1813ー2020年  師走

 
 夜明けのイオテラスに描かれた
2020年12月18日、第70回の税理士合格発表

とっくに乳首ではないことを認識してしまった筈なのに、幾ら吸い続けても、自らの親指からは、
少し甘いだけのあの生臭い乳は、決して出てこないとしっかり解っているのに、吸い続ける。
乳首でもない親指は、常に濡れた状態に置かれるので、 ふやけて白く水膨れ状態となり、観るも無残。
あんまり痛々しいので、母親も父親も笑いながら、「あんまり吸ってばかりいると、親指さんが可哀想!」
くらいの注意はしたが、強制的に止めさせようとは、しなかったような朧な記憶がある。

三歳半を過ぎた頃だったろうか、≪ちゅっちゅ≫を自ら止めた。
彼は幾ら吸い続けても最早、生命を育んでくれる乳は、出てこないと認識したのか!
それともただ単に、吸い続けることに飽きてしまったのか!
いやもしかすると認識力が高まり、ふやけて水膨れ様になってしまった我が親指に気づき、狼狽えてしまったのか!
それは本人にも親にも窺い知ることの出来ない,不随意筋とニューロンの秘め事であったのであろう。
悠樹が税理士試験に挑戦し始めた時に、何故かこの≪ちゅっちゅ≫が脳裏を過り、
これは恐らく乳の出てこないのを知りながら、 悠樹は長い闘いを、続けることになるのだろうと直感した。
そしてある日突然、≪ちゅっちゅ≫を止める。 もう乳の出ない親指を吸い続ける必要は、無くなった。

しかし国家が税理士と認めようが、認めまいが、 これから悠樹が生きていくスタイルは、たいして変わりはしない。
社会的なスタンスとか、経済的な問題で多少の違いは出てくるが、 精神の内奥で、決して出て来はしないと知りつつ、
乳首でもない親指をしゃぶり続ける行為は、これからも続くのだろう。

何の利益も齎さぬ、この不毛な行為こそ、 生きることの意味なのかもしれない。
なんぞと戯言を垂れる数年後の悠樹が垣間見えたりして、
彼岸のオヤジは嬉しくなりニタリとするのだ。
おめでとう、悠樹!
(忘れられた親指の瑞気)

区分
受験申込者数 受験者数
(A)
受験率 延受験申込者数 延受験者数 受験率 5科目到達者数 一部科目合格者数 合格者数合計
(B)
合格率
(B/A)
東京都      3,624      2,705        74.6      7,092      4,644        65.5           9        651        660        24.4
受験地 東京都 (計9名)受験番号: 10080 16436 17186 18732 18742 81034 82124 85757 85906
第70回税理士試験の受験者数2705人で5科目到達者9人、その中の1人となった。
狭き門であることは確かである。

令和2年12月18日金曜日 官報号外第266号 68に合格者の受験番号と氏名が掲載。
そこに11123、坂原悠樹を発見!この9人の1人では無かったのだ。
どうやら東京都の受験者の多くは幕張メッセが試験会場となり、メッセは千葉なので千葉枠での掲載となったらしい。


 
凍てつく2017ボン・シルバー


サングラスによって両眼は漆黒の虚空となり、
断ち切られた鼻梁も、闇を湛えた虚洞と化し、
縦に開かれた口からは夢声慟哭の叫びが、森を震わす。
骨だけのボン・シルバーは、凍てついた氷のマントを纏い、
時空を失い仙人に対峙する。

 
 
2020凍結山荘瀧



 
 凍てつく氷瀧の真っ只中で氷斧を打ち込む
2020年12月22日(晴)奥庭、復活の夜明け

果たして再びピッケルを振り上げ、硬く凍てつく氷に打ち込むことが出来るのだろうか!
体重を支えることが可能となる程、深く突き刺さし、引き抜き
再び激しく叩き込む、なんて行為が続けられるだろうか!
特に右脇腹は11日前に手術をしたばかりで、利き腕の右は封じられている。
そんな想いを懐いて、凍てついた奥庭の氷瀧を見つめる。

氷瀧は夜明けの光を孕み、青白いサファイアとなって仙人の赤血球の眠りを覚まし、ピッケルを挑発する。
ピッケルの先端に、セントエルモの火となったサファイアが踊り出し、復活の回廊を開く。
切り裂かれた閉じられた右肺を庇い、左腕を大きく振りかざし、先ず一撃を打ち込む。
ピーン、と甲高い音色を響かせ、ピッケルは跳ね返される。
開かれた回廊を凝視しつつ、渾身の力を込めて2度、3度、青白い光を放つピッケルを振り翳す。

≪死の嵐≫が収まるには、2つのセントエルモ光が無ければならない。
しかし右手のピッケルを振り上げることは出来ない。



 

メリークリスマス!
長阪智Drからのメッセージ
クリスマスイブの
嬉しい電話
12月24日 18時40分

昨日23日、国立国際医療研究センターの
呼吸器外科:長阪智Drから二度も電話があり、
今日も携帯の着信記録に伝言が入っており、
抗酸菌培養検査の結果が出たとの事。
携帯では途切れてしまうので何度か中断。

山荘固定電話に長阪智Drから電話が入り
詳しい結果を話してもらった。
既に山梨厚生病院の奥脇英人Drには、報告済み
ということであったが、態々、患者にまで電話をしてくれるとは!
それも繋がらないので3度も掛け直し
その都度メッセージを入れてくれたので、大いに恐縮した。  

 
心底患者思いの
ドクターであると実感!
先ず特定されたのは
非結核性の非定型抗酸菌で、
アビウム菌と判明。

非定型抗酸菌のおもな菌種は、
アビウム菌、イントラセルラーレ菌、
カンサシイ菌で、
10万に4.5人の罹患率で
近年増加傾向にある。

アビウム菌は土壌や水中に棲み、
耕作中に空気中に舞い上がり、
肺に吸い込まれたり、
水中から直接皮膚感染する
のではと、考えられている。


アビウム菌と判明
(待合室のホール) 
 
肺組織の石灰化は伴わず、
胸水が溜ることもほとんど無いらしい。
人に感染することは無いが、
薬が効きにくく、培養して
薬の効果を調べる感受性試験も
あてにならない。

現在、抗生物質の
クラリスロマイシン(CAM)が、
単独の薬剤としては、
もっとも有効とされているが、
1~2年間、併用療法をしても、
完治はむずかしく
治療をやめると、病気が
悪化しやすいとか。


症状が軽ければ、ふつうに生活してかまわないが、
肝臓に負担のかかる
薬が多いので、飲酒は控え、安静と栄養補給が大切。
呼吸困難や喀血がひどいときは、入院も考える。
畑仕事をやると、以前窺いましたが、
きっとその過程で空気中から肺に入ったと考えられます。

これから土を相手の作業をするときには、医療現場で使用する
きめの細かいM95マスクをしようすることをお勧めします。
有明癌センターでオペしたら、癌専門ですから
此処までのことは解らなかったでしょう。

 
国際医療研究センターのホール


 
2年ぶり居間ワックス掛けして山へ

そのほか奥脇英人Drと長阪智Drとの論文や
個人的な話を窺ったが、
これ程までに患者を思う長阪智Drとは、何者なのか!

最後に「よいお年を!」と長阪Drに云われ、
そうか、今日は12月24日のイブ。
これは長阪Drのクリスマスプレゼントだったのかと推察。
≪メリークリスマス!≫と返そうと思ったが、
思ったのは電話が切れてからであった。

誠意に応えるべく掛け直そうかとも。
しかし考えてみれば、木曜日の今日は長阪Drの
オペの日であり、午前3件、午後3~4件のオペを熟し、
その後での長電話であり、疲れている筈。
止めておこう。

さてドジ仙人は、感謝の気持ちを伝える術を
見つけることが出来るのであろうか!
「癌ではありません。良性の結節だったので
切除して置きました」で終わり、
結節の培養などしなかったでしょう、
感染症を研究している当病院(国際医療研究センター)
切って、本当に良かったと思います。

[再発したら再び切ることになるのでしょうか?]
 「再発した場合、そのままにして置くと増殖し続け、
肺のあちこちに散って
しまい、
そうなると最早手術の仕様もありません
定期的な観察をして早期発見が鍵になります。

しかし今まで抗酸菌を押さえて来た
その体力と免疫力があれば、そう心配することはありません。
今後は投薬もせず経過観察になります。」
と懇切丁寧な説明であった。

 
 
Xmasの頂手術14日後初めての仙人山逍遥



 
床拭きしてみると広い‼!
 復活の山々
 
深い枯葉が足元を覆う。
踏み心地はふわふわで枯葉の
新雪みたいだとはしゃぎながら行く。

「稜線にこんなに枯葉が集まるのは
珍しいな」と仙人は
その枯葉の深さを愉しんでいる。


 2年ぶりの大掃除じゃ!

つい先日まで森を
華麗に彩っていた木々の葉は、
今全て地に敷き詰められ、
ふかふかの絨毯になった。 

さすがに稜線上は
風が冷たいが、南の斜面は
全く風も無く、ゆっくり登ってきても
汗ばむほどに暖かい。

全ての葉を振り落とした落葉樹の森は、
すっきりとした鋭いラインだけで
描かれた細密画のように、


TV台もきれいに拭いて! 

空に向かって細い枝々を複雑に
絡ませる。
垂直のラインの向こうには
牧丘の盆地が広がり、
秋に登った小楢山から乾徳山の稜線が
一気に見渡せる。

この季節ならではの
贅沢なパノラマが広がる。
冬の雲がゆっくり動く。
真冬の空の青さが
しんと胸に染み入るようだ。 

 
外の景色が映るほどピカピカに!

仙人はゆっくりゆっくり歩を進める。
その歩調には乱れはなく、
一歩一歩をきっと確かめながら、
味わっているのだろうかと想像する。

肺の手術を受けてからまだ
2週間にもならないというのが、
信じられないほどに、
穏やかで確かな歩みだ。

 
 
木星壁画に励まされ!




 
枯葉の海にダイブ!
 手術なんてしなくたって、我々は既に70を超えた立派な高齢者なんだから、
平地をよたよた歩いたって
誰にも文句を言われないのに、こんな山を登っているなんて、
人生のおかしさと理不尽さを笑い飛ばしたくなる。

急斜面の下りは予想に反して枯葉は飛ばされ、意外にも歩きやすい。
自然の振る舞いは、人の勝手な思い込みを簡単に覆し、
思いもよらぬ仕掛けをしてくるから面白い。
先ずゆぴてる峰の頂に到着。仙人は陶器のプレートを丁寧に撫で挨拶を。
ゆぴてる峰からいったん下ると、葉を落とした木々の向こうに
立ちはだかるように仙人山の全容が伸びあがっている。
こんなに大きかったんだ。空が明るくて広い。
頂に向かってまた一歩ごとに登る。着いた!

12月25日12時57分。
仙人山頂上に立つ。
見上げる空は雲が去来し、
覗く空は碧く澄み、光が静かに零れる。

まさに復活の記念写真を撮り、
静かに歓びの頂を味わう。
「ハグしよう!」仙人山の標識を挟んで
仙人と固くハグ。
吹雪の山巓や岩場、ヒマラヤの高峰、
厳しい山行後の頂上で固く握手しあったり、
肩を抱きあったりした幾つもの場面が横切る。

それら厳しい山とはまた異なる、
仙人山の頂にあるささやかな命の
この歓び、
期せずして胸の奥から熱いものが
込み上げそうになって、慌てて空を仰ぐ。
生きていてよかった! 

 
春夏秋、今年の葉っぱたちの
ほかほかの想い出が詰まった海!
 


そんな感慨が溢れ出す。
仙人はたくさんの山へ向かう中で、
どれほど多くの命の
危機に直面したことだろう。
あまり実感がないのだが、
私自身も山と向き合う中で
多くの死と隣り合わせの
体験を潜り抜けてきた。

それらの時間の後に訪れた、
この静かな山との邂逅が、
こんなにも美しく、心の奥深くを
揺り動かすことになろうとは、
まさか想像もしていなかった。

仙人にとっては、より深い感慨が
胸の中を去来しているのかもしれない。
互いに多くは語らないが、
この山頂に今あることの重みを
それぞれに実感していることは分かる。


 手術前に最後の仙人山へ来たとき、夕日がちょうどきらきらと梢越しに届いた。
「なぜだか、この光がとても懐かしく感じる」
と仙人の口から零れた言葉が思い出される。
その懐かしさはなぜか、今ここに居る歓びにどこか通じるような気がした。

生きるということの不思議さ儚さを、
人生の終わりに近づき、改めて思い知る。
下りは苦手な私と違って、仙人は愉し気で足取り軽い。
途中の枯葉の海を避け、岩場の途中で行き詰まり四苦八苦しながら
かっこ悪いさまを晒す私を、仙人は面白そうに笑いをこらえて待っている。
その先の長い斜面に積もった枯葉は足首よりも深い。

思い切って尻セードに挑戦。これはサイコーに愉しい。
深い枯葉の海は程よく滑って、おまけに暖かくて気持ちいい。
こういう楽しみを見つけてしまうと、子供みたいに
嬉しくてワクワクが止められない。
アップダウンを繰り返しながら、仙人の向かう先は扇山だ。
 
なんてあったかいんだろう!


 
こんな立派な標識前からあったかしら?

山頂への急峻な斜面を、痛み始めた足首を如何にして宥めようかと、
試行錯誤しながら体重の掛け方を
工夫して何とか乗り切る。
仙人より先に、登れなくなる日が来るのは
自分だろうなという予感が頭を過る。

だからこそ、今こうして登れる一瞬の時間がこの上なく貴い時間なのだ。
その時間が愛おしい。
此処でも葉をすっかり落とした山頂は
広々と明るく、すっかり雲が去った空が何処までも蒼く広がる。
1時44分扇山山頂。
何度も見慣れているはずの山頂標識が、
まるで初めて目にしたように新鮮に飛び込んでくる。 


 
中央にレースをひらめかせ
 
頭に角がある天狗ハギに似てる
可憐な
のバレリーナ 
今冬は
ひっそりと
う 

智慧の輪の如く絡み合う 
 
肺のエックス線撮影か!



帽子のネームも、陶器プレートも手作り!

 
根から水分を吸い上げ
 
午後の光が山頂を輝かせているせいだろうか。
南アルプスには上空に雲が広がるが、富士山は梢越しによく見える。
帰路はゆっくり急斜面を降り、途中の急斜面は仙人が
観てないのをいいことに、一気に尻セードで下ってしまう。
三つの山頂を一日のうちに踏みしめるという贅沢な復活登山が出来た。

仙人にとって、もしかしたら思いがけないほどの復活だったのではないだろうか。
手術前には最悪の状態だって想像したことだろうし、仮にうまくいっても
内臓を傷付けるわけだから、一気に体が駄目になることも覚悟していたのだろう。

   
茎から浸み出し氷花に!
 
 それが、一番好きな仙人山と扇山を登り切ったことで、
どれほどの安堵と歓びを得たことだろう。今日はクリスマス。ハッピークリスマス!
きっと天からのプレゼントですね。
翌朝、朝食を済ませてから、小倉山へと向かった。
山荘にとって大事な三つの山々を今年の間に完登したいと、張り切る。
昨夜は激しい風が吹き荒れていたが、今朝はすっかり風も止み、美しい朝だ。
小倉山の稜線直下には、氷の花の群落がある。
今年は寒波がすでに来て、寒さがいったん緩んだ今朝は、もう氷の花は
壊れてしまって観られないのではないかと、諦め半分だった。
いつもに比べると貧弱ではあるが、氷の花は咲いていた。
 
枯葉絨毯に踊る!


冬枯れした霜柱

導管が水分を吸い上げる

茎から浸み出し氷花に
冬になっても植物≪霜柱≫の
根はまだ活動していて、
保水能力あり。
茎が堅く導管(水の通り道)が
崩れにくい霜柱は
毛細管現象によって地中の
水分を吸い上げる。 
吸い上げられた水分は、
枯れた茎の途中からしみ出て
外気にふれて凍り≪氷の花≫となる。
やがて茎はぼろぼろに裂け、
土もかたく凍りつき、
≪氷の花≫はみられなくなる。 


 
右肺手術後の初脚上げ成功!


朝日に照らされると、もっときれいな踊り子たちなのだが、
今朝の氷の花は枯葉に埋もれ寂しげだった。
それでも氷の花に出逢えたことが嬉しくて、写真に収める。
よく晴れた朝の小倉山は本当に気持ちがよい。

朝登山そのものが久しぶりだが、嘗てはトレーニングと称し、
朝食前の朝登山、畑仕事を終えての夕登山と、一日に2回も
登るのが当たり前だった時期もある。
「若かったんだねー」とそんな日々を懐かしむ。
「一日の中に山を登る時間を持つことで、本物の豊かな時間が
生まれると実感する」仙人の語る言葉に、深く頷きながら、
足が許す限り登り続けたいと願う。

山頂に飛び出すと南アルプスの勇壮な山並みが、雪を戴き碧空の中に輝いている。
世界を遍く照らす光の中で、
私たちもきっとキラキラと輝いているに違いない。


 






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