夜明け前に起床、畑仕事じゃ!と叫ぶ混沌仙人

その1383ー2017年  皐月


この高さなら登山靴も本望だろう


破壊してしまったからと云って、はいさようならと
ゴミ箱に捨てる訳にはいかない。

オブジェにして、さりげなく山荘の庭に置いてやろうと
思考を凝らしていたが、
夜明けのイオ部屋から前庭を観ていたら
今を盛りと咲き誇る銀の花水木が囁く。
奥津城は欅の大木でどうだ!
5月6日(木)晴 前庭

穂高で破壊してしまった5足目の高所用登山靴の
プラブーツには、ヒマラヤの数多くの記憶が
ギッシリ詰まっている。


それじゃ登山靴を吊り上げてと



≪Ⅰ≫ 念入りにをチェックしておくべきであった
林檎・Yosuke

久しぶりに日本に二週間ほど帰ります、と仙人にメールを出すと、西穂に行こう、との連絡が来た。 
靴は貸してもらえるとのことなので、慌てて天気を調べたりして、手袋やサングラスなどを荷物に押し込む。 
あまり時間に余裕がないので、サンフランシスコから塩山に直行である。 
ちなみに、2000年にアメリカに引っ越して以来、春の日本に帰るのはこれが初めてだ。 

羽田にはほぼ時間通りに着いたものの、荷物がすぐに出てこなかったり、ゴタゴタしているうちに新宿で予定していた21時発の
特急には数分の差で乗れず、予定より一時間遅れで塩山へ。
 塩山ではタクシーが全て出払っているとのことでしばらく待たされ、おまけにタクシーが道に迷ってしまい、
申し訳ないとのことでメーターを止めたまま登ったり降りたりを繰り返してウロウロ… 初っ端から不運続きである。 
やっと山荘に辿り着いた時にはもう真夜中過ぎ。 貸してもらう靴の大きさだけ確認して、さっと寝る。 
思えばこの時にもっと念入りに靴をチェックしておくべきであった。

 




さあ、お前さんの終焉の地だ
 
此処でどうだ!



≪Ⅱ≫ なんとブーツにれ目が

翌朝は早くに起きて準備をし、電車とバスを乗り継いて新穂高温泉へ。
 もしかして「ロープウェーなんて軟弱なものは使わないんだよ」と言われやしないかと思ったものの、
それは杞憂であってロープウェーに乗り、山小屋へ向かう。 
雪の上を歩くのは久しぶりだ。 借り物の靴は小さめだったのでちょっと心配だったものの、なんとかなりそうじゃん、とその時は思った。

山小屋について早速、完璧な晴天の元、明るいうちからビールを飲んで贅沢なひとときであった。
 一段落してから外に出て写真を撮ったりしていると、右足が妙に冷たい。 
雪でも入ったかと思って足元を見ると、なんとブーツに割れ目が見えるではないか。 
ありゃあ、これはちょっともう登るのは無理かな、と思ったものの、「紐で結べばいいよ。そういう時のために紐を持ってきてある」とのお言葉。 

うーん、ガムテープでも持って来れば良かった、と思ったがもう遅い。 
その晩は時差と同室者のイビキの影響で目が覚めるたびに、「割れたブーツを紐で縛って登るにはどうやって結べばいいのかなぁ… 
行動中に緩んだりしたら困るしなぁ…」と、
うつらうつらしながらパズルの問題でも解くようにあれこれと靴の縛り方を考えながら過ごした。

 




ちょっと近すぎるか?
 
光を浴びて嬉しそう!

≪ほらこのあたしの横を御覧なさい。
天を衝くビッグツリーの欅こそ、
ヒマラヤで大活躍をした
登山靴の終焉を飾るに
相応しい場所はないでしょう!≫、

正にそうだと合点し
早速梯子を担ぎ出し、
破壊した登山靴
を取りつける作業に没頭。
あれやこれや取りつける高さ、向き、
間隔を試行錯誤し、
落下防止の為のザイルを結び、
欅の大木にビレーを取り、
いよいよアクロバットな作業開始。

アウターブーツとインナーブーツを
別々にして
4足の登山靴を幹に固定するまでに
2時間程かかった。
後は微調整すれば、何とかオブジェとして
愉しめるのでは!
 
欅の新緑とコラボ
 
光になもなれるぞ!



≪Ⅲ≫ 今度はなんとのブーツにも割れ目が

翌朝は4時に起き、出発の準備をする。 予備の紐を使ってブーツの周囲をしっかりと締め、動かしても緩まないように縛り、なんとか形にする。
 ブーツの本来の靴紐を普通に締めようとするとブーツの裂け目が広がる方向に力が加わるので、靴紐の締め方にも工夫が必要だ。
 5時に出発し、順調に進む。 すぐに靴が壊れて身動き出来なくなったらどうしようかとも思ったが、登りでも意外とうまくいきそうではないか。
 ただし靴が小さめなので踵はすぐに擦りむけたようだ。
独標を越えて少し進んだところで、「靴は大丈夫か」と聞かれ、はい、と答えた直後に、左足のアイゼンが外れた。 

見ると、今度はなんと左のブーツにも割れ目が。 
足指の根元ぐらいの部分が横に裂けたので、靴の前部がペコペコと折れるように変形してしまい、アイゼンが外れてしまう。 
右足を見ると、紐は緩んではいないものの、ブーツの割れ目が明らかに広がっている。 
紐をもう一本もらい、今度はアイゼンにも紐を通し、左足のブーツの割れ目が広がらないように縛り付け、しっかりと縛り、行動を再開する。 
きっと独標周辺で休んでいる人たちは、こんなところで何をやっているのかと不審に思いながら見ていたのではないだろうか。 
こんな靴の状態で事故にでもあったら、大顰蹙だな、と思いつつ、慎重に進み続ける。


 


夜明け前に起床、畑仕事じゃ!
5月4日(木)晴 葡萄畑でほうれん草収穫、残滓処理、施肥、耕運機掛け



≪Ⅳ≫ 更に新しい割れ目ができていく

靴を雪に蹴り込んだりつま先で立ったりはとても出来ない。 
ごく稀に、私のブーツにチラッと目をやって何か言いたそうにする人がいるが、心の中で「見なかったことにしといて」
とつぶやきつつ目を逸らしてして気づかないふりをしてやり過ごす。 
ブーツの割れ目が少しずつ広がり、更に新しい割れ目が出来ていくので、ブーツがバラバラになりはしないかと心配になるが、
無事に山頂に達する。
 
天気は良いし、いい気分だ。 ここまで来れて良かったと思うが、ただし靴の中はぐちょぐちょだ。
 山頂ではまぬけなことに自分のカメラで撮るのを忘れていた。
 降りる時はさらに慎重にならなくてはと、自分に常に言い聞かせつつ一歩一歩足元を気にしつつ降りる。

下山途中で何度か時間を取って撮影をする。 ダブルアックスで垂直の雪壁を登ったり、雪庇を乗り越える仙人を撮影するためには
きわどい位置につかなくてはならないが、何しろ靴が今にもバラけそうなので、ちょっと困る。
 撮影後にピッケルもなしに急な雪面を一歩一歩踏みしめて確認しながらのろのろとトラバースしていると、
気づいた仙人が慌てて寄ってきてピッケルを差し出してくれたり。 
下山中に靴の割れ目はどんどん広がり、大きな破片が剥がれて落ちたりしたが、
靴が完全にバラバラになる前になんとかロープウェーの駅に着いた。 

 



久々の耕運機掛け

この一輪車パンクしてる

4時半起床で
収穫最後の4か所のほうれん草畑に出陣。
花が咲き結実寸前のものは
食べても美味しくないので、
未だ咲いていないほうれん草だけを
収穫して山荘に選ぶ。

その後で
未だ残っているほうれん草を
根から抜き一輪車で
西柵の段ボールマルチまで運び
柵際に植えるゴーヤーの
堆肥にする。
こうして生命は循環するんじゃ!

気にしない気にしない

壊れた登山靴の次は何だ!



≪Ⅴ≫ アイゼン履いたままロープウェーに飛び乗る

しかしロープウェーがもうすぐ出るというのに、
アイゼンもろとも靴を縛った紐は外すときのことなど考えていなかったので、簡単には外れない。 
仕方ないので片側のアイゼンは靴に付けたまま、もう片方は紐でぶら下がる形で
ガチャガチャと引きずりながら満員のロープウェーに飛び乗る。
 
てっきり「お客さん困ります」とでも言われて乗車拒否されるかと思ったが、
「足元にお気を付けください」と丁寧に見送られ、乗せてもらえた。

ロープウェーが下る間は外を見る余裕もなく、
満員のゴンドラの中で屈みこんで自分の靴をきつく縛り付けた紐をほどこうと悪戦苦闘。



雪富士を眺めながら百姓に変身!
5月4日(木)晴 微かに残る桃の花を背に

最初ヤッケを着て一輪車でほうれん草を運んでいた陽介も、Tシャツ1枚になって肉体労働に励む。
残滓を立鍬で取り除き施肥し、耕運機掛け。これも陽介にやらせる。
山荘に来るたびに耕運機を操作させているので、使い勝手は解ってはいるが
山の傾斜畑で言うことをきかぬ耕運機に悪戦苦闘する陽介。耕耘の仕上げは立ち鍬を使って畝作り。


 
≪Ⅵ≫ う靴の心配をすることもないのか 

こんなところで恥ずかしいやら不安定な格好で腰が痛いやら。
 ロープウェーで下まで降りてバスの時間を調べると、まだ少し時間があるので、急いで風呂に入る。 
ほんの数分で慌てて飛び出さざるを得なかったものの、着替えてさっぱりしてバス停に向かう。 

抜群の乗り継ぎタイミングだ。 
一時はどうなるかと思ったものの、もう靴の心配をすることもないのかとバスに乗って心底ホッとする。 
天気はとても良かったし、(靴の壊れる心配とぐしょぐしょに濡れた足以外は)とても気持ちよく登って降りてこられた。 
今までよりは頻繁に日本に帰ることにしようと考えているので、
できれば今度は子供らを連れてまたお邪魔したいと思います。



狙われたじゃが芋

鹿、猪だけでなく土竜も出没

マルチシート張も大変
途中で朝食。
村上が作っておいてくれた汁を使って、
揖保乃糸のソーメンを堪能。
1分40秒と云う絶妙な時間で茹でる。

茹でた直後、
そのまま冷水にいれると
熱い茹汁で水温が上がり、
麺の締まりが悪くなってしまう。


皐月に映える白花水木
そこで麺だけを救い上げ
流し放しの冷水に入れ、
更に笊で救い上げ、別の笊に
一口量の玉を作って載せる。

揖保乃糸も知らぬ寡黙な陽介に問うと
「美味い」と応える。
訊かれて「不味い」とは
云えぬのに何という愚問。
いつまで経っても仙人は愚かなのだ。
 
沢庵漬の天日干
 
邪魔石畑の敵は動物だけだは無い
 
夏日前に干さぬと腐ってしまう


≪Ⅶ≫ 清々しい気分になるのは久しぶり

今となっては適度な疲労感がとても心地良い。 考えてみるとこんな清々しい気分になるのは久しぶりだ。
普段考えていることを書け、との指令を受けましたが、何を書くべきか色々考えてみたけれど、
何か格好の良いことを書ければいいとは思うのだけれど、
残念ながら正直言って最近は何も大したことを考えていません。
 一人でぼけっとする時間があると、どうしても数ヶ月前に亡くしたネコのことばかり、

元々持病があることは分かっていたのに、
私の不注意と怠慢と愚かさのせいで死なせてしまったネコのことばかり考えてしまいます。 
考えても仕方のないことだは分かっているのだけど、人にもそう言われるけれど、どうしようもないです。
 自業自得だし情けないのですが、かなりこたえてます。 今はそれだけです。 期待に添えず済みません。



良く働いたのでご美は扇山散策じゃ!
5月4日(木)晴 今年で53歳と73歳になる中年と老人の冒険ごっこのエピローグ


朝食後、畑仕事を再開し、ご褒美に扇山の散策に出かける。
新緑が太陽を浴び、森全体が命に輝いている。
下山後、段ボールに詰めたほうれん草を抱えて生田の実家に帰る陽介を車で送ってから、
トマト、西瓜などの野菜苗を仕入れ、黒ビニールでマルチを張り苗を移植。

シリコンバレーでのんびり猫と戯れていた陽介君は突然、
雪の穂高に壊れた登山靴と共に放り出され、垂直の雪壁に駆り出され、カメラを持たされ
危険なカメラアングルを指定され撮影を強要、今更ながら思い出したのだ。
≪そうだ俺らの担任は数学を教える振りをしながら山に連れ出し、俺らをいつもこんな風に甚振(いたぶ)っていたんだっけ!
それを知りながら再びノコノコやってくるなんて、なんてこっちゃ!≫

ふふん、嘆いても後の祭りじゃ!


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