山荘日記

その16春ー2007年弥生

 


弥生1週・・・無制限増殖




よいしょ!

凄い力持ち!
前庭のあちこちで
枯葉を持ち上げて次々に
水仙がご挨拶。

《やあ!又逢えましたね
僕、ナルキッソス
遥か地中海沿岸から
シルクロードを
マルコ・ポーロと共に
旅してきたんだ。
とても此処が気に入ってね。
山荘は何故か
シルクロードの香りに
満ちているのさ》
3月3日(土) 晴 前庭にて



生命炸裂

堅く蕾を閉じていた白梅が
おずおずと
僅かに開き始めた。

白鳥のような純白の羽を
ゆっくり、ゆっくり広げ
黄色い雌蕊を
光の燦爛に晒す。

冷たく長い冬に
閉じ込められていた生命が
光を浴びて
一気に炸裂する。

生命の清楚で激しい
美しさに
心が震える。
3月3日(土) 晴 奥庭にて



朱一輪開花

膨らみそうな素振も
見せていなかった紅梅が
俄かに開いた。

最初の白梅が悠然と
開き始めるや否や
深い眠りに就いていた
紅梅が一輪
突如として開花したのだ。

白梅の大樹の下で
慎ましやかに蕾を着けていた
紅梅が
炸裂する生命の気配を
察知したのであろうか。

《生命は呼応し連携し
競合し淘汰し遥かなる旅
を続ける》
そんな想いに駆られた。
3月3日(土) 晴 奥庭にて


カイラス

海を満たし
生命を育む水の源流を
求めて
最初に知を後継した
地球生命は
チベットの奥地に湖を
見出した。
その名はマナサロワール。
湖の畔に聳える山は
聖なるカイラス。
生命の源流は此処から
流れ出でて
ヤルツァンポ河となって
東へ千数百km流れ
ヒマラヤを横断し
プラマプトラと名を変える。
3月3日(土) 晴 池源流岩にて
更にガンジス河となり
ベンガル湾に注ぎ
5350kmの旅を終える。
この大岩の下から
流れは始まり山荘の池
マナサロワール湖へと注ぐ。

カイラスと名づけた大岩に同化したチベット仮面が
3頭の駱駝を従え
生命の旅立ちを告げる。



悪性新生物

この大皿の文様を
意図的に創り出すことは
決して出来ない。

確かに陶房主が手を
加えた作品ではあるが
乳白釉の上に
微妙に黒織部釉を流し
このように黒白の
コントラストを出すことは
不可能である。

それ以前に乳白釉を
このように縮め盛り上げる
ことも難しい。
ここ数年かけてやっと
達成した手法である。
3月4日(日) 晴 陶房にて

07初窯の蓋を開き最初に目にした大皿の
摩訶不思議な文様が
波乱万丈な生命ドラマを映像化する。

この文様は
決して生命の存在せぬ
1250度Cの炎の中で
成された奇跡。
にも拘らず
妙に生命的なのは何故?



無制限増殖

生殖活動を終え
不要になった臓器や
老いた臓器は
自ら役立たずであることに
耐え切れなくなり
非自己細胞を生み出し
叛乱を起こす。

自死を決意するだけでなく
《死》の怨念を
転移性癌細胞に託し
リンパや血液を通して
全身にばら撒く。

60兆細胞の増減を
コントロールしてきた
各臓器の司令塔は機能を
失い癌の無制限増殖に
成す術も無く
唯うろたえ
3月4日(日) 晴 山荘池にて
やがて壊滅する。


山荘の池マナサロワールで不要臓器から転移し
無限増殖を始めた新たなる癌細胞発見!
『癌細胞の大きさ最悪の4cm、分裂速度は最速の3段階
即ハーセピチンとタキソテールによる癌細胞への攻撃開始』



Malignant(悪性の)
Neo(新しき)
Plasm(形成物)


無限増殖の文様を
ズームアップする。
初窯作品の文様と
オーバーラップする。

乳白を基調とした腫瘍上に
青黒い腫瘍が重なり
下方では黄色い腫瘍が
氾濫している。
腫瘍を形成する
生命細胞は無限増殖に
何の疑問も抱かず
唯ひたすら死への
増殖に励む。
腫瘍細胞が人類に
重なる。
3月4日(日) 晴 山荘池にて
あまりにも良く似ている
ことに慄然とする。
このようにして人類は
地球上に異常増殖したのだ。



非自己の出現

蓋を開き窯中の
大皿の華麗な文様を追う。

黒織部釉と融合した群青が
幾つもの細胞を成し
深い蒼に輝く。
中央に緑の光を放つ
細胞が生まれつつある。
緑釉薬は大皿の何処にも
存在しない。
突然変異による
非自己の出現だ。

自己の中から出現した
非自己とは正に
癌細胞そのもの。
それにしても美しい。
3月4日(日) 晴 陶房にて
非自己である癌細胞を
細胞性免疫の
キラーT細胞が見逃す
はずはない。
即攻撃を開始し非自己を
殺してしまう。
しかし老いた肉体は
活発なキラーT細胞を
生み出す能力が衰え
非自己を抹殺することが
出来ないのだ。


カイラスから旅立った水は
あらゆる生命を育み、新たな生命を生み出し
山荘を光で満たす。
たぶん生命は
生命であるという事だけで
美しいのであろう。

《生命は呼応し連携し
競合し淘汰し遥かなる旅を続ける》




弥生2週・・・セロ弾きのゴーシュ




睡蓮からの手紙

山荘のゲートを通って
池まで歩いて行くと
『クラムボンはかぷかぷ
わらったよ』と
小さな子供の声がした。

気のせいかなと思って
池を覗くと
くるくると巻かれた赤い葉が
かぷかぷ笑った。
『なーんだ、あなたですか!
もう出て来たの!
いつもより早すぎませんか』

『いいねえ暖かだね』
あれ!
どこかで聞いた事あるな。
そうだ『やまなし』の
会話だな。
3月9日(金) 晴 山荘池にて



サーランギ現る

《おかしなはがきが、
ある土曜日の夕がた
一郎のうちにきました》

はがきを読もうと
睡蓮の巻いた葉を
開こうとしたら
大きな泡がかぷかぷ
浮かんできて
巻いた葉を包んで
ふわりと宙に漂い出した。

呆気にとられて見ていると
2階の窓まで散歩し
するりと窓を通り抜け
カリストの部屋に消えた。

急いで2階に駆け上がり
カリストのドアを開けたら
ネパールからの珍客
サーランギにとまって
葉を開き
『さあ、ごらんなさい』
3月10日(土) 晴 カリストの部屋にて



セロ弾きのゴーシュ

ゆぴてるさま
3月10日

あなたは、ごきげん
よろしほで、けっこです。
あした、めんどな
こんさあとしますから
おいでんなさい。
とびどぐもたないでくなさい。

ゴーシュ拝
3月10日(土) 晴 カリストの部屋にて





ゴーシュはいずこ?

ゆぴてるは
いそいで
ごはんをたべて、ひとり
谷川に沿ったこみちをかみの
方へのぼっていきました。

すきとおった風がざあっと
吹くと栗の木はばらばらと
実をおとしました。

それで栗の木に聞いたり
笛ふきの滝に尋ねたり
きのこやりすに問いかけて
やっとはがきを書いた
ゴーシュの馬車別当に
出逢ったのです。

馬車別当が
案内してくれたのは
七里が岩の真下にある
洞窟でした。
どうやらそこで
めんどな
こんさあとがあるらしい。
3月10日(土) 晴 七里が岩の洞窟ホール?



語り・河野司

ゴーシュは
町の活動写真館で
セロを弾く係りでした。
・・・
にわかにぱたっと楽長が
両手を鳴らしました。
『セロがおくれた。
トォテテ テテイここから
やり直し。はいっ』
・・・
観客30人程の
静まり返った洞窟で
めんどなこんさあとが
始まった。

どうやら今度の町の
音楽会へ出す第六交響曲の
練習をしているらしい。
3月10日(土) 晴 韮崎市民会館大ホールだって



郭公・山本晴美

『ちがいます、
ちがいます。
そんなんでないんです』
「うるさいなあ。
ではおまえやってごらん」

『こうですよ』かっこうは
からだをまえに曲げて
しばらく構えてから
『かっこう』と1つ
なきました。

鳩笛を使って郭公を演じ
トーンチャイムで
郭公の去った東の空へ誘い
賢治の
不完全な幻想第4次の
銀河鉄道へとはるみは
ゆぴてるを拉致する。
3月10日(土) 晴 郭公登場



めんどなこんさあと


三毛猫、郭公、狸の子
野鼠の親子、光、水
すきとほった風
セロ以外の総ての音を
一人で創り出して
賢治の心象に限りなく
深く強く肉薄していく。

本物の水を共鳴させ
壷やチャイムツリー等
20数種の楽器を
自在に操るはるみは
光と風と森のアーティスト。

何がめんどなこんさあと
なのか良く判った。
馬車別当はゆぴてるに
これを聴かせたかったんだ。
3月10日(土) 晴 光と風と森に棲む音たち



セロ・有泉芳史

ゆぴてるはセロを弾く
ゴーシュの目の前に座って
最初の弦の音を
聴き逃さじと耳を欹てる。

今にも泣き出しそうな
真剣な表情でゴーシュは
譜面台を覗き
弦に弓をあてる。

2歳半からセロを始め
17歳で渡独し更に
パリ・エコールノルマル
音楽院で学び
UFAM国際コンクールで
2位の成績を収めたとか。

フィナーレでゴーシュの
ソロがゴーゴーと
七里が岩の洞窟を震わす。
《ゴーシュ君
よかったぞお》
3月10日(土) 晴 金星音楽団のゴーシュ



印度の虎狩り

ゆぴてるは
ゴーシュに聞いてみた。
『いったい、印度の
虎狩りはどこから探して
きたんだい?』

「ああ、よく気がついたね。
ほら最後にながーく
弾いた曲があったろ。
あれも印度の虎狩りも
ぜーんぶ
おいらが作曲したんだ」

『えっ!今日の
こんさあとのためにかい?』
「そうだよ、ごらん
これがその楽譜だ。
夕べ遅くまでかかって
仕上げたんだ」
3月10日(土) 晴 ゴーシュが書いた譜面



七里が岩

観音の建つ小高い丘。
七里が岩と名付けられた
この丘に夜立つと
星空に浮かぶ銀河鉄道
が展開する。

眼下を走る中央線と
茅ケ岳の天空に広がる
星空でジョバンニと
カンパネルラは今も旅を
続けていると韮崎人は言う。

賢治と
盛岡高等農林学校で
共に学び同人誌「アゼリア」
を編集していた
保阪嘉内は同人誌の文章を
咎められ退学させられ
生地・韮崎に戻った。

保阪はこの地に
銀河鉄道を見たのだ。
今もこの地では賢治が
語り継がれている。
3月10日(土) 晴 七里が岩の丘に建つ観音



3月11日(日) 晴 山荘奥庭 咲き競う梅

不完全な
幻想第4次の
銀河鉄道の旅から戻ると
梅の仄かな
香りに包まれた。

梅の香りの中で
郭公や三毛猫、狸の子
野鼠の親子に
御礼の手紙を書いたら
直ぐに返事が届いた。

えっ!
幻想第4次の世界から
どうして返事が来たかって?
それはね
馬車別当が梅の香りに
乗って山荘まで
届けてくれたんだよ。


ゆぴてるさま

嬉しいコメント
ありがとうございます。
あなたの基地
PC探検させていただきました。
会場でのあなたの事も
覚えています。
世界のひかりと風を知っている
ゆぴてるさんに
「ゴーシュ」の風景を
共有していただけた事
嬉しくおもいます。

アナログな音がすき。
ひかり、空、風、水、人、生命
のひびき。
音で言葉で唄で表現する喜びを
いつでも探しています。





弥生3週・・・山荘木星音楽団



3月17日(土) 晴 山荘の池にて


山荘木星音楽団

あんまり空が蒼いので
池に注ぐ小さな谷の水量を増やしてやった。
一筋の流れのソロが賑やかな音楽団に変わり
苔生した小滝を幾筋もの透明な流れが落下し
水面を敲き、幽し春の調べを奏でる。
オリオンのHH−34の滝の音みたいだね。

春の調べに誘われて池の真ん中の島から
えぼがえるが顔を出した。
「うーん!なんとも素敵な音色だね」
あれ!
何か光っているぞ。



えぼ

いよう ぼくだよ
出て来たよ
えぼがえるだよ
ぼくだよ

びっくりしなくてもいいよ
光がこんなに
流れたり崩れたりするのは
ぼくがぐるぐる見まわして
いるせいではないだろう
やりきれんな
まっ青だな
匂いがキンキンするな
ホッ 雲だな
びっくりしなくってもいいよ
ぐらぐらしなくってもいいよ
ぼくだよ
いつものえぼだよ
・・・
そっちでもこっちでも
鳴き出したな
けっとばされろ冬
まぶしいな
青いな
ゲコゲコグルルルー
春君
ぼくだよ
いつもの「えぼ」だよ

 

山荘の「えぼ」が
卵を産んだんだ。

光が池底の岩に反射し
卵が
幻想第4次の世界を描く。
なんと神秘的な
美しさだろう!
宇宙の泡と呼ばれる
オリオンのHH−34
を連想させるね。
3月17日(土) 晴 山荘の池にて





SL9

木星潮汐力に引き裂かれ
21個に分裂し
帯状の彗星となって
宇宙空間を漂い
やがて木星に激突し
消え去ったSL9。
シューメーカー・レビー第9。

それは忘れもしない
1994年7月22日
世界時UT8時06分に
始まった。

一番目の彗星が秒速60km
で激突し翌23日までかけ
21個の彗星は総て
木星に呑み込まれた。

画像左下の蒼い球体は
木星なのであろうか?
まさか『えぼくん』が
池を宇宙空間にして
SL9を描くなんて
なかなかの博識者だね。

さては山荘一階の
クローゼットに侵入して
壁に飾ってある
大きなSL9の写真を
盗み見たな!

1994年は山荘が完成し
『えぼ』が山荘に
やって来た年。
その7月22日に山荘主は
遥かヒマラヤK2峰(8611m)
にいたけど『えぼ』は
こっそり山荘に忍び込んで
SL9を観ていたのか?
3月17日(土) 晴 えぼ蛙の卵



笑う髑髏

いっちゃなんだが
オリオンのHH−34と言えば
俺様さ。

先ず手前の見事な
黄色い宇宙の壮大な滝。
あれはどう見ても
この黄色い『さんしゅゆ』で
その後ろに連なって
髑髏で大きな輪廻の輪を
描いているのが宇宙の泡
つまりHH−34の
俺様さ。

チベットから数千キロの
旅を経て
山荘の壁面にやって来て
こうして池の『えぼ』と
時には宇宙の本質を
語ってみるのさ。

何故笑ってるかって?
そりゃ君たちの
宇宙と自然の知識が
余りにも幼稚だからさ。
3月18日(日) 晴 油絵・『時空の渚』前にて




ペオンの祈り

よーく見てご覧!
胎児の手のように
小さく折り畳まれて
天空に向かって何か
祈っているような。

これは池の畔にある
芍薬の発芽なんだ。
何を祈っているのか
とても気になって
聞いてみたんだ。

「水が早春の調べを奏で
えぼが深遠な宇宙を描き
チベットの油絵が
宇宙を語るように
私は苦痛からの解脱を
唯ひたすら願うのです」
3月18日(日) 晴 奥庭にて

そうか そう言えば
あなたの学名はPaeonia。
確かギリシャ神話の
医の神で黄泉の国王
プルトーをも救ったとか。
美しいだけでなく
あなたは
強力な鎮痛薬なんだ。



土筆のパクリ

早春の風物詩に土筆は
欠かせない。
いくら標高の高い山荘でも
暖冬の今年は
もう芽を出しているだろう
と思ってあちこち
探してみたのに
何処にも見当たらない。

やっと見つけた一本の土筆。
胞子穂は開かず
緑を残したまま。

「未だ寒くて仲間は
出て来れないのに
大丈夫かい?」

「やりきれんな
まっ青だな
匂いがキンキンするな


それって『えぼ』の
パクリじゃない?
3月18日(日) 晴 山荘前散策路にて







木星音楽団

きっと山荘木星音楽団の
調べを聴きつけて
裏山の山頂に建つ鉄塔が
黙ってはいまい。
そう確信して
翌朝のトレーニングには
鉄塔山を選んだ。

息せき切って稜線に
登り詰めると
南アルプスが森の彼方に
銀嶺を横たえる。
更に稜線を辿り鉄塔山
山頂に向かうと
蒼穹に張られた壮大な弦が
頭上を覆う。
「木星音楽団は
池だけで
演奏するのではないぜ。
自然の楽器があれば
どこでもござれさ。
なーにセロの弦は4本だが
5本だって一向に構わんよ。
弓はどうするかって?

純白の巨大な山脈が
さっきから歓迎の音色を
紡ぎ出しているのが
聴こえないのかい?」

なかなかやるね!
予感は的中したけど
木星音楽団がまさか
南アルプスを弓に
天空の送電線を弦にして
チェロ・ソナタを
演奏するとはね。
3月18日(日) 晴 セロ山山頂より





ちょっとボルネオまで出張です。
      スル海に浮かぶ小さな孤島へ行ってきます。



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