山荘日記

その27冬ー2008年如月

 


如月1週・・・初めての積雪



珊瑚海から雪山へ

懐かしい《塩ノ山》が
雪の盆地に
黒々と頭を出している。
3週間ぶりの山荘来訪。

赤道直下灼熱の太陽に
焼けた肉体が
突然の雪に戸惑う。

航海中は連日好天。
だが帰路
ソロンからスラウェシ島の
マカッサルまでは
どうにか飛行出来たが
その先雨季のジャカルタは
大洪水で不通。

腰まで水に浸かりながら
空港職員は出勤。
遅れに遅れやっと昨朝帰国。
ついた途端雪に見舞われ
東京は雪景色。
2月4日(月)晴  中央線車窓から
塩ノ山:康暦2年、1380年に抜隊得勝禅師がその南麓に向嶽寺を開創した際、「しおのやま」を「塩山」として、寺の山号とし町の名にも。



雪が重いぜ!

『どかーん』と
もの凄い衝撃。

砕けたガラスが頭から
降りかかり左腕に
血が滲む。

ソロン空港内で
山荘主の乗ったバスに
乗用車が衝突。
なんと山荘主は衝突点の
ドアに立っていた為
最大の被害者。

帰国後はせめて
時差呆けを取る為にも
ゆっくり治療したいが
山荘温室のストーブの
石油は長い不在で
切れている。
何としても山荘に行かねば。
2月4日(月)晴  山荘ゲートにて



箆鹿の歓び

ところがこの雪。
当然山荘への急坂は
スタッドレスに
チェーンを巻いても
登れない。

下の道路に車を置いて
ラッセルしながら
山荘を目指す。

ゲートの白檜曾は
大雪に枝を垂れ
箆鹿の角に圧し掛かる。

アラスカの犬橇合宿で
手に入れた
箆鹿の角が久々の雪に
大歓び。
だが温室の観葉植物は?
2月4日(月)晴  山荘ゲートにて



白樺倒壊

ありゃ!
雪の重みに耐え切れず
白樺がダウン。

たしかこいつ台風でも
倒れたのでロープで
2ヶ所補強しておいた筈。

立て直してやりたいが
この雪では無理。
今週末に応援を頼んで
最後の1本となった
白樺救出作戦を
展開しよう。

山荘路の雪掻きも
やらねばならないとなると
週末は忙しいぞ。
2月4日(月)晴  前庭にて



冬野菜も雪の下

温室ストーブの石油を
入れたら即目白に
戻らねばならぬ。

帰りの電車で
中央線の雪景色を
愉しみながら
雪見酒も悪くは無いな!
さて酒の肴は?

tongueを塩で焼いて
ホッケを炙って
となると
野菜が欲しいな。
下の畑に降りてみたら
ごらんの通り。

新聞紙で包んだ白菜と
ほうれん草、葱が
雪から僅か顔を覗かせて
いるが後は雪の下。
2月4日(月)晴  西畑にて



秋珊瑚の春予感

山荘の2ヶ所に設定した
最低温度計の外気温は
マイナス8℃

さて問題は温室の
観葉植物達。
温室のカリストのドアを
恐る恐る開く。

悲惨!
2m近くあるコンシンネは
下枝の葉を褐色にし
殆ど死に体。
緑の葉を留めてはいるが
最早復活は困難?

秋珊瑚なんか
氷の中で
蕾を膨らませて
こんなにも元気なのにね!
生き残り:予想外にスパティフィラムが善戦し20鉢程の総てが生きている。 2月4日(月)晴  前庭にて



如月2週・・《鹿踊りのはじまり》異抄本・U
                     異抄本・Tへ



雪の朝

里から離れた
森の中に在っていつも
静かな山荘が
より一層静かになった。

静寂そのものが
ひたひたと
山荘に打ち寄せ
森と山荘の境界線が
消失し
山荘が森になってしまう。

昨日から降り続いている
雪が山荘を
森に変えたに違いない。

どきどきしながら
カーテンをそっと開く。
いきなり森が
飛び込んでくる。
さあ!
《鹿踊りのはじまり》の
嘉十がやってきたぞ。
2月10日(日)曇後晴  二階西廊下から



雪の森に鹿現る

船宮神社の大檜
洞窟から
上条林道の氷河地帯を
彷徨う6匹の鹿。
山荘の雪の森に現れ
鹿はスクリーン上で
物語の続きを語り始めた。

「おう、
っけもんだぞ。」
のようにが。」
「うんにゃ。」
「草のようにが。」
「うんにゃ。」
ごまざいの毛のようにが。」
「うん、あれよりあ
少し硬こわぱしな。」
「なにだべ。」
「とにかぐ生ぎもんだ。」
「やっぱりそうだが。」
「うん、
汗臭いも。」
「おれも
一遍行ってみべが。」
2月10日(日)曇後晴  二階北窓から



森の雪手袋 

五番目の鹿が
またそろりそろりと
進んで行きました。
この鹿はよほど
おどけもののようでした。

樹木に積もった雪の
手袋の上に
すっかり頭をさげて
それからいかにも不審
だというように
頭をかくっと動かしましたので
こっちの五疋が
はねあがって笑いました。

 向うの一疋は
そこで得意になって
舌を出して手袋を一つ
べろりとめましたが
にわかにくなったとみえて
大きく口をあけて
舌をぶらさげて
まるで風のように飛んで
帰ってきました。
みんなもひどくろきました。
2月10日(日)曇後晴  二階イオから



雪に眠る里

六匹の鹿は
白い手袋があの雪に眠る
里からやって来た
生き物かも知れないと
益々恐れました。

「じゃ、じゃ、じらえだが
ぐしたが。」
「プルルルルルル。」
「舌がれだが。」
「プルルルルルル。」
「なにした、なにした。
なにした。じゃ。」
「ふう、ああ
まってしまったたよ。」
「なじょな味だた。」
「味無いがたな。」
「生ぎもんだべが。」
「なじょだがらない。
こんどああ行ってみろ。」
「お。」
おしまいの一疋が
又そろそろ出て行きました。
2月10日(日)曇後晴  二階カリストから



 近づく里

ちらりと振り返ると
何だか里がぐーんと近づき
白い手袋が今にも
動き出しそうで
鹿は怖くてなりません。
手袋が里を呼んで
いるのかな。

でも逃げるわけには
行きません。
進んで行った一疋は
しばらく首をさげて手袋を
いでいましたが
もう心配もなにもない
という風で
いきなりそれをくわえて
ってきました。

そこで鹿はみな
ぴょんぴょん
び上がりました。
「おう、うまい、うまい
そいづさい取ってしめば
あどはっても
っかなぐない。」
2月10日(日)曇後晴  二階アマルティアから



鹿おどり始る

「きっともて
こいづあ大きな
蝸牛なめくずら
からびだのだな。」
「さあ、いいが
おれうだうはんて
みんなれ。」

 その鹿はみんなの中に
入って歌いだし
皆はぐるぐるぐるぐる
手袋を
廻りはじめました。

雪の手袋は
六匹の鹿に囲まれて
テラスで雪塗れの
土の器達と一緒に
鹿おどりを愉しみました。

2月10日(日)曇後晴  テラスの陶芸作品




雪ログ有頂天

歌はテラスから
奥庭へ流れ久々の雪に
喜ぶログをも
有頂天にさせました。

「野原のまん中の 
めつけもの
 すっこんすっこの山荘パン 
山荘パンは結構だが
 隣にいからだ
ふんながす
 青じろ番兵は気にかがる。
  青じろ番兵
ふんにゃふにゃ
 えるもさないば
泣ぐもさない
 白くて切れてて
 どごがだが頭だが
 ひでりあがりの
なめぐじら。」

走りながら廻りながら
りながら鹿は度々
風のように進んで
手袋を角で突いたり
足で踏んだりしました。

2月10日(日)曇後晴  雪のログ



鹿、山荘に来る

嘉十の手袋は
かあいそうに泥がついて
所々穴さえあきました。
 そこで鹿のめぐりは
段々緩やかになりました。

「おう、山荘パン
ばがりだじょ。」
「おう、焼いたパンだじょ。」
「おう、まんけじょ。」
「おう、はんぐはぐ。」
「おう、すっこんすっこ。」
「おう、けっこ。」

鹿はそれからみんな
ばらばらになって
四方から山荘パンを
囲んで集まりました。

「山荘パンはあそこで
焼いただじょ
誰もいんねえから
行ってみっが」
2月10日(日)曇後晴  前庭の鹿跡



夕顔トトロ

山荘に近づいた鹿は
誰も居ないのを確かめて
ちらっと庭の夕顔トトロに
目をやってから
群れに戻りました。

そして一番始めに
手袋に進んだ鹿から
一口ずつパンを食べました。
めの鹿は
やっと豆粒のくらいを
食べただけです。

 鹿はそれから
またになって
ぐるぐるぐるぐる
めぐりあるきました。

嘉十はもうあんまり
よく鹿を見ましたので
自分までが
鹿のような気がして
今にも飛び出そうとしました。
2月10日(日)曇後晴  前庭の夕顔


 


森の太陽

 が自分の大きな手が
すぐに入りましたので
やっぱりだめだ
と思いながらまた息を
凝らしました。

 太陽はこの時
ちょうど大檜の
中ほどにかかって
少し黄色に輝いて
りました。

鹿のめぐりは又
段々緩やかになって
互いに忙しなく
肯き合いやがて
一列に太陽に向いて
それを拝むようにして
真っ直ぐに
立ったのでした。
2月10日(日)曇後晴  山荘の森


じゃらんの太陽

嘉十はもう本当に
のようにそれに
見とれていたのです。
 一番右はじに立った鹿が
細い声で歌いました。

「大檜の緑
みじんの葉の
  じゃらんじゃららんの
  お日さんがる。」
 ・
その水晶
のような声に
嘉十は目をつぶって
震えあがりました。

ほんの少し置いて来た
山荘パンが
じゃらんじゃららんの
太陽と鹿おどりを
もたらすなんて!
2月11日(月)晴  雪森の夜明け



耳を澄ます鯉

嘉十は池の鯉にも
聴かせてあげたいと
鯉にそっと呼びかけよう
としたら
右から二番目の鹿が
かにとび上がって
それから身体を
波のようにうねらせながら
皆の間をっては
せまわり度々太陽の方に
頭をさげました。

それから自分の所に
戻るやぴたり止まって
歌いました。
 ・
「お日さんを
  背中さしょえば大檜も
くだげで光る
  鉄のかんがみ。」
はあと嘉十も
こっちでその立派な太陽と
大檜を拝みました。
2月10日(日)曇後晴  池雪景色



雪角のリズム

右から三番目の鹿は
角を忙しく上げたり
下げたりして
歌いました。 

 「お日さんは
  大檜のもご
降りでても
  雪、ぎんがぎが
  まぶしまんぶし。」
 ・
本当に雪はみんな
まっ白な火のように
燃えたのです。
 「ぎんがぎがの
  雪のさ立ぢ上がる
  大檜のすねの
  んがい、影法師」

二本の角が雪を載せ
歌に合わせて
揺れています。
2月10日(日)曇後晴  高砂百合の雪花



雪の譜面 

 五番目の鹿が低く
首を垂れて
もう呟くように
歌いだしていました。
 ・
「ぎんがぎがの
  雪の夜明けかだ
  の野はらを
  も行がず。」
 ・
この時鹿は
皆首を垂れていましたが
六番目が俄かに
首を凛と上げて
歌いました。
 ・
「ぎんがぎがの
  雪のでそっこりと
  眠るうめばぢの
  どしおえどし。」

歌声は雪の譜面に
刻まれて
森の奥へと何処までも
続いて行きました。
2月11日(月)晴  鹿跡を追う



山荘パンの残骸

 鹿はそれから皆
短く笛のように鳴いて
跳ね上がり
激しく激しく廻りました。
 ・
北から冷たい風が来て
ひゅうと鳴り
大檜は本当に
けた鉄の鏡のように
雪で輝き
かちんかちんと
葉と葉が擦れあって
音をたてたようにさえ
思われ
鹿に混じって鳥までも
一緒に
ぐるぐる巡っているように
見えました。

雪が森と大地を被い
餌を失った鳥や鹿が
山荘にやって来て
山荘の野菜を食べた
御礼に
懸命に踊って
いるんだね。

2月11日(月)晴  食われた青梗菜



鹿踊り幻想

懸命に踊り歌う鹿に
魅せられ
嘉十はもう全く自分と
鹿との違いを忘れて
「ホウ、やれ、やれい」
びながら
鹿の踊りの輪に
飛び出しました。
 ・
鹿は驚いて一度に
竿のように立ちあがり
それから疾風に
かれた木の葉のように
身体をめにして
げ出しました。

銀の雪の波を分け
輝く太陽の流れを
乱して遥かに遥かに
げて行くのでした。

仕方なく暫く呆然と佇み
やがて所在無く
雪で倒れた
白樺の木を切ながら
嘉十は鹿の後を
目で追いました。
2月11日(月)晴  白樺救助失敗



  冬の風の話

その通った跡の雪は
静かな湖の水脈みお
のように
いつまでもぎらぎら
光って居りました。

そこで嘉十は
ちょっと苦笑いをしながら
泥の付いて
穴のあいた手袋
拾って樵の作業に
戻りました。
 ・
嘉十の右膝の痛みは
どうなったかって?
それがすっかり
あの日以来
治ったらしいよ。

それから、そうそう
の野原の朝陽の中で
わたくしはこの話を
透き通った冬の風から
聞いたのです。
2月11日(月)晴  さらば白樺



鹿になる

冬の風から
素敵な話を聴いたので
久しぶりに
鹿のように雪の上を
走ってみたいと思って
鹿の去った
森の南へ出かけた。

森で出逢う鹿は
風を切って飛び回り
いつも
一瞬の出逢い。

でもスキーをはけば
ほらこっちだって
風のように
雪の中を走れるんだぜ。

鹿と一緒に走ったら
鹿おどりの環に
入れて貰えるかな!
2月10日(日)晴 新雪スキー



カムイゲレンデ

山荘眼下に広がる
盆地の端に
カムイスキー場がある。

人工雪スキー場なので
いつもは
アイスバーンでガリガリ。

だが大雪の後は
この通り新雪でフカフカ。
本場スキー場に変身。

探検部の生徒を連れて
山荘で合宿しながら
通ったお馴染みのゲレンデ。

しかし最近活動に
DVが加わり忙しくて
とんとご無沙汰。

風を切って跳ぶ鹿に
なる為にも
たまには山荘の森を出て
スキーで走ろう。
2月10日(日)晴  地元スキー場
  



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