雪壁と戯れる混沌仙人

その1382ー2017年  皐月

撮影者:林檎・Yosuke
登攀者:混沌仙人



ザイルを結び雪壁に入る


さて仙人は何処で修行するんだろう?

混沌仙人の山荘を訪れる
妖精たちは
じっと仙人の眼を見詰めて、ときたま
そんな光を投げかける。
西穂高岳山巓直下の雪壁
5月3日(水)晴 西穂高岳(2909m)


 左に雪崩の亀裂が走る

ダブルアックスのピックが小気味良く決まる雪壁
5月3日(水)晴 西穂高沢上部の雪壁

そんな修行なんてかっこいいもんじゃなくて、単なる遊びなのさ。
ほら時々君たちの両手を握って、
グルルン、ぐるるん回してやったりしただろう。
あれとおんなじさ。
両手にピッケル握って、こんな風に雪の壁に叩き込んで登ったりして遊ぶのさ!




雪庇崩壊に怯えつつピッケルを振る


唯それだけじゃ、飽きちゃうだろ!
そこで何か面白いもんは無いかなと、
キョロキョロして、
雪の稜線から垂れ下がっている雪庇なんか
見つけて。

茸のような雪庇を登ってみたりして、
あー、あー落っこちる!
なんて叫びながら遊ぶのさ!
緊張する雪庇登攀

 
崩壊のカタストロフィに慄く


生の歓喜がる一刹那
5月3日(水)晴 西穂高稜線の雪壁

そんな難しいこと云ったって解んない!
生の歓喜ってなんなの?
ほらいつか山荘の2階のログハウスからちんぽこ出して
下界に向かってションベンの飛ばしっこやっただろ。
代々木のマンションに帰ってから、
嬉しくて得意になっておばあちゃんに自慢して話し、怒られたりしただろ。
あれとおんなじさ。




破壊された登山靴


壊れました!

未だ分裂はしてませんが!
これでるんか

陽介が驚いている様子もなく
はにかむ少年の様な
笑顔で話しかけて来る。
「先生のこの靴、壊れました」

観てみると壊れたなんてもんじゃない。
亀裂が走り
見事なまでに破壊されているでは!
右足の靴は爪先近くまで裂け
左足も数本の亀裂が生じ、
分解するのは時間の問題。

陽介がこの非常時に
驚きもせず狼狽えもせず
笑顔なのには
おっ魂消るが、
それに応える仙人も
それに輪をかけた破顔で応じるでは!

「あーアウターブーツが割れたか。
アイゼン履いて
細ロープで結べばいいだろう」


穂高での雪壁登攀に行こうと
高気圧の張り出しを
待っていたらシリコンバレーの
林檎・Yosukeから例によって
全く素っ気無いメールが入る。

≪ご無沙汰しております。
例によって急なことで
あまり時間もないのですが、
五月の最初の二週間、日本に行きます。
 今回も一人です。
HPの仙人日記が
終わってしまったようですが、
現在は日本におられるのでしょうか?
林檎・Yosuke≫


そうか、そんなら陽介と
久しぶりにザイルを組んでみるか。
とヒマラヤで履き古した
プラスチック・ブーツを引っ張り出し
アイゼンやピッケルと共に
貸してやったのだ。

履き古した登山靴は革製も2足あり
どれを貸してやろうか迷ったが
残雪期は濡れるので
プラブーツの方が良いだろうと
思ったが、ちょっと古すぎたか!

靴底とは何とか繋がってます

インナーブーツは使えます

細紐でアイゼンと結べばOK



母雷鳥がやって来て見物
重い革の二重靴は濡れて
凍てつくと更に重くなり
アウターブーツとインナーブーツが
剥がれなくなる難点がある。

濡れない上に軽く保温性も高い
プラブーツ登場は
ヒマラヤでの足指凍傷の恐れを
減少すると期待され
若き仙人も早速購入。

1足目はスカルパ、2足目が
1992年暮れに買ったこのコフラック。


子雷鳥も興味津々!

最初の足慣らしガイド山行で
≪青いけしの会≫を連れて
1月の白毛門から朝日岳へ。

新品のプラブーツを履いて
テント前を歩いていたら近くに居た
晶子がよろめきアイゼンで
ブスリと仙人のプラブーツを踏んづけ
穴を空けてしまったのだ。

もしやその穴から亀裂が
広がったのではと
24年前の穴を調べると確かに

あれっ靴、脱げそう!

穴は亀裂上に在る。
しかしプラブーツは元々老化すると
加水分解を起こし
砕けてしまうと云われているので、
晶子の穴とは関係無く破壊したのだ。

デビューで教え子の晶子に
穴を開けられ
終焉の瞬間を、教え子の陽介に
看取られたこのプラブーツは
24年の生を謳歌し全うしたに違いない。
棄てないで
山荘のオブジェにして飾ってあげよう。


笠ヶ岳(右)から錫杖岳(左)への稜線に墜ちる光
5月2日(火)晴 西穂高山荘からの日没


観たことないんだけど、
この風景、ぼくの中に棲んでるような気がするな!
そうとも妖精だけが感じる絵さ。
妖精の心にはもっともっと面白い絵が、
いっぱい詰まっているんだぜ!



西穂山荘
最初に陽介君を
ヒマラヤに連れて行ったのは
29年前の1988年。
パミールのレーニン峰(7134m)

22歳の若々しい顔が
神奈川新聞の「この人」欄に
掲載され陽介君は
ヒマラヤへのスタートを切った。

  
明日登る
西穂稜線を背景に

仲間の死を乗り超えて
更にその2年後1991年に
ガッシャブルムⅡ峰(8035m)遠征に参加。
カラチ空港で別送の隊荷の
ガスボンベが爆発。

窓から錫杖岳が見える
2年後の1990年には壮麗な墓標
と云われた人喰い山・
ナンガ・パルバット峰(8125m)
南壁側シェル・ルートの隊員として活躍。

1名が辛うじて登頂したものの
アタック隊員の1名が墜死。
「生と死」と題して
陽介君はこう記している。
「求めるものの結果としての
危険をいとわない、
というのは別の問題である。

あとはそのバランスや
量の問題であり、
求めるものを少しでも確実にするために
危険を回避、
あるいは少なくするするための
技術や知識を必要とする
のであるから、
危険それ自体を求めている
のとは違う」
 

窓に映る霞沢岳

小屋に無料水はないので雪を解かして


山荘裏の夕散歩
 
西穂山稜 右:独標 左:西穂山頂
テロの疑いありと
パキスタン政府から出頭命令が下され
イスラマバード本隊の陽介君が
単身カラチへ向かう。 
どうにかテロリストの
疑いは晴らしたが40日間しかない
遠征日数は半減し、
急遽近場の未踏峰に目標変更。
登頂しビアンゴ2峰と命名。

ラッセルは愉快だね


雲海を見降ろす夜明の旅立ち
5月3日(水)6:18晴 雪稜から再び昇る光
ほら例えばこんな絵も観たことあるだろう?
これはね、妖精たちが蝉の抜け殻を捨てて、もう一つの光に出逢う時の絵なんだよ。



神々の座は崇高な光を放ち
人類が知的存在として歩み始めた日、神々の座は崇高な光を放ち、地平線に輝いた。
その日から生命に与えられた知の使命は明らかになった。
知的存在は神々の座を求めて、遥けき地平線に緩やかな第一歩を踏み出したのだ。

個体が知のプログラムの全貌を認識し、実践することは出来ない。
だが知的存在が残した膨大なメッセージ(軌跡)を追うことによって、プログラムは明瞭になり
部分的な実践は可能になる。
(Broad Peak1989年当隊報告書、≪神々の座≫より抜粋)




静寂が肉体を透過する


この光に墜ちると
妖精は体がムズムズして、
もう妖精でいられなくなるんだ!
終焉の邂逅
 
日輪に墜ちて光に回帰せよ!


明神岳からの払暁


聴こえるって!
うーん、妖精にしか聴こえないのが
悔しいけど、
確かに光を浴びて雲海は
妙なる音色を流しているんだろうね。
光が山を喰べてるって!
その通り。
光は山だけでなく、時には
人だって喰うんだぜ!

 
雲海上に聳える南アルプス


迫る奥穂高岳

妖精たちが突然、
ピアノの連弾を始めたことがあったね。

どっかで聴いたことがあるような。
そうそう確かあれは
ベートーヴェンの≪歓びの歌≫だったね。
山荘のテラスで、
山荘畑の採れた野菜や果物を食べながら
大人たちが
ワインやビアを呑んでいると、

 
明神岳を背に登る仙人



3月に登りスキー滑走した乗鞍岳


未だ日本語だってたどたどしいのに、
いったい何処からドイツ語が
出てくるのか?
そうか若しかすると妖精は山なのかな。

雪山はその研ぎ澄まされた三角形で、
風を切り裂いたり、
叩いたりして≪歓びの歌≫を歌うんだぜ!
ドイツ語かって?
驚いたのはその小さい妖精の口から
ドイツ語が飛び出して
朗々と≪歓びの歌≫を歌い出したこと。

 
逆光に翳る前穂高岳



ピラミッド峰から西穂、奥穂への稜線


雪山を眺めながら
妖精たちと話してる混沌仙人を
カメラで追いながら、
陽介君はニコニコ。

きっと
「相変わらず仙人は混沌そのものだな」
と呆れているのでしょう。
そりゃそうさ。
朝はグーテンモルゲン( Guten Morgen)
夕べはグーテンアーベント(Guten Abend)と
昔から妖精と同じドイツ語で
歌っているのさ。

やっぱ山は妖精なんだ!

前穂(右)から奥穂(左)への吊尾根 




弓折岳をバックに

ピラミッド峰を超えて



破壊しながらも西穂高山巓で
終焉を迎えたプラブーツよ
陽介の足の温みを永劫に留め
安らかに眠れ!

独標からの笠ヶ岳

レーニン峰、ナンガ・パルバット峰、
ガッシャブルム峰遠征後
陽介君はアンデス山脈の最高峰
アコンカグア峰に3回参加。

更にネパールの
アイランドピークにも登り、
雪辱戦となったガッシャブルム峰に
再度挑戦。


混沌仙人が隊長として
計画し実行してきた35回に及ぶ
海外登山の内、陽介君は
8遠征に参加し活躍してきたのである。

仙人の新品プラブーツにアイゼンで
穴を開けた晶子も
第5回ナンガ・パルバット峰遠征隊に
参加したヒマラヤ体験者。

 
雪壁登攀後

破壊したプラブーツで山頂に立つ陽介





雪壁登攀あらかると


ちょっと登攀者を拡大


なーに、ザイルを結んで
墜ちても途中で止まるようにしておけば、
大丈夫さ!
そら雪のレースの上に載せてあげよう。
よーし一緒に遊ぼう!
4枚のレースの飾りを着けたあの雪稜で
ピッケルを振るうなんてどうだい?
 
まじっ、ここ西穂!



優美な雪稜にうっとり!


あの優しい雪の膨らみ。
おっぱいみたいだね。
きっといろんなお話しがいっぱい
詰まっているんだろうね。

聴きたいって!
そんなら
雪壁に耳を当ててごらんよ。
誘ってるだろ!
観ただけで武者振りつきたくなる程
美しいよね。
 
3台のカメラで陽介君大活躍!



左横に雪崩の落下痕


そりゃ時には轟音を立てて
雪崩に襲われることもあるけど、
ちゃーんと耳を澄ましていれば、
教えてくれるんだよ。
微かに微かに聴こえてくるだろう!
命のアリアだよ。
 
素晴らしいこの高度感!




圧し掛かる頭上の雪庇


その雪崩の親分に乗っかって
みるなんて愉快だろ!
さあ、乗っかる前に訊いてみようぜ!
「乗ってもいいかい?」


そーらアリアを歌い出したぜ!
「嫌われもんのおいらと
遊んでくれるなんて嬉しいな!
大歓迎するよ」
雪庇は雪崩の親分。
こいつが落ちてきたら一巻の終わりだけど、
こいつ意外と優しくて、落ちる前に
アリアを歌って
教えてくれるんだ、。

 
2度目の挑戦じゃ!



山荘オブジェのカロスキューマはラグランジュ点の指標
(NASAderivative work画像を上下圧縮し編集 右端がL2)


宇宙へのオデッセイ港・らぐらんじゅL5
5月3日(水)
8:40晴 

宇宙との接点であるヒマラヤ高峰の山巓を超えて、宇宙そのものへのオデッセイを志向し、
林檎・Yosukeは宇宙飛行士の途を歩み始めた。

月と地球の重力バランスポイント(平衡解)である5つのラグランジュ点とヒマラヤを酒のつまみにして、
陽介君と近未来のオデッセイについて語り合ったのは3年前。
月と地球を結ぶ直線を1辺とする正三角形の頂点に存在するL4、L5を拠点としてのセーリングと
月登山の実現性について熱く語った。

その後、一緒にヒマラヤで何度かザイルを組みながら、
陽介君とは何故か1度も近未来のオデッセイについては、話し合っていない。
3年前のあの時、陽介君の胸中には既に宇宙飛行士への挑戦が、プログラムされていたのかも知れない。
(チベット未踏無名峰へ1998年当隊報告書、巻頭言より抜粋)


Index
next