その95の2のBー2013年神無月 |
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10月2週・・・夜明けのしんふぉにー |
森の目覚め 千枚岳白檜會の原生林 10月14日(月)晴 |
赫奕たる静寂 千枚岳駒鳥池の森 10月14日(月)晴 |
富士からの日の出 赤石東尾根 10月13日(日)晴 |
モルゲンロートに染まる岳樺の森 赤石東尾根 10月13日(日)晴 |
その10 風が強くて飛ばされそう 早くも荒川小屋から出発してきたという下山者に会う。 午後2時が椹島からの最終バスなので、少しでも早く下山したいのであろう。 北沢源頭の急な沢に沿って直登、岩混じりの急登を上ると稜線が見えてくる。 ちょうど隊長が岩を乗越して稜線へと消えていくのが見えた。 ずいぶん差がついたので赤石岳山頂で一緒になるのは無理だろう。 稜線直下、下ってきた老夫婦が「稜線上は風が強くて飛ばされそうで怖いくらいですよ!」と興奮気味に教えてくれる。 赤石岳と小赤石への分岐のコルに出たら、なんと隊長の姿があるでは! ・ コールを掛ける。隊長は既に空身で赤石山頂を踏んで、下ってきたとのこと。 やはり強風に吹かれ、「軍手だったから手が痛くてたまらない」と云って、 フリースの手袋にはめ替えているところだった。 隊長と共に軽く行動食を摂った後、荷をここにデポして、小赤石岳へ一緒に向かう。 既に風は収まりつつあるようで、快適な稜線歩きで小赤石岳山頂へ。視界360度。 これから隊長が向かう悪沢岳から千枚岳への稜線が眼前に広がる。 その奥には農鳥、間ノ岳が雄姿を見せている。 |
神々の予感 10月13日(日)晴 赤石東尾根 |
森林限界の光臨 10月13日(日)晴 赤石富士見平 |
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朱に染まる山顛 10月13日(日)晴 赤石富士見平 |
燃ゆる雲海 10月13日(日)晴 赤石富士見平 |
その12 蒼穹は限りなく高く広い 充分すぎるほど贅沢な時間を堪能して、30分後には山頂を後にした。 思い出したようにたまに上がってくる人にすれ違う。 コルでザックを背負いゆっくりと下山開始。正面に富士を据え、 錦を織りなす紅葉の斜面を谷底に向かって降りてゆくのは爽快だ。 蒼穹は限りなく高く広い。この大きな山懐に、まるで自分一人が抱かれているかのように静寂に包まれている。 一昨年の穂高では、どこもかしこも人に会わないところは無かったが、さすが南アルプスの最深奥、 シーズン最後の連休といえども入山する人は限られているのだ。 ・ この日200人前後の人が入山していたらしいが、今年一番の人出だったとのこと。 登山道は間違えようがないのに、あまりにも誰にも会わないので、ふと迷ったかと心配になるほどだ。 見覚えのある北沢源頭の沢に出てほっとする。水辺の岩に動くものがある。 岩ひばりが一羽、チョンチョン飛び歩く。カメラを向けても逃げる様子はないが、さすがに遠すぎて上手く写せない。 這い松の中に七竈の実が赤い飾りとなって鮮やかに映える。 大きな枯れ色のミヤマシシウドが、所どころで羽根を広げたような姿で立っている。 |
悪沢岳と中岳を背に 富士見平 |
稜線に出た途端烈風 赤石稜線 |
間歇的に強風が吹き荒れ 山小屋を揺さぶる。 中国大陸に在った1018hpaの 高気圧が東進し 1024迄に発達し西高東低の冬型 となってアルプスに吼える。 ・ オーバーズボンにヤッケで 完全武装し稜線を目指す。 歩きだすと暑くなり発汗疲労を抑える為 富士見平で防風着を脱ぐ。 稜線に出た途端烈風に襲われる。 山脈が西風を遮り 東面の風を弱めていたのだ。 |
再びヤッケを羽織り赤石山頂に 向かうが風は時折怒号を 繰り返し寒いのなんの。 日本海まで達した移動性高気圧が このまま日本列島に進み 風が収まるのは時間の問題。 ・ 精々あと1時間も吹けば 快晴無風となって アルプスを小春日和で包むのだ。 さあ、それでは赤石岳から 荒川三山を越えて 千枚岳へと縦走を開始しよう。 |
紅く染まる赤石岳 富士見平 |
赤石岳山頂避難小屋 |
その13 やっと音声が届いた 光を受けて無数の実が独特の赤紫がかった茶色い輝きを放つのが魅力的だ。 秋たけなわの山腹に移りゆく色模様を心行くまで楽しみながらのんびり歩く。 約束の時間に交信しようとトランシーバーのスイッチを入れる。 何度か呼びかけるが、応答がない。諦めかけた頃、「スビダーニエ感度ありますか?」と明瞭な声が呼び掛ける。 しかし、この一声を受信したのみで後はいくら呼びかけても、場所を移してみてもうんともすんとも言わない。 東尾根の下に入り込んでしまったので電波が上手くキャッチ出来ないのか。 更に47分、17分毎に交信を試みるががうまくいかず、少し心配していたら、12時過ぎやっと音声が届いた。 ・ ぶつぶつと途切れてしまうが大体は分かる。 悪沢の登りで少しやっかいな処のようで、この先はオープンにして置くことで了解。 順調に進んでいるようだ。これ以降は交信も安定して交わせた。 こんなに何回も通ったかなと、桟道の多さに驚く。ザレ気味の岩のヘツリもあるし、千枚小屋からの縦走者にとっては 最後の下山に掛かってからも結構神経を使って、疲れた足には厳しいかもしれないと想像する。 富士見平に着く頃には、早々と縦走をしてきたらしい登山者にだんだん追い越される。 後ろに人がいるのは嫌いなので、少しでも早く行きたそうな人には直ぐに道を譲ってあげる。 |
林檎と笑顔が眩しいね 小赤石岳 それでもあなたは登るんですね。 ・ 夏の暑い陽射しの中で、汗だくになって 土を耕し草を取り有機肥料を施し 育んだ林檎を 誇らしげに高々と掲げ、実に嬉しそうに。 |
朝日を浴びた笑顔が眩しいね! 標高1120mの椹島から赤石岳山頂3120mまで 標高差2000mを登り切った 静かな歓びに満たされた笑顔。 ・ 誰からも褒められもせず 何の得にもならぬ、唯苦しいだけの長い登高。 老いた肉体にとってその苦しみは 最早自らの近未来を切り拓く活力に転換されることは無く 迫りくる死を認識するのみ。 |
さてこれから悪沢岳へと縦走 赤石岳山頂 3120m |
その14 山に抱かれる幸せ 時間はたっぷりある。山に抱かれる幸せを、存分に味わわなくてはもったいない。 もう一度360度の大展望を楽しんでから、最後の下りに。 1時47分交信すると、隊長は1時40分に悪沢岳の頂上を出たそうで、 誰にも会わない縦走路だとのこと。何かあったら困るので慎重に行くと言う。 逆コースなだけに歩く人がほとんどいないのかもしれない。 私は賑やかになってきた登山道を赤石小屋へと進み、2時前に小屋へ到着。 さすがにこの時間は未だ空いているので、今夜の寝床は昨日と同じエリアながら、一番端を確保できた。 ・ 昨夜は3人だったスペースを今夜は4人で使うらしい。早々に布団を敷いて、場所を確保。 隣人は単独の若い女性、アルペン号(畑薙ダムから新宿へ直行)に予約しているので 明朝は3時に目ざまし掛けたいとの申し出、 早起きはこちらも好都合なので快諾する。一人旅同志、気楽におしゃべりするが、 カッコだけの山ガールではなく本格的に登山をしている様子。 今日も千枚小屋からの縦走でこの時間に到着している健脚ぶりだ。 一緒に地図を広げて、次には登りたいという聖岳、光岳のルートや、 今日の縦走路で塩見の方へ行った人がいたがどのルートだろうかなど、あれこれ話は尽きない。 |
光岳 山頂の南西直下に遠州側から遠望した時に夕日に照らされて 白く光って見える光岩(てかりいわ)と呼ばれる石灰岩の岩峰があり、 これが山名の由来である |
遅れた村上と山頂で合流 小赤石岳 3081m そうか、村上さんも孫を2人も持つ おばあちゃんになったのか。 ・ 若いヒマラヤ隊員7名を遭難事故で失い 残された隊員は老化と共に山から遠ざかり 山荘に集う仲間は居なくなったが 村上さんはおばあちゃんになっても 未だ登り続けるんだね。 |
この秋に生まれた孫の名は《光》。 山名の「てかり」ではなく《ひかる》と読むんだけど。 今度登ってみようかな。 |
山頂からの南面パノラマ 赤石岳山頂 3120m |
その15 前後に人がいない稜線 聖への冬期ルートの波線を指さし、「こんなコースを実際に登る人はいるのかな?」と呟くので、 「今夜千枚小屋に泊る相棒が冬に入った時には誰もいなかったそうだ」と話すと、目を丸くして 「凄い!余程力がある人でないとできないですよ!」と感嘆する。 小屋の後ろに一足登ると、ヘリポートを兼ねた見晴らし台がある。 交信タイムにはそこに登って、見晴らせる稜線に呼び掛ける。 2時17分には丸山を越え千枚岳に向かっているという。 ・ 「まったく前後に人がいない稜線上なので、望遠があれば、こちらの動きが見える筈」目を凝らしてみるが、 さすがに肉眼では見えない。あと1時間半くらいだろうとのことだったが、 3時17分の交信時にはもう到着して一息入れているところだった。 アップダウンの多い長丁場だが、さすがに速い。 私が行っていたら、暗くなる前に到着出来なかった可能性が高い。 危険な選択を止めて、赤石岳往復を選んで正解!お蔭で心の底から嬉しくなるような、 充実した山との時間を過ごすことが出来た。 一旦交信は終了して、最後の交信を6時に行うこととする。 本日は混雑するせいか、早い夕食は4時半からスタート。 |
赤石岳山頂から 北面パノラマ |
赤石岳山頂から 北東面パノラマ |
その16 偶然と必然の危ういバランス 2泊目の私は昨夜とは異なる献立で鮭のホイル焼き。 周りを見回すと他の人はしょうが焼き、向かいの席の人と2人だけが別献立なのだ。 此処の小屋の細かい気遣いが本当に嬉しい。 食堂の窓は3方に開けそれぞれに大きく迫る山の稜線が見渡せる。 従業員の人が一つ一つの山を説明してくれるので、食事をしながらも楽しめる。 早々夕食が済んだので、まだ暗くなる前に裏の見晴らし台から更に10数分先の富士山が見えると言う地点まで行ってみた。 ・ 急速に雲が湧いてきて、残念ながら富士山は隠れていた。樹幹越しに黄昏てゆく聖岳の稜線を眺めながら 、一日の豊かさを改めて噛み締める。 <偶然の采配と、必然の選択が一つの豊穣を齎す> 不意にそんな想いが湧きあがる。 何だか今回の山行そのものが、偶然と必然の危ういバランスの上に成り立っているような気がする。 |
七竈(ナナカマド) 大聖寺平 |
ぎょっ! 真っ黒な巨体がじーっと こちらを見つめ微動もせず。 その挙動は 見慣れた羚羊の静止スタイル。 ・ だがこんな真っ黒な羚羊は 見たことも無い。 熊かも知れないと一瞬焦る。 |
深山猪独活(ミヤマシシウド) ラクダの背 |
松虫草(マツムシソウ) 荒川小屋 |
山母子の乾燥花(ヤマハハコ) 東尾根 |
富士薊(フジアザミ) 滝見橋(千枚尾根) |
岩雲雀(イワヒバリ) ラクダの背 |
やがてそろりと体勢を変え 横向きになると 紛れもない羚羊そのものの体形。 あちこちの山で沢山の羚羊を 観てきたが黒いのは初めて。 ・ 帰りにバスの運ちゃんに訊いたら この辺りの羚羊は 黒いのが当たり前なのだそうだ。 熊も黒なので 遠見には羚羊と熊との区別がつかず 事故もあるとか。 |
日本羚羊(ニホンカモシカ) 小石下(千枚尾根) |
稜線上での別れ 悪沢岳へ向かう坂原と赤石岳へ向かう村上 |
大聖寺平 |
荒川小屋見ゆ |
小赤石岳をバックに |
荒川小屋 |
赤石小屋も荒川小屋も建て替えられ 千枚小屋など昨年完成したばかり。 赤石山頂の避難小屋も 中岳避難小屋も真新しく昔日の面影無し。 ・ 冬と無積雪期では全く異なって 当たり前だが 山稜も山小屋周辺も記憶の片鱗には 引っ掛からずまるで初めての山。 ・ 1月の荒川小屋は雪に埋もれ 冬期小屋が使えず幕営したのか 掘り出して中に入ったか 記憶は定かではないが地形そのものに 最早覚えが無い。 ・ 明日は小屋終い。 来年6月まで8カ月もの長い眠りに入り 奥深い山々は訪れる人も無く 透明な静けさに埋もれるのであろう。 |
中岳避難小屋 |
その17 最後まで必然の選択 自然が与えてくれる偶然の現象、たとえば天気。それを逃さず行動を選択するのは人間の意志。 結果的にはそれしかないという必然の選択なのだ。 林道の封鎖やバスの時間、それらも皆偶然であり、その結果我々が選んだ登山ルートはそれぞれの必然。 未だ明日の下山がある。最後まで必然の選択を迫られるのかな、 などと漫然と考えながら誰もいない林道を歩くのは不思議に楽しい。 ・ 小屋に帰ると、もう薄暗くなった中を宿泊手続きをしている人が次々と並んでいる。 6時に寝る支度を整えていると、向かい側の中二階に団体がぞろぞろ入って来て乾杯をしている。 このまま煩いのかと心配になったが、最後の交信を終えて戻ったら、食事に行ったようだ。 隊長は6時の交信時もう寝床の中だったとのこと、道理で眠たそうな声だった。 |
荒川三山の中岳(左)と悪沢(東)岳(右)のコル背後の展望 |
悪沢岳山頂 |
前も後も人影無く、風すら吹かず 全くの静寂。 久しぶりの快晴の連休とあって 今季最高の登山者数だとか バスの運ちゃんは云っていたけど あの200人もの登山者は 何処へ消えてしまったのか? ・ こう人が居ないと困るのは 山頂での撮影。 軽量化を図り三脚を 置いてきてしまったのでカメラを セットするには一苦労。 ・ 先ず腕を最大限に伸ばして シャッターを押す自分撮り。 山頂標識を入れるにはカメラを 岩の上に置いて セルフタイマーを最大の12秒にして 急いで標識に駆け戻り ハイ、ポーズ! ・ あれカメラが倒れちゃったとか まるで写って無かったり ハプニング続出。 |
稜線上の赤いチャート |
自分撮りでパチリ |
セルフタイマーで |
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木の香漂う千枚小屋 |
千枚小屋前の赤石岳 |
昨年7月に完成した千枚小屋 |
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紅葉する奥西河内 でも撮りながら、あー悔しいかな これは画像には出来ないなと解ってしまう。 この光と彩はカメラでは捉えられない。 心象風景でしか観られないのだ。 |
こんなもんじゃないんだぜ! あんまり美しくて 口をあんぐり開けたまま佇むこと暫し。 |
太陽を呑む大井川源流 |
広い椹島の草原 |
奥西河内に落ちる滝 |
椹島キャンプ場 |
さらば!燃える赤石小屋 やけに静かなのだ。 この椹島のシーンとした静寂は何だろう? 3次元の騒音と隔絶された 触れることも感じることも出来ない ガラスに閉じ込められたような光だけの世界。 ・ 結局わたしと云う存在が生きていたのは 3次元の騒音に 塗れていたに過ぎなかったのか! |
焼き付いたぜ! 残されていた最後のアルプスの記憶。 山荘から良く見える赤石岳も悪沢岳もずーっと ご無沙汰していたけれど これで追憶のアルプス巡礼は幕を閉じたね。 さあ、透明な静けさに還ろう。 |
椹島の白旗史朗写真館 |
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