
242の1ー2026年 睦月
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| 謹賀新年26 元旦は小倉山へ初山行 1月1日(木)晴 ぷちクレール開店 熊に明け暮れた2025年、仙人山も生々しい熊の鋭い爪痕が彼方此方で観られ、いつ遭遇するかと緊張の日々が続きました。 【力一杯生きるぞ!仙人山で吼えるのもよし】 |
![]() Villa Jupiter |
レストラン開店! |
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![]() ぷちクレール会員制! |
大吟醸で乾杯! |
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| 透けて存在しない様な左が仙人新作品だ! 1月1日(木)晴 小倉山のてっぺんからのぷちクレール(左) |
![]() 聖岳(左)、赤石岳(右) |
![]() 2026年元旦 望遠カメラを山荘から上に 向けて上げると この壮大な銀嶺が広がる。 山荘の頭上を飾るティアラが 南アルプスだなんて 随分洒落てるね! |
![]() 赤石岳(左)、悪沢岳(右) |
![]() 赤石岳(左)、悪沢岳(右) |
農鳥岳(左)、間ノ岳(右) |
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![]() 間ノ岳(左)、北岳(右) |
鳳凰岳(左)、仙丈ケ岳(右) |
![]() 甲斐駒ケ岳 |
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| ぷちクレールの新年会でーす! 2026年1月2日(金)晴 レストラン開店した山荘ぷちクレールの一番乗りよ! |
疑問に思う、もうすぐ消えてしまう仙人がなにゆえに、使いもしない小さな透明なおうちを、 老劣化が進み命を落とすかも知れない危険を覚悟してまで、造る必要があったのか! 今頃、残された未完なままのぷちクレールを横目で観ながら、初七日を迎えた山荘でふとそう思う人。 仙人は決して届かぬ想いを下界に発する。 ほら、小さい頃隠れ家造りに夢中になったこと無かったかい? 冬の寒い時にはその隠れ家が透明になって、光をいっぱい吸い込んで暖かくなったら、 寝転んで大好きな本をたくさん読むんだ。 その仙人の幼い夢をもしかすると、モモとさくも引き継いでいるかも! そう思った仙人は2年前によし、モモ5歳の誕生日までに小さな透明なおうちを天空に造ろうと決意。 想い叶い仙人は怪我したけれどぷちクレールは完成したね。 もうすぐ5歳になるモモとその弟サクにぷちクレールを贈ろう! 仙人の消えた数年後、ぷちクレールで光を浴びて戯れる2人が、仙人には観えるに違いない! |
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| 中学時代の同級生、栗田陽介君ご夫妻も! 2026年1月3日(土)晴 大塚祐哉君と25年ぶりの再会! |
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過酷な山歩(さんぽ)・仙人岳(に立つ大塚祐哉君) |
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![]() 回転鋸で野良仕事 |
![]() 日没と同時に満月が昇る |
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翌日から会社が始まったが、2日間ほど筋肉痛が酷かった。 |
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| 早春賦の光を浴びてのランチ! 1月4日(日)晴 森逍遥あとのささやかなひととき! |
チェーンソーを持っていくという。それも2つ 栗田広江 1年3ヶ月ぶりに、山荘を訪れた。 今回の訪問は正月明けの寒い冬にもかかわらず、一日中富士山を眺められる恵まれた天候であった。 玄関先には、前回大騒ぎで動かした岩が飾られていたが、思いのほか小さい。 隊長のこうした工夫は、ところかしこに見受けられ、様々なアップグレードがある。 そんな中でも一番の驚きは、ガラスのドームカフェであろう。 ウエルカムドリンクはこのドームの中で暖かく、午前中からワインなどをいただく。 テーブルには干し柿をはじめフルーツやハムなどが並んでいる。 ガラスのテーブルは空間を大事にするからいいなぁ、と思ったらイサムノグチの作品であった。 隊長は意外とセンスがいい。 私の背には冬化粧の富士山が素晴らしくキラキラしている。やはり日本人の心は富士山に弱い。 今回のゲストは陽介さんの幼馴染の大塚さん。なんと作家らしい。まだ現役で仕事もしている。 漫画家やヤクザや銀座のホステスさんに関係ある内容の本だが、本人は 派手とは無縁の至って控えめで純粋そうな人であった。 この他には大好きな冨美代さんが参加。一息ついて、シェフの冨美代さんを残してさっそく仙人山へ向かう。 前回登った山であったが冬山は初めて。落ち葉が積もった山道は足元がふらつき滑りやすい。 アドバイス通りストックを両手に持ってよかったと思った。 次に来る時のために、日本にも登山用のブーツを用意すべきか。アメリカから本帰国した友だちにも高尾山を登る約束をしている。 同じ山でも季節や天候、また一日の時間によってその姿は一変する。あとで、手袋も持ってくればよかったと後悔する。 ここ一年近く手が痛み、腱鞘炎であったことを思い出す。 それにしても行く道を隔てる木々を切るためにチェーンソーを持っていくという。それも2つ。 |
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| 登山道を塞ぐ大木伐採 数十本の倒木を伐り最後の一本を陽介君と2か所で切断! |
| 忍者のように颯爽と姿を消すのですぐに見失う この時は紅一点でよかったと思った。熊よけのスプレーガンと笛を備えて出発だ。 実は今回の訪問前に宮島に行き、弥山という岩山を登り降りしたのが功をなし、筋肉がついたのか意外に辛くなく登れてしまった。 あの時はしばらく脹脛が破裂するほど痛かった。こんなのはもう最後だ! と、トイレを我慢しながら降りたものだが、これからは自分との戦いかもしれない。 隊長を見ると80歳にも関わらず、しなやかな肉体と颯爽とした所作。負けてなるものか!と一瞬思う。 前回は村上さんと楽しくおしゃべりしながら散策した登りであったが、今回は正月三日。家族団欒の時間ということで彼女は不在。 私にとっては置いてけぼりにならないよう割と必死に隊長の跡を追っていた。しかし忍者のように颯爽と姿を消すのですぐに見失う。 一緒に山を登るとその人なりがわかるような気がする。 陽介さんは観察力に優れているので、登り始めに私のストックの使い方にアドバイスを「さりげなく」教えてくれた。 それにいつも一番後ろを歩いてくれる。こういう人を夫に持った私は見る目があった。いや、幸せ者である。 大塚さんが滑って落ちた!落ち葉が積もった道はもうトレイルではない。 もともと細いトレイルがさらに細くなり丸みを帯びた崖っぷち。マジでここを通るのかと思った場所で落ちた。 背中にチェーンソーを背負っているので、あれよあれよというまに滑り落ちた。明日は我が身ではなく、次は我が身。 落ちた場所から這い上がるのは相当大変である。落ちたらどこへ行くのかわからない。 山での遭難は怖い。まあそんなに大袈裟に落ちてはいないので、なんとか応援して這い上がってもらった。 そんなこんなで隊長を見失い、3人でGPSを基に足を運ぶ。一度景色を見失うと全部同じに見えてしまう。 この景色は見ていない、見た…こっちだ、あっちだ、といいながらなんとか猛獣避けのゲートが見えてきた。 そうしたら陽介さんが「これは違うからまた元に戻った方がいいと思う」、という。絶対戻るのはイヤだ。既に3時過ぎ。 森はあっという間に暗くなる。また森に入って迷ったら遭難してしまう可能性もある。 |
![]() このケルンの岩、下から仙人達で運び上げたんだって! |
そうだった! 仙人顧問の《探検部や山岳部》 の 生徒を引き連れては 山荘にやって来て、山頂まで散歩。 小倉山頂から山荘を眺めて 「ほら、観えるだろ! あそこが今歩いてきた山荘だ!」 各部員に渡した10万分の1地図で 仙人は現在位置と 山荘位置、下山ルートを示し サバイバルゲームの開始。 10分間隔で1人ずつ山頂から 独力のルートファインディングで下山。 但し途中で前に出発した部員に 追いついたら2人で 協力しての下山はOK! |
![]() アップルウォッチは《迷い》!を記録してました! それを知っていて陽介君は大塚君の迷いを加速させたのか! さては仙人とグルだったのか?悪い奴だ! |
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| 山荘は2つの山稜に挟まれた 小さな竹森川の谷間にあり、 迷っても山稜を越えて大菩薩側や 牧丘側に行くことは考えられない。 (実はこれが仙人の誤りで 部員以外で牧丘へ消えた者あり) 里を貫く細い県道207からは 山荘が丸見えで 迷って時間が掛かっても 行方不明になる事は無いと 仙人は思っている。 部員1番の方向音痴遠藤君が 2時間経っても帰らず 塩山駅近くでウロウロしてたのを 仙人がバイクで連れ戻したことが あったが・・・・・。 「我々には地図も渡さず 予告もなしでフッと仙人は消えて しまったのだから、 やはりこれは仙人が悪い奴だ」と 今頃シリコンバレーで 陽介君は 愛猫をいだいて独り言ちるのだ。 |
シリコンバレーに残してきた愛猫を想いつつ扇山に立つ陽介君! |
山荘に戻ったらテーブルがいっぱいのご馳走 明るい場所に出たら、幸い見たことのある景色が見えてきた。山荘の畑の下に続く道である。3時間越えの強行訓練であった。 後から思えば、柵に沿って突き進めば次のゲートに辿り着くかもしれなかった。そうしたらもっと早く帰れた可能性もあった。 これもまたいい勉強である。山荘に戻ったらテーブルがいっぱいのご馳走が並んでいた。 もちろん自家製ビールや持ち込んだワインの数々も添えられていた。冨美代さんのお手製の野菜料理、肉料理。 お正月らしく栗きんとんや伊達巻きたまご、かまぼこなどなど色とりどりだ。 また、隊長作の大根と鶏肉の煮付けなどが並びどれも疲れた身体に染み入る美味しさだ。 私は自家製きのこ類のマリネもどきとサラミやロースハム類を持参。 キッチン用具が揃わず簡単なものしか作れないので次回はもう少しマシなものを持っていこう。それと、自慢のオリーブオイルも! 夕日に当たる富士山の美しさを眺めながらの宴会は続き、あっという間に太陽が沈み、反対の小倉山方面から満月が登場。 真っ暗になるまで外に出て写真を撮ったり、眺めたり、話し込んで、食べたり、呑んだり、を行ったり来たり繰り返した。 私が山荘に来る動機の一つは冨美代さんに会うこと。こんなに素敵な人を独り占めしてのおしゃべりに大満足。 彼女の人生観や関わる活動など、本当に面白い。 最近、若い女性たちと話す機会が何度かあり、あまりいいアドバイスは出来ていないな、 という自分がいて、私も誰かのいい先輩になれるようまだまだ人生に磨きをかけねばならぬ。 そろそろ宴会も終わり、次の日のスケジュールをいい渡される。6時起床、朝食、畑仕事、裏にある扇山散策。 朝食をたっぷりいただき、男性陣は早々と畑仕事へ行き、女性陣は片付けや掃除を済ませて合流。 雪も降るような気候にもかかわらず、ほうれん草をはじめ春菊、ちんげん菜、キャベツやクレソンのような菜葉がまだまだ植っている。 食べられそうな部分を残してトマトなど枯れた作物の処理と土壌の整備を行った。 |
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| まるで悪魔の囁きのように陽介さんは黙々と作業! |
土に石灰と鶏糞を蒔いてからトラクターで土地を平す 山荘での冬での作業は初めてかもしれない。 枯れた根っこを抜いて、頭上の蔓を取り省き、土に石灰と鶏糞を蒔いてからトラクターで土地を平すまでが大まかな作業だ。 アメリカでも野菜作りはしているが、たかが小さなタタミ一畳ほとどの箱が3つ。 その一つはローズマリーやオレガノなどのハーブボックス。これは簡単である。土壌には石灰が欠かせないと隊長はいう。なるほど。 しかしかなりの広さがある畑である。全部やるのか?今?作家気質の大塚さんが先生に指示をあおぐ。 聞きたいことを聞いてくれるのでありがたい。陽介さんは黙々と作業をする。 私が「出来るところまででいいらしいよ」といっても、黙々と全てやってしまった。 まるで悪魔の囁きのような私のいうことには聞く耳を持たず陽介さんは黙々と作業。 畑仕事のご褒美はサツマイモである。収穫したサツマイモが貯蔵庫の麦藁をいっぱいにした箱に入っていて、好き放題貰えた。 しかしもう来週末には渡米の身。両手で持てるだけにしておいた。さて、お次は扇山への散策である。 昨日の山の半分程の距離だという。今回はフル装備の大塚さん。ジョキングシューズやストック両手、それに手袋までしている。 午後からのハイキングなのでぽかぽか暖かい、いい出足である。 頭の中には「冨美代さんが遭難しそうになって山の反対側の町まで降りてしまった」という恐怖の話がぐるぐるしている。 山を軽くみてはいけない。歳を重ねて気付くことは実は登りの方が楽だ、ということ。 かなりの急斜面を木から木へと這い上がりなんとか登り切る。 するとすぐ右手が山頂だった。ここは扇山、942mである。記念撮影を何枚か撮って気持ちを整えて、さあ降りだ。 |
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| 冨美代さんが遭難しそう・・・恐怖の話が! |
![]() 美味なり手造りローストビーフ! |
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![]() 白ワインのオンザロック! |
あれはなんなんですかねー。カッコつけてるんでしょうか? 急な坂道を降るのは至難の業である。全身の筋肉を使いスピードを止めねばならない。 両手が腱鞘炎の身としては出来るだけ手は使いたくない。転びたくないということだが、どうしても滑って転んだりは、避けられない。 私は遭難を避けたかったので、隊長の次に並ぶ。 急斜面の降りで足元ばかりに注意を向けていたら、あっという間に隊長は消えてしまった!(グリセード滑降だよ) 「なんだよ!忍者か!」と心の中で思い、歩いて5分も経たないうちに見失い、しばらく途方に暮れた。 ずんずん歩いて行くと、後ろから「そっちじゃないぞ」という声がする。「ああ、情けない」また彷徨う3人になってしまった。 すぐに見失ったことを伝えると、大塚さんが「あれはなんなんですかねー。カッコつけてるんでしょうか?」。 ああ、オカシイ。同感である。笑いが戻る。その後は、昨日の学習もあり、わりと平和に降りた。 太陽の方向や富士山の向き、また見覚えのある岩などを記憶に焼き付けておいたので、 独りなら無理かもしれないが3人だったので迷いも少なく降りられた。1時間半ほどの運動であった。 その後、大塚さんは明日から仕事とのこと、お別れである。 先生に駅まで送り届けてもらう間、私たち残り3人は冨美代さんが作ってくれたランチをいただいた。 山荘では珍しい焼きそばが美味しかった。4時過ぎに予約した電車に乗るために帰宅の準備をしながら、来てよかった。 また今年も機会を作って山荘に来たいな、と思った。 |
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![]() 彼らも今はどこで何をしているのやら? |
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仙人山の熊箱罠 |
![]() !午後からのハイキング! |
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サイコ:【サイコパス】⇒精神病質者。その人格のために本人や 社会が悩む、正常とされる人格から逸脱したものである人。 |
![]() 標的だって!許せん! |
![]() 壊れたプラブーツを直す陽介君 (8年前の西穂高岳) |
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![]() 8年前。つまり仙人が73歳、陽介君が52歳か? (仙人の氷壁登攀を撮影してくれた陽介君) |
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ぽんこつ仙人の

《80歳にも関わらず、しなやかな肉体と颯爽とした所作》なんぞと思われていることも知らず、 仙人は枯葉の海をグリセードで飛ばしながら、真正面にヘイブリック限界を見据え、 5100個(計算に誤りが無ければ)となってしまった自らの塩基対と対峙していたのだ。 より高みへと肉体を持ち上げ続けては、再び出発点に回帰する登山は否応なしにヒトを思索の世界にいざなう。 何しろなん千回、何万回いや何千万回と脚を上げてはまた降ろす単調なことを 繰り返すのだから、他にやることと言ったら考えることしかない。 いつもの如く、いつものように仙人山に登り、仙人山を降りつつ仙人はヘイフリック限界に囚われる。 牢獄に入った仙人はストックを握りしめ、腰を落しグリセードで枯葉を蹴立て思索する。 結果として後続の3人を置いてきぼりにし、彷徨わせる結果となってしまった。 風の噂では、一応仙人は反省してると独り言ちていると流れてきたが、確信犯であることは間違いない。 あん畜生め次回の登山では思い知らせてやるぞ! いやいやそれはあり得ないね。何しろ計算間違いが無ければ仙人に残された塩基数は僅か5100個。 きっともうすぐ消えてしまって、逢えるのは仙人山のケルンだけだとか! そう8年前に仙人が通い続けた雪の穂高からすっぱり消えたように、今回で仙人山からも消えるのかも。 |
![]() ACTG4つの塩基対(base pair、bp) |
染色体(遺伝子と蛋白質)の先にテロメア |
![]() ヒトの設計図と言われるゲノム |
最長で120年の寿命を明らかにしたヒトテロメア。 81年を経た仙人のヒトテロメアは、残念ながらその39年前の81年で、 ヒトの分裂限界(PDL:population doubling level)ヘイブリックの 3 Gbp(ギガベースペア、30億塩基対)に達しつつある。 分かり易く重さgに換算すると3Gbpは 10ー12g×3gとなる。 つまり 3/1000000000000gの仙人のテロメアは30億個の塩基の殆どを費やし、もはや細胞分裂が停止しつつあるのだ。 仙人の30億個もの生命の塩基の多くは重力への反逆に投入され、 より高みへと肉体を持ち上げ続けては、再び出発点に回帰する登山に捧げられた。 ヘイブリックの分裂限界を明確に自覚したのは8年前の仙人73歳である。 ヒマラヤの8隊員を失いつつも生き延び続けた仙人の、 隊員への哀悼の意を氷壁に刻むべく、陽介君と雪の穂高に登った歳でもある。 それ以来33回も通い続けた世界の未踏峰や氷壁、岩壁に別れを告げ、仙人と称して大菩薩山塊の山荘に籠るようになった。 小さな丘のような扇山、小倉山を散策し、未だ無名の山を《上条山》、標高1002mの頂を《仙人山》と命名し 土を捏ね焼いた陶器標札を山頂に備えたり、合間に野良仕事をし33年目を迎えた。 テロメアDNAが5Kbpほどになるとヘイフリック限界がおとずれる。 1Gは109、1Kは103なので5Kbpは(5/3)×10ー6=1,6666・・・×100万分の1となるので仮に10ー6×1.7とすると 残された塩基対数は109×3(30億塩基対)×10ー6×1.7=5.1×103=5100個となる。 (あれっ、小数点間違えていないか?少なすぎるぞ、まっ、このまま進んじゃえ!) 30億個が僅か5100個となってしまうと細胞分裂はヘイフリック限界に達し、人の各臓器は徐々に再生能力を失う。 |
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![]() ヒト寿命は最長120年 とゲノムは記す |
![]() 酵素テロメラーゼは テロメアDNAを修復させる酵素であり、 無限分裂能をもつ細胞 |
![]() 植物が障害を受けた際に発出される レスベラトロールがテロメアにも 影響するのではとも言われるが 検証されていない |
ヘイフリック限界 解剖学の教授であった レナード・ヘイフリックらは1961年、 ヒトの各臓器の細胞を培養し、 臓器由来の固有な分裂回数で 増殖が停止することを検証した。 更に高年齢、早老症患者の臓器では、 健常者の細胞より分裂回数が 少ないことを突き止めたのである。 この分裂回数をヘイフリック限界という。 (カリフォルニア大学、スタンフォード大学教授) |
ベニクラゲはテロメアDNAを修復する 酵素を持っていて老化しない |
体細細胞に ヘイフリック限界がおとずれると、 細胞周期抑制タンパク質の 発現が上昇する。 これにより細胞は 細胞老化と呼ばれる状態となり、 体細胞分裂を行わなくなる。 (wikipedia) |
さてこのヘイフリック限界の5100個となってしまった自らの塩基対と対峙し、山荘に籠った 仙人の肉体はどう変様していったのか! 塩基対(base pair、bp)とは、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類のDNAの基本単位が、 2本の長い鎖(ヌクレオチド)で結合したもの。遺伝情報の素材である。 この遺伝情報の素材が減少すれば当然ながら、細胞分裂して衰えた肉体を再生させよとの指令は途絶える。 最初に仙人を襲ったのは心臓である。 上行大動脈拡大症と大動脈弁閉鎖不全症、 上行大動脈拡大 大動脈逆流 。 更に肺でも異変が生じ右肺下葉摘出 が必須となり肺の一部を摘出。 やがて脊柱管狭窄症痛に襲われ歩行困難となり家の中でもストック無しでは移動できなくなる。 肩腱板の大断裂で右腕が動かなくなり人工関節を埋め込む以外に術無しと宣告される。 山荘活動は野良仕事以外でも伐採や土木工事が多く、筋肉の衰えと共に事故も多くなり左肘疲労骨折、 頭のホチキス縫合 なんぞと怪我も絶えない。 1月3日の新年会の3日後の6日にも工事中に3m墜落し、再び頭のホチキス縫合。 その老劣化の激しいヘイフリック限界仙人に対して、まさかの賛辞(?)に慌てふためく仙人。 《坂原先生はすごいスピートで下って行き、すぐに姿が見えなくなった。 その速さに驚きそして改めて坂原先生の登山家としての凄みを知った思いだった。》 《必死に隊長の跡を追っていた。しかし忍者のように颯爽と姿を消すのですぐに見失う》 《隊長を見ると80歳にも関わらず、しなやかな肉体と颯爽とした所作。負けてなるものか!と一瞬思う》 《私は遭難を避けたかったので、隊長の次に並ぶ。 急斜面の降りで足元ばかりに注意を向けていたら、あっという間に隊長は消えてしまった!(グリセード滑降だよ) 「なんだよ!忍者か!」と心の中で思い、歩いて5分も経たないうちに見失い、しばらく途方に暮れた。》 《大塚さんが「あれはなんなんですかねー。カッコつけてるんでしょうか?」。 ああ、オカシイ。同感である。笑いが戻る。》 こりゃ拙いぜ!これほどの大賛辞を受けてしまったら今更実は仙人はヘイフリック限界にあってなんぞと言ってられない。 こうなったらカッコつける振りを続けねばと硬く決意。 ところで仙人の残されたヘイブリック限界の塩基対の残り計算は、合ってるのでしょうかね! 陽介君、祐哉君、暇があったら確かめて! 「ははーん、やはり間違っているな!これで仙人がヘイフリック限界に在るとの説は正しいと間接証明出来たな!」 なんぞと密かに喝采を叫んでおくれ!。 |
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> テロメア仮説の解説 (4)。
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![]() 26年1月6日(土) |
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| 《 いい加減こりて、危険な土木工事は 卒業出来ないでしょうか》 《懲りて》はネガティブな翳を引き摺っている。 ぷちクレールのテラス拡張工事を終えて、
駐車場やテラス囲い専門の
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こうなったら計画そのものを諦めるか、 果たして専門家に断られた工事を
悶々とした日々が続き ささやかな建設計画だっただけに、 でもって仙人の許容範囲からすると 完成した未熟で簡素な 《いい加減に懲りて》と冷たく
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| この足場板を支える単管パイプが緩み6枚の鋼板と共に仙人は墜落! 透明おうち・ぷちクレール(Petit Clair )基礎工事 まあ、肉体細胞は何とか誤魔化せるとして同じく老劣化の著しい脳細胞を騙くらかして、 単なる力仕事でなく、段差数メートルの石垣から 突き出した空中に透明おうちの基礎のテラスを築き、更にその上に 透明な小さなおうちなんぞ、おっ建てることが出来るだろうか! 《これは老劣化の臨界を超える仙人の最後の挑戦である!》 なんぞと大ぼらを吹いたが、届いた透明おうちPetit Clair (ぷちクレール) の部材梱包を開いておっ魂消る。 部材の種類86、部材数517個と想定内のピース数ではあるが、 果たして老劣化細胞は指定された工具と機器9種を使いこなして、 ジグソーパズルを完成させることが出来るのか! |
![]() この小さなお庭に! |
![]() 硝子テーブルはどうだい! |
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![]() うん、ここ見晴らし抜群! |
![]() 暖かくなったら外テーブルだ! |
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| 仙人が墜落したのは延長したこの芝生工事中なのか! 2月1日(日)晴 ぷちクレール延長芝生 出血が止まらないので救急医療を受けねばならぬが、救急車119よりも自分の車で駆けつけた方が早いし帰りも都合がいい。 しかし自分の車で行くと救急扱いを受けられず待たされるかもと塩山病院に相談。 今直ぐの診察は無理なのでと浅利脳外科クリニックを紹介してもらう。 クリニックに連絡すると脳外科だけでは対応出来ないので他を当ってくれとのこと。出血は止まらず、これ以上グズグズしてるとヤバイ! 即車に乗って塩山病院に駆けつける。 脳外科の渡邊徳晶Dr見事なまでにやる気の無い対応で、それじゃホチキスで縫いますと麻酔もなしで、 いきなりパチンぱちんと左額に7発針を打込む。 痛えの何の思わずイテーと叫ぶ。1週間後に抜くから来て下さい。 序にx線とCTスキャンをとって骨に異状なしを確認し念の為と、 左脛、右膝、左腕左太腿の打撲を観て貰うため整形外科の岩窪武Drに回される。 待っている間に左膝辺りのズボンの内側から血が流れ出し、待合室の廊下を赤く染める。 看護師が血に気付き車椅子でベッドのある病室へ仙人を搬送。 それから待たされること更に2時間、血の流れがタイツの圧迫でやっと少なくなったころ診察。 うん、こりゃ複雑な裂傷なので抜糸は再来週になるなと整形外科の岩窪武Dr。 この小さな人工芝の庭でぷちクレールの工事は完了! 81歳の老劣化の極みにあるポンコツ仙人が、僅かこれっぽっちの代償でぷちクレールの工事が完成したなんて奇跡じゃや! 独りほくそ笑む仙人であった! |