仙人日記
   その98の12014年睦月
1月1週・・・凍て付いた微笑みの


夜明けの元旦富士
2014年1月1日(水)晴 竜ヶ岳林道

《口もとには微笑みを浮かべ・・・一年の最後の夜に凍え死んでいたのです》
マッチ売りの少女の凍死体は元旦の夜明けの光を浴びて、凍らせた微笑のまま私を待っているに違いない。

闇に沈んだ竜ヶ岳林道にヘッドランプの弱弱しい光が彷徨う。
訪れる人も無く、枯れた潅木や倒木の立ちはだかる林道は、堅く凍て付いた雪や氷に覆われ
雪の上には化石のような野生動物の足跡だけが細々と続く。
この林道が竜ケ岳に通じていないことは、それだけで明白なのだが進まねばならない。
この先には微笑みを凍らせた少女が待っているのだ。



元旦のダイアモンド富士
2014年1月1日(水)晴 竜ヶ岳南西尾根1450m地点から

別役実が弱弱しい光の中に現われて戯曲「マッチ売りの少女」の自らが記したナレーションを呟く。
《その街角で、その子はマッチを売っていた。
マッチを1本すって、それが消えるまでの間、その子はその貧しいスカートを持ち上げて、みせていたのである。
ささやかな罪におののく人々、ささやかな罪を犯しきれない人々。
それらのふるえる指が、毎夜、毎夜マッチをすった》


この元旦の光を決して見ることなく少女は、微笑を凍らせて死んでしまった。


コースタイム
1月1日(水)晴

竜ケ岳
(1485m)、竜ヶ岳林道から南東尾根(未開ルート)& 本栖湖から東尾根(ハイキングコース)
25230歩.17km661m、 628kcal

山荘発4:20
→竜ヶ岳林道入口(駐車)5:50着、発6:00→林道終点6:40、未開の南東尾根1450m地点8:30着
8:40発→林道入口9:20着、発9:30→スポーツセンタ(駐車)9:40着、
発9:45→小展望台10:10(朝食)、発10:30→大展望台10:40着、発10:45→竜ヶ岳11:30着
発11:40→センター13:00着、発13:10→山荘着14:20

それにしても竜ヶ岳から眺める富士は何と雄大なのだろうか!
富士山と竜ヶ岳山塊の間に横たわる広大な高原は、日本離れしたスケールの大きさで圧倒的に迫る。
様々な角度から眺めてきたお馴染みの富士だが、
恰も雄大そのものを絵に描いたようなここからの富士には魂を吸い取られる気さえする。

カーナビ地図で竜ヶ岳登山道入口が見つけられず、完全に閉鎖されている竜ヶ岳林道に行ってしまい
予期せぬ未開ルート・南東尾根を1450mまで試登。頂上まで標高差35mで断念。
この未開尾根の1450mの大きな岩のテラスに立った瞬間、
富士山頂から初日の出が昇りどうにかダイアモンド富士の撮影に成功。

2台のカメラで撮りまくったが、眩しくてどう写っているのかまるで見当もつかず。
下山後今度はハイキングコースから再び登ると云う1日で同じ山に2度登る登山となり、
こいつぁー元旦から縁起がいいぜ!
下山中、夏靴に無理して合わせたアイゼンが外れ転倒、左膝負傷。雪の剣以来愛用してきたストックを折るこの未熟者め!

 山荘竜ヶ岳登山口57km、往復114km(往:1時間30分、復:1時間10分)


ダイアモンドが描くと実の二重富士
雨ケ岳も青木ヶ原も夜明けの光を浴び始めたが竜ケ岳周辺は、富士の巨大なピラミッドの翳に在り。

果して凍らせた微笑みを解凍することは出来るのだろうか?
解凍された微笑みは、解凍の瞬間に腐敗臭を放ち、ゆるゆると形骸を失い、
アンデルセンの在り得ぬ幻想を無残に打ち砕くのであろうか?
それとも別役実が描いたように、
偽りの微笑みは仮面を投げ捨てマッチ売りを、売春を強いた親を追い求め
もう1つの真実を語り始めるのだろうか?
そもそもダイアモンド富士の曙光が、封印され凍て付いた微笑みの解凍を促すと
告げたのは誰なのか?



開の南東尾根
誰なのか明白であるにも拘らず
その言葉が見つからぬまま
心象風景の森を彷徨う。

それにしても何と酷い藪漕ぎだ。
腰上まで密生する篠竹(すずたけ)
覆いかぶさる潅木
登高者を阻む急斜面の凍雪。

あーもうすぐ太陽が
富士山頂から出てしまうと云うのに
これではダイアモンド富士に
見捨てられてしまうではないか。

果てしないこぎ

篠竹と木と新雪

竜ヶ岳林道

胸に下げた高度計をりに




東尾根のラッセルはチン

マッチの燃え尽きる時間と
漆黒のピラミッドの頂点に耀くダイアモンド富士が
心象風景の中で重なる。
太陽が漆黒の頂に現われ、離れるほんの一瞬に
凍て付いていた少女の微笑は解凍。
しかしダイアモンド富士の消失と共に永劫の闇に
微笑みは呑みこまれてしまう。
巨大なピラミッドが漆黒の背後に光の予兆を漲らせ
より一層闇を深める。
もうこれ以上の絶望はあり得ないと確信出来る
底知れぬ闇を目にした刹那、光は
爆発するのであろう。

マッチ売りの少女が残りのマッチ総てを
燃やした瞬間は、こうして再現されるのだ。

やっと見つけた展テラス 


新雪の展テラスからのダイアモンド富士
この瞬間に逢う為に敢えて元旦の竜ケ岳にやって来たのだ。

その須臾に、かつて少女がマッチの光の中に観た最後の愛を、
ダイアモンド富士の煌きに見いだせるだろうか?
それとも解凍された微笑みは、強いられたマッチ売りと売春を告発する為
腐敗臭を放ちながら永劫の闇に漂うのだろうか?


此処からなら富士もばっちし
竜ケ岳林道の終点は
何の期待も見せず唐突にやってきた。
この林道から竜の山頂へと
登頂を試みた藪山愛好者がきっと
居るに違いないと
登山道の痕跡を探し求める。

しかし見事なまでに踏み跡は無い。
すっぱりと林道は原野に
断ち切られ、獣道らしき踏み跡を
見出すのすら難しい。

南西尾根で高のテラス
僅かに残る鹿の蹄跡を頼りに
南東尾根に分け入る。
地図上では林道終点から竜の頂まで
最短距離ではあるが
猛烈な藪と潅木で登頂は絶望的。

刻々と富士山頂の日の出は迫るが
視界は一向に開けない。
ダイアモンド富士との遭遇も
諦めかけた時
急斜面の藪に忽然と現れた岩壁。

どうだ展望群! 
もしやテラスが在りはしないかと
登ってみる。
あったぜ!眺望抜群最高のテラス。
テラスに這い上がり
富士を振り仰ぐと折しも
昇って来る太陽。
  ・
さあ、とうとう時空を超えて
やって来たぜ!
あのマッチ売りの少女が
凍て付いた微笑みを
残したまま死んだ翌日の朝に。


どうだろう、薄明の中で
あれ程までに
待ち望んでいた微笑みの
解凍らしき現象は
幾らダイアモンド富士を
凝視していても
生じないでは。

竜の頂に通じない
閉ざされた
この林道の彼方にこそ
凍て付いた微笑みが
待っている。

確かにそんな囁きを
聴いた覚えがあるのだが
あれは幻聴?

2014年1月1日(水)晴
 竜ヶ岳南西尾根1450m地点からの
デフォルメT
太陽はそんな思惑を
嘲笑うが如く
漆黒の富士山頂を離れ
南の天空へ
ぐんぐん上昇。
氾濫する光から
届けられたのは
解凍した微笑みではなく
一切れのメッセージ。

「さあ、そんな夜明け前の
妄想にいつまでも
耽っていないで
今度こそ
竜の頂に行くんだよ」


やっと見つけた山口
岩棚から右上を見上げると
篠竹に覆われた
丸い竜ケ岳の山頂がみえる。
直線距離で僅か500m足らず。

登山道さえあれば
30分もあれば充分到達出来る。
しかしこの岩棚から
山頂までの密生する篠竹と潅木の海は
明らかに前進する者を
拒絶している。
傷だらけになって藪漕ぎをしても
到達出来ぬ遙か彼方。

からハイキングだ!

東尾根の展

眼下に本栖見ゆ

南東尾根と大

ケ岳をバックに
凍て付いた微笑みとの邂逅も
あっさり退けられた今となっては
もはやこの未開ルートに
固執する必要はない。

猛烈な藪漕ぎに背を向け
未開ルートの南東尾根から
ハイキングコースの東尾根へと転進。
竜ケ岳林道入り口から
本栖湖へと車を回すとあちこちに
竜ケ岳への案内板が立ち
歓迎ムード。

だだっ広い竜ヶ岳山



黒御影石の山頂

最早此処では凍て付いた微笑みの妄想は
片鱗すら見せない。
遂に成し遂げた元旦の雪山冒険に
薔薇色の頬を輝かせる少女。

若い父親に手を引かれ
満面に微笑みを浮かべ下って来るその少女が
マッチ売り少女の解凍された
姿であったら、わたしは妄想から
解放されるのだろうか?
山頂で元旦のダイアモンド富士に初詣した
ハイカーが次々下山して来る。
「明けましておめでとうございます!」と
口々に挨拶を交わしながら息を弾ませる老若男女。
 
ちて消えつつある木の標識


妄想だって?

少女があのダイアモンド富士の
光の中に
現われたのは間違いない。
だが、あの瞬間に
私には
観えなかっただけなのだ。

そうでなければ
カーマインのワッフルニットが
届けられた
説明がつかないではないか。

少女はカーマインを
クリスマスに贈り
マッチ売りの少女を甦らせ
目前に迫った
1年の最後の夜を再現した。

更にカーマインの灯が元旦の
ダイアモンド富士に
重なるよう
イマージュの
コントロールを行ったのだ。

2014年1月1日(水)晴 
竜ヶ岳南西尾根1450m地点からの
デフォルメU
 ならば、隠されている
少女をあの
ダイアモンド富士の光の中から
探し出してやろうでは!

富士の頂に輝く灯が
最後のマッチの灯であるなら
富士はマッチの軸のように
もっと細くせねば。

次にシャドウを明るくし
中間調のコントラストを上げ
闇に沈んでいる少女を
可視光の世界へ救い出そう。

最後は闇と光の明度だけの
無彩色の衣から
色相と色温度を甦らせ
彩度を極限まで高め
さあ、これでどうだ!

ほら、ご覧。
やっぱり少女は
凍て付いた微笑を解いて
最後の愛を
語り始めたでは。




Index

Next