1793ー2020年  神無月

漆黒から届けられた3つの銀河
10月27日(火)4時17分 イオテラス窓の2重画像


透明なペットボトルに閉じ込めておいた白銀の銀河を、イオテラスの南の空に解放し、
黄金の銀河を北の森に配し、蒼の銀河を中央のハイビスカスに振りまいたら、
イオテラスは豊潤な生命の回廊となって夜明けを讃歌するでは!
3つの銀河が漆黒の渚に、繰り返し繰り返し打ち寄せ、微かな光で生命の輪郭を浮かび上がらせ、歓喜を誘う。

漆黒のヴィーナスは他者思考を遥かに超えた決断を、迷いに迷い苦しみ抜くであろう決断を、
何の躊躇いもなく一瞬で行う。
K2峰のゴド・オースチン氷河上のキャンプで、蒼の銀河を懐胎した漆黒のヴィーナスが
3つの銀河と1つのクリスタルを伴って、再びやって来た。


 
向日葵と雲形豹紋蝶
 4つの山巓

天気が安定していそうなので登ろう、
と昼下がりの上条山へ向かう。
里の道を歩き、
座禅草公園の駐車場から
竹森川に沿って歩き始める。
船宮神社へ向かう小道は
草が刈られた跡があり歩きやすい。

以前は広々とした道が
山裾から上条峠に向かって伸びていた。
両側には大きな檜林があり、
伐採が済んだ後の拓けた景色は
捨てがたい魅力に溢れていた。

今は巨大なソーラーパネル場に
変質してしまったので、
踏み跡の不明瞭な道を
歩かざるを得ない。

 
サンキャッチャー蝶来る

途中で茂った草に視界を阻まれ、
コースを外れてしまい、
急な崖をよじ登る羽目になった。
もちろん仙人は
そんなドジはしないから、
見上げた崖の上をすたすた
歩いて行ってしまった。

滑り落ちないよう足場を確保、
けれどこの緊張感が結構楽しい。
崖を無事によじ登ると遊歩道がある。
以前はこの山裾はカタクリの花の
群落地であったが、
今はどうなのだろうか。

ひっそりとうつむくように可憐な花を
咲かせるカタクリ、
その花に出逢えると、
恥ずかしがりやの妖精に
出逢ったようで

 
 
後翅の裏で雲形豹紋と同定
 
こっそりのぞき込んで、
うれしくなったものだった。
 

自然を破壊して我が物顔の
太陽光発電の矛盾を感じつつも、
この地で生きる人のことを
非難できる訳でもない。
人類は電力無くしては最早暮らせない。
竹森川は源流に行くほどに
白い川床の砂が
光を反射してきらきらと美しい。

石英が多いからだ。
水音が生み出すメロディーは心地よく、
川の畔を歩く楽しさの伴奏者となる。
随分久しぶりに歩く道だが、
この道は殊に
好きなコースのひとつだ。
 


小さな石橋を渡ると
上条峠の登山道へと続く。
程よい斜度の広がりが伸びやかに
豊かな森を形成している。

植林されていないので、
様々な雑林が
作り上げる自然の森は、
実に表情豊かで、
季節により時間帯により、
異なる森の姿に出逢える。

上条の森は倒木の森でもある。
そこには時間の堆積が
見える形で存在する。
「啼いた、蝉だ!」
仙人が驚いたように叫ぶ。
もう死に絶えたと思っていた蝉が
上条の森でまだ
歌っていることに驚かされる。
 
 
蝶の舞う仙人墓標

 遅れすぎて
地上に出てきた蝉なのか、
やがて声は止んだ。
啼いても誰にも届かないなら
寂しい限りだと、
蝉の孤独を思い遣る。
森を歩くと、光を透かして輝く緑が、
明るく透明感を
帯びてきたことに気が付く。
森が夏を脱ぎ捨て、ゆっくりと
秋の装いの準備をしている。

上条の昼下がりの森も、
澄んだ緑の
葉色に包まれ、
午後の柔らかい日差しの中で、
季節の移ろいを告げている。
ゆっくり時間を掛けて歩く森は
様々な発見に溢れ、
思いつくままに
お喋りする余裕もある。

 
沖縄から北海道まで旅する浅黄斑

稜線に出ると、アップダウンの多い
変化に富んだ歩きとなる。
急な岩場の下りは
やや緊張しながら、
滑らないよう慎重に
ゆっくりと、急登の登りはぐんぐんと
高度が増す感じを楽しむ。

上条峠からのこの稜線は、
早春には三つ葉躑躅が
華やかな燈火のように
春一番の彩を灯す。
晩秋には一斉に
色付いた木の葉が
身を震わせて舞い散る筈だ。
上条山の
プレートに触れて挨拶をする。

嘗て堂々と聳えていた老松が、
支え切れなくなった
大枝を落として
巨大なオブジェを造った。
ここにも時間の流れが感じられ、
老紳士然とした老松にも
無言の敬礼を捧げたくなる。

 
たんと蜜を吸って南へお帰り

珍しく登山者にあった。
座禅草公園の入り口で出会った人だ。
小倉山から縦走してきたらしいが、
この先へ進めるか不安そう。
一応教えてあげたがどうしたかな?
そのまま稜線を進み、
小倉山へと向かう。

小倉山への登山道は、
それまでの道に比べ格段に歩きやすい。
整備がされているからだ。
「なんだか楽すぎて、山道というより
散歩道だね」といいながら、
しかしこの広々とした小倉山コースは
またなかなか気分の良い道なのだ。

座禅草公園へと下山し、
そのままのんびりと里の道を
歩いて山荘へと戻る。
薄や狗尾草(エノコログサ)が夕日を受けて
きらきらと広がり、秋桜や、刈田に干された
稲束が秋の風物詩となり
目を楽しませる。

約3時間たっぷりと山を歩き、
2つの山頂を踏んだ後は
満足感と充実感に満たされて、
夕餉のビールが
殊に美味しく感じられた。 


  

菫花弁の宝石 
2日目は
仙人山へ向かう。


嘗ては単なる通過点に
過ぎなかった仙人山の山頂が、
今では贅沢な裏山コースとして
その魅力を存分に発揮している。
山荘の裏山からそのまま登れるので、
真夏の暑い日差しも避けられ、
思いついたらいつでも
気楽に出発できるのもうれしい。

植林の檜の森はいつも暗いが、
苔の緑が鮮やかで目を引く。
猪風呂があったり、動物たちには
それなりの
快適な場所なのかもしれない。

稜線に出てからは途中のゆぴてる峰を経て、
大きく上り下りを繰り返しながら、
木立の間に小楢山を臨むと間もなく
ふっくらした山頂に到着。
木製の道標に仙人創作の
仙人山陶器プレートが取り付けられ、
いつもここで暫くプレートを眺め、下山する。
 


先日は北峠からの長い登りを
挑戦出来て、思っていたよりも
しっかり登れ、少しばかり体力に自信が出た。
最近、登るたびに、山頂が
近く感じられるようになってきている。




 
 秋の向日葵と雲型豹紋蝶
10月20日の仙人墓標

下りの不安も少しずつ克服できている気がする。
同じコースを登ることで、その時の自分の体調も分かるし、継続して動き続けることの大切さが実感される。
下山道の途中稜線から暫く下がった辺りで、仙人はショートカットコースを滑り降りる。
登山道は細かい岩屑に覆われ足を取られないように気を遣う。
ショートカットできたらと思うが、その急な角度を見ると今の自分には難しいなと挑戦は諦めているが、
いつかまたチャンスがあればやってみたい。

3日目朝食後に朝の登山に出発

扇山へ、朝の森をぐんぐん上る。光の加減が朝は違う。空気が凛として、清々しさが際立つ。
久しく忘れていた朝登山の快適さを満喫して、昼前には山荘を後にした。
たった2日半の間に4つの頂を踏み、そのいずれもが充実した山歩きの歓びを齎してくれた。
予報よりも恵まれた天気のお蔭で、秋の始まりの山を思う存分歩けた。まさしく山荘という素晴らしいベースキャンプがあるからこそ可能なのだ。
何という贅沢な時間だろうと、歩けることの歓びに心から感謝したい。 




蒼い光を捉えよ!(秋の窓拭開始) 
 
どうやら仙人め76億歳とか!
 

偶然であると理性は判断するが、
イオテラスの蒼い光銀河の
後背に沈み行く
≪ゆぴてる≫を観ていると、これは
必然であったと気付く。

漆黒の森に呑込まれるや
森に映し出されていた木星イオ壁画は
跡形もなく消え去り、
壁画はテラスの硝子に投じられた、
2重画像でしかなかったと
仙人は悟る。

実存する木星が、
漆黒の森スクリーンに映し出された
虚像の木星イオ壁画に
吸い込まれていく。
山荘のテーマは木星のラテン語名
からとった≪ゆぴてる≫。
実存する山荘ゆぴてるが、
虚像の木星に捉えられ
消滅する刹那。
 
カロスキューマに抱かれて
煌めくデモクリトス!


偶然であるはずのこの刹那が、
必然であったと
古代ギリシアの哲学者
デモクリトスは囁く。

光は星々を消し去り
漆黒から雪富士を描き出す。
デモクリストは荘厳な夜明けの
シンフォニーを奏でようと、
美しい波・カロスキューマを弾く。

壁画という虚像が硝子に映し出され
更なる虚像となり、
その虚像に実存する木星を
ペネトレイトさせる。

その硝子をせっせと磨く仙人。
虚像と実像、偶然と必然の
アナロジーが解けると
信じているかの如く、
唯只管に磨く。
 
 贈られたサンキャッチャー
 
億歳とでも云えば箔が着くとでも思っているんか!
 

銀河の深奥に潜むヴィーナス
10月20日(火)4時06分 カリスト出窓
『宇宙の中に存在するものは、全て偶然と必然の果実である』 デモクリトス



≪さあ、どうかしら蒼と白銀、黄金の3つの銀河と、デモクリストの光の狩人を懐胎し、
プレゼントしようかと大切に育てんだけど、山荘に棲めるかな!≫
漆黒のヴィーナスが蒼と黄金の銀河を生み落とし光の破水に塗れ、光り煌めくヴィーナスへとメタモルフォーゼし、
カリストの出窓に姿態を曝したではありませんか!
どうやら76億年も生き続けた仙人が、未だ生きているのか確かめに来たようなのです。

まっ、手ぶらではなんだから、仙人が如何にも歓びそうな銀河と、光を操るデモクリストでも贈ってあげようと
26億年前に懐胎した銀河と、デモクリストを引っ提げてやって来たのかな!
それにしても銀河から放たれる破水の何と魅惑的なこと。

3つの銀河はイオテラスに、デモクリストは書斎テラスに棲んでもらって、
夜明けには、コスモスの命の讃歌を奏でてもらおう。
そういえば、カロスキューマはケアンズ西のキュランダ、デモクリストはケアンズ南のバイロンベイで
出自は目と鼻の先だなんて驚いたね!



野葡萄の虫瘤宝石

小楢山
10月25日(日)晴

今年の秋一番の晴天に恵まれ、小楢山へ出発した。
仙人山に登る度に、その山頂直下の稜線の開けた視界の向こうに二つの頂が見えて、
手招きしているような気がしていた。
牧丘の集落を挟んだ向かい側の山、隣の山稜なのに、
もうずいぶん長いこと行っていない。

確か秋の終わりに、犬たちと共に登りに行った。
もう午後の日が傾き始める頃で、晩秋の太陽は釣瓶落とし、
頂上へたどり着くより前に闇が足元から忍び寄り、登頂を断念して戻った記憶がある。
その冬の初め雪の小楢山に再び登り、山頂からの素晴らしい富士に対面したのだが、
それ以降小楢山へ足を運んだ記憶がない。

朝の食卓で急に小楢山と決まったので、出発間際にカーナビの調整に手間取り、
山荘を出たのがすでに12時を過ぎてしまった。


下手すれば、またいつかの二の舞で
途中下山だぞと、仙人は
ぶつぶつ言いながらも、
久しぶりの道は新鮮で、
気分がよいドライブである。
焼山峠の駐車場には数台の車が
あるものの、快晴の休日に
混雑してないのがうれしい。
 
13
10分と遅い出発。
登山道に入ったところに子授け地蔵が
祭られているのだが、
その数が増えて、ものすごいことに
なっているのに驚かされる。
それだけご無沙汰していたのだ。

100mの差であっても、
季節は一足早くこの地を
秋真っ盛りの装いに染め上げた。
午後の秋の光が紅葉の木々を
より鮮やかに照らし出し、
華やぐ森を浮かび上がらせる。


秋を告げる羊雲
山葡萄の大きめの葉が
いい色合いに染め上げられ、
散りばめられている。
小楢山の山道は広々と開かれ、
太陽光が惜しげもなく注がれる。

歩みを進めるたびに、
思わず立ち止まったり見上げたり、
移り変わる景色の美しさに
わくわくしてしまう。


下山してくる何組かにすれ違うが、
「我々が最後だな」
という仙人の言葉通り、
登るにしたがって誰もいない静かな山だ。

新道、旧道の分岐からは
新道を選び登っていく。
苔の色も鮮やかに美しい。
この森は杉苔が目立っている。
苔にもテリトリーがあるのだろう。
新しい落ち葉を
踏みしめて歩くのは楽しい。


未だ鮮やかな彩を保っている落ち葉の形を楽しみ、
足元で鳴るカサコソ乾いた枯葉の唄を心地よく聴きながら、快調な登りだ。
小楢山はとても歩きやすく、今の私の足には
この優しい足裏の感触は実に嬉しい。

最後の斜面を登りきると目の前に大きな富士が聳えている。
幾度目にしても、この富士山との邂逅は歓声を上げたくなる。


牧丘の村を隔て、仙人山から扇山の連なりが見渡せる。
仙人山から鉄塔山へと向かう途中が深く括れているのもよくわかる。
いつも歩いている稜線を見下ろすのも痛快だ。
広々した山頂で暫く遊んで堪能したら、のんびりと下山にかかる。
下山は旧道を通り、たちまちぐんぐんと下った。


煌めく40ミリパワーストーン



仙人は「足がうれしくて
たまらなくて、どんどん勝手に
いっちゃうんだよ」と、
まるで子供みたいに嬉しそう。
勿論暗くなる前の下山を果たし、
明るいうちに山荘まで
戻ってくることが出来た。

この日、80代と60代の登山者が
小楢山で行方不明になったとの
ニュースに驚かされた。
幸い翌日には無事に下山
できたようなので良かったが・・・


子授け地蔵
他人ごとではないなと、
ちょっと気を引き締める。
帰宅してから調べてみたら、
犬たちと夕闇迫る小楢山を下ったのは
もう12年も前の
2008年の10月だった。

マアルやユウロと山を
駆け巡った日々がそんなにも
遠くなってしまったのかと驚きながら、
同時に犬たちと過ごした
掛け替えのない時間は
今も褪せることなく
輝いていることにも気が付く。


小楢山からの山荘トレーニング峰

新旧ルート分岐点

次はやはり大菩薩の
岩ルートかなと思いつつ、もうそれは
難しいかもしれないと、
ふと寂しくなる。
今できることを、精いっぱいやれれば
いいのだと思う。
そう思いながら足に感謝!



小楢山の山頂



 
太陽の狩人の居場所は此処だ
10月25日(日) 仙人墓標にやって来たデモクリトスなるサンキャッチャー
 



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