1801ー2020年  霜月

静かなびが、ゆっくりゆっくり!
10月31日(日)快晴 神成岩に立ち蒼紫に染まる

何処を探しても一片の雲もない、正真正銘の大快晴。野良仕事は総ておっぽり出して山に行くべし。
でも高芝山なら予定していた林檎畑の雑草取り、施肥、耕運機掛けをして、
来春のコスモス畑計画に着手してからバイクを飛ばしていけるので、野良仕事と山と両方出来るかな。
しかし紅葉を堪能し、同時にロック・クライミングも愉しむには、やはり大菩薩の仙人専用ルートである神成岩(雷岩)が良いかな。

すっかりご無沙汰している鶏冠山なんかも魅力的だし。
で逡巡したが、ザックには40mザイル、カラビナ、ハーネスなどがさっさと詰め込まれ、
逡巡はポーズだけで、心は紅葉真っ盛りの大菩薩でのロック・クライミングに決まっていたのだ。

山荘発10時35分→長兵衛荘駐車場発11時20分→クライミング終了稜線14時頃(稜線で鹿と遭遇し戯れる)
→駐車場発15時20分→山荘着16時05分。 


ストックを高々と天空に突き刺した刹那!

小さなスタンスに爪先を掛け、
其処に全体重を委ね、
その繰り返しが
ロック・クライミングである。
小さなスタンスは
当然ながら階段の
ステップとは大違い。

小さいだけでなく、殆どは
平らではなく外傾していて
全体重を掛ければ、
スリップして墜落する。

落ちない様にするには、
爪先と岩の接触部分の
フィリクションを利用するのだが、
これには全体重を爪先の1点に
集中できるだけの
筋力が必要となる。

76歳の老劣化した筋力が、
果たして
このハードな連続作業に
耐えられるだろうか!
挑戦してみるべきか、
それとも
老劣化を素直に受け入れ、
With agingと行くべきか?


全身を駆け巡る赤血球に酔う!



先ず岩に威圧され!

従っていつもより遥かに、
慎重に慎重を期し、
一歩一歩を登った。
登攀終了し2000mの稜線に出、
岩稜の尖った先端に立ち、
ストックを高々と
天空に突き刺した刹那、
静かな歓びが、ゆっくりゆっくり
赤血球に載ってやって来た。

全身を駆け巡る赤血球が
60兆もの細胞の
1つ1つに、歓びを運ぶ。
不安定なスタンスで爪先だけに、
全体重を掛けるリスクを抑えるには、
手の指先が捉える
岩肌の起伏の感触が欠かせない。



岩場と対峙して先ず岩に威圧され、
ヤバイと危機感を覚えた。
次に一歩を踏み出してみて、
小さなスタンスに
全体重を掛けることへの
懼れに襲われ、
慣れた筈の岩場で、もしや
事故を起こすのではと
危惧を懐いたのだ。

 
76歳の老劣化した筋力が!



2つ目の沢、姫の湯沢!
 
岩肌に指先を同化させる
 
冬には雪氷の裂け目が出来る

突起の明らかな岩肌に
指を掛け少し力を加え、
肌の反応をチェックする。
果たしてこの小さな突起に
力を加えていいものか!

重心を左足の
爪先から右足に移すと同時、
岩肌に指先を同化させる。

同化を拒否され
突如、岩肌から
掴んだ岩が剥がれたり、
指先とのフィリクションの不足で、
力を加えた瞬間、
小さな肌の膨らみが、
指先を突き放したり。

 

  登攀者の力量不足や
岩肌との、ほんの僅かな接触ミスで
いつでも登攀者は、
墜落の危機に曝される。
岩肌と指の繊細な駆け引き無くして、
登攀の成就はあり得ない。

≪これが最後のクライミング
となるのは云うまでもない≫
なんぞと言い訳じみたセリフを呟く
未熟なまま老劣化した仙人。

何度騙されたことか!
しかし肺と心臓の
切腹目前の今度こそ、
そのセリフ、本物かも!


肌の反応をチェック!

これが最後のクライミング! 



あれっ、キキが帰ってきたのか!
10月31日(日)快晴 登攀終了後、死んだはずのキキの出現に吃驚!

夢をみているのだろうか!
登攀を終え標高2000mの稜線に出ると、今登って来た登攀ルートに沿って、疾駆する鹿がいるでは!
恰も母鹿を追う小鹿の如く、唯一直線に稜線目指しひた走る。
40年以上登り続けてきた大菩薩で、野生の鹿に出逢うのは初めてである。
ましておや、疾駆する前方に人影を認めながら、懼れる素振りも見せず、人影に向かって走って来る鹿なんて!

 



鹿の子斑がすっかり消えて!

角もしっかり生えて!
えっ、大菩薩の次は
乾徳山ですか!



銀河鉄道の夢を見て、
ゆっくり朝食を愉しみ、
それから標高差1000mを超え、
活動時間も7時間前後となる
乾徳山南ルートへ行こうなんて、
ちょっと晩秋の釣瓶落としの山を
甘く観すぎているのでは!

せめて大平高原から
標準タイム2時間半で登れる
東ルートにすれば楽なのに、
敢て3時間45分の
南ルート7を選ぶとは!
大体往復で7時間前後もの
連続行動なんて76歳の、
肺や心臓の切腹を目前にした
ジジイに耐えられるのか!

タイムオーバーで
真っ暗な森の中に迷い込み、
最悪の場合はビバーク。


この岩壁周辺は鹿の棲家か! 

ザックに詰めたのは
トランシーバー、外科用医薬品、
ヘッドランプ、羽毛チョッキ、
ゴアテックスコート、地図のみで
食料、水分の類は一切無し。

いつも肌身離さず持参する
高度計ウオッチや
携帯電話も忘れて、
無謀登山の誹りは免れない。
勿論ビバーク用ツエルトや
断熱シートなど持って無いので、
場合によってはビバーク中に、
低体温症に陥り、
凍死することも在り得る。

なんてことは全く考えず、
いつもの山荘裏山に
出かけるが如く、フラリ乾徳山へ。
何とかビバークもせず、
明るいうちに山荘に無事帰着したが、
最早ヘロヘロの
ヨロヨロで何とも情けない。  

≪ぼくも乾徳山に連れてって!≫と
大きくなったキキが叫ぶ。
そんな気がしたのだ。

5ヶ月で随分大きくなったね!

さようならキキ!


乾徳山

山荘周りの山々からは、
形の良い三角錐の頂は
良く目立つ。
頂そのものが
突き出した岩そのもの。
小楢山に並んで見えるが、
その頂に立つのは
意外に手強い。

乾徳に行こう!
と決めたのは、やはり朝。
あまりに美しい
夜明けの後では、
より高みを目指して
みたくなるのかもしれない。


2008年1月1日の乾徳山頂直下を登る村上
高低差1000mを登る試み
だけでもいいのでは
ないかと思う。
林道の途中まで車で入ると、
ちょうどよい
駐車スペースがあり、
数台の車が
すでに止められている。

10
35分、徳和川の
流れ沿いに歩き始めると、
木立の向こうからは
勢いのある水音が響き
山懐の深さを
感じさせられる。
誰も居ない乾徳山から山荘の山々を望む!
11月4日(水)13時55分快晴 

光の中で紅葉の朱色が燃え上がるように鮮やかで見惚れる。清流の響きと色とりどりの紅葉に包まれ、気持ちよい登りとなる。
歩き始めて間もなく、汗ばむほどなので、上着を一枚脱ぎ、ザックにしまった。
吹き抜ける風は既に冬の匂いを含み、その冷たさに一瞬身が引き締まる。
降り注ぐ陽光は、斜面に美しい木漏れ日の模様を描き、見上げる梢の先には清々しい蒼い空が何処までも広がる。
何とも爽やかな登山日和。登ってゆくのは我々ばかりだが、途中ですでに下山の人にすれ違う。その一組は、早朝6時前から登りだしたという。

落葉松の林を抜け、落葉松落ち葉の足裏に感じる踏み心地を味わい、白秋の詩を口ずさみながら、ゆったりとした登りは楽しい。
今日の登りは標高差にして1000mにもなる。
登頂には拘らず、この長い登りをどれほど楽しんで登れるかが目標だ。
特に頂上直下は岩場で鎖場も控えている。どこまで通用するか分からないが、こんなチャンスはもう無いかもしれない。

晴天に恵まれた秋の一日を、少しばかり困難を伴う頂に向かって進むのは、それだけでワクワクするものがある。
何かを目指す、きっとそれが大切なんだ。
仙人も登頂よりは、登ることそのものを楽しもうという心境だと、変化する視界の美しさに何度も感嘆詞を発する。



錦晶水も過ぎ、落葉松や白樺の林を抜ける


山梨県がしっかり管理をしている模様だ。
高原ヒュッテを後にして、
草原を抜けると小石が続く急な登りになる。
ぐんぐん高度が上がり、振り返ると富士山が圧巻だ。
何時に下山開始するかを確認、2時迄を行動時間として、
ここからは各自のペースで登る。

久しぶりのトランシーバー登山だ。
稜線に出ると風の冷たさに上着を一枚着る。
大平方面の登山道と合流すると、
扇平の標識。巨大な月見岩がある。
まさにここで月見をしたら最高だな。

年齢を重ねたことによる
山への姿勢が変化してきていることを、
むしろ喜んで受け入れられる。
それだけの経験と、
やり切ったという充足感があるからなのだろう。
それでも、いつ離れてしまってもいいように
トランシーバーを持参してきた。
銀晶水、駒止、錦晶水も過ぎ、
落葉松や白樺の林を抜けると、
国師ガ原の広々した草原へ出る。

避難小屋があったはずだがどうなったろうと、
草原を突っ切ると、可愛い避難小屋が見え、
小屋の前では数人の登山者が昼飯の最中だった。
小屋はきれいに修理され、
高原ヒュッテとして使い心地がよさそうである。

 
補修された高原ヒュッテ!




鳳岩なんて名があったのか!
富士山をバックに
写真を撮るカップル、男性は
西欧人のようだが、
彼らとこの先は抜きつ抜かれつ
しながら歩くことになる。
下山の人に何人かすれ違うが、
小学生くらいの男の子と
お母さんらしい
元気のよい下山者と挨拶した。

山頂まで1時間と
標識には記されているが、
時間的には厳しそうだ。
樹林帯に入ると急に
岩がゴロゴロした急登になる。

登りはさほど問題なさそうだが、
この岩場は下りとなると
時間が掛かるかもしれない。
行けるところまで
行ってみようと歩を進める。


山頂直下の鳳岩鎖場
途中で交信してみるが応答なし。
急にシーバーが鳴り交信が始まる。

ちょっとした具合で途切れてしまうので、
気を付けながらのやり取り。
もちろん仙人は
頂上へ向かってまっしぐら、
時間を確認してきたのだ。 私は2時前には
下山開始するつもりだと告げる。
オープンのままにして、
最後の岩の登りにかかった様子、
「山頂に着きました」との報告を聴く。

13
56分、この時刻を告げた後交信が
全く途絶えてしまう。
下山開始した私が
岩陰に入ってしまうからかと
少しピッチを上げて降りる。

思ったほどには、下山も難儀せず、
これならあと30分余裕があれば
山頂まで行かれたのになあと、
思いがけず欲が出た。

陽が落ちる前に!
油断は禁物、気を許しては
うっかりミスで滑ったり
転んだりを招いてしまう。

絶対に下山でミスをしないこと、
これが今の私の最大目標なのだから。
足首のバネが効かないのだから、
決して急いではならない。
上手に下山するのは、
実のところ結構難しいことなのだ。

それでも、この高さまで
頑張って登れたのだから、
丁寧に下山しよう。
そんなことを思いながら、
緊張して下っていると、シーバーが鳴る。

仙人は岩壁を避け巻き道から下ったところ、
黒金山の方の道へ迷い込み、
やっと正しいルートに戻れたとのこと。
そのあまりに荘厳な美しさに向かい、
ちっぽけな存在がここに居るよと、
感謝と祈りを捧げる。



闇が迫る!ヘッドランプ用意



さて暗くなる前に下らねば!

暗くならない内を目指して、一気に下山。
無事に日が落ちる前に
駐車場に辿り着いた。

16
時半。2時下山にして正解だったねと、
車に乗り込んだ。山荘までは30分。
こうしてみると本当に近いお隣の山なんだ。

西の空が真っ赤に燃えて、
山々のシルエットが黒々と沈みゆく。
枯葉に覆われた今の時期は、
登山道は簡単に隠れてしまい迷いやすい。
どんなにベテランであっても、
山は人を選ばない。

交信しながら、仙人は
途中急ぎすぎたので軽い
脱水状態だから、追いついたら
水を用意しておいて欲しいとのこと。

銀錦水を過ぎ暫く下ったところで、
仙人が追いついた。
一気に紅茶を飲んで、仙人は元気に。
私も今日初めての水分を取る。

 
闇に捕まる前に下山



バイクで竹森林道を!
高芝山

昨日に続き、この日も快晴の
素晴らしく美しい夜明けを迎える。
この青空だもの、ずっと気になっていた
高芝山へ行こうということになった。
畑仕事を少し行ってから、
12時過ぎに出発。


鉄塔下の崖が登山口

竹森林道のゲートが開いているのも
珍しいが、道路がすっかり
きれいになっている
ことに驚かされた。

凸凹だらけだった
コンクリート舗装が
きれいになり、安心して走れる。



右手に高芝山標識を持って!

高芝山の登山道下には、
燃えるような真っ赤な紅葉が
一本午後の陽に映えて美しい。


急な崖を一気に登り、
懐かしい高芝山へ踏み入る。
紅葉の盛りが過ぎ、地には
落ち葉が降り積もっている。


標識はこの辺りに!

一瞬道を逸れてしまったので、
崖をよじ登ることになるが、
落ち葉で滑らないよう
細心の注意を払いながら、
全身を使ってよじ登った。

急斜面が続き、ここでも落ち葉は大敵、
より注意しながら
滑らないよう気を付ける。
こうして登ってみると、意外にも
ここしばらく登ってきた山の中で、
実は一番難しいんじゃ
ないかと思われて来る。
狭い岩の縁を巻き、
急なアップダウンを繰り返す。

やがて山頂に到着。
この季節にはまだ眺望は全くない。
木々が葉を落とさないと、
山頂だとも思えない。

8年間頂に在った標識と乾徳山の青ヘル




割れた標識と新標識

翌日、この陶器はきれいに継がれ、
仙人テラスから最も見映えの良い、
赤松の幹に新しい居場所を確保した。
同じ幹に乾徳山町から連れ帰ったブルーの
ヘルメットも吊るされ、森のアクセントになった。

暮れなずむ空の奥に聳える高芝山。
さっきまであの稜線にいたんだと思うと、
高芝山がより親しいものに思えてくる。
仙人テラスや森テラスの特等席から眺める高芝山がより
好きになるだろうなと思いながら、
星の瞬き出した空を見上げる。
明日も良い天気になるかな。

手作りらしい木片の山頂標識が立ち木に掲げられている。
陶器の山頂標識は何故か割れて、地面に横たえられている。
割れ跡を揃えて、そっと置かれているところを見ると、
誰かがそこに置いた気配だ。

しかし何で割れたのか、その理由を
見つけることはできなかった。
仙人は拾い上げて、
そっと包むと持って帰ることにした。
8年間その役割を果たし、別の誰かが創った
木製標識との交代を終えた陶器の標識は、
山荘に戻されることになった。


込められた愛情が伝わる新標識 


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