1843ー2021年  弥生


through the flowercunt

おまんこそれを持っているために女であり、
そのために男を魅了し、
それが原因でおとしめられ、女の中核にありながら、
女自身からもっとも遠ざけられているもの。

女が女自身を回復するために、ジュディはおまんこを見ること、
そして”おまんこをとおしてthrough the flower”見ること、
をわたしたちに示した。
何を?ー世界を。私自身を。おまんこは世界を見るための回路。

そこに立ちはだかって女に見るなと禁止する壁を破って、
そのワレメから抜け出さなければ、女には、
世界も自分自身も見えてこないのだった。
(上野千鶴子 「女遊び」より抜粋)
偉大なおまんこたち
森のcunt撮影編集:3月22日(月)

ジュディ・シカゴの”花”は、おまんこを神秘化しても美化してもいなかった。
むしろおまんこを自分の目で見、それを表現することに対する
彼女の執拗なこだわりを示していた。

彼女自身の苦闘のあとをとおして、ジョディはわたしたちに、
さあ、目をそむけずにごらん、
これがおまんこよ、これがわたしたちのおまんこよ、
と高らかに宣しているように見えた。

それは、自分の目で見なければおまんこがいったいどういうものか、
ついにその持ち主であるわたしたち自身にもわからないこと、
それがわからなければ
わたしたちに自分自身のおまんこを所有することもできないこと
実のところ、おまんこの所有者は男たちだったのだと教えていた。

 
世界を見るための回路



脱衣室大洪水で大変!
3月19日(金)晴 脱衣室

洗濯機の≪自在回せる蛇口・ホームパイプ≫から、ぽたり、ポタリと水が漏れているのを見つけてから、
恐らく2,3年は経っているのだ。
水洗いモードでで水を流し続けている時だけの漏水であり、それ以外のモードでは問題無い。
漏れ速度は10秒に1滴ほどで気にはなるが、放っておいても実害はないかな、なんぞといつもの観て観ぬ振り。

しかし10秒に1滴が、7秒に1滴となり更に5秒に1滴まで漏れ速度が早まった。
その上良く観たらその滴は、洗濯時間のダイアルに浸水し、ダイアルの縁は黒黴で黒ずんでいるでは!
そこで数か月前に、蛇口と回転するパイプとのジョイントをスパナで締めようと、3種類のモンキースパナを持ち出して回してみたが、
回るのは元栓のパイプのみで、回転パイプと蛇口のジョイントは全く緩まない。

あんまりビクともしないので、若しやこれ、蛇口と回転パイプは一体化してるのではと、緩めるのを断念しかかった。
いやそんな筈はないと気を取り直し、試してみては断念と云うパターンを数か月繰り返して来たのだ。
昨日、終日雨で洗濯できなかったので、今朝は張り切って洗濯を始めたが、またまたポタリ、ぽたり。
くそー!今日こそ決着を着けてやろうじゃないか!
3種のモンキースパナを駆使して、遂にジョイントを緩めることに成功し、
新品のパッキンと交換して、洗濯機の置いてある脱衣室に戻ってみると大変!洪水じゃ!




挑発にはのる
「女遊び」出版

今から37年前、
上野千鶴子35歳の1983年、
朝日ジャーナルに載せた
記事辺りからピックアップし、
読売新聞の連載コラム、文芸、
新潮、正論、各種新聞、雑誌などの
掲載記事からも選び、
40歳の1988年に
≪おまんこがいっぱい≫を
書き下ろして加え、
「女遊び」と題して出版。


売られたケンカは買う

35歳から40歳と云えば、
生殖期の後半に
差し掛かってはいるが
正に性的成熟期であり、
その言説も向かう処、敵なし。

処世3原則 ①挑発にはのる。
②売られたケンカは買う。
③ノリかかった舟からはオリない。

を高々と掲げ鋭い舌鋒で
バッタ、バッタと
並み居る敵を薙ぎ倒し、
万人をびびらせ、
その幾層倍の人々を魅了し、
奮い立たせたと
編者は記録している。


上野千鶴子35歳


ノリかかった舟からはオリない


そんな補足説明など
読まなくても、
本書の1ページ目
≪おまんこがいっぱい≫を
開けば一目瞭然。

先ずは「おまんこという呪文」、
続いて4ページ目後半部
「おまんこの持ち主」を読めば、
宣宣し。
全てすんなり納得。

納得どころか余りにも
明々白々の事実を
突き付けられ、納得が共感となり、
更には魅了されてしまう。
「おまんこの持ち主」の
後半部で
上野千鶴子はこう語る。

現在、上野千鶴子72歳



続く大洪水に音を上げる仙人

蛇口を外すので水道の元栓を閉めておいたのだが、締めが甘かったとみえ、修理工具の置いてある、
窯室で取り外した蛇口のジョイントを弄っている間に、
チョロチョロと漏れ、床一面水浸し。
くっそー!と再び叫び、ビチョビチョカーペットを取り除き、バタオル3枚で拭き取り開始。
洗濯機を移動したら、床に設置してある洗面台の下に浸水した水が、27年間取り出せなかった埃を
浮かび上がらせているでは!

まー手間暇掛かったが、長年掃除出来なかった洗面台下が、これで綺麗になったのはラッキー!
と前向きに捉え、パッキンを交換した蛇口を取り付け、自信をもって元栓を開いてみたら、
がーん!再びポタリ、ポタリ。即3たびくそー!と叫び、
バイクを飛ばしホームセンターへ。新たにパッキンと万能ホームパイプを購入し、やっとこさ一件落着。
長い、長ーい闘いであった。 

続く大洪水に音を上げる仙人。
唖然!慎重に慎重を期して、念には念を入れて閉まっているに決まっている脱衣室洗面所の蛇口を締め、
更にキッチンの流しの蛇口も締め、さあ之で元栓を開ければ、漏水はぴたりと止まり、
修理完了だ!と元栓を開き余裕で脱衣室に戻って、おったまげたのだ。
 




前庭は水仙満開

書斎のサボテンが咲いた!

山荘は水仙に包まれ!

おまんこの持ち

ほんというと今だって、
近代初期のブルジョア性道徳と、
基本的なところは変わっていない。
女は自分の性感を
自分で知っちゃいけないのだ。
女におまんこの存在を教え、
おまんこの感覚を{開発}してやるのは、
男の役目である。

女は自分の値打ちも知らない
鉱脈みたいなもので、
男がそれを掘り進む。
だから、女に最初の性感を
与えた男
はじめての男は、
女の性感に自分を刻印することになるから、
女にとって忘れられない男になる・・・
とまあ、書き写しているだけで、
よくまあこんなに
ろくでもない嘘八百をまことしやかに
言いふらしてくれたものだと思うよ。


乳房と鍵盤上水仙


こんな思いこみは今では
笑うべきものになったけど、
ほんの2,30年前まで
たくさんの男や女がそれを信じていた。
今でもそう信じこんでいる男や女は
いっぱいいるからね。
その上、女は
自分のおまんこを見てもいけなかった。

もともと女のおまんこは、
自分に見える位置にはない。
男のチンチンのように、見下ろせばそこにある、
という存在感のあるしろものとはちがう。
見てもならず、さわってもならず、
感覚を開発することもできず、それどころか
存在を否定された女自身のからだの一部。
それがおまんこだった。

それを見たり、さわったり、いじくりまわしたり、
なめたり、調教したり・・・という特権は、
男だけが持っていたのである。

(上野千鶴子 「女遊び」より抜粋)


奥庭では紅白の椿咲き乱れる

西畑や葡萄畑には杏が匂う

温室の横でひっそり咲く椿



途方に暮れ唯呆然!

洗濯機の上を向いた 一番重要な肝心な蛇口から水が吹き出し、
洗濯後の乾いた衣服の入れてある籠や衣料棚に、降り注いでいるでは!
慌てふためき急いで蛇口を締めたが、これまでの修理過程で漏水した床の水を拭き取る為に、
十数枚のバスタオルを使用したので、最早乾いたタオルは何処にも無い。

一体、この3度溢れ出た水をどうやって排水したらいいのか!途方に暮れ唯呆然と水浸しの床を見詰めるのみ。
何が≪慎重に慎重を期して、念には念を入れて≫だ!
大惚けもいいとこ、風呂に入ってその気持ち良さに脱糞してしまう惚け老人に限りなく近いと実感。
うーん、こりゃ老劣化を受け入れるのは、スゲー大変なこっちゃな!

と呟きつつ、大洪水の後には広大な扇状地が出来て耕作地が出来たり、上流から運ばれた土砂が
痩せた土地を肥沃な土地に変えてくれたりと、いい事もあるじゃん!
なんぞと自ら慰めつつ、実は脱衣室の度重なる大洪水が、何も齎さないことを誰よりも仙人は良く知っているのだ。

これってさ、若しや氾濫したのは上野千鶴子で、≪途方に暮れ唯呆然≫といしているのは
仙人を始めとした凡慮諸氏であって、と考えると
≪痩せた土地を肥沃な土地に変えてくれたり≫したのは上野千鶴子となって、
なんだか妙にしっくり嵌るんだけど!


 



上野千鶴子46歳

1993年、東大の助教授に迎えられる。
「学生が素直すぎてショックを受けた。
京大生はもっと屈折してたから」=94年、東大の本郷キャンパス

カントと聞いて顔をしかめたり、言った相手を軽蔑したり、ましておや欲情に駆られたりする奴を眼にしたことは無い。
あの訳の分からん「純粋理性批判」を著したデカルト・カントと聞いて欲情に駆られたら、
もはやそいつの脳は狂っているとしか思えない。
≪「認識する」とされる理性そのものは、理性からは認識できる範囲外にある≫の何処に欲情が絡んでいるのか!
 
敢て詭弁を弄して、こう解釈してみよう。
≪おまんこを認識する理性は、実は理性の外にある≫ そうか、おまんこは
経験の対象である「物(Ding)」であり、理性を触発し感性と悟性に働きかける物自体(Ding an sich)ではないのか!


命煌めく山荘庭・森

花簪が続く森
なんぞと難解な
「純粋理性批判」解説を
捏ね繰り回しても、
欲情のかけらさえ観えない。
しかしカント(Cunt)の和訳である
≪おまんこ≫と云えば、

日本人の多くは
「純粋理性批判」なんぞ、
決して想起せず、
複雑な思いを懐くのだ。


近づくと銀の簪

つまり
≪おまんこ≫という言葉ではなく、
≪おまんこ≫が引き摺って来た
物自体(Ding an sich)が、
複雑な心理を生み出すのだ。


薔薇の芽吹き 

秘密裡に交わされる場面、
目的、効果と交わされる対象、
年令について考察すると

≪おまんこ≫の背後に潜む実体が
浮かび上がるのではと、
先ず上野千鶴子の「女遊び」を
紐解いてみたのである。


薄紅の紅辛夷

上野は「周囲が眉をひそめ
つづける間は、おまんこと
言いつづけるだろう・・・・。」
と「おまんこという呪文」で
のべているが、
問題はこの眉をひそめるのは
何故なのかである。


一足先に咲く紅辛夷



点在する桃源郷を見下ろす雪富士
3月29日(月)晴 居間から望む白銀とピンク


七大卑語[編集} 【shit - 糞 piss - 小便 tits - 女の乳房、 おっぱい fuck - 性交 cunt - 女性器、 まんこ
 cocksucker - フェラチオ、ホモセクシュアル motherfucker - 間抜け、見下げ果てた野郎。
字義的には「母子相姦する奴」という意味の内
4つが性に関する言葉である。
 



奥庭の森に咲く春蘭 

糞や小便は汚いし臭いし、
伝染病の病原体を含み
危険な感染源でもあり、誰もが嫌うので、
言葉にするのは
控えましょうと納得できる。

が、穢かったり誰でもが嫌うのが
卑語ならば、性は
明らかに卑語ではない。

 

 駐車場にも春蘭

最も原始的な特徴を持つ
哺乳類である単孔類の鴨嘴は、
肛門と生殖孔が
分離していないので、

嘗て人類の祖先も
鴨嘴と同じ様に
糞や尿と胎児を同じ穴から
排出していた可能性もある。


高芝山を背景に桜満開

となると糞や尿であっても、
そう嫌われ
避けられる理由にならないか、

はたまた逆に性を司る器官は
肛門や尿道に隣接する為に、
嫌われ避けられる
理由になるのか。

 
前庭の可憐な片栗
 
排泄器官に隣り合っていても
性器そのものは穢くはないし、
生命と直結する
深い歓びさえ齎す。

それなのに何故人は
眉を潜めるのか?

 
優雅に反る花弁



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