184の2ー2021年 弥生
仙人山の頂に鎮魂の椅子を造ろう 3月11日(木)晴 仙人山のてっぺん 2時46分、森の静寂を破り、サイレンが鳴り響いた。 仙人は「黙祷」と叫び、ストックを握り締め、眼を閉じ不動の姿勢のまま、森の樹となった。 サイレンは2万2千の弾性波動となって、森の闇を切り裂き木漏れ日と化し 自在に空気を振動させ延ばし縮め、囁きの如き言葉を紡ぎ出し、無数に放射し 樹となった仙人の心象を刺し貫く。 2万2千の弾性波動に報いるモニュメントとして、仙人山の頂に鎮魂の椅子を造ろうと、 仙人の背負うザックには、 チェーンソー、チェーンソー修理工具、ザイルが詰められている。 1分後、サイレンは鳴りやみ仙人は誰に云うでもなく「黙祷終わり!」と叫び、 ゆっくりゆっくり、檀香梅の匂う森を登り詰めて行く。 頂の椅子が出来たなら、2万2千の弾性波動は、木漏れ日となって赤松の切り株に宿り、 なにかを仙人に語りかけてくれるだろうか! |
(林野庁森林整備部研究指導課森林保護対策室より) |
何故こんな立派な山頂のシンボルのような大きな赤松を伐採して、椅子にしてしまうか解るかい! 答えの1つは山荘の森に転がっている赤松が示しているんだ。 数百本の赤松が伐採され、伐採後の山荘森の赤松は厚いビニールシートで覆われ、薬剤で燻蒸され ≪松の斑髪切虫≫の幼虫は駆除された。 数本ではなく数百本もの赤松が、一気に伐採されたのだ。 |
均等に周囲を切り込み切口の僅かな傾きを観る |
松を枯らす線虫が増殖し 僅かでも衰弱した兆候が 松に表れると≪松の斑髪切虫≫は、 松の樹体に産卵し更に線虫を増殖させ、 松を枯らし被害を拡大させる。 従って僅かでも 衰弱兆候が観えた松は、 出来るだけ早い時期に伐採せねばならない。 で、仙人山の赤松は 既に枝の殆どは枯れ落ち、 梢に少し残っているだけの状況で、 ≪松の斑髪切虫≫の 棲家になってしまっている。 |
2つ目の伐採理由はもっと深刻で、 成長速度の早い松は 増殖率も高く他の樹木を凌ぎ、 あっという間に松森を形成するが、 こいつが枯死し隣り合う松に凭れ掛り、 冬将軍の強風に煽られると発火し、 山火事を引き起こすこと。 山荘近辺でも冬になると 自然発火と観られる原因不明の 山火事が例年発生している。 松は油脂を多く含んでいるので、 燃えだしたら消火には 手間取るので恐ろしい。 |
さて、倒木方向はどっちだ! |
僅かに開いたか! |
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標識に倒れぬようザイル操作 |
3つ目は松の左に観える 山頂標識にあるんだ。 この松の枝の多くは 標識側に張り出していて、 重心が標識側に傾いていること。 山荘側の盆地から吹き上げる強風が、 枝の発育の障害となり 反対の標識側に枝が集まり、 重心が偏っている。 従って自然倒木となった場合、 この松は標識の真上に襲い掛かり、 標識を破砕する懼れあり。 仙人が山荘の窯で 焼いて作った陶板標識も、 山頂標識と共に砕け散ってしまう。 |
2本のザイルで上部固定 |
でもだからと言って、 こんな立派な頂の松を ただ伐採するのは、何とも忍びない。 考え続けた結果、 伐採後の切り株を椅子にして、 木漏れ日となって天空からやって来る、 遠い旅人に安らいでもらえたら 赤松も歓ぶのでは! |
ヤバイ!標識方向に倒れそう、伐採中止! |
なんぞと いつもの仙人の誇大妄想に 限りなく近い、願いと決断理由。 はてさて、遠い旅人たちの 弾性波動を聴きとるだけの 聴(超)能力を、 本当に仙人は持っているのかね! |
山荘の紅梅、白梅も満開じゃ! 3月11日(木)晴 山荘瀧上のボン・シルバーと梅 ヒレステーキが手に入ったのでちょっと嬉しくなり、未だちょっと早いけど散歩に出ようかなと奥庭から、 空を見上げるとボン・シルバーの曝れ頭の白に満開になった紅梅が鮮やか。 直ぐその横には白梅が仄かな匂いを放ち咲き誇っている。 となると小倉山山麓の紅白の梅林もさぞかし匂いたち、麗しの森になっているに違いない。 よし、散歩は梅の森にしようと歩き出す。 |
枯れた中野椿 |
中野椿が死んだ! 昨年の中野椿 昨年は見事に咲き誇り、 きっと今年はもっと大きくなって、 奥庭に注ぐ池の疎水を 彩るだろうと愉しみにしていた。 大きくなった中野金魚が、 中野椿に集い、喪に服した。 金魚は疎水の瀧を昇り、 椿の枯れた葉になって、 天空に向かう。 |
喪に服す中野金魚 |
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鹿踊りのはじまり |
風もなく暖かな1030mmの 移動性高気圧に覆われた里路は、 正に早春の気配に満ち満ちて、 ただ歩んでいるだけで とても豊かな気分。 この梅森はいつもは 小倉山に登る為に通るだけで、 奥まで分け入ったことは無い。 森の奥はどうなっているのだろうと 谷に向かって 広がる梅林に降りてみる。 雌蕊の汁を発酵させたような 甘酸っぱい妖しい匂いに 満ちた森に誘われ、 更に奥に分け入り大岩洞窟の 下の谷まで降りて吃驚! 見事な野性クレソンの群落が、 谷の真清水を浴びて 艶々と光り輝いているのだ。 実に美味しそうで観た途端、 これはヒレ肉が密かに企んだ 邂逅を装った 深慮遠謀ではと直感! |
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野性クレソン群落発見! |
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食いちぎられた軍手とクレソン |
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再び仙人山の頂へ 3月13日(土)晴 山荘テラスからの雲海 とっても、とっても嬉しい。 頭の中では伐採した赤松巨木を高さ45cm程に切断して、中央の切り株の周りに5本並べて、 森の椅子にしようなんぞと考えていたが、伐採だけでも出来るかどうか解らんのに、 伐採した倒木から更に5脚の椅子を造ろうだなんて、何考えてるんだ! とこのプランを思いついた時から実現率1%未満と、仙人の浅はかさを嗤っていたのだ。 |
先ず標識を掘り起し |
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倒木位置から移動し |
が結果として見事に 頭の中のプランは 実現したのである。 最大の問題は 伐採後の巨木をどうしたら、 切断して丸太に出来るかである。 隣の樹木に倒れ掛かった巨木は、 太い幹を地面に置き、 1トン以上はあるらしき重量を横たえ 斜めに傾いでいる。 |
伐採後に標識を埋め直す |
これに上からチェーンソーの刃を 入れると、 地面に接している幹と 樹木に凭れ掛かっている 梢の双方が、当然ながら下に落ち、 切断面を圧迫する。 つまりチェーンソーの刃を 1トン程の力で圧するので、 チェーンソーは動かなくなるどころか、 抜けなくなってしまう。 これを回避するには 倒木の下にジャッキーを入れて、 巨木を切断部の下で 支えねばならない。 |
稜線を塞ぐ倒木も伐採じゃ! |
いつもはジャッキーの代わり 丸太を入れたりしているが、 こんな巨木には 丸太の支え何ぞ役に立たない。 大体この頂には そんな丸太なんぞ転がっては無い。 そこで寝乍ら考えたのは、 切り込みの微妙な間隙変化を 観察しながら、丸太の中央近くまで 切り込みを入れ、倒木のぐるりを 切り込み、上部の切り込み間隙が 狭まった時点で横からの切り込みを 徐々に深くしていく。 |
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スコップがぶつかって、どっこいしょ! |
可能ならば倒木下部から チェーンソーを上下逆にして 切り込みたいが、チェーンソーの刃を 上向きにして使用することは 最も危険な動作であり、 実際試みても出来ないのだ。 従って横から切り込みを 深く入れていくしか方法はない。 しかしこんな迂遠な切り込みで 切断出来るのは頭の中だけ。 |
でも唯手を拱いて 観ているわけにもいかず、 恐る恐るやってみたら見事失敗! 仰けからチェーンソーの刃を 切り込みに取られてしまい、 予備のチェーンソーで、 挟まれたチェーンソー部分の 巨木を切断する破目に! それにもめげず2本目、 3本目と挑戦し 技術的な問題点を克服し、 遂に1卓5脚の 山巓・鎮魂椅子の完成! |
此処も伐採せねば通れない! |
仙人はザックにチェンソーとロープを入れ、私もザックに予備のチェンソーを入れ山荘を出る。 その上ユピテル峰の手前でエネルギーが切れてしまったようだ。 |
難しい切断! |
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最後の切り込みで失敗!予備チェーンソーで切断! 下敷きとなったチェーンソーの刃が、両方の丸太の 重なり部分に挟まれているのが観える。 地面に落ちた右の幹を切断しても刃は抜けない。 そこで丸太の移動を試みたが、 驚いたことにピクリとも動かない。 切断した丸太を伐採した樹のぐるりに置いて、 椅子にするには、更にもっと切断して 丸太を切り出さねばならぬが、こりゃ至難の技。 が、やるっか無いぜ! |
森の樹に靠れ掛かった上方の幹が、切断面にスライドし、 落ちた瞬間に、地面に接した幹と重なり、 チェーンソーを挟んでしまうなんて全くの想定外。 重なり合った部分を切断し、丸太の下敷きとなった チェーンソーを救い出さねばと、切り込みを入れる。 チェーンソーの刃が下敷きとなっているもう1台の チェーンソーの刃に当たり、途中から切り込みが出来なくなる。 この僅か数㎝の重なり部分を、どうにか慎重に 10分掛けて断ち切る。 |
1脚で60kg以上あり動かない! |
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1卓5脚が完成! |
バウムクーヘンの最初の客は黄立翅 |
美味しそうなバウムクーヘン! |
森を透かして牧丘の里が観えるぜ! |
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あら、このバウムクーヘンいい香り! |
≪ようこそ、黄立翅さん!≫ 丸太椅子の最初の客が、 寒い寒い冬を 耐え忍んで生き抜いてきた 越冬蝶のキタテハだなんて 実に嬉しいね! 翅の末端がボロボロになって、 悪戦苦闘を物語っているね。 よくぞ生きていたね。 |
樹液も美味しいわ! |
踊る仙人、遂にやったぜ! スコップを背中のザックに括り付け、 今度は両手に活躍したチェーンソーを振りかざし、 凱旋の儀式かい! 問題は仙人の望みが叶えられるかだな! ≪2万2千の弾性波動は、木漏れ日となって 赤松の切り株に宿り、 なにかを仙人に語りかけてくれるだろうか!≫ 森の静寂に耳を欹て≪想い≫を聴くには、 暫くこの仙人山のてっぺんに 通い続けねばなるまい。 |
おいおい!、丸太の上で片足で立つだけでも 危ないのに、右手でスコップを高く掲げ、 左手で重いチェーンソーを持ち上げ、 その上、左脚をそんなに高く上げて踊るなんて、 いったい、仙人はどうしちまったんだい! |
2台のチェーンソー大活躍! |
さてこの赤松は幾つになるんだろう! 3月13日(土)晴 56歳で椅子になったんだ! そうか、こいつ仙人が20歳の時に、この名もない標高1002mの頂で産声を挙げたんだな! 12歳位までは毎年1cm近く、ズンズン大きく育って、山荘が出来た前後に再び成長速度が早まっている。 暖かい冬と雨量が多かっただけのことなのだろうが、 ふと仙人の希望が、そのやや広い年輪に重なって観えるような気もする。 そう、仙人は名もない小さな山の頂で、命を絶って椅子になり、 数年に1度程しか訪れないだろう山の旅人が来たら、坐ってもらえないかなと思っているらしい。 地図に登山道も記されていない、この小さな山に来る人は、きっと静かな山が大好きで、 若しかしたらこの椅子に坐って、静けさの中に仙人の朧げな心象風景を見つけるかも知れない。 それまで松喰い虫にやられぬ様、防虫剤を塗って上げようかな! なんぞと仙人は思っているに違いない。 |