仙人日記
 
 その100の2ー2014年弥生
3月4週・・・残雪にめげず輝く

山荘にクレバス出現
水源地の雪解け


あの大雪の日から1か月も経つのに
山荘の森は残雪がいっぱい!
さて山荘の水源地は
どうなったかなと森に分け入ると
どうです、深い雪には裂け目が出来ているでは!

夏のアルプスに出来るシュルンドと
呼ばれる残雪の割れ目や
ヒマラヤの氷河に出来るクレバスを
彷彿とさせる
実に立派な雪の造形。
こいつが解けて
山荘の滝になったり水道に注いで
コーヒーやビアになったりするなんて
なかなか愉快だね。

まるで山荘がヒマラヤの
ベースキャンプになったようで
嬉しくて思わずスキップしたら

グランの奴、嗤いやがるんだぜ! 
この雪が
けて山荘の
滝やお風呂に
なったりするんだ!
ヒマラヤの
クレバスの

分だぜや
癪に触るからリードをグイと引っ張ったら
グランの奴、深いクレバスの闇の中から
慌てて飛び出して来て
澄ました顔して云うんだ。

「あークレバス探検は面白かったな。
あの雪の下がどうなってるか
仙人にも教えてあげたいな!
暗くて寒くて唯々、絶望しか棲んでないと
思ったら大間違いなんだよ。
雪解の冷たい水をたっぷり吸いこんで、
闇を心地よい眠りに変えて
草花の根は
生命の予感に満ち溢れているんだぜ!」
 



寸暇を惜しまず働く

もちろん合間には畑の仕事も欠かせない。
幾つ手があっても、山荘では常に猫の手が求められる状態だから、仕事の遅い私でも歓迎される。
此処では本当に寸暇を惜しまず働く。働く時間は季節をしっかり実感できる時間でもある。
塩山の町から里へ来る途中はもう梅の花が満開であったが、山荘の高さではまだ硬い蕾だ。
それが、気がついたら白梅が綻びかけている。
一輪の梅が綻んで、庭に春が始動した。

<梅一輪ほころび庭の景替わる>
ふと浮かんだ一句。
石卓の傍らに立つ山茱萸の花が満開になっていたのに気がついたときには、びっくりした。
金色の光の粒が枝枝に集まって可憐な花を咲かせたかのように、木全体が輝いている。

もう間もなく水仙が一斉に花開くだろう。庭に春の大合唱が響き渡る時が近い。



水仙 前庭

山茱萸 前庭

水仙 前庭
 雪の中で
雌蕊は花開く。
体に蓄えた
糖を燃やし
雄蕊が早く成長し
受粉出来るよう
温めると云う。

その体温は
20℃にも達し
雪をも
溶かしてしまう。


雪の座 座禅公園
雌蕊の体温に
抱かれて
花粉が育つと
早春の寒さを衝いて
虫達がやって来る。

雪の寒さの中で
行われる
凍てつくような受粉は
爆発する
春のプロローグ。

蕗の薹 奥庭

水仙 前庭

大犬のふぐり 奥庭



森を駆け回ったのは

土曜日の朝トレは扇山。落葉樹が伐採されて視界が開け、富士山が素晴らしい。
所どころ斑雪が残されている。
山頂標識に触れ下山してくると、伐採場で懐かしいグランとオバが登場。
この2匹と森を駆け回ったのはいつが最後だったかと思いだそうとしたがわからない。
グランはがっちりと体格が良くなった。
人懐こいのは変わらず、グラン!と呼びかけると嬉しそうに甘えてくる。
忘れないでいたんだね。
オバは以前にも増し鈍重な相貌で、更に臆病になったのか山荘まではついて来ず仕舞い。



蛙の産卵準備 山荘池

この蛙歌を訳すとこうなる。
≪春だぜや、堪らんね。
池に卵を産みたいんだが未だ仙人は
池底の枯葉も浚ってないぜ。
早くしてくれよ≫

まー飽きもせず
この歌が延々と続くんだから
堪んないのはこっちだぜ。
そこで忙しい仙人は
畑作業も、林檎畑の伐採も陶房工事もうっちゃって
せっせと池底の枯葉を浚うのでした。


鹿威しのカスタネットに合わせて
大きな蝦蟇達が≪春のうた≫を日がな一日謳う。

ほっ  まぶしいな。
ほっ  うれしいな。

みずは  つるつる。
かぜは  そよそよ。
ケルルン  クック。ああいいにおいだ。
ケルルン  クック。

(草野心平)
 
 山荘池
さあ、やっとだぜ!
 
蛙の卵うじゃうじゃ 山荘池

小さな雄が大きな雌に
乗っかって
せっせと命を造っているでは。
何だか目がトロンとして
肉体も精神も
無窮の彼方に在るような。


そうか、これから
生みだそうとしているのは
無窮の虚空を
埋め尽くす為の星々なんだな。
朝一番に池を覗いたら
うわー、凄いぜ!
どうだい、この銀河の連なり。

こんなに沢山の
星々が放たれたら無窮の虚空だって
あっという間に
星々の光に満たされて
ケルルン  クック。ああいいにおいだ。
なんて謳いだしたりして!

愉快だね。
虚空がそんな風に謳いだしたら。


上条山へ向かう

良く晴れた青空の下、陶芸棚の修理に精を出し、午後の早い時間から上条山へ向かう。

久々に犬と歩く。グランは舞瑠によく似たところがあり、時々間違えて「マアル」と呼びかけてしまう。
上条の森は午後の日をいっぱいに浴び、明るく伸びやかな斜面が広がる。
朝トレ時のまだ暗い森とは趣を異にして、開放的で気分がいい。

間もなくこの森に、檀黄梅の黄金色を初め、ミツバツツジの鮮やかなピンク、更に新芽の若緑色が溢れかえる。
落葉樹の森が春を告げると、色とりどりの華やかさで、それはそれは美しい森となるのだ。
まだ芽ぶきの前の森は、梢の彼方に空の蒼を惜しげなく見せて、
鋭い枝が描く直線の幾何学模様が、少しばかり膨らみを見せ始める。




冬した蝶
 奥庭

白梅の下に咲く 奥庭
梅と緋縅蝶(ひおどし)
奥庭

翅の縁を良く観てごらん。
鱗粉が剥がれ薄くなって
破れているだろう。
もう、とても飛べるようには
観えないよね。

だいたい変だろう?
未だ雪が残っているのに
蝶が飛んでいるなんて。

そうなんだ、こいつ藪の中で
寒い冬を越して
春の太陽とともに飛び出し
エノキの芽吹きを
待っているんだ。

美味しい若葉を子供たちに
食べさせる為
芽吹いたエノキに産卵してから
死ぬんだよ。


白梅より咲の紅梅 奥庭

太陽をびる蝶  奥庭


森の中でふっと迷う

上条峠から上条山の稜線を上り下りして、小倉山へと向かう。

このコースは落葉樹ばかりなので、葉の落ちたシーズンは遠く南アルプスも望みながら歩ける素晴らしいコースでもある。
上条峠からの稜線歩きは久しぶりだったせいか、
小倉山に近い檜林の下りで何故だか道に迷ってしまい、いつもの分岐点に出ないで、
一つ手前の尾根から一気にザゼン草の森へと下るルートを採ることになった。

こんなに知り尽くしているつもりのルートでも、森の中でふっと迷うことがあるんだ、新しい体験だった。
鶴ヶ鳥屋山で60代の女性二人遭難、一人が死亡とのニュースを聞いたばかりだ。
1昨年の年末に登った静かな山だ。この時期も入山者は少ないだろう。
雪で滑落とのことだが、そんなに危ないところがあったかなと首をかしげる。



北のを背景に咲く白梅 奥庭

梅と云えば
山荘には欠かせない食材。
梅を砂糖に塗して
梅のエキスを絞り出しこいつを
ビアのフレーバーにすると
ビアを超えたビアが出来るんだ。
さて今年の遅咲き梅の味はどうかな?
梅と杏子も春を
奥庭

いつもなら一番先に咲いて
暗い北の森に
眩い銀の光を投げるかけるのに
今年は1か月も遅れて
杏子と一緒に咲いているんだぜ。

梅の奴。


高芝山をく杏子 西畑 


稜線上を歩く幸せ

3年前の3月、我々も低山と侮って清八山の凍った登山道で恐ろしい目にあったことを思い出す。
恐ろしくはあったが、無事に下山出来ればそれは面白い登山でもあった。
舞瑠と悠絽と一緒に登った最後の山でもあったな。
暖かい日差しに包まれて、懐かしい日々を思いながら、稜線上を歩く幸せ。
一方で、一緒に登山した相方を亡くしてしまった人の気持ちを思うと、暗澹たる想いがする。
今年こそは7月にアルプスの稜線を歩こう!と隊長。

いろんなルートを想定して、楽しそうに語る。やはり、アルプスは7月が最高だ。
この夏も北アルプスに同行できるように、しっかりとトレーニングをしなければ。
それでも、足や腰や体力のすべてに大いなる不安はあるのだが、登れる限りは登り続けたい。



グランと一に 上条の森 

グランしぶり! 上条の森 
≪今日は、ちょっと
贅沢をしようか、グラン!≫

いつもは山荘の庭の一部の
ような扇山を散策したり
ピーク2まで足を延ばしたり
山荘目の前の
小倉山に登ったりするのだが
今日は特別だぜ。
そうさ、なんたって折角
グランが来てくれたんだから
大切にしている
一番素敵な森へ行こうぜ。

山荘での最高の贅沢は
山荘産ビアやワイン、野菜、果実では
なくてこの上条の森の散策なのさ。
そうかやっぱり
グランもそう思うかい!
嬉しいな。

グランいね 上条の森 

さあ、だ! 上条山


 

茜の彼方に

隊長にとっては、やはり心惹かれるのはアルプスであって、日本の他の山域には触手が動かないらしい。
東北や北海道の山と聴いても、全然興味が湧かないそうだ。
私は、新潟へ通うようになってから雪深い上越の山々の姿を車窓に眺め、
いつか時間を作って登ってみたいなと思っている。
稜線散歩を終えて、早い時間の夕食を楽しむ。
暮れゆかんとする早春の富士の優しい茜の色に、充実した一日への感謝の乾杯を捧げよう。

スペアリブの骨を平らげ、夕餉の後の庭散歩も堪能して、グランはいつの間にか帰ったようだ。
久しぶりに犬と過ごせた時間が、より心を豊かにしてくれたかもしれない。
茜の彼方に、もう逢えなくなった幾匹かの犬達が並んで駆けていくような気がした。


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