仙人日記
 
 その1183ー2015年  長月

9月3週・・・妖しく彼岸を見せる曼珠沙華に嵌った仙人


処素子はね彼岸を観せてくれるんだよ!
死人花は語る 9月15日(火)晴 奥庭

土葬された死体に群がり、死体を貪り喰らうのは土竜だけではない。
猪や熊、鼬、狸、時には野犬も加わり人間の死肉を喰らう。
そこで登場したのが≪天上の花≫を意味する有毒植物・曼珠沙華。
この毒草を墓に植えれば、野生動物が死体を掘り起こし貪ることはないと、嘗て墓には曼珠沙華が咲き乱れた。

人びとはこの花を暫し、死人花(しびとばな)と呼んだ。
この花を食べると彼岸に至り、また咲く時期が彼岸と重なることから彼岸花とも云われた。
死を抜きにしては語れぬその彼岸花が囁いたのだ。
≪ねえ、彼岸が観たいのでしょう?観せてあげようか?≫
死人花の慧眼は、傍らに立つ仙人の佇まいから瞬時に彼岸への回帰願望を見抜いたのだろうか?



妖しく開花する処素子の花

イタコを知らないって!
それじゃ処素子が口寄せする恐山も
知らないのかい?
やれやれ、それで彼岸を観たいって、一体
どういう料簡なんだい≫
≪処素子を呼んでおいで!
処素子は梓弓を操り、彼岸と此岸を交感する
仲介者として優れたイタコなんだよ。
 
処素子の操る梓弓


恐山彼岸と此岸を交感出来るのは未婚の巫女
死人花は処素子を操り彼岸を開花させる

左下に雲の掛った雪山が観えるだろう?
あれは此岸の地平線を示すエピタフで、その先に漆黒の霧が立ち込めているだろう。
あれが三途の川で、その先に彼岸があるのさ。
漆黒に覆いかぶさる毒々しい、妖しいまでの木星の紅い裂け目。
処素子だけがあの妖しい裂け目の彼方と交感できるとか、聴いたことがある。

誰だい?そんないいからかげんなこと云ってるのは?



賽の河原の南瓜じゃ!

鋭い棘で渡河人を刺す山椒
早速いつもの野次馬たちが
しゃしゃり出てきて
煩せーのなんの!

72個も雁首並べた南瓜が、
木星と彼岸花のコラボレーションを
知ったかして、有ることないことを
滔々と喋りまくり、
遂には自らを賽の河原の小石に
見立て叫ぶでは。
≪どうじゃこれが三途の川じゃ!≫
敗けてはならじと
紅い裂け目に因んで山椒、梅擬が
真っ赤になって喋りまくり、
萩なんぞ紅くなれぬのに、
踏ん張って紅紫を強調し、
さも彼岸花と関わりがあると
云わんばかりの素振り。

まーまーどうしていつも
山荘の住人たちは
知ったかしてまで、要らぬ
ちょっかいを出し,
会話に加わりたがるのかね?

梅擬は紅い裂け目への道標

萩は彼岸花の付け人

きりりと弧を描き梓弓は彼岸を見据える
漆黒の霧を切り裂いて
処素子が
白銀の光の回廊を
徐々に広げ、彼岸に迫る。

不意に耳を喪失する。
それは聴覚を失うなんて
なまっちょろいもんではない。
耳そのものの不在。
決してこの世には存在
しなかった耳の記憶に狼狽える。

白銀の光の回廊の深奥に
存在しないにも拘らず
微かな座標を匂わす涅槃。
《絶対的な静寂》が
突然沸騰し 座標軸をクリストスに
奪われ紅を散らす。

《涅槃》

ヘブライ語の 「メシア」 の
ギリシア語訳をラテン語にした
クリストス( Christos)は、
すっかり古代イタリア人になって
涅槃を手中に収め
髪を振り乱し、狂乱し叫ぶ。

如来妙色身 世間無與等 
無比不思議 是故今頂礼
如来色無尽 知恵亦復然 
一切法常住 是故我帰依

「あれ!これって
涅槃交響曲の声明じゃないの?
驚いたね!
ヘンデルのオラトリオ
≪メサイア≫の
ハレルヤ合唱と
涅槃交響曲を一緒くたにして
仙人は澄まし顔して
涅槃に耽っているよ」
と呆れ顔で語るは鍵盤上の莢蒾。


此岸の白銀と彼岸の毒々しい紅を貫通する処素子

徐にハレルヤを奏でる莢蒾(ガマズミ)

存在の概念から外れた涅槃を
どう扱うのかとハラハラしながら観ていたら
《微かな座標を匂わす涅槃》と
フレーズを操り、
操りきれずクリストフや釈迦牟尼に
援けを求めるなんぞ
実に嗤えるね」
喜悦を謳う
Hallelujah

それにしても、しっちゃかめっちゃかに
掻き乱された仙人の心象に
飛び交うフレーズが実に面白いね。
そりゃ確かに存在は存在の瞬間から
座標に絡み獲られてしまう。

喜悦を謳う彼岸と此岸の交媾


 魔除け、邪気を払う御萩を花弁にして開く曼珠沙華
毒草なので年貢の対象外とされた救飢植物


おいおい、お萩の上に彼岸花なんぞを飾って、仙人を殺す気か?
花全体にリコリンやガラタミンなど約20種の有毒アルカロイドを持っていて
毒抜きせずに食すと、30分以内に激しい下痢や嘔吐に見舞われ、
ひどい場合は呼吸不全や痙攣、中枢神経麻痺といった深刻な症状を引き起こすと知ってのことか?

となるとお主、確信犯だな。
何だって、とっくに中枢神経が麻痺してる仙人が、
これ以上麻痺することはあり得ないって!



 彼岸と此岸の回廊に咲く桔梗

あれれ!脳味噌がぐるぐる回り出したぞ!
大脳、小脳、脳幹の神経細胞が
髄膜を破って飛び出し、
グリア細胞と抱擁したまま踊り出したでは!

ははーん、そいでもって仙人は、
《彼岸が観たい》なんぞと血迷ったんだな。
つまり曼珠沙華の
有毒アルカロイドを喰らって、
処素子が口寄せする恐山に迷い込んだ、
と云うわけか!
そんじゃま、一口戴くか!
うめー!
面倒なので小豆を圧力釜で煮詰めたにしては、
粒が生き生きとしていて
甘みも実に上品。

 
莢蒾の朱も魔除けを司る



 
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