仙人日記
   その80の2ー2012年文月

7月2週 不気味なるミイラ(即身仏)の山

不気味なるミイラ(即身仏)の山 ・・・妙心上人の即身仏
     コースタイム
実施日:
7月16日(月)晴 
山荘発(50km)
帰路46km
 
5:40 
三輪神社ゲート 7:10着 7:10発 
道なき仏沢彷徨 7:20〜8:10   
登山再開 8:10   
峰宮  9:00 
御正体山頂  9:20 9:40出
ゲート   11:05 11:10出
計    3時間55分
山荘着   12:30 
標高差
ゲート前ー御正体山・・・832m
実際のコース標高差・・・約900m

アプローチが長く
何処から登っても遠い山。
人影無く眺望も無く虫が多く
頂は蜻蛉の楽園。


悠絽



瑠璃星髪切虫・ルリボシ (前庭の鹿角)
旅でござんす夏休み
7月15日(日) 晴 


晴れ間が出た途端
鹿角のてっぺんに登ってしきりに空を仰いでは
「留めねえでおくんなせえ、
どうあっても、おいら旅に出るぜ!」
なんぞと股旅役者を気取っているのは瑠璃星か?
安心しな、誰も引き留めはしないよ。

そうだったな。
この時期はヒマラヤ遠征準備の最終段階で
装備、食糧の集荷、梱包
発送書類やインボイスの作成と超過密スケジュールの毎日。
その上学校では
成績処理、夏休み前の生徒指導とこれまた超忙し。
さあ、来週の今頃は
ヒマラヤに向かって旅立っているぞ。
ゴマダラの左脚を見てごらんよ。
完全に宙を舞って
もうとっくに心は
在らぬ彼方にぶっ飛んじまってるぜ。
地に足が着かねえとは
正にこのことさ。

降ったり止んだりしたかと思うと
いつまでも降り続いたり、
暗くじめじめした暗鬱な日々の繰り返し。
それがどうでえ、
この碧い空。
ゴマダラの気持ちは良く解かるな。

水浴する悠絽 (山荘池)
でさ、そのー、水晶に乗っかって
水晶山を眺めているけど
お前さんも山に行きたいのかい?

よーし、それじゃヒマラヤと
云う訳にはいかねえが
道志山塊の最高峰にでも行くか?
まー高さは1682mと低すぎるけど
美濃からやって来た
妙心上人が惚れ込んで
山頂近くで念仏を唱えながら
ミイラになって祀られた山だ。
化けて出てくるかも知れんから
悠絽も連れていくか。 
そこでバイクに跨って山荘の高台からビュイーンと悠絽の棲む
塩山盆地にひとっ走り。
もう悠絽の歓びようったらありゃしない。
前脚を仙人の胸に掛け嬉しさのあまり吠え声までも裏返り大興奮。
さてこれから山荘まで6kmを登らねばならぬが
問題は悠絽の体力。

先日高芝山に広介と久々に登ったもののあの程度では訓練にならん。
ぎんぎらぎんの太陽の下で登坂を6kmもバイクと共に
走るとなるとデブ悠絽にとってはえらいこっちゃ!
だが、嘗て毎週山に登って鍛えていた若き日々を思い出したか
遂に山荘まで炎天下を走りぬいたのだ。

完走し山荘に着いた途端、ご覧のように池に飛び込み
がぼがぼ水を呑み続ける悠絽。
紫陽花の日陰での水浴が究極の快感とばかり池から出る気配なし。
こうして優雅な昼下がりの水浴にすっかり嵌り悠絽は
いつまでも池からでませんでした。
さてこんな悠絽ですが果たして御正体山に登れるのでしょうか?

碁斑髪切虫・ゴマダラ (テラスの水晶) 

トンでもねえ案内板だぜ!
7月16日(月) 晴 


間違い林道案内板 (林道下)

道無き荒れた沢 (仏沢)

やっと出た上の林道 (登山口)

初めての正しい道標 (北尾根分岐)

前回の石割山で懲りたので
今度こそはしっかり道標を探して
間違わずにと見回すが道標は何処にも無い。
仕方なく林道を登り詰めるとやっと
林道の右側に案内板が。

『林道から逸れてこの仏沢に入ると
再び上の林道に出る』と
赤の矢印で明確に記されている。
沢に入ってみると道らしきものは全く無く
氾濫で荒れた急な斜面が続く。
ふざけんな!
こんなルートに入ったら遭難もんだ。

ミイラの近くだ! (峰宮)



誰も居ないぜ! (御正体頂)

セルフタイマーで (御正体頂)

神様(御正体権現)に乗った悠絽 (御正体頂)

なんでミイラが?

どうも正体と云うのは《神々の正体》
との意味らしい。
神々とは神社などに奉祀される
あの日本神話に登場する人格神である。
その神々は仮の姿でその正体は
実はインドの仏である。
となるとこの山は神々の正体、つまり
インドの仏を意味するのか・・?

和神が仮の神で在る事に反逆し
美濃の僧侶・妙心上人は
この山に神の正体を顕現させんと
念仏を唱えつつ
自らミイラ(即身仏)となったのか?

そうかそれで山頂には
赤い屋根の御正体権現が祀ってあるのか?
権現とは前説とは逆に
インドの仏は神の仮の姿で本当の神は
日本の神であるとの意を込めた
神であるらしいのだ。

つまり妙心上人によって仮の姿であった
日本の神々は権現となった。
この赤屋根の権現はその象徴なのだ。

登山者1名出現 (御正体頂)

アプローチは長いし、見晴らしは悪いし
虫がたくさん居て
不愉快極まりないこの山に2004年
10月15日、皇太子は
わざわざ登っているではないか。

幾らでも素晴らしい山が在るのに
なぜ御正体山なのか?
疑問に思っていたがこれで解かった。

日本神話の人格化された
神々の末裔である皇太子にとって
この山は特別な意味を持つのだろう。
日本の神々が仮の姿であるなんて
許すべからざる言説。

妙心上人は自らミイラになって
権現と化し《日本の神々こそ
インドの仏の正体であり本当の神である》
と実践したのである。

こりゃ日本の神々の末裔としては
妙心上人を放っておく訳にはいかない。
たとえ見晴らしが悪くても
虫に刺されても
皇太子にとって登らねばならぬ山。

皇太子も登ったの? (御正体頂)
ありゃら、悠絽!
その赤い屋根は御正体権現が
祀られているんだよ。
つまり神様が居るんだぞ。

その上に登って小便なんかしたら
ぜってー罰があたるぜ。
もう、知ーらないっと!

悠絽はそんなの何処吹く風。
虫を餌にする無数の蜻蛉が飛び交う
山頂で悠然と辺りを睥睨し
《おれこそ神だ》と
吼えたとか、吼えないとか!

頂は蜻蛉の楽園 (御正体頂)




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