その77ー2012年卯月 |
4月4週・・・・カタストロフィの彼方へ・雪の剣への旅
累積するカタストロフィ・雪の剣岳へ
若しかしたら山荘を建ててから 信濃大町に来るのは これが初めてかも知れない。 冬の鹿島槍北壁に何度もアタックし 剣岳や針の木岳、爺ケ岳に通い あれ程足繁く訪れ 慣れ親しんだ安曇野の信濃大町。 |
高度差186mのダム 殉職者171人の難工事 |
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山荘を基点として行動するには 信濃大町周辺の山々は ちょっと遠過ぎるのである。 それにしても18年以上もご無沙汰 していたなんて改めて驚き。 老いさらばえ累積するカタストロフィを 抱えての再会とは。 |
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朝一番のバスで室堂に向かう |
やっと朝日の出たダム |
氷結が緩み始めた黒部ダム湖 |
雪の剣岳&雷鳥の楽園 |
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コースタイム 3日間で約700枚の撮影を行った。 撮影をしながらの行動なので実働時間はもっと短い。 |
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実施日:4月28日(土) 快晴
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4月29日(日) 晴
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4月30日(月) 曇
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[A] |
この氷稜いいねー 4月30日(月)曇 2600m奥大日岳稜線 これだもんな堪んねーな! こんな凄い山 日本では滅多に無いぜ! ・ 標高2600mもの 天空に迫る稜線でこの大氷塊に 逢えるなんて嬉しいね。 まるでヒマラヤに居るようでもう わくわくどきどき。 ・ ・ 剣岳は日本で最も危険な山の1つ。 危険なので冬季期間の登山が 県条例によって規制され 事前の届出と県の承認が必要なのは 谷川岳の一の倉沢周辺と 剣岳一帯だけである。 ・ 谷川岳の規制は12月から2月までだが 剣岳は12月から5月15日までと 規制期間が長い。 つい谷川岳のつもりで4月の剣岳は 当日の登山届けで登れると 錯覚していた。 ・ 念のため富山県警に問い合わせたら 5月15日までは規制期間なので 事前の登山届けと承認が 必要だとのこと。 登山届済書の郵送に時間が掛るので 受理後1週間は必要だと云う。 ・ 焦った! 剣岳登山決行を決めたのは 決行2日前の26日。 天気図を観て28日から3日間は 好天が続くと判断し 「よーし雪の剣にお別れのご挨拶だ!」 と急遽登山を決めたのである。 ・ さて、どうしよう? 県条例違反で潜り登山をするか はたまた富山県警に捩じ込んで強引に 承認させるか? この世にはインターネットやファックスが 在るではないか。 今更、郵送なんぞと何を悠長な! ・ そこで「雪山の安全登山は先ず 何をさておき天候にあり 天候の確定する直前の登山決定は 極めて正しい判断である。 ネットかファックスでの返送を 認めてて欲しい」と交渉。 なーんとあの硬いお役所が認めた。 驚き桃の木山椒の木。 |
一服剣、前剣を超える辺りから 雪壁と岩壁の間の裂け目・シュルンドが 大きく立ちはだかり 暫し腰まで落ち込み脱出に悪戦苦闘。 氷の裂け目でもがいていたら 3人パーティーが追い上げて来た。 ・ 「いやーベテランとお見受けしました。 単独ですか? 私たち富山県警の山岳警備隊です。 一応お伺いしたいのですが ツエルト(簡易テント)はお持ちですか? それと登山届はお出しでしょうか?」 ・ これを翻訳するとこうなる。 『随分年食ってるぜ!大丈夫かや? その上一人だぜ。 積雪期の剣はザイル組んでいても 危ないのにどうゆうこっちゃ。 どうせもぐりで登山届けも出していないのだ。 ちょっと脅かさにゃ』 ・ おいおい、言葉使いを良くしたって こちとら読めてるぜ! 警備隊とは云え折角逢った貴重な人間を 利用しない手は無い。 「ご苦労さん、持ってますよ。 届出の承認番号は390号です。 序にちょっと写真を撮って くれませんかね」 ・ いやー驚いたな初めて逢った登山者が 山岳警備隊とは。 連休だと云うのに一体他の登山者は 何処へ消えてしまったのか? 静かでいーなー、ヒマラヤに居るような 何とも贅沢な気分! |
さて届済書を携えて実に久々の雪の剣に乗り込む。 別山乗越まではボーダーやスキーヤー、立山への登山者で 賑わっていたが別山尾根に入るとだーれも居ない。 ・ 剣への一般的登山ルートは剣沢を下り剣沢小屋から剣山荘経由で一服剣へ到る。 積雪期の別山尾根に人影無きは当然。 きっと一服剣に出れば他の剣岳登山者に出逢うだろうと 黒百合のコルへ降り剣を見上げるとやはり人影無し。 |
[B] 氷河時代を生き延びた2万年の旅人神の使者・雷鳥 |
古代山岳信仰 で雷鳥は江戸時代よりずっと以前から山岳信仰登拝者に知られ、神秘性を帯びた「神の使者」の鳥とされていた(Wikipediaより) ☆ 雷鳥は絶滅危惧II類(VU)で絶滅寸前に在ります。 遠くから静かにカメラを構え600mm望遠で撮影しましたが、見かけたら決して追わないようにしましょう。
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真っ白な雌若鶏 ♀@別山乗越 |
春の黒羽 ♂@別山乗越 |
春来ると黒羽多し慌てん坊の雷鳥 ♂A別山尾根 |
雌を見つめる ♂A別山尾根 |
急な雪壁がストーンと 落ち込み何処を下るにしても 緊張を強いられそう。 さて黒百合のコルへ降りるには どのラインを選ぶべきか? ・ まー何処も同じ傾斜なら 万が一の滑落に備え 落下距離が最短になるよう 剣山荘と剣御前を結ぶラインにしよう。 そう判断しルートを分ける這松帯に 近づくと2羽の雷鳥がじーっと こちらを見つめている。 |
雪渓上を走る ♂B黒百合コル上 |
這松でウオッチング ♂B黒百合コル上 |
雷鳥の宿 D室堂乗越下 |
5月の産卵間近 右♀左♂B黒百合コル上 |
首の影を曳く ♂C前剣 |
雷鳥は敵が潜む事の出来る這松や岩場の 近くを避け広々とした 雪原の中央に雪穴を掘って宿とする。 雪穴から首だけ出して 保護色の白と雪の白に紛れて 完全に姿を消す。 ・ 広い急な雪原をラッセルしてると不意に 足元に現れた雷鳥の宿。 覗いてみると這松の実と見紛う 花林糖のような糞。 |
ルートを教えてくれた雄 ♂B黒百合コル上 |
雌を求めて ♂C前剣 |
雪穴の雷鳥の糞 D室堂乗越下 |
春の影を宿す ♂C前剣 |
やっと見つけた雌 ♀C前剣 |
「おいおい、そっちは一番急で かちかちに凍っているぜ。 おいらは短いけど翼が在るから 滑ったら飛べばいいけど ピッケルとアイゼンだけじゃやばいぜ。 剣山荘辺りで止まればいいけど 凍ってるからそのまま剣沢まで ぶっ飛ぶぜ」 ・ 剣御前小屋辺りの雷鳥は 人が危険な存在と知っているのか 人影を見ると警戒態勢に入るが この雷鳥はまるで私を 仲間と認識してるような風情。 ・ 「うん、ありがとう! それじゃもうちょっと左へ出てみよう」 這松帯を超えて黒百合コル側に近い 左に出てみると 太陽をたっぷり吸い込んで 緩み始めた雪壁が手招きをしている。 ・ やった!これならグリセードで 下れるぞ! てな訳で一気に一服剣の下まで下降。 大幅に時間の節約に成功。 さあ、ここから本格的に剣の登り。 ・ 日没までに残された時間は 未だ9時間もある。 骨折、捻挫さえしなければ 明るい内に室堂まで戻れるだろう。 雷鳥さん、ありがとう! |
こっちを下れよ ♂B黒百合コル上 |
雄ばかりだな ♂E地獄谷 |
「さようなら雷鳥&雪の剣」 ♂E地獄谷 |
[C] ヒマラヤの風貌・奥大日岳2606m
奥大日稜線(大汝山頂より) |
大汝山頂より望遠で |
大日三山・(地獄谷より) |
雪庇・(室堂乗越より) |
鏡谷乗越 |
室堂乗越より |
夕陽の陰影 |
春の雪肌 |
悩んだ。 どの1枚もヒマラヤの光と影を宿し 大きく延せば延す程 臨場感が高まり、激しく迫ってくるのだ。 さてどうしよう。 |
影に沈む3山 |
1日の終わり |
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落ちる太陽 |
奥大日岳に沈む夕日(湯殿の窓より) |
えーいどいつもこいつも皆ーんな 大きくしてHPに載せちゃい。 だがそうするとページが重くなってしまい ページを開くのに豪く時間が掛ってしまう。 それじゃ思い切って逆に 小さくしてみたら! |
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そこでこんなにも小さな枠に 《ヒマラヤの風貌》を閉じ込めてしまった。 マクロと信じて疑わなかった世界が 突如ミクロに変換されてしまったことに 慌てふためきつつ あー実はあの壮大なヒマラヤは ミクロだったのだと妙に納得。 |
山稜を抉る太陽 |
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夜明けの瞬間 |
煌き出した宝石 |
奥大日の夜明け(雷鳥沢より) |
目覚める山稜 |
朝一番の光を浴びて |
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地平の彼方 |
快晴の夜明け |
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剣岳への登りで |
大汝山の頂に立って 室堂に戻り デポした荷を回収し ロッジまで下る。 ・ 予定では今日の 行動は終わりだが とても天気が良いので 更に夕陽を追って 室堂乗越へ向かう。 ・ 静寂の雪と氷の世界に 落ちて行く太陽が 心象を深く抉る。 |
奥大日を背景にシール登高(雷鳥沢より) |
その翌早朝 碧く寝静まった山稜に 向かってラッセル開始。 暫くすると 山顛が突如碧い衣を 脱ぎ捨て未だ眠る 黒い尾根の上に 眩く輝き出す。 ・ その光と影が こよなく美しい。 この一瞬に逢う為に 私は山に登るのだ。 |
胸躍る山稜の朝 |
クリスタルな雪稜散策 ヒマラヤのように威風堂々としているが、実はとても小さくてルンルン気分で登れるのだ。 何しろ標高差も僅か200m程で、山荘の朝トレーニングより楽に登れると云ってもいいくらい。 朝風呂に入って山の歌を2,3曲唸って、それからゆっくり朝食をとってと。 おもむろにピッケルやアイゼン、ストック、行動食、飲み物を用意して・・・さーてそれでは行くか。 ・ それでいて雪稜の素晴らしさは正にヒマラヤ級で一歩一歩が嬉しくて愉しくて まるで初めてピクニックに来た少年のように思わずはしゃいでしまいそうになるのだ。 ・ 《あー森羅万象総ては危うい空中楼閣である雪庇上に在るのだよ》と 妖しく優しく誘うように語りかけるカタストロフィの累積・雪庇。 もうその妖しい魅力にあがらう術は無く少年は崩壊雪庇に吸い込まれていくのでした。 |
奥大日三山と雪庇 |
三峰への入口は雪庇 |
連なる雪庇アップ |
大日岳(左)、早乙女岳(右) |
雪庇の上に聳える立山 |
鏡谷に落ちる雪庇 |
雪庇崩壊による雪崩 |
文科省リーダー講習会で遭難 |
奥大日稜線の雪庇 |
2000年3月講習で2名死亡 |
雪庇上から大日三山 |
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雪庇事故はその後も続く |
一瞬のカタストロフィ |
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裁判となり文科省敗訴 |
この巨大な雪庇が落ちない筈はない。 唯落ちる瞬間が分からないだけ。 正にそれは人の生と死。 死は確実にやって来る。 だがその死の瞬間は分からない。 それだけに雪庇への接近は 心情に迫るものが在るのであろう。 |
崩壊予測は不可能ではない |
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2000年3月5日、 |
奥大日山頂(大日岳(左)、早乙女岳(右)) |
国は報告書で「雪庇は巨大で予見不可能」として 責任を認めなかったため、2人の両親が02年、 国を相手取り総額約2億800万円の 損害賠償を求めて 富山地裁に提訴。地裁は06年、 「登山ルートおよび休憩場所の 選定判断には過失があった」などとして 国に約1億6700万円の 損害賠償の支払いを命じた。 (朝日新聞掲載) |
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単独登山者に逢う |
三山の奥に頂は在る |
此処まで来る人は少ない |
昨日登った剣をバックに |
[D] より高みへ シーシュポスの神話
夜明け(別山乗越手前) |
UVクリームを塗りたくって(後方奥大日) |
12時間行動の始まり |
果して日没前に還れるか? |
夜明け前の薄闇の中で あれ程太陽の光を待ち望んでいたのに 曙光と共にやって来たのは 情け容赦無き紫外線。 ・ 天空と雪面の両方から襲い掛かり 皮膚細胞を焼き殺す。 2種類のUVクリームを塗りたくったが 唇が紫外線ヘルペスにやられ 腫れ上がってしまった。 この先未だ12時間に及ぶ紫外線との 闘いが待っていると云うのに。 何という失態。 |
後方に山岳警備隊の3人 |
”神々がシーシュポスに課した刑罰は、 休みなく岩をころがして、 ある山の頂まで 運び上げるというものであったが、 ひとたび山頂まで達すると、 岩はそれ自体の重さで いつも転がり落ちてしまうのであった。 山顛に持ちあげた重い私の荷が
山顛に立った瞬間に転げ落ちて行くのを 私は誰よりもよく知っていた、と カミュを読んだ時に 想ったような記憶がある。 |
剣で初めて出逢った人影・警備隊 |
神々のプロレタリアートであるシーシュポスは、 無力でしかも反抗するシーシュポスは、 自分の悲惨なあり方を隅々まで知っている。 まさにこの無残なあり方を、 かれは下山の間中考えているのだ。 かれを苦しめたに違いない明徹な視力が、 同時に、かれの勝利を 完璧なものたらしめる。 アルベルト・カミュ著
清水 徹訳 『シーシュポスの神話」より抜粋 |
氷の裂け目を行く(奥大日岳稜線雪庇) |
カタスタロフィの累積(奥大日岳稜線雪庇) |
別山乗越までの人影は何処へ消えてしまったのか? 登山者は立山への縦走、スキーヤーは雷鳥沢滑降へ散ってしまったのか。 連休の初日だと云うのに剣御前小屋から先の剣へのルートには誰も居ない。 ・ 前剣の下りでやっと逢えた3人の若者。腰の周りには 岩登りの登攀具・カラビナやナッツのがちゃ物をぶら下げザイルを背負い何とも物々しい。 どう見ても八峰や源治郎尾根の登攀スタイルでここ別山ルートには相応しくない。 訊いてみたら山岳警備隊とのこと。 ・ これぞ神の使わした我がアシスタント。早速カメラを渡しあれこれ注文をつけてシャッターを押してもらう。 「ところでどちらの山岳会ですか?」「いやー今は活動してないので知らないだろうな。 スビダーニエ同人と云うんだが」 「あー聞いた事ありますよ。スビダーニエってどうゆう意味ですか?」 「めぐり逢い、邂逅、逢引と云う意味のロシア語。もう一人の本当の自分との逢引」 ・ 狐につままれたような顔していた警備隊の一人が暫し間を置いてから 「かっこいいですね」と反応したのには驚き。 本当は《もう一人の自らのシーシュポスとの逢引》と応えたかったのだが、それでは余りにも飛びすぎと シーシュポスを自分に置き換えたのだがどうらやこの隊員にはシーシュポスでも通じたかも。 |
前剣岳頂上 |
前剣を下降する山岳警備隊の3人 |
頂上直下早月尾根分岐点 |
右の黒い祠が夏の頂(剣岳頂上) |
(剣岳頂上)山岳警備隊の3人(1人は撮影) |
(剣岳頂上)冬の剣岳の最高点(もしかして雪庇?) |
剣八峰上部(剣岳頂上より) |
小窓尾根(剣岳頂上より) |
別山尾根(剣岳頂上より) |
奥大日岳雪庇稜線からの剣岳 至福と云う言葉は正にこの瞬間に在り。 と言いたくなる程の静かな快感に全身が襲われ、 山との一体感と共に深ーい充足感が限りなく湧き起ってきたのである。 昨日登った山を翌日に他の山の頂から眺める贅沢。 意志と肉体の生み出した究極の歓びでありシーシュポスの完璧な勝利であると改めて認識。 ・ つい数年前までは想像すら出来なかった老化現象のもたらした歓びかな。 4月残雪の剣を一般ルートから登ってもちっとも面白くない。 せめて八峰末端からクレオパトラ・ニードルを経て剣岳山頂に出るとかすれば数年前は納得したのだ。 その余韻を引いているので今回の山旅には大した歓びは期待していなかったのだが どうしてどうして中々の深ーい充足感を見出し吃驚! ・ それ自体の重さで転がり落ちてしまった私の荷を再び背負って登り返さねばならぬが こうなるとシーシュポスの老化現象も悪くはないな。 |
鋸の歯・剣八峰(別山乗越より) |
人影無き別山尾根に入る(剣御前より) |
黒百合コル&剣山荘 |
剣岳(左)、前剣(右) |
無数の踏み跡が記された 別山乗越の上に剣が雄姿を見せた。 踏み跡は剣沢、真砂岳へと続くが 剣へ連なる別山尾根ルートには ラッセルどころかアイゼンで 踏みしめたツァッケの跡すら無い。 ・ しばし惑う。 一般的である剣沢小屋下降ルートを 選ぶべきかはたまた 眺望抜群で豪快な別山尾根ルートを 選ぶべきか? 答えは別山尾根が出してくれた。 ・ 「未だ誰も来てないよ。 観てご覧よ、この堅く凍てついた素肌。 1つの踏み跡もないだろう。 さあ、おいで!」 そんな囁きを耳にしたら もう黙ってはいられないと知っているのだ。 ・ 別山尾根と風の誘惑に魅かれて 踏み込んだ雪と氷の世界に どっぷり浸かり 鋭利な雪稜や雪壁の登攀を堪能。 |
前剣岳の雪壁 |
前剣岳を超えての下り |
更にアップダウンが続く |
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武蔵コルの鎖場 |
7番目の鎖場・スラブなので足場に鉄棒が |
最後の鎖場・雪壁右の鎖を登る |
[F] 大汝山頂より 3015m
鑓ガ岳(左)、南岳(中)、北穂高岳(右) |
優美な笠ケ岳 2898m |
剣岳(左)、真砂岳(右) |
「何年生?」と訊いたら 「ねんちょうぐみ(年長組) 」と返ってきた。 雪の立山もアルペンルートが 開通してしまえば最早 幼稚園児が登るピクニックの世界。 ・ 若い父親に細い紐で結ばれた その男の子は時々 ぐずりながらも母親の後を追って しっかり立山に登って行くのである。 ・ きっと若い両親は山が大好きで 山で結ばれ 生まれた子供には山に因んだ命名をし 子供が雪山に登れる日を 指折り数えて待っていたのであろう。 ・ だがいくら何でも雪と氷の3千m稜線は 無理かなと思って観ていたら 一ノ越を過ぎても頂に向かって 前進を続けているでは。 ・ 幼稚園児の靴に合うアイゼンは さすがに無いらしく アイゼンを履いてはいないが その分、父親がしっかり ガードしている。 |
頂の祠・剣岳(左)、真砂岳(右) |
稜線の途中から岩と氷となり 断念したのか頂では 幼稚園児の姿を観ることは無かった。 僅か5,6歳の幼児の心象に この壮大な雪と氷の世界は如何様に 映ったのであろうか? ・ 遙か南の空に天を突いて黒々と 聳える槍ケ岳。 その奥に連なる峨峨たる穂高連峰。 更に南西に眼を向けると 純白のスカートを長ーく引いた優美な 笠ケ岳が聳え 間近には剣岳、真砂岳が迫り 大汝の頂の背景には 爺ケ岳、鹿島槍、五龍、唐松、天狗が。 ・ 幼稚園と小さな家に塗潰された 幼児の心象に 突然入り込んで来た壮大な宇宙。 余りにも大きく遙かに遠く 幾ら手を延しても 決して届かぬ世界にたった一人で 漂っている孤独な自ら。 ・ あーもしかすると シーシュポスの声すら聞いてしまった のだろうか。 |
大汝山頂遠望・白馬岳(左)、唐松岳(中)、五竜岳 |
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針の木岳 2821m |
剣岳 2998m |
鹿島槍ケ岳 2890m |
[G] 我がベースキャンプ・ロッジ立山連峰&山小屋
警備隊の居る剣御前小屋 |
以前は剣御前小屋に山岳警備隊が常駐し ここで富山県知事名による登山届済書を見せると 雪崩に埋められた時に埋設地点を知らせる ビーコンを渡されたのだが 今はどうなっているのだろうか? 下山途中で通りすがった剣山荘もそうだが どうも山小屋と云うのは肌に合わない。 つい素通りしてしまう。まービーコン無くてもいいか。 ・ 昔の剣登山資料を漁っていたら剣沢小屋や剣御前小屋の 主からの手紙が出て来た。 冬期小屋使用の問い合わせに対する返事なのだが 実に懇切丁寧な心の篭った文面に改めて感心した。 嘗ての山小屋の主は 登山客を仲間として迎え入れてくれたのだ。 ・ 今はつっけんどんで収益だけを目的にしてるような主が目立つ。 と思っていたらロッジの親爺さん まるで昔の手紙の文面そのままの人柄。 未だそんな人が居るなんて嬉しいね、そいじゃ記念にパチリ。 |
下山に寄った剣山荘 |
ロッジ立山連峰前 |
眺望抜群の展望風呂 |
登山入浴後のビアは最高! |
ロッジの親爺さんと |
大汝山からのテント場(望遠) |
別山尾根からの雷鳥平 |
幕人達もロッジの温泉に来る |
温泉と光のアンサンブルに酔い痴れて頗る気分良し。 さてとそれでは久しぶりに山の歌でも歌おうかと 先ず手始めに《山への祈り》を・・・ ・ 山の肌にそっと耳をあてれば 懐かしい音が聴こえてくる。 山の眠りを覚ます命の声か。 ・ 後がいけない。 何れの歌も歌詞が出て来ない。 老化とは果てしなき底知れぬ忘却なのだ。 而して忘却の彼方では 壮大な無が笑みを湛えて待っている。 |
銀世界に昇る湯の煙 広ーい温泉に唯一人どっぷり浸かり 今登って来た山々を眺める。 西の窓を夕陽が紅く染め豊かな湯が紅い光を散らす。 奥大日岳の山稜に吸い込まれるように 太陽が落ちて行く。 ・ 太陽が雪の山稜に触れた刹那 光は炸裂し無数のダイヤを散らし天空に光輪を描く。 |
ここ地獄谷から湯を引いた温泉 |
窓からは雪山讃歌 |
贅沢三昧の極致・雪山と温泉 |
連休遭難死者10人北アルプス 山との別れ 4月30日
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5月 4日、2つの低気圧990hpaと988hpaが 日本列島を挟むように在ったが 午前中は晴れ間もあり山稜はTシャツでの行動も可能であった。 午後、上空5千mでー21度とこの時期としてはやや強い寒気団が南下し 晴、曇、雨、風雪と目まぐるしく天候が変わり 白馬の稜線漫歩をしていた6人が凍死したのを始めとし 6日にかけて北アルプスだけで10人が遭難死。 ・ 白馬では最初は冬山装備も満足に持っていなかったと批判されたが、 その後にザックからツエルトや 防寒着も見つかり、どうもそれらを使う閑もなく 風雪にやられたらしいとなった。 涸沢岳、奥穂高岳では奥穂岳山荘の直ぐ近くで遭難死している。 爺ケ岳の単独女性は冷池小屋に電話をかけ 「吹雪で身動きがとれない。 もう電話のバッテリーも切れる」と連絡し 翌日凍死体で発見されている。 天候急変による吹雪で動けなくなったりルートを失ったりして 遭難しているがいずれも |
この時期での吹雪を想定しての装備を持ち、 行動計画を立てていたと考えられる。 死者達は過去にそれなりに 天候急変による吹雪も体験している筈である。 海外での登山体験もあるベテランも含まれていたと云うから 充分に対応出来たのである。 ところが実にあっけなく死んでしまった。 ・ 奥穂高で滑落死した2人を除いてはいずれも62歳から78歳の登山者。 雪のアルプスを自力で登るには明らかに年を取り過ぎている。 遭難の主たる原因が老化による判断力、体力の低下に 在ることは間違いない。 いつ崩壊しても不思議ではない老化した肉体の諸機能と精神は 累積するカタストロフィそのもの。 それを充分認識しての行動ならば、彼等の死を嘆き悲しむことはない。 ・ 無力でしかも反抗するシーシュポスは、 自分の悲惨なあり方を隅々まで知っている。 まさにこの無残なあり方を、 かれは下山の間中考えているのだ。 |