1711ー2020年  如月

白銀に光臨する如来
1月27日から降り出した3度目の雪

≪広大無辺にして諸事が円満具足し、苦患 (くげん) のない、この上なく安楽な世界≫
その世界が如来との遭遇であると信じることによって、送る者も彼岸へ旅する者も救われ安寧を得る。
苦の無い世界に安楽などあり得ないと解っていても、極楽浄土を想う。
在るとすれば其処が虚空であると何処かで認識しつつも、極楽往生を願う。
そうして人は仏になる。仏にも成れない仙人は狼狽え、苦しみ悶え、業火に炙られ続けるのだろうか!


カロス・キューマが懐胎する如来


従って100回で
25分かかる筈の深呼吸も
20分程しかかからないが、
これを5セットつまり500回行い、
夜明けを迎える。
深く息を吸い込み、肺がくっつく程吐き出し
1回の深呼吸を
終えるまでに15秒かかる。
深く吸い込み吸い込んだ息を
完全に出し切るのはとても難しく、
暫し途切れる為
10秒程で終わる深呼吸もある。

懐胎予感のカロス・キューマ 

翡翠の光は刹那にして転移する
こうして眠りの浅い夜を漕ぎ渡り、
浅瀬に乗り上げた船が目覚め
上陸活動を開始出来るよう
赤血球に働きかける。



な空から重い雪が果てしなく
1月27日から降り出した3度目の雪


しかしやがてこの試みも老劣化に呑込まれ、
赤血球は目覚めぬまま浅瀬で唯狼狽え、上陸も儘ならず、
眠りに戻ることも出来ず夜と朝の渚で、永劫の流離い人となる日が来る。
夜明けトレーニングを開始して561日目の深呼吸で、その日がやって来た。
おめでとう!これでやっと還れるね。



幕襞を開くと雪森が!


今夜は満月だったんだ。
今ベランダに出てみたら、すごい月明かりでした。
空気が凛と澄んでいて、煌々と満月の青い光が降り注ぐ。
こんな夜なら母が旅立つのを止めることはできないかな。
それとも夜明けの太陽に逢うために、もうしばらく留まってくれるかな。

今週中には母との別れの時が来るでしょう。
(2020年2月10日 2時23分)
舞い散る雪の便り

今朝の新聞に山折哲雄が書いてた文章。
『往生者たちの多くが、寿命を悟ったあとは
木食から断食・断水の行に入っていた。
いまわのきわには、しばしば阿弥陀如来のイメージがあらわれた・・・』

母は今まさに断食断水の行を行っているのだ。
仏教徒ではないけど、母もきっと
阿弥陀如来に出逢うことができるのかなと思うと
不思議な安らぎを感じる。
母の心の声をしっかりと受け止め
聴き逃さないのが私の役目なのだろう。

 
ボンシルバーも雪化粧



うーん、高芝山も中々りっぱな山にえるね
翌1月28日には、すっかり雪山となった高芝山


どんなに納得してるつもりでも、いざとなると胸をかきむしるほど辛いこともあるんだと実感しました。
母の点滴の量を200mlまで減らすことにしました。
月曜日にドクターが来てくれた時に、母にも確認の上で決めました。
「もう体の準備は出来ているから、必ずお迎えに来てもらえますよ」と山崎ドクターにやさしく諭すように言われると、母の表情が安堵に満ち
さらには
凛と意志的にさえ感じられました。目の前の母の顔が涙で見えなくなってしまい、
本当に母が逝ってしまうのかと、その決断を私自身が下すのかと苦しくなりました。

医師がゆっくりと噛んで含むように、母の意思を思い出すことを促してくれ、点滴のみだって医療行為には違いないし、
母にとっての自然な状態こそ何もしないことなのだと、それが母の尊厳を守ることだと・・・
ほっとしたつもりだったのに、今日初めて200mlの袋を渡され。その小いささに改めて胸が痛みます。
大切な人の死を看取るということは実際どんなにいい形がとれたとしても、何の悔いも残さないということはないのだろうなと思います。
でもその悔いも含めて、母と過ごせたこの日々は私自身の残りの生を、何らかの意味を持って彩ってくれるような気もします。
(2020年2月2日 0時51分)



森から床板が!
鯔背な腰パン

空色のパンツを覗かせて
鯔背な腰パンルックの若い職人が、
森を歩いて来る。
キャップの後ろからポニーテールの
髪を覗かせ、長い床板を
森テラスに運び込み作業開始。


森テラス床板交換

仙人の思い付きの
突貫工事で仕上げた橋が、
直截森とテラスを繋いでいるので
工事には好都合。

森テラスの破損床板を外し、
無駄の無い動きで
てきぱきと新たな床板に替える。


どうも床板の一部が割れたとか!

≪うーん、この床板が割れるなんて
聴いたことありませんね!≫

どうやら出窓上に飾って置いた
金属製の鶴首花器が強風で落下して、
尖った先端部分が突き刺さり
割れたのでは!
金属花器は総て固定せねば!


割れるなんてあり得ない!

予備に床板を提供される

作業は出窓から良く観える



鍵盤上の陶器がオーロラを放ち如来を孕む
如来が漆黒の闇から光臨

≪如来の額が紅い光を放っている!≫
そんな筈は無い。あの翡翠イミテーションは孔雀の羽にあしらった添え物で、印度かチベット、タイあたりで手に入れ
羽を毟り取って石だけを如来の額に着けたもので、元々屈折率は低く煌めかないのだ。
屈折率2.42のダイアモンドは石の内部で全反射し、何度も全反射を繰り返し燦然と輝くが、翡翠の屈折率は1.66と低く全反射は弱い。
実際この石が輝くのを観たことは無い。つまりこの石は光を発しないと考えた方がいいかも。
幾ら山荘に降り注ぐ夜明けの光が激しくても、その光を受けて如来の翡翠が煌めきを発するなんて有り得ない。


陶器にオーロラが生まれる

単なる光の反射だけでなく、
オーロラの如く7色に輝いているでは!
つまり光の分光が行われているのだ。
となると何処かに
オーロラを生み出している奴が潜んでいる。

オーロラと太陽を結ぶ直線を引きその線上を追う。
居た!鍵盤上に置かれた水晶の地球儀。
そいつが夜明けの光をオーロラに変えたのだ。
そう思って如来の額を凝視すると確かに光を発している。
朝食を中断して如来が鎮座まします壁画下に向かうと
鍵盤上の陶芸作品までもが輝き出したでは!
幾ら何でもこりゃおかしい、変だ!

 
オーロラが走る



オーロラから放たれる如来
 
極光を発する水晶地球儀


繰り広げられる夜明けのドラマ
それじゃ如来の翡翠の煌きは何処からと、
オーロラの流れを辿ると、どうも光に色が無い。
この緑を含んだ白銀の光は
水晶経由ではなく、
夜明けの光を直に受け、
翡翠表面で反射しているだけの様である。

カットされた翡翠面によって
縞模様になったり、
格子模様になったり、光の中に像を結んだり、
どうも森羅万象を
描き出しているかの様な!




初窯作品の嘆き!


2020初窯作品(太古の碧 光・闇・緑)


その小さな囁きを聴いて仙人は心から恥じた。
作陶を手掛けたのは誰あろう、この仙人である。
その仙人の未熟さを詰るでなく
この大きな器は自らの醜さに命乞いをしたのだ。

前庭の蔓が≪あたしを柄にして使ってあげて!≫
と助け船を出す。
作陶技術が未熟なだけでなく、
醜いものの心情すら理解できぬ仙人には呆れたね!

仙人は心からじた

気に喰わない!
何度もぶち壊そうとハンマーを振り上げたが、
その都度、7.6kgもある大きな器が
小さく囁くのだ。
≪醜くて御免なさい、御気に入るような彩やフォルムに
なれなくて!≫

 
10kg粘土が7.6kgの花器(惑星誕生 地・氷・水)になった


 
花生にすれば使えるね!

釉掛けの妙!
何処が未熟かって!
一目瞭然だろうが!
≪太古の碧≫ なんぞ無作為のフォルム
を狙ったのだろうが、
まるで無作為そのもので、
そこに厭らしい作為が見え見えで、
無作為の奔放な美が
完全に失われ観るも無残。


黒織部を器の底に流し込み
碧硝子を宇宙や海の
イマージュに仕上げたのはいいが、
現代釉の濃緑は平板で
織部の黒とのアンサンブルに失敗。

鉄赤も内部に潜んでいる黒を
引っ張り出せず、
ただ下品に現代釉の明るい碧と
慣れ合っている。



使い途があってよかったね!




これぞ無作為の作為じゃ!

本焼きでは釉薬を融かす
1250℃での≪ねらし≫時間は通常30分にしてるが、
ついうっかり1時間もねらしてしまった。
その結果、融けすぎてマグカップの内側に潜り込み
幽玄な山体が出現した。
これぞ無作為の作為なんちゃって!

同様に≪仙≫も黒、褐色、蒼などが融け込み、
意図した≪仙≫が面白い雰囲気。
これぞ作為の無作為とか!
ちょっと自画自賛の仙人でした。
マグカップの釉掛けは、
予期に反しちょっと意表を衝かれた。
焼成温度850℃の楽焼でも
1250℃の本焼きでも使える釉薬・SN-本焼き釉を
使って両方で焼いてみた。

楽焼焼成温度は750~1100℃なので、850℃では
どうなるかと試したが、
釉薬の粒子が完全には融けきれず失敗。

 
これは作為の無作為か!




Next