ドライワインに好く合う

このスプーンのコースターは
緑の紅葉の葉にしよう。
さあ!これで
朝食準備完了。
6月3日(日)晴 前庭石卓にて



ブレンド

まてまて焦るなよ。
久々の山荘ワインだから
最高の香りと味に仕立てよう。

2002年の白ワインを
僅かにグラスについで
グラスの壁に這わせ
ワインの涙を流す。

香りがグラスに広がり
白の甘さが匂う。
この香りの中に2005年の
ドライを少し加え
最後に昨年の新鮮な赤を
たっぷり注ぐ。

これでベストワインが完成。
あれ!
2006年のワインに
森と空が映っているね。
6月3日(日)晴 前庭石卓にて





水無月2週・・雨の日曜日



雨の日曜日

降り続く雨が
森にハープを架けた。
微かな風が弦に触れ
音色を紡ぎ出す。

何処かで
聴いたことがあるような。
・・・白秋の『雨』だ。

《遊びにゆきたし
傘はなし
紅緒の木履も
緒が切れた》

さては風の奴
山荘のドアに張ってある
冴木杏奈
ポスターを見たな!

えっ!知らないって。
聴いてご覧よ。
杏奈の『雨』、凄いよ。
6月10日(日)雨 西の森にて



筋太走蜘蛛

大切な透明網を
ハープにされてしまった
蜘蛛は捕食を諦めて
しょんぼり。

反対に雨降って益々
活動的なスジブトハシリクモ

こいつ蜘蛛のくせに
水の上を物凄い速さで
走るんだぜ。

求愛給餌が凄いんだ。
雄の贈る獲物の
大きさによって雌は
交接時間を決めるんだ。

つまり獲物が大きければ
沢山セックス
させてくれるんだって。
食=性とはね。
6月10日(日)雨 水神池にて



水無月の田植え

田植えをしたんだね!

先週の日曜日には
無かったのにいつの間にか
苗が植えられて
小さな水神池は立派な田圃。

玉宮小学校の生徒が
総合の時間にやって来て
植えたんだね。

田に水を張る梅雨の
6月を何故
『水無月』と言うのか
きっと先生に教わったんだ。
でも解ったようで
解んなくて困った顔が
目に浮かぶな。
「レンタイジョシだって?
変態女子の親戚かな?」
6月10日(日)雨 水神池水田にて



や ご

あれっ!
『やご』の抜け殻だ。

ということは
この近くに
生まれたばかりの
蜻蛉が
いるかも知れない?
塩屋蜻蛉・雌

ワーッ!
居た居た。
こんなに雨に濡れちゃって
羽が重そう。
これじゃ当分
飛べそうも無いな。

背中が金色だから
これは塩屋蜻蛉の雌だな。
先週の銀色の雄と
金銀の対になっているんだ。

金と銀だなんて
凄い豪華な組み合わせ。
『月の砂漠』の
金と銀の鞍みたいだね。
6月10日(日)雨 水神蜻蛉池にて



未だ尻尾あるねん

未だ尻尾も着いてて
未熟だから
葉の緑に
変身出来ないんだ。

ほんとはね
3つの色素細胞が出来て
葉に乗ると
黒のメラニン色素層の粒が
細胞の中央に集まって
光りを通し
その光が黄色素層を抜けて
銀色のグアニン層で
反射されて
緑になるんだ。

でもおいら
未だ未熟だから
駄目なんだ。
6月10日(日)雨 水神蛙池にて



小さな実に真珠

おやっ!
小さな葡萄の実に
実がなってる。

太陽に暖められ
遠い海で天空に昇り
風と共にながーい旅をして
山荘上空で
雨になって葡萄畑に
落ちてきたんだね。

そうして大地に引かれて
葡萄の実に宿り
真珠になったんだ。

太陽と海と風と大地が
創造主なんだね。
6月10日(日)雨 葡萄畑にて



皐月に散る水晶

清冽な清清しさ。

冷たい雨が降り続いて
何処もかしこも
水玉模様。
6月10日(日)雨 奥庭にて



雨上がる

花弁(総苞)の水玉が落ちて
空が少し明るくなった。

山里の光を遮っていた
山法師
清楚な光を投げかけ
樹陰に希望を描く。

《遊びにゆきたし
傘はなし
紅緒の木履も
緒が切れた》の少女は
これでやっと
家の外に出られるのだ。
6月10日(日)雨 前庭にて



冬の贈り物

先々週から中畑の玉葱が
茎を倒し
『もう収穫しておくれ』と
催促してたのに・・・
これでやっと収穫出来る。

マイナス10度にもなる
山荘の寒さに耐え
その艱難を刺激にして
玉を結ぶなんて
苦労人的な植物だね。

そういえば
『艱難汝を玉にす』
なんて諺があるけど
きっと玉葱のことなんだ。

それにしても熟すと
茎を倒して知らせるなんて
どうして?

さて濡れた玉葱を
何処に干そうか?

例年は玉だけにして
網篭に入れ
陶房の天井に吊るし
乾燥させている。

でも野菜栽培の本によると
茎で束ねて
陰干しにすべしと
書いてある。

よし、そうして
ログハウスの軒下に
干してあげよう。

なんだかお面の髑髏が
居心地悪そうで
かわいそう!
6月10日(日)雨 ログハウスにて






水無月3週・・豊穣の初夏



芝刈り

刈ったばかりの芝生に
くっきりと白樺の影。
うーん
気持ちいいな!

ほら
森の蝉も鳴き出したし
もう、すっかり夏だね。
刈りたての芝は
香草のような芳香を放ち
切断された分身への
挽歌を奏でる。

挽歌は芝に陰を落とす
沙羅樹の
白い花弁に漂い
時空に揺らめく。

切ないまでに
芳しい香りと音色は
山荘の庭に満ちて
琵琶法師の影を招く。

琵琶法師は
八百年の時を超えて
承久の叙事詩を
静かに謡い始める。

白樺は夏の栄華を語り
枇杷は盲僧を借りて
栄華の無常を
爪弾く。
6月17日(日)晴 前庭にて



Black Berry

枇杷や無花果が
影になったからといって
そう暗くなることもないさ。

見てご覧よ。
溢れるばかりの
夏の光りを燦々と浴びて
この通り。

美味しそうだろう!
西畑のワイン・セラー横で
毎年、初夏の豊穣を
告げるんだ。
苦 苺

太陽をぎっしり
詰め込むのはおいらの
特技でもあるんだぜ。

この世界、競争が激しくて
おいらの仲間だけでも
草苺、紅葉苺、海老殻
苗代と5種類が
同時期に結実するんだ。
更に少し遅れて
薔薇苺も
美味しそうな実をつけるし。

名前は苦い苺と
なってるけど苦いのは
種だけで野性味のある
甘さでは負けないぜ。
6月17日(日)晴 西畑にて



桑の実
未だ青いままの
枇杷や無花果がいじけて
琵琶法師を呼んだって!

抹香臭い叙事詩は
ひとまずお預けして
先ずは自己宣伝。

太陽から直接貰った
紫天然色素
アントシアニンが
たっぷり含まれていて
鉄分なんかほうれん草の
20倍もあるんだ。

視力回復、毛細管の活性化
血圧降下、肝機能の予防
糖尿病予防と
まるで薬そのものさ。
吃驚ぐみ
いろんな果実が
お店に出回るように
なったけど
この桑の実やグミは
お店に出ないんだ。
どうしてだと思う?

繊細で傷み易い上に
野性的で
個性の強い甘味が
敬遠される要因かな。

山荘では朝の食卓を飾り
食べきれない分は
ビアのフレーバーに
仕込んだり
ジャムにしたり
大活躍さ。
6月17日(日)晴 前庭にて



胡 瓜
胡には中央アジアの
波乱万丈の夢が
鏤められている。

古くは紀元前3世紀の
匈奴、唐代には西域民族を
胡と呼んだ。

その胡が遥々と
シルクロードを経て
ヒマラヤ山麓から運んだ
瓜が胡瓜なのだ。

胡瓜は更に日本海を渡り
奈良から京への遷都
と共に平安の巷に
やって来た。

そしてお前は
琵琶法師の
諸行無常の響きあり』を
聴きながら
盲僧と共に日本各地を
経巡ったのだ。

そうか枇杷の語る
承久の叙事詩に聴き
惚れるのは
お前だったのか。

メークイン
確かに生まれたての
胡瓜が枇杷に聴き
惚れるのは
風情があっていいね。

でも土の中で
静かに聴く「平家物語」も
悪くはないぜ。
6月17日(日)晴 西畑にて



トマト

太陽が青い実に
散乱して
白い太陽を孕んで
生き生きしてるね。

もっともっと
光を吸い込んで
段々赤くなり
やがて
全身が太陽になって
もうすぐ山荘の食卓に
乗るんだね。
ピーマン

ねえ、ねえ
ビタミンPがあるって
言ったら信じる?
PimentのPかな。

実は在るんだな。
ビタミンには脂溶性と
水溶性があって
この水溶性のB複合体として
ビタミンC,L,Pが
あるんだ。

で,こいつピーマンに
たっぷり
含まれているんだけど
本当か?
と疑いたくなるよね。

こいつも、もう直ぐ
食べられるかな。
6月17日(日)晴 西畑にて



弾ける紫

レバノンの南西部
地中海に面した
ティルスは
フェニキア人が紀元前
2500年に造った
最大の都市国家。

アレクサンダー大王に
抵抗し最後まで闘った
ティルスは
紫の染料で後世まで
語り継がれる。

ローマ帝国皇帝が
最高位の礼服に
ティルス紫を用い
以後世界に
高貴の色として
広まったのである。
何故広まったかは
この色を見つめれば
自ずと理解出来る。

いずれの民族も
時代を問わず
高貴の彩
と認めざるを得なかった
気高さと気品がある。

日本では胡瓜より古く
奈良時代に
インドから伝わり
栄枯盛衰の盛の舞台を
飾ってきたのだ。

この山荘茄子が
滅法美味く
秋まで山荘の食卓を
高雅の色彩で満たす。
6月17日(日)晴 西畑にて



花菖蒲
ほの暗い池の繁みに
ひっそりと
慎ましやかに咲き出した。

皇帝の愛した
高雅な紫もこの風情には
一目おくだろう。

春の山荘に満ちる
ジャーマン・アイリスと同じ
花菖蒲だが
何しろ種類が多い。

調べてみたら
黄菖蒲と花菖蒲の
種間交雑種で
固有名まである。
『愛知の輝』とのこと。
山法師の秋波
池の風情と競うように
前庭の石卓で
山法師が秋波を送る。

心がときめき
ぐいぐい惹き付けられ
理性が砕け散る
あの瞬間が不意に
やって来る。

何かが始まりそうな
不安と希望と絶望の
入り混じった甘酸っぱい
胃液が
琵琶法師の語りに
降りかかる。

沙羅双樹と山法師の
白い花弁が
花崗岩に影を落とす。
6月17日(日)晴 池と石卓にて



山荘特産麺麭

この風情が
いずこから齎されるのか
解き明かすための
試行錯誤が始まる。

山荘で焼いたパンの
横に花弁を置いてみる。
パンと山法師との
アンサンブルがこれ程
自然に調和するなんて
誰が
予想出来たろう。

しかし
理性を砕くまでの
響きは伝わって来ない。

土を耕し種を蒔き
有機肥料を施し
水を撒き雑草を取り
丹精込めて育てた人参。
その人参で
焼いたパンであっても
花弁には
そぐわないのか。


勝手馬鈴薯

果樹畑の豊かな土壌で
勝手に芽吹き
育った馬鈴薯は
パンと異なり全くの
山荘自由人。

この自由人との
アンサンブルも
様になっている。
でも丹精込めたパン同様
心のときめきは
訪れない。
6月17日(日)晴 前庭石卓にて



最後のキウィ
厳しい冬の寒さに耐えて
半年以上も
山荘食卓を賑わしてきた
数百個のキウィ在庫が
最後の1つになった。

グミや桑の実、ブラックベリー
苺、林檎等と一緒に
山法師を置いてみた。
豊穣の彩に満ち満ちて
生命が弾けているね。

若しかすると
山法師の秋波の相手は
最後のキウィかとも
思ったが僅かに
ピントがずれている。
山のレストラン
ヨーグルトの純白と
山法師の白が
眩しいね。

北の森を抜けて
西の森を走り
辿り着いた
山のレストラン。
自然の恵みを揃えて
レストランは準備万端。

山法師の歌に
琵琶法師の重低音が重なり
山のレストランは
『注文の多い料理店』の
様相を帯びてくる。

山荘主は
琵琶法師に
食われてしまうのだろうか。
6月17日(日)晴 前庭石卓にて



山法師の酔い

解っていたのだ。

心がときめき
ぐいぐい惹き付けられ
理性が砕け散る
あの瞬間が
ワインのルージュにあると
山法師は知ってたのだ。

恋焦がれていたルージュを
熱い想いで見上げ
山法師は琵琶法師と
音色を複雑に絡み合わせ
不安と希望と絶望を
あやなし
承久の叙事詩を
囁く。
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり。

沙羅双樹の花の色
 盛者必衰の理をあらわす。
   
驕れる者久しからず
ただ春の夜の夢の如し。
    
猛き人もついに滅びぬ
ひとへに風の前の
 塵に同じ。
6月17日(日)晴 前庭石卓にて
沙羅樹の木漏れ日を浴びてワインのルージュが
白い花弁に真紅の影を落とす。
余りの美しさに激しく心を揺さぶられると同時に
その美しさが今、この刹那にしか存在しないとの
強烈な無常観に襲われる。

その瞬間、承久の叙事詩が真紅の影に流れる。
現世では決してとどめることが出来ない刹那の美しさには
この叙事詩をもって応えるしかないのだ。



四十雀の産卵

梨の木の葉が
担子菌類の錆菌に
感染し
赤星病になってしまった。

農薬は使いたくないが
林檎にまで被害が
拡大しつつあるので
やるしか無いか。

そう思って木に梯子を掛け
登ってみたら
巣箱から急に四十雀が
飛び出した。

巣箱を開けてみたら
卵がごろごろ。
今春2度目の抱卵中
だったのだ!

鳥が星を
産むなんて
考えても見なかった。

でも確かにこれは
星以外の何者でもない。

この星から
想像も出来ない複雑な
形状の生命が
生み出されるのだ。

その生命は
天空に羽ばたき
森の小さな生命を啄ばみ
新たな生命を生み出す。

四十雀の卵を
見つめながら
地球を産み出した鳥に
想いを馳せる。
6月17日(日)晴 奥庭にて




星卵の断面

地球の卵を
時空の剣で
3つに断ち切り
内部に潜む知的生命の
カオスを見たいとの
強烈な衝動。

ビッグバーンと言う
銀河を産み
地球を産み出した鳥は
卵に如何なるプログラムを
仕込んだのか?

どろどろとしたゲル状の
カオスは時空の剣で
裂かれた瞬間に
減数分裂を始め
知の全貌を予告するのだ。
例えばこんな風に
パイプオルガンとなって!

いきなり足鍵盤のソロで
ニ長調の音階が鳴り響き
度肝を抜かれる。


オルガニスト・浅井美紀の
バッハ「前奏曲とフーガ」
ニ長調BWV532解説の
パンフ冒頭の文章に
偽りは無かった。

度肝を抜かれた
山荘主の脳裏には
いきなり地球卵の
知の内部構造が炸裂した。


時空の剣で断ち切った
ゲル状カオスが
激しく蠢き鳴り響き
複雑な形状の生命を
形成し始めたのだ。
6月20日(水)晴 東京芸術劇場にて(モダンタイプオルガン)



自宅の目白台から
チャリンコで少し下ると
10分足らずで
東京芸術劇場に出る。

この大ホールに
鎮座まします巨大な
パイプオルガンに惚れて
山荘主は月に1度の
逢引を重ねる。

このバロックタイプの
パイプオルガンの裏には
あの妖しいマスクの
モダンタイプが
隠されていていつも
山荘主の心を乱す。

巣箱の闇に漂う
四十雀卵のイマージュに
占領されていた
山荘主の脳細胞は
このマスク出現で
一気に時空を翔んだのだ。
6月20日(水)晴 東京芸術劇場にて(バロックタイプオルガン)




水無月4週思索の森



乾徳山
2031m

うぉー!
まるで北アルプスの
槍ヶ岳(3180m)。

数百回となく眺めてきた
乾徳山これ程までの
雄姿を晒したのは
初めてである。

牧丘の村を埋め尽くした
雲海が山容を
浮かび上がらせ
頂稜に掛かる雲の帯が
高さを強調する。

森や谷、岩稜の細部を
黒い影に溶かし
山容は存在そのものとなり
立ちはだかる。
6月25日(月)晴 鉄塔山頂にて



乾からの光

福生里から吹き上げる
南風が朝霧を
激しい流れに変える。

標高1190mの
鉄塔山に
遮られた朝霧の凝集が
山頂から滝のように
流れ落ちる。

朝霧の上に輝く太陽が
流れを捉える。

幽玄な山頂の森が
静から動へと
一瞬にして表情を変える。

カチッと音を立てて
思考回路がスイッチオン。
6月25日(月)晴 鉄塔山頂にて



存在・Χ

鬱蒼とした
森は思索そのもの。
思索しつつ森を散策すると
脳の迷宮が森に
重なり肉体そのものが
思索と化す。

長い思索の結果
《存在》の本質を垣間見たと
感じた瞬間に
木の葉が光った。

繰り返し呟く。
『やっぱり、そうなんだ』
理性の彼方には
途轍もない結論が
待ち構えている。
6月25日(月)晴 東森にて



迷宮脱出

eiπ彼方に
-1が待っていたように

オイラーが
示さなくても
冷厳な事実は
《存在》の本質を
告げているのだ。

eは対数の底
πは円周率でいずれも
超越数である。
iは高校数学で
お馴染みの虚数である。

-1は例えば
このような森の出口
なのである。
6月25日(月)晴 東森の出口にて



未知なる結実

迷宮を抜けて
小道に出ると現実が
待ち構えていた。

花のような萼のような
摩訶不思議な植物。
先々週に出逢い
葉や花を調べ
正体を突き止めようと
図鑑サーフィンしたが
未だに同定出来ず。

何処ででも
見かけられるような雑草。
にも拘らず不明。
解ったのは
離弁花で風露草に
近い種らしいこと、のみ。

森で思索したって
あたしの名前も
解んないじゃ
大したお頭じゃないわね。
6月23日(土)晴 東森への小道にて その後、帰化植物の
『アメリカ風露草』と判明



超越数

前庭から下の西畑への
入り口で東菊が
咲き乱れる。

毎年、雑草の攻撃にも
屈せず咲き続けるのに
当山荘日記には
一度もアップされていない。

2階の書斎で
図鑑と首っ引きになり
摩訶不思議な植物を
調べていたら
何やら「ぶつぶつ」と
聞こえるのだ。

どうやら不満分子の主は
この東菊らしい。
耳を傾けると何やら
『ちょうえつすう・・・』と
聴こえる。
6月25日(月)晴 西畑にて



孔雀蝶の夏告

『フィボナッチ数列が
向日葵の螺旋状の種数を
示したり
葉序、蜜蜂家系
兎の増え方と一致したり
そりゃ、数学と自然界が
深く結びついている事は
解るけど超越数って
一体何なのよ』

山荘の夏を告げる
孔雀蝶までもが東菊と
一緒になってブーイング。

そうか、そう言えば
若しかすると孔雀蝶の
この繊細な文様にも
超越数が隠されている
かも知れないね。
グラデーションそのものが
超越数とも言えるし。
6月23日(土)晴 西畑にて



塩屋蜻蛉・雌Ⅱ

じっーと
聞き耳を立てているのは
ありゃ、先日
水神池でお目にかかった
塩屋さんの雌。

お三方からの質問か!
それじゃ、ちょっとだけ。

簡単に言うと
n次方程式の
解にならない無理数を
超越数と言うんだ。

例えばn=1の場合
aX+b=0
の解はX=-b/a
aもbも有理数だから
b/aは有理数で
総ての1次方程式の解は
無理数にならない。
つまり超越数には
決してならないのである。
6月23日(土)晴 竹森川にて



減数分裂終焉

n=2の場合は
中学3年で学んだから
覚えているかな.。

ax2 + bx + c = 0 の解は

x=\cfrac{-b\pm\sqrt{b^2-4ac}}{2a}

これは一般的には
無理数であるが
2次方程式の
解になっているので
超越数でない。
6月25日(月)晴 奥庭にて

おかしいぞ!
ここまで話せばお喋りな四十雀が
巣箱に出入りしながら
『それがどうしたのよ、さっぱり解んない』とか
言ってきそうなのに影も形も見えない。

そっと覗いて見ると沢山あった卵が
2つしか無い。
『しまった!卵が襲われた』
親鳥は危険と判断し抱卵を放棄してしまったのだ。
残された2つの卵は減数分裂を停止してしまった。



蛍画像断念!

『じれったいわね!
それじゃ超越数って
何なのよ』四十雀の代わり
蛍袋が喚き出す。

そうだ、昨夜
竹森川で蛍の写真を
沢山撮ったんだけど
露光がうまくいかなかった。
今夜撮り直しの予定だけど
雨じゃ蛍は飛ばない。
今年の蛍画像は諦めて
n=2の続きを
蛍袋にでも話してあげよう。

n=3になると
虚数が登場して益々
面白くなってね。
でも解は
超越数にはならない。
6月24日(日)雨 奥庭下にて

n=4以上になると解は
定まらないことが証明され
ただ未知なる世界が
茫漠と展開するんだよ。


πeは
如何なるn次方程式の
解にもならない
不思議な無理数なんだ。
で超越数と呼ばれて
いるわけさ。

つまり有理数だけで充分満ち足りていた知の原始世界に
2次方程式が現れて
人類は吃驚仰天!
解に行き詰り無理数を発見した知的生命は
更に次方程式を超越した数にぶち当たってしまったのさ。
そいつに勝手に超越数と名前を付けただけで
未だよく解っていないんだ。
お、し、ま、い


そうそうe=-1の美しさに気がついたら
小川洋子の『博士の愛した数式』を読んでみるといいよ。






週末からマジュロ島まで、ちょっと出張です。
      太平洋のど真ん中にあって珊瑚礁のこよなく美しい島だとか。



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