ボホール・ダイビング
珊瑚海・・・・・・・もう1つのヒマラヤ
Bohol Panglao Is
撮影日:2009年3月 場所:パングラオ島 撮影or編集:坂原忠清 |
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手の平に乗る小さな猿が居ると言う。 ターシャと呼ばれるその眼鏡猿はインドネシアやボルネオ島にも 棲息しているらしいがボホール島では身近で見られるらしい。 ・ 進化論の島ガラパゴスでの《時に閉ざされた生命》との邂逅を果たし その後3ヶ月近くをHPの編集に費やした。 ガラパゴスの資料を漁り撮影した画像とにらめっこし、HPでの興奮の旅は続いた。 ・ さてそうなると次なるDVは、やはり陸上での珍しい動物や遺跡がないと物足りない。 イースター島かマダガスカル島もいいが、ちょっと遠い。 ボホール島なら近い上にターシャにも逢えるし、大理石で出来た摩訶不思議な チョコレート・ヒルを訪ねることも可能である。 ・ ボホール島に発つ当日にガラパゴスHPの編集を終え《ページの公開》を クリックして慌ただしく東京・目白の家を飛び出した。 さてどんな旅になるのだろうか? |
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DV Site 原図:Marine Jack ・ 3月2日:パングラオ島 @アルコ(Arco)、ABBC(Bohol Beach Club) Bノバハウスリーフ(House Reef)、 3月3日:パングラオ島 Cノバハウスリーフ(House Reef)、Dカリバヤン(Kalipayan) Eサンクチュアリ(Sanctuary) 3月4日:バリカサグ島 Fノバハウスリーフ(House Reef)、Gブラック フォレスト(Black Frest)、 Hサンクチュアリ(Sanctuary) 3月5日:パングラオ島 Iノバハウスリーフ(House Reef)、Jロック ヴュー(Rock View) Kホオヨ ホイ(Hoyo Hoy) |
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《A》 ターシャの島へ 《B》 珊瑚の森で 《C》 リーフエッジにて 《D》 ドロップオフ |
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相対評価・・・《5》最高、《4》良い、《3》並、《2》やや悪い、《1》悪い
珊瑚の成育 | 5 | 透明度 | 3 | 魚影 | 4 | 静けさ(ダイバー数) | 4 | 周辺環境(汚染等) | 4 |
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総合評価・・・《4》
双眼球は脳の2倍の重量 Tarsier 2009年3月3日 Loboc River地図の4 体重100g程の世界最小の小型霊長類。 双眼球の重さは6g、つまり体重の6%を眼球が占めているのだ。 体重60kgの人間にすると目だけで3.6kgにもなるのである。 夜行性にしても何故、これほどまでに大きな眼球が必要なのか? ・ |
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世界最小の猿 夜行性動物の多くは 網膜裏側にある タベータムと呼ばれる 反射膜・輝板を持つ。 ・ 輝板は弱い光を反射し 視神経を再び刺激し 視力を補強する。 どうもこの補強システムが ターシャには無いらしい。 ・ つまりターシャの祖先は 嘗て昼行性だった時期があり その時に輝板を失ったのだ。 ・ 従って再び夜行性に戻った ターシャは眼球を大きくするしか なかったのだろう。 この大きな眼球は ターシャが生きていく上で 脳以上に重要な役割を果たす。 ・ 夜の闇の中での 目にも止まらぬ速さは抜群で 他の動物の追随を許さない。 |
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暗黒のハンター 昼は明るすぎて 何も見えず 唯、夢見るように在らぬ 空間を見つめている。 ・ 川岸の金網小屋に 入って居るのだが別に ここに閉じ込められている 訳ではないらしい。 ・ 小屋の戸は開かれていて 夜になると自由に 暗黒の熱帯林に飛び出し 俊敏なハンターに変身。 ・ 飼育員が細い棒の先に コオロギを付けて 手渡してくれた。 旨そうにぼりぼりと貪る。 ・ 肉食とは言っても何しろ 体が小さいので 精々コオロギ程度しか 獲物にならないのだ。 |
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薄明の物乞い 漸く空が白み始めると 音もなく小さな バンカーボートが集まる。 ・ どのボートにも 乳飲み子や裸ん坊を乗せて 母親が船の乗客に 手を差し伸べ硬貨をせびる。 ・ 2本の棒に黄色の布を 巻きつけて広げ 投げられた硬貨を見事に キャッチする。 ・ 昨夜は空港から ペンションへ車で移動し そのまま未明に宿を出たので 殆ど何も見ていない。 ・ ボホールへの旅は この高速船から見下ろす 乳飲み子と母親の ボート光景から始まった。 |
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豊穣なる海の貧困 まるで、ひと風呂 浴びに行くかのように桶を 乗せているが 勿論これは風呂桶ではない。 ・ これで硬貨をナイスキャッチ せねばならない。 大切な商売道具なのだ。 だが悲壮感など無く 明るく微笑んでさえいる。 ・ この国フィリピンでは 数十人しか居ない地主が 国土の半分以上を 所有し農村部では1日 1ドル以下の生活を 強いられる農民が半数以上。 確かに貧しいのだ。 ・ でも1年中暖かいし 豊かな海に囲まれ自然と 調和して生きている。 世界から貨幣が消えたら きっと彼らは我々より 豊かなのだろう。 |
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血盟記念碑 ボホール島の北西に 位置するマクタン島で1521年 マゼランは戦いに破れ ムスリムの領主ラプラプに 殺された。 ・ 44年後スペイン人の 探検家・征服者のレガスビが 金とスパイスを求めて ボホールに寄港した。 ・ マゼランのように 殺されては堪らんとレガスビは 「我々はポルトガル人 マゼランと異なり スペイン人である」と説得。 ・ 説得に成功し 領主シカトゥナとレガスビは 互いに腕をナイフで傷つけ ワインに血を落とし 飲干して友好を誓い合った。 |
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大岡昇平の「レイテ戦記」に記された10月20日は 強烈な印象と共に深く刻み込まれたのだ。 ・ 食糧や武器どころか更に指揮系統まで失った日本軍は ボホール山地に敗走し 散発的に戦い島の露と消えた。 ・ ボホール島は日本と無縁ではないのである。 |
・ フィリピンの初代総督と なったレガスビの 上陸はその後のボホールに 過酷な試練を次々と課す。 ・ 日本軍がタグビラランに 上陸したのは 1942年3月17日。 その2年後の’44年10月20日 米軍と日本軍の 熾烈な戦いが東隣の レイテ島で開始されボホールも 戦場となるのだ。 ・ 何故そんなこと覚えて いるかというと 偶然にもレイテ開戦日 1944年10月20日は 私の生まれた日。 ・ この日を境に 食糧も武器の補給も途絶えた 日本軍は悲惨な戦いを 余儀なくされ10ヶ月後の 敗戦へと唯無意味な 死を積み重ねていくのである。 ・ |
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ターシャ生息地 熱帯森の川を遡上 チョコレートヒルの南山麓 から流れいずる ロボック川を遡上した。 ・ ボホールの地図に 記された唯一の川で 辺り一帯は 鬱蒼とした熱帯ジャングル。 ・ ターシャがこの森を 飛び回り豊かな水は稲作を 発展させ実りをもたらす。 ・ 嘗て敗走した日本兵が 逃げ込んだであろう 深い森もよく見ると道が走り 所々電線さえ見える。 ・ 素朴な水上食堂もあり 観光客がボートでやっ来る。 何処を探しても 64年前の悲惨な戦争の 影はもはや無い。 |
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数と造形の解読が ナスカを凌駕する驚愕を もたらす日はそう遠くはないかも。 ・ 一方海洋プレートの隆起から推察すると 海中の巨大生物が貝や珊瑚を食べた後の貝塚の ようなものが海流に削られ形成されたとも考えられる。 それにしても30〜50mもの丘の高さの説明がつかない。 余りにも大き過ぎるのだ。 ・ どだい、どんな仮説を立てても世界中で この島でしか見られないことを証明するのは至難の業。 最初にこれを解明するのは地質学者か海洋学者か? |
方解石結晶質岩石 1268個の円錐大理石 島の半分は大理石で 出来ているという。 その為家を建てるのが大変で その大理石を掘るのに 1立方mあたり千ペソ(二千円) の費用がかかるとか。 ・ 途轍もなく安い賃金であるが これで一家を養えるので むしろ硬い大地は貧困層に とっては恵みなのだ。 ・ それにしても1268個も確認 されているこの巨大円錐は いったいどうして出来たのか? ・ 海底に積もった石灰が 熱圧力変成で方解石の集合塊 つまり大理石になったらしいが 問題はこの円錐形にある。 ・ 又どうしてこの島でしか 見られないのか? ・ 遥か地平線の彼方まで続く 1268もの大理石の丘は 実に壮観であり ナスカの地上絵さえ思わせる。 ・ 知的存在のメッセージ である可能性もゼロでは無いと 思わずニンマリ。 ・ 1268個の描く造形と 数の持つ意味に想いを巡らすと わくわくゾクゾクと 体も脳もやたらと騒ぐのだ。 |
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バクラヨン教会 夜のヒッチハイク DVに欠かせない ビーチサンダルを前回の ガラパゴスDVで島に 忘れてきてしまった。 ・ バイクにリヤカーを くっつけた様なタクシー トライシクルに乗って アロナビーチまで通い 名入りの手製サンダルを 造ってもらう。 ・ バクラヨン教会も見学し 土地勘も出来たので翌日 ヒッチハイクで タグビラランの街まで出た。 ・ 乗せてくれたのは 32歳地元の青年実業家。 秘書を送りがてら 帰宅する途中でわざわざ 我々の目的地 ICM(ショッピングモール)まで 案内してくれた。 ・ 帰りは例のトライシクルに 乗ったのだが 先ず運ちゃんが英語通ぜず 我々の宿がわからない。 バイクはのろのろで 故障するし日が暮れて 街を出ると真っ暗。 |
“血の同盟”記念碑から間もないところにある。 バクラヨン教会は1595年建造の、フィリピンでも最古の部類に入る教会。 外観もさながら、歴史の重みを漂わせる内部を見学してみると ステンド・グラスを通った柔らかな光が 古びて静ひつな空間におごそかな彩りを添えている。 また、教会に隣接して小さなミュージアムがあり スペイン時代の貴重品や資料が展示されている。 マルコス政権当時、イメルダが2、3度ここを訪れたことがあり 貴重品を持ち出し、なかには亡命先のハワイへ持ち去ったものもあるとか。 欲の権化イメルダらしいエピソードだが ボホールではいまだにマルコス支持の島民が多いと言われている。(By nova BC) |
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料金の200ペソ(4百円)では可哀そうと部屋から ゲートに戻るが最早、森の闇に消えて 運ちゃんの影はありませんでした。 |
・ 何処を走っているのか 我々も運ちゃんも 全く分からず迷走が続く。 我々の宿は道路から離れた 暗い森の奥に在る。 ・ 小さな島なのでまさか パングラオ島縦断の道が 3本もあるなんて 考えてもみず1本と信じ 左側に在る筈のホテル看板を 探すが見つからない。 ・ 見つかる訳が無い。 車は島の南側の道でなく 反対の北側を走り 更に中央の道を突っ走り 出た処は何とアロナビーチ。 ・ でも此処からなら 通い慣れた道、どうにか ホテルゲートに着くが 運ちゃんはぐったり車に 寄りかかったまま動かない。 よっぽど疲れたんだね。 |
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山荘ワインで乾杯! 20kgを1kgでも越えると 1kgにつき1400円も 容赦なくふんだくり其の上 機内荷も7kgまで。 つまりフィリピン航空は 計27kgがリミットなのだ。 ・ これではDV・撮影機材 だけでも収まらない。 しかし高い超過料金を払うより スポーツカードの付いた マイレージ会員(68ドル)になると 40kgまで無料。 ・ 帰国便では会員になり どうにかクリアーしたものの 往路では 山荘ワイン3本を含め 多くの荷の通過に悪戦苦闘。 ・ しかしその甲斐あり こうして美味しい山荘ワインで 豊穣の海に乾杯! |
ノバBCの大理石の崖上に張り出すようにして造られたテラスは 我が山荘テラスの海バージョンの如く素晴らしい景観。 で早速苦労して持ち込んだワイン味わいながら オーディオのスイッチを入れる。 海で聴くシューベルト弦楽四重奏は海そのものが弦になり 時として現世を超えた音色を紡ぎだすのだ。 ・ |
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竹筏でDVへ出発 急な崖の下に 小さな砂浜がありそこから 遠浅の海が南東の レイテ島方向に広がる。 ・ 遠浅なのでハウスリーフで DVするには 水上移動距離が長くなる。 そこで至れり尽くせりの イカダが登場する。 ・ DV機材を乗せて ついでにダイバーも乗せて いざ、DVポイントへ! ・ 朝飯前6時半の早朝DVは 山荘での トレーニングタイムと同時刻で 体のリズムにピッタリ。 ・ 山を駆け巡る代わりに 海中で魚を 追うのも悪くはない。 |
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