仙人日記
   その90の42013年皐月

5月4週・・・80歳で登頂ー老化した肉体の偉業


今週のBigニュース

    

 80歳エベレスト登頂のニュース
2013年5月23日(木)日本時間午後0時15分登頂

 《朝日新聞 23日夕刊》 冒険家の三浦雄一郎さん(80)が23日、世界最高峰エベレスト(8848m)の登頂に成功し、エベレスト登頂の史上最高年齢を4歳更新した。三浦さんのエベレスト登頂は3度目。2003年は70歳で登頂し、当時の最高齢記録となった。75歳の08年が2度目。この時は直前に76歳のネパール人ミン・バハドゥール・シェルチャン)が登頂していた。
 [カトマンズ 26日 ロイター] - 世界最高峰のエベレスト(標高8848メートル)の登頂に史上最高齢で成功した三浦雄一郎さん(80)が26日、ネパールのカトマンズで記者会見を開き、喜びを語るとともに、ネパール人シェルパへの感謝の気持ちも伝えた。
今回6人のシェルパと登頂した三浦さんは、「命がけで登山家を守りながら頂上への道を進み、ベストを尽くしてくれた」と、シェルパらの登山能力や面倒見の良さを称賛。


老化した肉体の
偉業


80年を経てほぼ総ての肉体機能が衰え、生きていることそのものが苦痛にさえなる高齢で
地球の最高点に立つことが如何に困難な課題であるか云うまでも無い。
先ずはこの老化した肉体が成し遂げた偉業に、惜しみない感嘆の賛辞を贈ろうではないか!

時の重みに耐えかねて肉体が崩壊する平均時間は、本年2013年の統計で男79.59年、女86.35年。
これは本年生まれた子供の平均余命であって、三浦氏の生まれた1933年の平均余命ではない。
調べてみたら1932年の平均余命が見つかった。
男44.92歳、女44.64歳(平均寿命の推移より)、つまり三浦氏の平均余命は45歳であり、平均すれば35年前の1977年に肉体は死を迎えたのだ。
その老化した肉体が2倍近くの時の重みに耐え、耐えただけでなく地球の最高点に自らの脚で登ったのだ。
これを偉業と云わず何と云おうか。
目的を抱き目的の為には如何なる苦痛にも耐えようとする意志の凱歌である。


エベレスト頂上:日本時間23日午後0時15分登頂 (ミウラ・ドルフィンズ提供)

だが果して彼は本当にエベレストに登ったのであろうか?
彼が登ったのは80歳と云う、老いた自らの肉体そのものだけだったのではないか?
彼にとって世界の最高点は老いた肉体を対峙させるターゲットでしかなく、エベレストである必要は無かったのである。
彼の肩書が登山家では無く冒険家とされる所以であろう。

どういう方法を取ろうが結果として登りさえすればいいのだ。
老いさらばえた肉体を見つめる。この肉体を地球のてっぺんまで押し上げるには何が必要か?
屈強なガイド、ポーターを前後に2人着けてしっかりザイルで結べば落下は食い止められるだろうか?
いや、それでは足りない。2倍の4人、いや3倍の6人にしよう。
これに優秀な日本人サポーターを3名つけて計9人でどうだ。
そうすれば登れなくなって倒れても担いで安全地帯まで降ろしてくれるだろう。
それでも駄目ならヘリコプターを呼べばいいか。

登山の真髄は目の前に立ちはだかる自らが選んだ困難に、真っ向から立ち向かい克服していくことにある。
時には最も大切な命さえ賭けねばならぬ決断を迫られ、それが故に暫し生命の煌きに出逢う。
それを知っている者は決してガイドを雇っての山ツアーを登山とは呼ばない。

ましておや莫大な費用を掛けた大名行列のような登山は、登山の真髄どころか冒険からも遙かに乖離したパッフォーマンスでしかない。
パッフォーマンスを実現する為に資金を調達し、株式会社のような大きな組織を作り大いに宣伝し更に金を集める。
彼が自ら選んだ困難なターゲットはエベレストではなく、自らの老いた肉体にあったのだから資金を潤沢に使いガイドを何人雇おうが
高額な酸素ボンベを大量に使おうが、ヘリコプターを飛ばそうが登るスタイルに問題は無い。
登ったと云う事実だけが重要なのだ。

我々は老化した肉体が成し遂げた偉業に唯唯素直に感服し、惜しみない感嘆の賛辞を贈ればいいのだろうか?
疑問を超えて確かに言えることは、
それでも彼は苦痛に満ちた挑戦する途を選んだと云うことだ。


  金さえあれば登れるエベレストか?

エベレスト登山 様変わり
 《朝日新聞 25日夕刊より抜粋》 

世界最高峰エベレスト(8848m)。80歳の三浦雄一郎さんのように、夢を抱く人達が世界から集まる。
「ツアー登山隊」の普及が登頂者を増やし、施設の近代化が世界最高峰の威容を見ようと山麓を歩くトレッキング客を招く。
そんな場所に3〜5月、登山家、ネパール人スタッフら計
約800人が集まった。

ヒラリー、テンジン両氏の英国隊が1953年に初登頂してから60周年を迎え、昨年までに登頂者は6149人になり
今季は三浦さんの登頂前日までに過去10年で最多の
467人が登頂し6616人となった。
本来危険なエベレスト登頂が増える背景に、「商業公募隊」がある。
数百万円を払えばベテランのヒマラヤ登山家でなくても世界最高峰の頂に立てる。

ネパール政府に払う登山許可料は格別だ。他の8千m峰が1人5千j(約51万円)なのに、エベレストは2万5千j
(255万円)。
団体割引があり7人以上で1人1万j。
通信環境の発達も目を見張る。ルクラやナムチェバザールなど中心街は携帯電話などのアンテナが立ち、ネットカフェが目立つ。
ロッジは無線LANがありスマートフォンで書き込める。一般客もヒマラヤ最奥の地からデジタル発信が可能になった。




氷河の水が
くて呑めない

8年前の2005年にチベットの7千m峰を登頂後、チョモランマ(エベレスト)のノースコルに登った。
その時のベースキャンプも大規模なカラフルテント村となり、
人影の絶えた未踏峰ばかりを登っていた我々にとっては正に驚きであった。
今年のベースキャンプには2倍以上の800人が集結したと云うのだから、8年前の比ではない。

華やかなテント村から数`離れた氷河に我々のベースキャンプを立てたのだが、
それでも清らかである筈の氷河の水が臭くて呑めなかった8年前。
どうやら今季の世界最高峰のベースキャンプはそれどころの話ではなかったようだ。
800人が狭い氷河上に作るテント村は都会なみの雑踏であり、排泄物とゴミの悪臭に覆われた悪夢の地であったのでは。

《人類が知的存在として歩み始めた日、神々の座は崇高な光を放ち、地平線に輝いた》
と当隊の報告書の冒頭に記したのは僅か24年前の1989年。
どうやら知的存在は神々の座をゴミ箱にする能力しか持たないのではないかと、ふと不安になる。
商業登山をも生み出した資本主義は神々の座さえも獲物にして喰い尽してしまうのか?


 金さえあれば死なずに済んだのでは? 

三浦氏がエベレスト登頂を果たした同日5月23日、エベレストの西方に位置するダウラギリ(8167m)で
河野千鶴子さん(66)が下山中体調を崩し援けを求める仲間も無くシェルパ1名と共に疲労凍死した。
何もかもが三浦エベレスト登山隊とは大違いで8千m峰に挑んだ河野さんの死は、三浦登山隊では決して在り得ぬ死だったのではないか?
費用を切り詰めシェルパ2名を伴っての単独行である河野さんが倒れた時、助けようとしたシェルパ1名は滑落し
残りの1名がなんとかベースキャンプまで下り事故を伝えたと云う
せめてもう1人シェルパを雇うことが出来たら死なずに済んだのではないかと思えてならない。

三浦氏からエベレスト同行を誘われたが断わり、独りダウラギリに向かった河野さんが
大名行列のような三浦エベレスト登山はもはや登山では無いし、少なくても自分の登山では無いと強く認識していたことは推察に難くない。
肉体の限界を遙かに超えた老化した肉体を世界に提示し、栄光に包まれてヘリコプターで下山した三浦氏と
疲労と体調不良で迫りくる自らの死と対峙しつつ、死んでいった河野さん。

かくいう私もブータンとパキスタンでの登山でベースキャンプからヘリコプターで運ばれたことがあり
天山山脈の最高峰ポベーダ(7439m)に登った時はベースキャンプ往復共にヘリコプターでの入下山であった。
ベースまでのヘリは容認されるのだろうが、余りにも容易な入下山に釈然としない気分であったことは確かである。
今回の三浦氏のキャンプ2(6500m)からのヘリ下山も危機的状況であったなら当然の決断であるが、
援けを求めたくても孤立無援であった河野さんと三浦氏との生死が単に登山に掛けた金額だけの問題であるなら
何とも遣り切れぬ暗然たる想いに捉われるのだ。

利潤追求を至上主義とする組織で失われた人間性の回復を求めて、8千mに単独で挑んだ河野さん、
80歳という自らの老いた肉体をターゲットにして、組織と金を操り名声を追うパッフォーマンスを演じた三浦氏。
こんな構図がちらちらと見え隠れする2つの8千m峰登攀劇であった。
せめて登山の世界では現代社会を牛耳る金や権力、名声を断ち切って
生身の人間の精神と肉体が厳しい自然と対峙する場であって欲しいとの願いは、幼稚過ぎて相手にされないのであろうか。



河野千鶴子さん 
ダウラギリ 
体調不良で死亡 
(2013年5月29日01時56分 読売新聞)

【カトマンズ=田原徳容】
ネパール・ヒマラヤ山系の
ダウラギリ(8167メートル、アンナプルナ峰の西)で、
日本人女性1人を含む計4人が
雪崩に巻き込まれたとされた事故で、
在ネパール日本大使館は、
28日、下山した女性のシェルパから
聞き取った話として、
雪崩は発生しておらず、
女性は下山中、体調不良で動けなくなり、
標高約7700メートル付近で
死亡したことを明らかにした。
ネパール警察当局などによると、
女性は東京都の
河野千鶴子さん(66)とみられる。

 
河野千鶴子さん(66)
 同大使館によると、
女性は23日午後8時頃に体調を崩し、
登頂を断念して

シェルパ2人と下山
を試みたが、
さらに体調が悪化して動けず、
そのまま死亡したという。
河野さんらと一緒に登山をしていた
スペイン人グループのシェルパ(38)も、
本紙の取材に「下山中の26日、女性の
遺体を見つけた。
服装から河野さんだと思う」と話した。

(*その後、家族がネパールに赴き
シェルパの撮った写真から河野さんと確認した)



河野千鶴子主な登頂歴
実施年・(年齢 山岳名 サポーター
2003年(56歳)  チョ・オユー(8201m)  2名
2004年(57歳)  エベレスト(8848m)  3名
2010年(63歳)  シシャパンマ(8012m)  2名
2010年(63歳)  マナスル(8163m)  2名
2011年(64歳)  ガッシャブルムT(8068m) 

“貧乏人のやっかみ”
(シルクロード日誌より抜粋)


河野は三浦雄一郎から今回のエベレスト登山に同行しないかと誘われたが断ったという報道があった。
おそらく山に登る志向が違うからだろう。彼女は単独行が多かったから。
しかし、三浦雄一郎には超エキスパートのガイドやシェルパが大勢が付き添い(わたしはこの日本人ガイドを知っているが、このような仕事は断る必要はない。
彼らにとって、
これはとても“おいしい仕事”だから)、高額な酸素ボンベは大量に使うことができ、大勢の同行スタッフに囲まれて手を取られて登り、
取材のテレビカメラも付き、東京には留守体制ができて登る登山活動は、資金力のある者しかできないことであり、
庶民登山者にはほど遠い「大名登山」であった。ヨレヨレになって歩けなくなればロシアの高額のヘリでカトマンズに降りてこられる。
相当参っていたようで、あるいは死を覚悟したほどだったかもしれない。帰国後は本の出版、全国各地での講演活動などが当然のように待ち構えている。
これはある意味で当然の活動である。だからもとはすぐ取れる。これはわたしの“貧乏人のやっかみ”である。



52回のエベレスト登頂サポーター達26人


驚いたのなんの!
で、具体的に一体何人のサポーターを侍らせていたのか調べてみたら、高所シェルパだけで18人
そのシェルパのエベレスト登頂歴たるや正に超一流。
18人の内11人までが客を頂まで登らせたベテランで、その登頂合計は44回。

これでは金にものを云わせて優秀なシェルパを独占してしまったと、陰口を叩かれても致し方あるまいとさえ思う。
更に優秀な日本人サポーターが8名で、複数の8千m峰を登頂しておりエベレスト登頂は計8回。
となるとこりゃまるでエベレスト登頂者のコレクション。
このコレクションに更に河野さんを加えようと誘ったが、河野さんはこの美味しい話を断ってしまったのだ。

週刊文春によると《エベレスト三浦雄一郎登頂は本当に快挙なのか!》と見出しをつけ
三浦隊1億5千万円、河野隊200万円と報じている。
勿論人脈抜きには語れないだろうがコレクションを実現した、三浦隊の資金の威力に改めて唯ただ驚くのみ。
その日本人サポーターに、嘗て我が山荘に宿泊し山を語り合った懐かしい顔がありこれまた驚き!



 ごたごたニュース明暗4題

81歳ネパール人男性はエベレスト登頂断念
(日スポ 2013年5月28日23時47分)
世界最高峰エベレスト(8848メートル)の登頂を目指していた81歳のネパール人男性ミン・バハドゥール・シェルチャンさんが28日、共同通信の取材に対し、登頂を断念したことを明らかにした。
これにより、冒険家三浦雄一郎さんが23日に打ち立てた80歳の史上最高齢の登頂記録は守られた。
シェルチャンさんは既にネパールの首都カトマンズに移動したという。断念した理由について近く記者会見で説明するとしているが、親族はシェルチャンさんの登山に対する
ネパール政府の資金援助の決定が遅れ、登頂のタイミングを逸したと話している。
シェルチャンさんは2008年5月に76歳で登頂に成功し、今回の三浦さんの記録樹立まで最高齢記録を保持していた。
来月で82歳になるシェルチャンさんは、三浦さんが3度目のエベレスト登頂に挑戦すると聞いて自らも決意。
ニュージーランドの故エドモンド・ヒラリーさんとシェルパ民族のガイド、故テンジン・ノルゲイさんのエベレスト初登頂から60年に当たる今月29日の登頂を目指していた。(共同)

三浦登頂日にやっと降りた資金援助
シェルチャンさんは5月23日、朗報を受けた。ネパール政府から登頂のための資金援助が承認されたのだ。同国政府の広報官によれば、内閣は彼の登頂に100万ルピー(約1万1200ドル、約114万円)の資金援助と、入山許可料7万ドル(約715万円)の免除を決めた。
(AP通信)

 ネパール人男性がライバル「厳密検査を」
「三浦雄一郎賞」創設へ 首相検討

(北海道新聞5月31日朝刊掲載)
 エベレスト登頂偉業をたたえ、政府として「(仮称)三浦雄一郎賞」を創設する方向で検討に入った。



三浦氏の名声に便乗か?

2度目のエベレストに75歳で登頂した三浦氏の記録は世界最高齢とはならなかった。
その直前にネパール人のミン・バハドゥール・シェルチャンさんが76歳と11ヶ月で登り世界最高齢を記録してしまったのだ。
そのミンさんが三浦氏の計画に合わせて81歳11ヶ月で再度エベレストに挑んだが失敗した。

ネパール人が高齢で登ってもたいして注目されはしない。
それならば三浦隊に便乗して時差をつけて登り、世界の賞賛をそっくり頂いてしまおうと云うのは実に愉快である.
危険な氷河でのルート工作や、酸素ボンベや重い荷を担ぎ上げ、苦しい仕事を黙々とこなすネパール人。
「登らせてもらっているにも拘わらず、いつも注目されるのはご主人様だけ。
笑わせるなよ、そんな大名行列組まなくたっておいらなら最低限の費用で楽々登ってみせるぜ!」

ミン・バハドゥール・シェルチャン(81歳)さん

5年前はその意気込みは成功したが、今回はどうもその最低限の資金繰りもままならず失敗したらしい。
ネパール政府にとっては自国のシェルパやポーターが登っても何の得にもならないが、
外国隊が来れば1隊で何千万、何億と云う外貨が転がり込む。
むしろ世界最高齢なんぞと云う美味しい記録は、外国隊に達成させ今後も富裕な高齢者に大いに来てもらい
外貨を垂れ流して欲しいとネパール政府が望むのはこりゃ当然である。

そのネパール政府がミンさんに資金援助を積極的にするとは到底思えない。
114万円の資金援助が決定したのは、三浦隊が登頂した当日だと云うのだから政府のやることは何とも汚い。
登山シーズンの終わりが目前で高所順応も出来ていないとなれば、
如何に屈強な登山家であろうと高峰の頂に立つことは不可能。失敗以前に既にミンさんには登頂チャンスは無かったのだ。

シェルチャンさんは三浦さんの偉業達成の際、
「心から祝福する。ただ、記録はまた私が塗り替える」と登頂に意欲を見せていた。(時事)とか。
どうだいミンさん、どうやら三浦雄一郎賞なんてのが出来るらしいから、いっそのこと日本国籍でもとって
三浦隊が頻りに気にしているミンさんの年齢問題や登頂疑惑もはっきりさせ
来年あたり再度エベレストに登って記録を塗り替え、三浦賞をもらったら!

 



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