山荘日記

その2006年弥生

 

弥生・3~4週・・・蠢く山荘

3月19日(日)晴れ  於 座禅草公園にて

 おずおずと淡い緑とクリームの
ドーム(仏焔苞)を擡げ,2月18日の
山荘日記にデビューした座禅草。
あれから1ヶ月。
ドームは深い暗紫色に熟れ,
芳醇な赤ワインそのもの。
ドームを閉じて肉穂花序の発熱遺伝子に
保温され,じっくり熟成しまるでワイン。
沢山の雪が降って,座禅草の森が
真っ白になった日,芳醇なワインのように
凛として雪原に佇んでいた座禅草。
今も忘れることが出来ない
あの日の出逢い。
(失われた記録より) 
いい色!
まるで2001年の
芳醇な山荘ワイン。

1ヶ月前に雪の下から
顔を覗かせたあの青白い
座禅草とは思えないな。

哺乳類と同じ
発熱遺伝子を装備してる
肉穂花序が
まるで電熱器のようだね。
これを武器にして
雪の大地から
芽を出すんだね。
  芳醇なワインレッド 座禅草memo: 今が旬とあってTVでの放映が相次いでいる。希少な植物を一目見ようと遠方から過疎なこの村に、沢山の人々がやって来る。

3月19日(日)晴れ  於 奥庭にて

 先週、 大きな木の天辺に、
一輪だけ花開いた山荘の梅。
どうしたかなと奥庭に行ってみたら、
いい香り!
中段の梅が幾つも開花。
直ぐ下の紅梅の蕾もすっかり膨らみ、
林檎、杏、桃、梨の花芽も存在を誇示。
もう直ぐ奥庭は
果物の花の甘い香りに満たされる。
いい香りだけではない。
この梅は6月になると沢山の小梅を実らせ、
収穫期を迎える。
山荘では、この小梅から梅ジュースを造る。
薫り高いこの梅ジュースは、
ビア醸造のフレーバーとして
欠かせないのだ。
(失われた記録より) 
濡れた花びら
とても色っぽいね小梅さん。
いつ咲くか毎週
楽しみにしていたのに
今春は中々開いて
くれなかったね。

いい香り。
この香りが奥庭に漂うと
微かに
早春賦の調べ
風に流れ
山荘は
春を知るんだ。
  待ってました! 山荘梅memo: 大きな古木梅を奥庭に植えたのは12年前。ビア醸造でこの梅ジュースを一緒に仕込むとビアが極上の深みと味に達する。
3月19日(日)晴れ  於 アマルティアより
天空に薄明の
ラピスラズリが象嵌された。
深海の闇から珊瑚海の
明るいマリンブルーへと
ラピスがハミングを始め
白銀に
僅かな朱が滲む。

逆行の漆黒を突き破って
小倉山山頂が爆発する。
無数の光の粒子が
瞬時に炸裂し
アマルテアに突き刺さり
歓喜の叫びを上げる。

終日の活動を終え
静かに歓喜は西の空へ。
凍結した歓喜

3月21日(火)晴れ  於 果樹畑にて


 榾木・・・この字読めますか?そう、
《ほたぎ》です。
3月は椎茸の菌を、
この榾木に仕込む季節でもあるんです。
山荘では榾木には、
いつも楢の木を使っています。
昨日森林組合から千個の椎茸菌駒と
30本の楢榾木が、届きました。
この榾木に千個の穴を開け、
千個の椎茸菌駒を打ち込む。
ただそれだけのことですが、
それで1日が終わってしまうんです。
果樹畑に作業台をセットし、
朝トレで走る小倉山を背景に
雪富士や盆地に
囲まれてのんびり農学に浸るんです。
それで1日が終わるなんて
正に究極の歓び。
(失われた記録より) 
ぐいーん
楢の丸太に次々と
穴を開ける。
なんだか
丸太の五線譜
おたまじゃくしを
書いてるよう。

数十本の丸太に
作曲したら
いよいよ
マリンバの演奏開始。

丸太を作業台に乗せて
おたまじゃくしの穴に
椎茸菌駒を入れて
木槌で打つ。

澄んだ高雅な響きが
まるで
マリンバ。
  農学事始Ⅱ 榾木memo: こいつ突然パーカッションに変身するんです。この後、椎茸菌駒を榾木の穴に入れて木槌で打ち込むんですが、とてもいい音色なんです。曲名は?森の早春賦!


弥生・2週・・・生命の影兆す山荘

3月11日(土)晴れ  於 前庭にて

真っ赤な秋珊瑚
覚えてますか?
冬の山荘日記見て。
私、春になると
名前を変えるんです。
今度は春一番に
黄金の花を咲かせるので
春黄金花と名乗ります。
どうぞ宜しく!

あ、そうそう

強精薬にもなるんです。
そのときは
山茱萸
(サンシュユ)
と言います。
 梅よりも水仙よりも片栗よりも早く,
山荘の春を告げる花。覚えていますか?
12月5日の山荘日記。そう、
あの時の真っ赤な《秋珊瑚》です。
季節の最後に鮮やかな朱で空を飾り,
季節の最初に黄金の光を振りまいて,
誰よりも早く早春賦を奏でます。
それだけではありません。
朱の実を乾すと,
漢方薬の山茱萸になるんです。
解熱・強壮薬として有名なんです。
(失われた記録より)
山茱萸(さんしゅゆ)memo: 枝先に球状の黄色い花をつける。十字型の4枚の花弁に雄しべ4本、雌しべ1本。 春黄金花  

3月11日(土)晴れ  於 西の森入り口にて

  3月のアルプスは小ヒマラヤ。
豪雪と静寂透明な光を、
惜しげもなく散乱させる
雪と黒々と凍てついた岩稜。
腰から時には胸までのラッセルを終えて
梓川に下ると、いつも待っている柳。
山荘周辺では全く柳を見かけない。
たった1本ひっそりと芽吹いている
この柳に出逢った時の、
心のときめきは忘れられない。
梓川とラサの香りがするのだ。
やがて結実すると白毛の翼を付けて飛翔する。
チベットの未踏峰からラサに戻ると、
いつも舞っていた楊。
(失われた記録より)
人の絶えた
3月の北アルプスは
積雪も数メートルを超え
プチ・ヒマラヤになる。
長い登山を終えて
穂高や槍から
梓川に下ると
いつも川辺でこの猫柳が
生命の第一声を
聞かせてくれる。

山荘周辺には何故か
ここ西森の手前にしか
咲いていない
貴重な春の使者。
  北アルプスの春 われた記録: PC事故で消えた記録が甦りこのページの後半に載っています。見比べてください。

3月11日(土)晴れ  於 奥庭にて

アラスカに住む知(トモ)が
カリブの毛皮
持ってきた。
犬ぞりを走らせて
カリブの肉を食って
旅をした時の
毛皮だと言う。

その毛皮を森に
プレゼントすることにした。
北の森に広げておくと
巣作りをする鳥達が
集まって来る。

まづ苔で土台を作り
その上にこの毛を厚く
敷いてふかふかの巣を
仕上げる。

さて巣箱も新しいのと
架け替えねば。
 猪回帰、土筆、柳、春黄金花と
ここまで来ると,春のプレリュードは終盤。
山荘の梅は未だ赤い蕾だけど,
鳥達の巣箱訪問が始まる。
前庭に7つ奥庭に5つあった
巣箱も傷みが激しい。
ごらんのように屋根も扉も失せ,
鳥達がせっせと作った
ふかふかベッドしかない。
いくら何でもこれじゃ巣作りは出来ない。
まず修理可能な2つを再生。
新たに2つの巣箱を設置し,
前庭に5つ奥庭に3つ計8つの巣箱を整える。
待ちきれぬ四十雀が早速やって来る。

(失われた記録より
巣箱memo: 2階の各部屋から観察し易い木々に設置。テラスすぐ横の巣箱は食事中の我々が居ても鳥が出入りし、楽しませてくれる。 巣箱架け替え  

3月13日(月)晴れ  於 西の森入り口にて

 2億年前中生代ジュラ紀。
爬虫類が全盛を極め始祖鳥が現れ
羊歯、蘇鉄、銀杏が繁茂した。
海ではアンモナイトが
生命讃歌を朗々と歌い上げた。
山荘に鎮座するヒマラヤのアンモナイト化石達が,
なにやらざわざわと囁き合っている。
《ふ~ん、何か知ってるな》
すっかり忘れていたが朝トレでこいつに
逢った瞬間アンモナイトの囁きが甦った。
葉っぱの無いこの奇妙な容姿。
土筆んぼとアンモナイトは海と陸で
夫々ジュラ紀の顔だったんだ。
で、誰よりも早くアンモは
芽吹きに気づいたんだ。
きっと!

(失われた記録より 
2階にディスプレイされてる
アンモナイトの化石達が
何故か嬉しそう。
《おい!
教えてくれよ》

前庭からゲートを抜けて
西森に出たら
居た居た。土筆だ。

こいつ雄の前葉体上に
造精器を持っていて
精虫を雌の
造卵器
放つらしい。

アンモナイトは
デボン紀の海の顔
土筆は陸の顔として
大いに繁殖した
仲間らしい。
嬉しそうな理由はそれか!
  古生代の顔 土筆memo: 雄は前葉体上に数個の造精器をなし、雌は造卵器を生じ受精して胚を生み出す。男と女の原像をジュラ紀の土筆はデッサンしていたのだろうか?





弥生・1週・・微かな生命の兆し


3月4日(土)晴れ  於 上条峠にて

大好きな上条の森に
太陽が昇った。
メービウスの帯に光が走る。

光は帯を突き抜けることは出来ない。
帯と言う面は3次元で
内と外の2つの世界を与えられる。

光が帯に沿って走ると
光は内と外の2つの世界を
同時に手中に収める。

次元への通路が
上条の森に開かれていたのだ。
上条の森が私を惹きつけて止まない理由が
突然分かった。
この森で私の心象風景は
自由に次元を
駆け抜けることが出来るのだ。
メービウスの帯

3月4日(土)晴れ  於 陶房にて

 美少年と美味しそうな蕗や高雅な
クリビアに逢ってから今日、
最初のときめきの瞬間を迎える。
アンダマン海への旅立ちの前、
窯の火を落として慌しく山荘を後にしたまま。
熱伝対温度計が不調で、
計測器の指針は千度で停止。
じっくり還元をかけて焼いたのに、
さて作品はどうなっている。
1番上、3段目の中皿はガラス釉も溶けて綺麗!
期待してた2段目の大皿は、
大きな亀裂が入り失敗。
最下層の作品が現れる。
陶芸部の生徒と一緒に作った
壷や個性的な花瓶の産声。
《やあー、始めまして!
数億年の大地からの眠りを
解いてくれてありがとう》

(失われた記録より) 
重い窯の蓋を
どきどきしながら開ける。
クソー
やっぱり3段目の大皿は
変形してしまった。
2段目もだめだ。

最下段を開く。
鉄赤BFG-26
TDA-500が
還元で
面白い彩を発した。

よし!
2006はこいつを
徹底して追ってみよう。
  2006年初窯出し

3月4日(土)晴れ  於 奥庭にて

美しいのもいいけどさ,
早く食べてもらいたくて待ってる私も忘れないで!
もうそろそろ顔を見せるはず。
そう思って2週間前に探したんだけど,
影も香りも無し。
なのに珊瑚海で熱帯魚と戯れている間の
私の時間を,こんな風に刻んでくれたんだ。
地下茎を張り巡らせ周到に春の気配を待って,
一気に冷たい大地を突き破る。
貴女のその誇らしげな瞬間に
出逢えなかったのが残念!
もう花が咲き始めてしまったけど,
今夜は酢味噌和えにして
貴女を味わうことにしよう。
(失われた記録より 
何と鮮やかな
眩しいばかりの生命。

何も見えない処から
貴方は
生まれてきたんだね。
それにしても又
なんと精巧な宇宙

DNAの螺旋に記された
記号を読んで
貴方を作ったのは誰?
  早春の産声・蕗 蕗memo: 地下茎繁殖のため品種分化少なく性強健。雄花、雌花あり。サハリン渓谷での群落は葉直径が1mを超える大型個体。

3月5日(日)晴れ  於 西畑にて

こいつは半端じゃない。
果樹の剪定枝束が
山のように積まれている。
思わず叫んでしまった。
フルヘッヘンド!

有機農業を
私がやっていると知って
下の村人が
剪定した枝束を
届けてくれたのだ。

これをチップにして
畑に撒き有機肥料にする。

それにしてもすごい量。
蘭学事始ならぬ
農学事始の闘い開始だ。
「フルヘッヘンド!」
あんまり沢山の枝束が積まれて
山のようになっているので
思わず叫んでしまった。
アンダマン海に行っている間,
村の農夫が桃や葡萄の剪定枝を
山荘に運び込んで,
数百束の山を作ったのだ。
何故、解体新書のオランダ語が
突然口をついたのか?
杉田玄白が4年もかけた翻訳労作と,
これから始まる農学事始のチップ作りが
何処かでショートしたのだ。
有機栽培を初めて12年。
農薬を使わず害虫と戦う武器は,
有機肥料のみ。
剪定枝をこのシュレッダーでチップにして,
有機肥料を作る。
作業だけで1ヶ月以上掛かる。
玄白の4年より遥かにチョロイぜ!
(失われた記録より) 
フルヘッヘンドmemo:解体新書に出てくる言葉、うず高しとの意。
「蘭学事始」は杉田玄白83歳の解体新書回想録。
農学事始Ⅰ  

3月5日(日)晴れ  於 西畑にて

 「おいおい!有機肥料もいいけど
おいらの眠りを邪魔せんで」
チップのフルヘッヘンドは,
畑の作物が喜ぶだけではない。
チップの山は兜虫にとっては,
最高の産卵場所なのだ。
6月になると毎年沢山の兜が,
このチップの山から飛び立つ。
その兜虫を狙って夜鷹が飛び交う。
夜鷹の「キチキチ」と威喝する鳴き声に混じって,
虎鶫が重低音を響かせる。
山荘の灯を仲間の灯と間違え,
下の川から蛍が飛んできて
鳥達の交響曲に鮮やかな光のタクトを振る。
つまりこのフルヘッヘンドは,
夏の生命祭典の序章なのだ。
(失われた記録)
そのチップのおかげで
おいらはここを
住処に出来るんだけど
チップを砕く音が
煩くて眠れないよ。
未だ兜虫になるには
早すぎるだろう。

6月中旬になって
蛍が舞い始めると
兜虫もチップの山から
次々と飛び立つ。
兜虫を追って
夜鷹が山荘に飛来し
キチキチと歌い
蛍が光のタクトを振る。
もう直ぐだね。
  未だ眠いぞ! 幼虫の敵: こんなに美味しそうなご馳走を野生の動物達が狙わぬ手は無い。チップの山は掘り起こされ暫し幼虫は捕食される。犯人は夜行性の為未だに特定できず。



  
  復活版・・・PC事故で失われた記録が復活

弥生・3週


3月18日(土)晴  於 北の森

我楽苦多が
山荘を侵略し始めた。
まず大型の皿類がテラス下
に住み着き
ついで小物類がログや
狭い陶房に氾濫。

大地の晶から
再び生命を
復活させることが出来る器は
ほんの僅か。
殆どは
命の宿らない我楽苦多。

でも土造りから
成型、素焼き、釉掛、本焼きと
苦楽を共にしてきた器を
問答無用で叩き割るなんて
とても出来ない。

そこで陶房上の北の森に
我楽苦多諸君の棚を
造ってやったのさ。
森の展示場・陶芸作品陳列棚 我楽苦多momo: 屋外展示場と洒落てはみたものの、緑の絶えた早春の北の森に、これまた生命の宿らなかった我楽苦多。何とも寂しい光景。森が緑になる日に一緒に命を輝かせておくれ。

弥生・2週

3月12日(日)晴  於 北の森
猪も鹿も還ってきた。

12月15日から2月15日まで
狩猟期間。
山荘の森周辺では
50頭までの猪、鹿、熊の
狩猟が許されている。
この期間
彼らは山の奥へ去る。
朝トレで山を走っていても
彼らの気配が全く無く
とても寂しい。

北の森には
2段式の猪大浴場がある。
今朝覗いてみた。
大きな足跡。
偶蹄目科の蹄の跡が
クッキリ。
更にテント場傍の浴場にも
風呂上りの跡。

北の森にも
春が還ってきたんだ。
忍び寄る・森の春 猪浴場memo: 体に付いた寄生虫を泥浴で落とす。タオルは森の木々。あちこちの幹に泥浴後の泥がこびり付いている。

弥生・1週

3月4日(土)晴  於 前庭

《とっても待ってたのに!》
アンダマン海シミロン諸島
でのDVを終えて
2週間振りに山荘に戻ったら
水仙が沢山の蕾を膨らませて
前庭のあちこちから
声をかける。
愛犬がいたらきっと
尻尾を振ってこんな風に
迎えてくれるんだろうな。
でも迎えてくれたのは
水も滴る美少年!
奥庭の池に自らの姿を映し
その余りの美しさに恋をして。

決して成就することの無い恋。
抱き寄せようと手を伸べても
その先には冷たい水
があるのみ。
そして君は
存在しない美少年に
恋焦がれて
死んでしまうんだね。
水仙memo:ギリシャ語でナルキッソス。仏語ではナルシス。ギリシャ以前の地中海地方では人間の霊魂を司る《死の花》として神聖視。 ナルキッソス
3月4日(土)晴  於 二階イオの部屋
南アフリカからの旅人が
華やかな色彩で
部屋を飾った。
睦月23日のイオでの囁き。
あれから
40日もの時間を数えて
やっと花開いたのだ。
山荘の厳しい寒さの中で
蕾を育み
僅かな太陽光の
温もりを吸収し
花弁に彩を施した。
水仙のように
蕗のようにマイナス8度の
山荘庭の寒気
には耐えられないけれど
零下のイオの部屋で
ついに開花したのだ。
君子蘭と名づけられた
クリビアは
祖国・遠い南アフリカを
覚えているだろうか?
赤道を越えた
遥かなる旅と厳しい寒気に
耐えた花は長く咲き続け
或る日悲しむ間も無く
ぽろっと落ちる。
君子蘭memo:ラテン語でクリビア。19世紀のイギリスClive家の公爵夫人を讃えて命名。花言葉:情深い、誠実 Clivia・南アフリカからの旅人

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