混沌仙人と幻金襴との邂逅
その1384ー2017年  皐月

衝撃!幻になりつつある花・金蘭を山荘森で発見!
5月16日(火)曇時々晴 山荘の北森

そんなのあり!思わず叫んでしまった!
植物図鑑をテントと一緒に背負って登り、北岳バットレスを見上げる大樺沢にベースキャンプを設営。
バットレスの大岩壁を登っては、図鑑片手に高山植物を訪ねる日々があった。
その習いは奥多摩などの低山でも行われ、この数十年間、仙人は山の植物に慣れ親しんできた。

その仙人が思わず≪そんなのあり!≫と叫んでしまったのだ。
この数十年間観たことも聞いたことも無い≪金蘭≫なる植物が、山荘の森に出現したのだ。
この植物、調べてみたら20年前の1997年に環境省レッドリスト・絶滅危惧種Ⅱ類(VU)に掲載された貴重な花。

既に地球から絶滅してしまったもの、野生では絶滅してしまったものを除くと
絶滅危惧される生命は5つのカテゴリーに分類される。
危惧される度合いの大きさの2番目の危機に、晒されているのがⅡ類(VU)である。
仙人が興奮して叫ぶのもさもありなん。


≪キンランの人工栽培は
きわめて難しい≫


冒頭からwikipediaは、こう述べる。
これが知られていない
最大の理由かも。

最近では野生植物のマニアが増え
栽培が盛んだが、
この金蘭は移植しても5年以内で
枯れてしまう。


何故なのか?
要約して簡単に述べようとしたが、
どっこい、これが想定外の難物。
専門用語の関連性を
調べるだけで貧相な脳は乱麻の如し。

どんな用語か因みに述べると
リゾトニア、デトリタス、ハルティヒネット、
外生菌根菌、内生菌根菌、独立栄養性種、
菌従属栄養性種
 
と、こんな調子なのだ。



木星オブジェに白クレマチスが咲いた


≪当然ながら金蘭も未だ幼い内は、
根の外側に寄生している外生菌根菌
から栄養分を摂取するんだけど、
成株になっても菌根菌から
炭素源や窒素源をもらって成長するんだ。
≪ まーまーそんな堅いこと云わないで
仙人に代わって、ぶっちゃけて話すと、
栄養分の取り方なんだよ≫と
しゃしゃり出て来たのは、
未だ名は無いボン・シルバーの新弟子。

 
ボンシルバーの新弟子白の4日後に紫クレマチスも開花



朝の牡丹

牡丹の花芯
それじゃ金蘭は
菌従属栄養性種かと云うと、
そうでも無くて
成株になると菌根菌を不要とする
独立栄養性種でもある。

従って移植され菌根菌が無くなっても
5年ほどは生きて行ける≫

「抜けてるな!
それより一番重要なことは金襴は
腐生菌では育たず根に
寄生する外根菌でないと
栄養摂取出来ないことでしょ」

と割り込んできたのは
春の女王、牡丹と芍薬。

芍薬の花芯

綻ぶ芍薬




金蘭の森を背に(マロニエ)の花芯が踊る


季節はページをまた1枚めくったのだ。
森には新しい物語が潜んでいる。
その物語に耳を傾けてみよう。


陽射しが強くなってくると、
じーじーしゃわじゃわしゃわと
森全体が歌い出す。
春蝉だ。
季節に先駆け唄い出す蝉で、
松林の中に生息するので松蝉とも呼ばれる。
には新しい物語が

僅か
2週間しかたっていないのに、
森の様子がすっかり変わった。
ついこの間までの複雑で
繊細な無限とも思われる新緑のバリエーションは、

空からペンキの缶をひっくり返しでも
したかのように、すべて同じ
彩度の眩しいほどのエメラルドグリーン一色に
染め上げられている。


 
小倉山の森はの花盛り



鬱金香の受胎雌蕊

白クレマチスの霞む雌蕊
姿も小ぶりで目立たないので、
実際に目にすることは難しいらしい。
それでも彼らの歌声は
初夏の風物詩として馴染んで来た。

実はこの春蝉も年々姿を消し、
今や貴重な存在で
自治体によっては絶滅危惧種に
指定されているとのこと。



 白クレマチスにやって来た露虫の赤ちゃん
春蝉の声に導かれるように、
森の小路へと踏み込むと
すとんと穴に落ち込んだ。

不思議の国のアリスじゃあるまいしと、
辺りを見回すと、まだ夜明け前の
紫の薄明かりに包まれ其処がどこなのか
何時なのかも分からない。

花粉を放つ白クレマチス

李の雄蕊は長く伸びる




ほらついて来て!


心地よい調べが何処からか奏でられ、近づこうとするとふわっと消える。

<ついて来て、ほらついて来て>耳の奥なのか、心臓のあたりなのか定かでないが誰かが呼んでいる。
<ついて来て>のリフレインが幾つも木霊のように広がり高まって、夢中で進んで行った先に、観たことのない光が現れた。
金色のまあるい雪洞のようでもあり、小さな太陽が幾つも重なっているような鮮やかな金色が、森の闇を照らし、
聴いたことのないような美しい調べを奏でている。


貴女なのね、私を此処に呼んだのは。肯くように金の光が渦を巻きくるくる回りだす。
やがて涙の形の軌跡を描きだすので、あのカロスキューマに吸い込まれるみたいだ、と思っているうちに、
小倉山の天辺から本物の太陽が光の矢を一面に放っている畑の真ん中に戻ってきているではないか。


虹の女神・アイリス

女神ヘラの命を受けモルペウスの褥に迫るアイリス
5月21日(日)晴 山荘の庭はアイリス咲き乱れる宮殿


モルペウスは夢や空想に人間のイメージを送り、夢を形作ったり、夢に宿るものたちに形を与えたりすると云う。
芥子の花を褥にして眠るモルペウスは夜明けに仙人を襲い、
アイリスの花芯に引き込み、モルペウスの肉体から抽出したモルヒネで薬漬けにし、
甘美な幻想と引き換えに仙人を虚空化するのだ。

(ピエール=ナルシス・ゲラン 《モルフェウスとイリス》1811年 油彩・カンヴァスのイリスを拝借)



アイリス爛漫

小倉山山頂の躑躅
鼻の孔2つ、耳の穴2つ、
尿道、膣は体の内部に突き当たって
しまうので肉体表面の上の
凹みと考えていい。

となると肉体を刺し貫くのは
口から肛門に至る1本の管だけで
あると位相空間では考えられる。
つまり人間の肉体は、
基本的な構造としては
トーラス(円環面)になる。


現生哺乳類で最も原始的な
鴨の嘴(カモノハシ)や針土竜(ハリモグラ)が、
1つだけ穴の在る
単孔類として分類されている。

しかし複数穴を有する
有胎盤類である人間の
尿道、膣も
考えてみると腎臓や子宮に
突き当たってしまい
基本構造は単孔類と同じ。



山頂四阿の円卓に人影無し

里もアイリスが真っ盛り




金蘭と銀蘭、共に貴重な森の精

夢ではない証拠にあの金色の光の華を片手に握りしめている。

テーブルの上に飾られた金色の花が一本だけじゃ淋しいと呟いているので、もう一度森へ行ってみた。
目立たないけど、ちょうど相棒に相応しい白銀の花を見つけた。

きっとこの花も迎えに来るのを待っていたんだなと、そっと摘んで帰り、金と銀の花たちがテーブルを飾ることになった。


蕾だった花がひっそりと花弁を開いて見せると、そこには思いもよらない華麗な世界が描かれている。
仙人が調べてみて、すごいことが分かった。

金蘭と銀蘭、共に貴重な森の精、これらの花は既に絶滅を危惧されている貴重な植物なのだ。



つまりトーラスなのだ
と云う思いに
不意に駆られた。

そんな思いは
トポロジーを学び始めた大学の頃から
あったのであり、
何も目新しいことは無いのに、
繰り返し繰り返し木魂のように、
空洞となった
トーラスの肉体に響き渡る。


トーラスの出発点は
平面上にある1本の直線と、
その直線と交わらない円である。
円が直線を軸にして3次元空間に
回り始めるとトーラスが出来る。

そのトーラスが自らの
肉体構造であるとの強烈な認識が、
何故こうも繰り返し虚空となった
肉体に響き渡るのか?
その意味がどうしても解けないのだ。
様々な思念が渦巻く中に突然
「天人五衰」の
最終フレーズが飛び出したり。



天に向かって紫の花を掲げ


今までもきっと、山荘の裏山でひっそりとその可憐な花を咲かせていたに違いないのに、
あまりにも小さくて見過ごしていたのだろうか。
その花たちが今年に限って呼びかけて来たのは、きっと護ってほしいって訴えたかったのかな。
尤も、その花に呼びかけられた私自身が、既に山荘にも滅多に来られなくなりそうな絶滅危惧種になりつつあるのだから、
同類としてタッグを組もうと誘われたのかもしれないね。

さてはて、どんな作戦を立てれば、花たちを守れるのだろうかと頭を悩ませている。
小倉山へ散歩に行った。小倉山までの道のりも、菖蒲やツツジや初夏の花々が愉しい。
小倉山の森は山藤の花盛りで、淡い紫と新緑の緑が何ともいえず似合っているのだ。
桐の花が天に向かって紫の花を掲げるさまも好ましい。



寂寞を極める山荘庭はトーラスを
5月21日(日)晴 山荘庭の煌びやかなアイリス花芯

生命の宴を奏でる百花繚乱に彩られながら、寂寞を極める山荘。
≪寂寞を認識外に放り出すにはモルヒネがいいぜ!

ほんのちょっとアイリスの花芯を覗くだけでいいのさ≫と囁くモルヒネ製造業者・モルペウス。
褥から取り出したのは下行性疼痛制御によって、侵害受容器の伝達を遮断する小さなマイクロスコープ。

モルペウスの偽善と頽廃を覚醒しつつ、マイクロスコープを覗いてみる。
繊細で煌びやかな生命の宮殿が視界に迫り、宇宙は確も美しかったのかと我を忘れてしまう。
中空のトーラスとなった肉体が寂寞としか認識出来ない山荘庭も、
視点をマイクロスコープに切り替えれば、繊細で煌びやかな生命の宮殿となるではないか!

自らが中空であるだけでなく、トーラスそのものも虚空を中核に円環面を成す。
中空と虚空の空疎に曝されて、寂寞を極める心象を貫く1本の直線。
虚空の中核は決して観えはしないこの1本の直線によって保たれ、円環面の存在を可能たらしめているのだ。
懼るるに足らず、虚空こそ認識の原点ではないか!
ならば、乾ききった砂が際限もなく貪欲に水を吸い込むように、
この繊細で煌びやかな生命の宮殿に潜む歓びを、そのまま無心に堪能すればいいのだ。




鍵盤上の中庭の躑躅
 
現在同定中(山荘北森)
≪そのほかには
何1つ音とてなく、寂寞を極めている。
この庭には何もない。
記憶も無ければ何もないところへ、
自分は
来てしまったと仙人は思った≫
 

このフレーズ、以前にも
記した覚えがある。
それにしても虚空と夜明けの
太陽のアンサンブルは、
思念だけを何故
こうもやたらと刺激するのだろうか!
 
どうも銀蘭(ギンラン)らしい
 
春竜胆は彼方此方に



雪の西穂岳へ思いを馳せ

白や紫の花が多いのは初夏の特徴といえそうだ。じゃが芋の花も淡い紫で大地を彩る。
小倉山のあずまやの周りはオレンジ色の躑躅で埋め尽くされその華やかさもいい。
先日一人で来た時には躑躅の蕾の向こうに南アルプスの真っ白な連なりが、
五月晴れの空の下、実に秀麗な風景として臨めた。
隊長と陽介さんが西穂へ向かった日、
上条山から小倉山を逍遥して、雪の西穂岳へ思いを馳せながら帰京したのだ。

そんなことを想いながら、新緑と紫の色の組み合わせが、
遠い日の記憶を刺激して、懐かしさや切なさを伴うのは何故なんだろう、
音楽の旋律が記憶を呼び覚ますように、
色や匂いも記憶の扉を開く重要な鍵なんだろうなと考えるが、肝腎の記憶の中身までは辿りつけなかった。





西畑大根草の蜜を吸う黒揚羽蝶
黒揚羽が大根草の蜜を吸いながら
見上げると、
大きな欅の幹に、ひらひらと風に舞う
見たこともない
萌黄色の大きな蝶。

じーっと見つめていると、
羽搏く翅と胴体の間にイリスが
朧な像を結び、
ゆっくり背中の翅を動かし、
大きな蝶に何やら話しかけ始めたでは!

そうか大きな蝶には
イリスが宿っていたのか!
山荘眼下の盆地から風が吹いてくると
大きな蝶の翅が揺れて、
揺れる毎にイリスの朧な像が焦点を結び、
あんな風に話し始めるのかな。
どんなお話しをしているのだろう?

≪破壊されて出来た翅に煽られて
あたしは姿を現したの!
決して再び登ることが出来なくなり、
羽搏く大きな蝶になった登山靴さん、
長い間ご苦労さんでした!≫

破壊された登山靴に記された記憶を吸うイリス




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