(ひたすら)
仙人日記
 
 その113の4A2015年  卯月

4月4A週・・・仙人の復活登山じゃ!

 仙人の復活登山じゃ!
奥大日岳(2611m)雪庇登攀

4月26日(日) 快晴 山頂稜線直下 
撮影:村上映子

ざまーみろ!どうじゃ、この通り仙人は復活したぞ!
あの穂高ジャンダルムで致命的に左脚アキレス腱を傷めてから9か月も死に続けた仙人。
棺桶に入って居る最中に更に山荘活動で2か所の肋骨骨折に見舞われ、とうとう居たたまれず棺桶から脱出。
閻魔大王が執拗に追って来るのを振り切り、遂に雪山へ。
振り上げたピッケルは小気味よく雪壁に食い込み何とも愉快!

しかしよりによって崩壊寸前の巨大雪庇に挑むなんて余りにも無茶やな!
そりゃ仙人の魂胆は読めるよ。
幾ら地獄の閻魔大王も、まさかこの危険な雪庇までは、追いかけては来まいと、敢て此処を選んだんだろう?
いやいや、そうじゃないな!
9カ月も棺桶に仙人を閉じ込めた憎っくき閻魔大王を、この雪庇まで誘き寄せ恐怖に蒼ざめた大王を嘲笑おうと企んでいるな!
さてさて、そんなに閻魔大王は甘いだろうかね?
きっと今度こそ、怒り狂って地獄の主神である閻魔大王は仙人をぶっ殺すと硬く誓うに違いない。

と云うことは最早、仙人はいつ死んでも不思議じゃないと云うことか!
ほんじゃま、皆さんには今度こそ香典の用意をしておいて貰うとしましょうかね?


車窓からの甲斐駒ケ岳 (長坂駅)

大町駅前の碑(百瀬慎太郎)
いざ雪のアルプス
4月24日(金) 晴 

黒部アルペンルートが
8日前の16日に開通した途端
仙人はそわそわと落ち着かない。
アキレス腱の湿布を
張り替えながら問いかける。

《幾ら何でもさ、あれから
9か月だぜ!
整形外科に通い、痛みどめを
呑み続け、鍼を打ち
お灸をし、只管(ひたすら)湿布治療に励み
山にも登らず
朝トレーニングも筋トレと
ストレッチのみ。
これだけ耐えても未だ
お前さんは、あっしを許しておくれでは
ないんですか?》
 左アキレス腱の奴、
何も答えず唯押し黙っているのみ。
そこで仙人は独り言ちる。

《うん、雪山登山なら
ヒマラヤで使った踵の高い
二重靴を履くので
アキレス腱はギブスを嵌めたと
同じ効果を受ける。
つまり、二重靴を履いて
山に登るのは
治療してる様なもんだな》

異を唱えるかと思ったが、
左アキレス腱の奴、
何も答えず唯押し黙っているのみ。
そりゃそうだ、仙人は
アキレス腱が喋れ無いと知っていて
問いかけているのだから
仙人の思い通りになるのは
最初から解っているのだ。

こうして中央線下りの車窓の人となり
仙人は甲斐駒ケ岳を眺めたり
黒四ダムに挨拶したりして
ぬけぬけと
立山連峰にやって来たのです。

流氷浮く黒四ダム
 
立山直下を走る隧道
 
隧道を抜けると立山が目前に


 ヒマラヤ追想
奥大日岳(2611m)雪庇登攀
4月26日(日) 快晴 山頂稜線直下 

《この感じ、堪んないぜ!》
と夢中になってピッケルを振るう仙人。

えっ、嘘でしょ!これがあのびっこ曳き曳きで歩いていた仙人?
まるで魚が水を得たみたいに、生き生きしてるでは!
どうしたって今までの9月間は仮病としか、思えないんだけど。
爆弾を抱えた左アキレス腱は、二重靴に堅くガードされ静かに、息を潜めているのでした。



先ず足慣らしに立山へ

奥大日岳をバックに

雪の大回廊
アキレス腱の試練
4月24日(金) 晴 立山

ほっとけば、自然に融けてしまうのに
積雪20メートルを超える道路を
毎年1億5千万円もかけ
除雪してバスを通すなんて、
言語道断!

信濃大町からなら
そんな無駄なことせずに
トンネルとロープウェイだけで
室堂まで入れるのに!
なんぞとぶつくさ言いつつも
仙人は何だか愉快そう。

4月と云えば標高2千を超える
山々は未だ雪の世界。

除雪費用1億5千万円とか
特に積雪の多いこの立山連峰は
野生動物の闊歩する世界で
登山者が入域するのは大変。

その世界にスカートを履いた
ハイヒールの女性が
気軽にやって来るのだから愉快。
そうそう、まるで
文明の力だけに頼って
未知なる惑星にやって来た
無防備な地球人。

山の除雪も宇宙への旅も
日常生活に役立たない
壮大なエネルギーの無駄使い。
登山なんてそもそも正しく
無駄そのもの。
あーだが、無駄の中にこそ
生の真実はあるのだ。

軽く一乗越まで

雄山への稜線は殆ど雪なし

立山山頂、背景に雄山


カタストロフィの瞬間に総ては終わる
奥大日岳(2611m)雪庇登攀
4月26日(日) 快晴 山頂稜線直下 

まるで雪庇崩壊瞬間のスチール写真のよう。
この巨大雪庇が崩壊するのは、数秒後かも知れないし数日後かもしれない。
しかし数週間後と云う長い時間でないことは確か。
その僅かな刹那に生命は激しく鼓動するのだ。



山頂からの奥大日岳

雄山で2人の登山者に会う
そろり3003mへ
4月24日(金) 晴 立山

さて息を潜めている
問題の左アキレス腱はどう出るか?

室堂ターミナルの
ロッカーに不要な食糧、装備を
デポし二重靴を履いて出発。
久々の雪山が嬉しくて
《ゆっくりだぜ!》と思いつつも
つい、勇み足になってしまう。

一乗越までは山荘の裏山を
登っているより
遥かに楽で、痛みは殆ど無し。
さてそこから雪と氷の
3千メートルの稜線となるので
此処からが勝負。
アイゼンを履こうかと
頂稜を見上げると、あれっ!
雪も氷も無いでは。
此処二週間程暖かい日が
続いたがまさか
3千メートルの稜線に雪が
無いとは吃驚!

アイゼンも履かずに
岩場をひょいひょいと登ると
あっと云う間に山頂。
誰も居ないと思っていたら
山頂手前の雄山神社に
登山者2名。

こりゃいいと
早速シャッターを押してもらう。
頂上には誰も居ないので
標識に紅い手袋と
サングラス、ストックを乗せて
記念撮影。
実にいい景色だね。
アキレス腱にお礼を云わなくちゃ!

頂には人影無し

自分撮りでパチリ

立山縦走路の背後に剣岳


  頂稜に連なるの裂け目
奥大日岳(2611m)雪庇登攀
4月26日(日) 快晴 山頂稜線直下

 
ピッケルを打ち込み、ピックが雪壁を捉えて体がしっかり固定される、あの頼もしい感触。
蹴り込んだアイゼンの爪が、体重を確かに支え垂直の散歩を促す一瞬。
勿論、ピックが抜けたり、爪が雪壁を砕いてしまったら墜落は免れない。
しかし肉体に刻み込まれた無数の体験は、畏怖の翳りすら齎さず
ただ愉快に登高の歓びを謳う。


地獄谷の雷鳥
4月24日(金) 晴 室堂

アキレス腱の想定外の
健闘に気を良くして
雄山から
のんびりと雷鳥平へ下る。
温泉熱で融けた雪に集う
雌雄雷鳥

居た居た!
雄は春に備えて僅かに
褐色の夏毛に衣替え。
雌は未だ純白の羽に包まれ
脚の先まで真っ白。


頂稜への最後の氷壁
奥大日岳(2611m)雪庇登攀
4月26日(日) 快晴 山頂稜線直下 撮影:村上映子

傷んだ左アキレス腱に負担を掛けぬよう、左脚を浮かせ右足のみでバランスをとる。
右手で頂稜に打ち込んだピッケルは、深く氷を捉え囁く。
≪そーら、あたしに全体重を掛けて、ゆっくり体を上げてごらん。
新しい空間が徐々に広がり、今まで目にすることも出来なかった壮大な世界が迎えてくれるだろう!》



前大日岳に沈む太陽

暗くなる前にヒュッテに
暮れなずむ
4月24日(金) 晴 奥大日岳

太陽の嘲笑を覚悟で
いま沈みつつある太陽は
天空高く輝いていた昼の光を
思い出すことが
あるのだろうか、とふと思う。

確か数時間前、立山の頂に
降り注いでいた光は
薄雲に吸い取られ哀しみだけを
淡く放つ存在ではなかった。

どうして今日の落日は
いつもの真っ赤な血の色を
空に塗りたくってくれないのか?
観察者の錯覚であっても
今だけ真っ赤な血の色であって欲しい。

幾らゆっくり歩いても
後続の村上との距離は縮まらず
ただうろうろと
雪原を彷徨い歩く。
もうこれ以上緩慢に歩むことは
出来ないのに
終着点である山小屋は
目前に迫る。
哀しみだけを淡く放つ
太陽を追って
急な雪原を稜線まで登り返し、
沈んだ太陽に再び回り逢う。

そんなことを数回繰り返しつつ
着きたくは無かった
山小屋にとうとう着いてしまった。
この雪原に小さいながらも
自らのテントを張っていたら、
きっといそいそと
帰路に向かい、テントで
真っ先にコンロを焚き、雪を解かし
紅茶を淹れ
パートナーの帰幕を
弾む心で待っていたに違いない。

山小屋を使わねば
登れないような力量不足の登山は
すべきではない。
そんな想いを失って未だ、
ぐだぐだと未練がましく山に
しがみついているのは
許せない。

と、哀しみだけを淡く放つ光が
心象風景に忍び込み、
独り言ちるのだ。

見えた!雷鳥沢ヒュッテ

地獄谷から昇るガス

暮れなずむ大日岳


さあ、下るぜ!
奥大日岳(2611m)雪庇登攀

4月26日(日) 快晴 山頂稜線直下 撮影:村上映子




カタストロフィの瞬間に総ては終わる
世界最高峰のエベレストで地震発生:4月25日13:11(ネパール時間11:56)


立山縦走の真っ最中、4月25日13:11(ネパール時間11:56)にカトマンズ北西約80kmを震源とする地震があった。
マグニチュード7.8で5月2日現在、死者数は6950人に上っている。
エベレストでは氷河崩壊、雪崩が発生しベースキャンプを襲い、217人が行方不明との報道。
1993年8月9日17時46分、ナンガ・パルバット峰(8125m)の雪庇上のキャンプ3(6600m)で
襲われた地震の恐怖が蘇る。

ネパールの地元メディア、カトマンズ・ポスト(電子版)は26日付で、エベレスト(標高8848メートル)周辺で
217人が行方不明になっていると報じた。
同国当局は32人を救出する一方、22人の遺体を収容した。
エベレストでは登山していた50代の日本人男性が犠牲になったが、
ベースキャンプにいたカメラマンら米国人3人の死亡も確認された。
英国やオーストラリアなど各国政府は行方不明の自国民の安否確認を急いでいる。

世界最高峰のエベレスト(標高8848メートル)では雪崩が発生し、
日本人1人を含め少なくとも18人の登山者が亡くなった。
現場は標高5000メートル超の過酷な環境で、余震と雪崩が続いており、
数百人の登山者が下山できない状態が続いている。

 ネパールの登山関係者などによると、
近くで起きた雪崩で標高約5300メートルのベースキャンプは一瞬にしてのまれた。
当時、登山者ら約1000人がいたとみられるという。
下山ルートも通れなくなり、ヘリで重傷者を優先して病院に搬送しているが、
天候の悪化で救助活動は難航している模様だ。
ベースキャンプよりさらに標高の高い場所では、100人を超す登山者らが救助を待っているとみられる。




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