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その126の1ー2016年 皐月 |
5月1週・・・西穂高岳山頂直下の雪壁に挑む呆け老人
西穂高岳山稜直下の最後の雪壁を登る 眼下に上高地を俯瞰 4月25日(月)8時55分 晴 美しい雪と氷のラインを引いて一気に山巓に突き上げるルート。 雪の穂高は奥穂、北穂、前穂、西穂と4つのピークを天空に振りかざし、恰もヒマラヤにでもなったが如く クライマーに嫣然と微笑みかける。 心を絡み獲られたクライマーは、雪の訪れを待ちわびてせっせと白銀に装われた穂高に通う。 ・ 4つのピークの中でも西穂は山巓に連なる岩壁を持たぬ為、クライマーの心は他の3峰に向けられてしまうことが多い。 鋭利なジャンダルムに守られた奥穂、飛ぶ鳥も落とすと恐れられた滝谷で武装する北穂、 奥又白から直立する東壁を従えた前穂・・・、が西穂には何もない。 しかし西穂の雪の山巓は他の3峰の追随を許さぬ優美な雪と氷のルートで、心あるクライマーを魅了する。 ・ 鋭く小さな山巓に一気に突き上げる雪と氷のルートこそが西穂の魅力なのだ。 だがこのルートは雪崩の通路でもあり、登攀対象にはならず魅了されたクライマーもアタックはしない。 ならば、最も雪崩の落下距離の短い山巓直下の雪壁だけを登って愉しんでやれ! ・ ふふん、如何にも仙人の思いつきそうな試み。 例え落下距離は短くても雪崩に巻き込まれたら一巻の終わりだぜ! ザイルの確保だけは怠るなよ! |
雪崩の本流から逸れろ |
山への祈り 深井 博 作曲 薩摩 忠 作詞 ♪♪♪ 雪の肌にそっと 耳をあてれば 美しい声が 聴こえてくる 山の胸に眠る 命の声が 雪の中の谷間 岩のほとりに つつましくゆれる 白い花 山の胸に眠る 命の姿 雪が解けて山に 春がめぐれば ひとすじの煙 立ちのぼるよ 山に別れを告げる 命の心 ♪♪♪ ほんとうに聴こえてくるんだよ! その声が聴きたくて 春がめぐると、心がときめいて、 雪山にやって来るんだ。 ・ でも山の胸に眠るその命の声が、 こんなにも切り立った 雪壁で聴こえると 美しい声は死の囁きにもなるんだ。 ・ 密やかな死の囁きは、 突如収束され 絶叫を発し底雪崩となって、 クライマーを襲うんだよ。 |
そう、榛松側に寄って |
堅く締まった氷壁 |
アイゼンの爪先が氷を捉える |
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再び柔らかな雪壁 |
雪崩の兆候は無いか? |
山巓は目前 |
第1日目 4月24日(日)雨午後曇
西穂山荘へ
活動データ:7442歩、5km209m、198Kcal
山荘発 | 7:00 | 新穂高温泉着 | 12:10 | |
東山梨駅発 | 7:26 | ロープウェイ発 | 12:30 | |
松本駅着 | 9:35 | 千石平出発 | 13:30 | |
松本駅バス発 | 10:00 | 西穂高山荘 | 14:50 |
左に黒々と槍ヶ岳 |
雲海上に笠ヶ岳出現 |
右から独標、ピラミッド峰、西穂高 |
ほらロープウェイの左に 雪山が観えてきたろ。 あれは昨年の夏に登った笠ヶ岳。 ・ 左俣谷から標高差1900mを 一気に登って笠ヶ岳から 抜戸岳、弓折岳、双六岳、樅沢岳、 を経て更に槍ヶ岳、 大喰岳、南岳を縦走したのは、 昨日だったような! ・ そんな風にして 時は勝手に短絡して、 その間の記憶を 消し去ってしまうのだ。 ・ 濁り水が時の経過とともに、 土と上澄み液を 分離するように記憶も又 不要なものを留めず、 永劫の闇に沈下させ、 存在のエッセンスのみを 上澄み液として シナプスに浮上させるのだ。 |
千石平登山口 |
そーら、やって来たぞ! 何度も通い詰めた 雪の穂高連峰へ。 ・ 最早、存在のエッセンスしか 留めることの出来ない 仙人のシナプスに エールを送ってあげよう! ・ とか何とか言っちゃって その先は御見通しさ! つまりエールとは ビールの訛りで、これから 雪の穂高を眺めながら 酒盛りを、 おっ始めようとの魂胆なのだろう? ・ ザックから取り出されたのは 山の行動食にしては 些か首を 傾げたくなるような物ばかり。 |
西穂山荘本館入口 |
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本館一階は雪壁の中 |
先ず栄螺の蒸焼きを 壺から取り出して 海水だけの塩味で仕立てた物。 お次は塩胡椒だけで 味付けしたカルビと骨付きラム。 ・ 極め付きは3日間もタレに漬けて 210度で焼いたスペアリブ。 それに胡瓜、トマト、レタス、セロリ、山独活、 山荘産のパセリ、クレソンと生野菜の オンパレードじゃ! ・ 山小屋に居た女の子も吃驚! どうじゃ、 これが仙人のエールじゃ! |
雪の中なので昼でも照明 |
ピッケルに体重を掛けより高く その声を聴いてしまったら、 もう駄目さ。 いいかい、こんな絶世の美女がだよ、 充分に堪能あそばせ!と 言ってるんだぜ。 これで黙っていたら、君は 存在して居ないも同然さ! |
惚れ惚れするねー! どうだい、この美しくも急峻にそそり立つ雪壁。 こいつが呼ぶんだな! ≪いらっしゃい!しとやかな雪の肌を 充分に堪能あそばせ!≫ |
雪崩に怯えつつ打ち込む |
行く手を阻む稜線に覆いかぶさる雪庇 西穂高稜線直下 4月25日(月) 晴 ≪巨塊を片方の肩でがっしりと受けとめ、片足を楔のように送ってその巨塊をささえ・・・≫ だからと云って今にも崩壊し落下しそうな雪庇なんぞに近づいて、 どうするつもり? もっと優しくて安全で楽なルートがあるでしょ? |
トラバースして雪壁ルートへ! このザイルは稜線の岩角に結んである。 雪崩に巻き込まれても 浅い表層雪崩なら 若しかすると、この1本のザイルが落下を 食い止めてくれるかも知れないと、 雪の肌に耳を当て雪崩予兆の囁きを 聴きながら、登るのさ。 |
ふんふん、嗤ってしまうね! それを云っちゃお仕舞さ。 優しくて安全で楽な生き方だけを求めていたら どんな人間が出来上がるか よーく知ってるくせに。 |
雪壁に走る亀裂に怯えつつ |
第2日目 4月25日(月)晴
西穂高岳へ
活動データ:21045歩、14km730m、578Kcal
西穂山荘発 | 6:30 | 西穂高山荘 | 13:10 発13:20 | |
独標着 | 8:00 | 千石平着 | 14:10 発14:15 | |
ピラミッド着 | 9:10 登攀撮影 | 新穂高発 | 14:50 | |
西穂高山頂 | 10:00 発10:40 | 平湯発 | 16:30 | |
ピラミッド | 11:50 登攀撮影 | 中の湯発 | 16:58 親子滝着17:20 | |
独標 | 12:20 | 休暇村着 | 18:00 |
夜明けと共に出発 |
後方に乗鞍岳見ゆ |
明日は乗鞍岳へ |
この3日後、北アルプスでは7人程が 遭難死したけど 記事をよーく観てごらん。 ほら、西穂高では誰も死んでいない。 ・ 偶然もあるけど、それだけじゃない。 西穂高の頂に至るには 丸山、独標と呼ばれるピーク、 更にその奥に聳える ピラミッド峰を越えて行く。 |
さしあたり目の前の西穂岳へ |
ま、独標までは積雪期でも ハイキング気分で登れるような 安易なルートなんだけど、 そこから先は鋭い岩稜が続くんだ。 ・ ガイドブックなんぞは 本格的装備、技術の無い者は、 独標から先は行かないようになんて 脅かしたりしてるから、 未熟者は独標で引き帰すことが多い。 その結果が遭難死0に 繋がったと考えられなくもないかな。 |
独標からはザイルを結んで! |
さて、ホンじゃここからは、 気恥ずかしいけど ザイルでも出して安全運転で行きますか! 誰も観てもいないのに、 なんで気恥ずかしいかって? ・ ホームゲレンデの雪の穂高で、 難しいルート以外で、 ザイルを結んで登るなんて、 有り得なかったからさ。 でも今回は未熟なカメラマンが落ちたら、 大変だからね。 |
此処からは鋭利な岩稜が続く |
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巨大氷柱の迫る雪庇 さあ、あたしがどんな子を孕んだか、 見せてあげようか? もっと近くにお寄り。そうそう、もっともっと近くへ。 垂れ下がった氷柱が気になるって! あんたの全存在が 呑み込まれ噛み砕かれてしまいそうだって! ・ 何を言ってんだい! あたしが孕んだ子を観ては、 生の歓びに身を震わせてきたと云うのに、 今更怖気ついて、どうするのさ! |
頭上に迫る巨大氷柱と雪庇。
雪庇はカタストロフィー。 冬将軍の強烈な息吹が稜線に吹き付け 雪は風上に向かって発達し、 巨大な庇を形成する。 ・ 春の太陽を吸い込み雪庇は水分を蓄え、 重さを増し、幾つもの氷柱を下げ、 突然の崩壊を孕んで、 クライマーに嫣然と微笑みかける。 |
この雪庇を超えれば頂稜じゃ! |
シーシュポスの神話 このシーシュポスを主人公とする神話についていえば、 緊張した身体があらんかぎりの努力を傾けて、巨大な岩を持ち上げ、ころがし、 何百回目もの同じ斜面にそれを押し上げようとしている姿が描かれているだけだ。 引きつったその顔、頬を岩におしあて、 ・ 粘土に覆われた巨塊を片方の肩でがっしりと受けとめ、片足を楔のように送ってその巨塊をささえ、 両の腕を伸ばして再び押しはじめる、 泥まみれになった両の手のまったく人間的な確実さ、そういう姿が描かれている。 天のない空間と深さのない時間とによって測られるこの長い努力の果てに、 ついに目的は達せられる。 |
西穂高岳山頂直下 |
さあ、この一蹴りで |
よっこらしょ! そんな声が聴こえてきそう。 振り上げたピッケルの先では、 乗鞍岳(3026m)が ゆったりと銀の光を放ちながら、 ≪さあ、明日は此処においで!≫ と詠っているような。 |
そりゃ4つの穂高の中では、 西穂は一番控えめで、 高さも3千mに届かず、ちょと 不遇な山かも知れないけれど、 ほら、この雪壁を観てごらんよ。 ・ この見事な雪壁の 登攀終了点に西穂高岳の 山巓標識があるんだぜ! 奥穂だって、前穂、北穂だって、 こんな素晴らしい雪壁登攀は 味わえないのさ。 ざまーみろ! |
もう一歩だ! |
出たぞ! |
するとシーシュポスは、岩がたちまちのうちに、はるか下のほうの世界へと ころがり落ちてゆくのをじっと見つめる。 その下の方の世界から、再び岩を頂上まで押し上げてこなければならぬのだ。 かれは再び平原へと降りていく。 ・ かれが山頂を離れ、 神々の洞穴の方へと少しずつ降ってゆくこの時の、 どの瞬間においても、かれは自分の運命よりたち勝っている。 かれは、かれを苦しめるあの岩よりも強いのだ。 |
!この究極の歓び! ≪ 天のない空間と深さのない時間とによって 測られるこの長い努力の果てに、 ついに目的は達せられる≫ 胸に手を当てて、よーく耳を澄ましてごらん! ほら、それとは別に、 やっぱり、ごぼごぼ、○o。聴こえるだろう。 ・ ホルンやフルートになった心臓を 走り抜ける真っ赤な血潮の詩だ。 雪のアルプスを駆け巡る歓びが血潮に載って 謳っているんだ。 |
ごぼごぼ、○o。. ごぼごぼ、○o。. 雪の肌に流れる雪解の音色かな! ・ 小さな滴が重なり合って 徐々に大きくなり、ホルンやフルートになった 氷の迷路を走り抜け、共鳴しあって、 山の胸に眠る 命の声を 謳っているんだろうか? |
雪崩には襲われず頂へ! |
神々のプロレタリアートであるシーシュポスは、 無力でしかも反抗するシーシュポスは、 自分の悲惨なあり方を隅々まで知っている。 まさにこの無残なあり方を、かれは下山の間中考えているのだ。 ・ かれを苦しめたに違いない明徹な視力が、 同時に、かれの勝利を完璧なものたらしめる。 侮蔑によって乗り越えられぬ運命はないのである。 (アルベルト・カミュ著 清水 徹訳 『シーシュポスの神話」(新潮文庫)より) |
ひっそりとした誰も居ない山巓 西穂高山頂(2909m) 4月25日(月)10時05分 晴 ダブルアックスと云って両手にピッケルやアイスバイルを持って、 それを交互に叩き込みながら雪壁を登っていくんだ。 ピッケルが雪壁に深く食い込み、つま先に飛び出たアイゼンの爪がしっかり壁を捉えると、 ゆっくり垂直に体重移動し、一歩、又一歩と高みに向かって登って行く。 そしてやがて山巓に達する。 ・ 死を孕んだ巨大な雪の壁を乗り越えると、到達した山巓標識が、ぐさっと胸に突き刺さってね、 紅い血潮が雪の肌に飛び散り、真紅の薔薇を描くんだ。 生きて今在ることが、歓びの津波となって真紅の薔薇の像を結んだとしか思えない心象スケッチ。 こんな瞬間が在るなんて、想像できるかい? |
山巓からの下降開始 ≪ かれが山頂を離れ、 神々の洞穴の方へと 少しずつ降ってゆくこの時の、 どの瞬間においても、かれは 自分の運命よりたち勝っている。 かれは、 かれを苦しめるあの岩よりも強いのだ≫ |
さあ、真紅の薔薇とのお別れだ! 71年と6か月の星霜を経た老人にしては、 ちょっとした冒険だったかな! ・ でも見習い仙人は小憎らしくも、こんなこと云うんだぜ。 「あのーこれって、朝夕2回の山トレーンングと たいして変わらないんだ。 いや、若しかすると山トレの方が厳しいかな!」 ・ そんな憎まれ口叩いて、 ほらほら、下山中に蹴っ躓いて氷壁を落ちないでよ! 何しろほんの僅かなミスで、 簡単に滑落し、さよならだけが人生だ!と 吼えることになるんだから! |
独標でアイゼンを脱ぎザイルを解く |
登攀の魅力は 内なる限界状況への挑戦にある。 肉体と精神の限界の極点に立ち、新たな地平を目にする時、 歓びは止めどもなく存在の深奥から湧き起こる。 それは根本的な生命の歓喜である。 、 (1989年3月、風雪の北鎌尾根の記録より) |