パヌ峰(6455m)初登頂
                                 隊長 坂原忠清



音も無く雪面に亀裂が走る。
本能的に右へ跳ぶ。
亀裂は左に半楕円を描き静かに雪面を切り取った。

次の瞬間、崩壊した雪庇がスローモーションのように落下を始める。


ヒマラヤ登山記録

第6回チベット未踏域遠征隊

派遣母体: 日本教員登山隊、スビダーニェ同人
遠征隊名称: チベット日本教員登山隊2003
後援: 朝日新聞社、川崎市国際交流協会
目的: ニンチェンタンラ峰(7162m)周辺の未踏峰の初登頂
隊の構成:   隊長:坂原忠清
   隊員:村上映子、 坂原冨美代、 チベット隊員:タシ・ピンゾー(22歳)
   連絡官:ツェリン(29歳)、コック:サンド(20歳)
 遠征期間:  2003年7月25日~8月20日
遠征結果:  パヌ峰の初登頂(坂原、タシ)&クレオパトラ峰初登頂(坂原、村上、タシ) 



遠征日程概要



7月25日: 東京→成都 サーズ大流行で観光客途絶え我々が2ヶ月ぶりの客とガイド喜ぶ。 8月5日:
ABC→氷河下 ザイル等登攀具を氷河下まで荷揚げ。6万年ぶりの火星大接近が美し
7月26日: 成都→ラサ 常宿のヒマラヤホテルでなくパルコルにあるシャンバラホテル。 8月6日:  C1設営 9:50発C1着15:30 懸垂氷河登攀中に鳴き兎がザイルを登る摩訶不思議
7月27日: ラサ滞在 食料、装備の買出し。  8月7日: パヌ登頂 C1→頂→C1 9:22発 登頂14:04 C1着17:15 雪崩2回発生
7月29日: ラサ→ヤンパーチン(4300m) 13:20発 15:30着 ヤンパーチン温泉で泳ぐ。 8月8日:
C1→クレオパトラ峰登頂(6105m) C1発9:30 頂12:05(村上、タシ、坂原) 
7月30日: ヤンパーチン→BC(4700m) 9時発 11時着  5035mまで偵察(坂原、タシ)  8月9日:  C1→ABC C1発8:43 ABC着12:40 対岸に雪豹と狼に襲われたヤク発見!
7月31日  BC→ABC(5300m)→BC 9:42発 16:50着(坂原、タシ) 坂原38.2度発熱。   8月12日: ABC→BC 9:04発BC着13:30 村上が渡渉で転倒流されそうになる。
8月1日:
コックSang Dop(29歳)サンドを雇う。翌日近くの丘の上のゴンパに出かける 8月13日:
BC→ラサ 8:30発ラサ着15時 久々のシャワーと街の床屋で散髪でさっぱり。  
8月3日:
BC→ABC 9:30発 15時着 ヤク9頭ヤクメン3人 雨のキャラバン 8月14~8日:  セラ寺、ポタラ宮殿観光、ニマの車で日帰り温泉 デブン寺 ツェリン家招待等の歓待
8月4日: ABC→C1偵察 9:50発ABC帰着19:35 氷河舌端が懸垂氷河となっていて困難   8月19日:  ラサ→成都 市内観光で劉備玄徳の墓等訪れる。翌20日成都成田


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パヌ峰 6455

                  坂原忠清
《1》 氷の海

 氷の海が天空に浮かんでいる。水平線ならぬ氷平線が、銀の光を放ち北の空を真一文字に断ち切る。左右から逆光を浴びて、漆黒の岩稜が深い闇を落とす。

 天空の碧、氷海の銀、岩稜の闇。この光と影が静かに、潮が満ちてくるように心象風景に滲む。天空に架かる氷河を目にしたとき、ターゲットの7117mのタンラ峰は消えた。何の違和感も無く、第六回目のチベット遠征の目標は、あの天空に架かる氷河にあると確信した。氷河から妙なる音色が忍び寄る。

 天空の碧にピーンと張った銀の糸が、僅かに振動し少女チュンダの音色を奏でる。リズミカルでありながら、弦楽器の持つ悲哀を帯びた音色が、我々の小さなテント村を包む。
 チベットの古都・ラサでの旅立ちの朝、少女はやって来た。荷を積み終え、車のエンジンをかけようとするこの瞬間を待っていたかのように、忽然と弦楽器を抱えて少女は現れた。車のボンネットに寄り掛かり、銀の糸を小さな指で爪弾く。

 
 

 素朴な音が一つ、ボロンと零れたかと思うと、早いテンポで音色が紡ぎだされ路上に流れた。五本の銀の糸は高く低く、大気を震わせ路上の人々を貫き、妙なる音色となって天空へ消えた。

 幼い吟遊詩人の妙なる音色が、天の回廊を巡り今再び我々の小さなテント村・ベースキャンプに降下してきたのだろうか。そういえばチベットでは、今まで路上の吟遊詩人を見たことが無かった。一体あの少女は何処からやって来たのだろう。


 突然我々の目の前に出現した幻の天空氷河のように、旅立ちの直前に突然やって来た少女。少女が「幻の天空氷河」存在の予言者であったなら、あの氷河からの妙なる音色は間違いなくチュンダだ。氷河を見た瞬間確信したターゲットは、チュンダがもたらしたのかも知れない。

《2》 高所キャンプへ

八月六日(水)晴 2度

  動脈血中酸素濃度80%
  起床安静時心拍数67
  体温36.3度
  高山病自覚症状5段階の2

 

 体調、天気共に悪くはない。問題は氷河舌端部の黒い氷壁突破にある。2日前の荷上げを兼ねた偵察で、垂直の黒い氷壁との正面対決を避け、左岸を巻き何とか氷河本流に出て帰路を右岸にとった。

 両岸共にモレーンの岩層に覆われた急斜面になっており、落石と滑落の恐怖に晒され続ける危険極まりないルートである。このルートからの荷上げは、どうしても避けねばならない。

 となると必然的に垂直の黒い氷壁にルートを開かねばならず、正面対決を余儀なくされる。今遠征の「天空の氷河」に至るキーポイントは、この垂直の黒い氷壁突破にある。個人装備、撮影機材、5日分の食料を詰めたザックは、頭がクラクラする重さである。

 9時50分ABC(前進ベースキャンプ)をよたよたしながら出発。ベースと黒い氷河の間には氷河湖が二つある。早朝の氷河湖は水量が少なく、湖岸は砂浜になり歩き易い。午後になると数本の谷が湖に流れ込み、徒渉したり高巻きせねばならぬルートが、早朝は簡単に通過出来る。重い荷物を負っている身にとってこれほど嬉しい事はない。

 パヌ峰概念図  
 

BC
ABC
C1
位置
:未踏峰
:既登頂峰
:登山基地
:前進基地
:第一高所キャンプ
:北緯30.4° 東経90.6°
 


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 昨日デポした赤ザイルを途中で回収し、更に重くなったザックに舌打ちしながら、何とか黒い氷河下部に達する。まず重いザックを下ろしエネルギーの補給に努める。低酸素、重い荷、標高5千mを超えた登高がもたらすエネルギーの消費は凄まじい。
どんなに鍛えられた肉体でも空腹には成す術が無い。
 
 包装紙を破るのももどかしくチョコパフェを取り出し、口に頬張る。咽下せぬうちに2個目、3個目を頬張り水をラッパ飲みする。疲れていて食欲の無いときも、このチョコパフェなら喉を通る。大切なことは食べた後である。

 即エネルギーに変換するには、甘い炭水化物に摂取量の数倍の水分を加えねばならない。ラッパ飲みした水分が糖分を胃に収める。血液にエネルギーを送りだす心地よいリズムを微かに感じながら、黒い氷河末端に目をやりルートを求める。

 目の前に直立する氷河は、白くもなく青くもなく黒い。氷河上流の純白の雪氷は中流で圧力と太陽熱を受け、暫し青氷になり山肌を削り大量のモレーン(岩層)を下流に運ぶ。下流に行くに従い氷に含まれる砂粒は増大し、氷河は黒くなる。

   氷河末端部での氷は、大地と見分けがつかなくなることも多い。しかし目の前の黒い氷河は、氷の割れ目から激しく水を吹き出し、激流に洗われ大地とみまごうことは無い。

 
 氷河下部の激流との間隙が、我々のルートを決める。激流をジャンプし垂直の氷壁に跳びつき、同時にピッケルを打ち込み体を固定せねばならない。

 激流に落ちたら氷河の下に引きずり込まれ瞬時にして死に至る。ジャンプして充分に氷壁に跳び移れる幅の狭い場所が、我々のルートとなるのだ。


 まず激流に沿って数10m登り、幅1m程に狭まったルートを観察。空身でジャンープすれば幅1mは跳べる。問題はその後、氷壁に確実なピッケルが打ち込めるか否かである。氷壁の傾斜と氷の状態を読み取る。更に激流手前の氷塊にピッケルを打ち込んでみる。

 ピックの部分が2cm程食い込む。体重を支えるには充分の深さではないが、ピックの角度によっては可能である。しかし氷壁の傾斜は75度を越えている。ピックの角度を安定角にして打ち込むには不安が残る。次に氷壁の傾斜の緩いルートを選び、ジャンプの距離を計る。

 

 

 広すぎてとてもジャンプ出来そうもない。下流でタシが叫ぶ。
「サカバラサン! This is narrow」
まさか下流にルートが見いだせるとは驚きである。下に行くほど激流の幅は広がるのだが、タシの見つけたルートは氷壁がそこだけ張り出し、幅が狭くなっているではないか。

 その上、氷壁の角度は60度前後でジャンプ後のピッケルの打ち込みは、充分に可能である。多くの困難な氷河登撃を体験し、氷河でのルートファインディングには自信のある坂原も、今回はタシに先を越された。

 アンザイレンし空身で2本のピッケルを構え、坂原が氷壁にジャンプ。12本爪アイゼンの先端の2本が、ガチッと鋭い音をたて氷壁に食い込む。同時に両手のピッケルが頭上の氷を捕らえ、身体はしっかりと氷壁に固定される。緊張の一瞬が過ぎ、アドレナリンが緩やかに消失を始め、心筋の収縮から開放され自由になる。

 この先の氷壁登撃に不安は無い。ダブルアックスで交互に左右のピッケルを打ち込みながら、グングン高度を稼ぐ。高所登挙用の細くて短い30mザイルが延びきった所で、氷の亀裂に遭遇。ラッキー!

 アイスハーケン無しで氷壁にザイルを固定することは出来ない。しかし軽量化を余儀なくされ今回重いハーケンは持参していない。ザイルの固定をどうするかが、重要な課題である。


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 登攀前に図を地面に描いてタシに説明した方法は「茸氷支点法」である。ピッケルで氷壁に刻みを入れ茸を作り、その刻みにザイルを掛け支点とするのだが、時間がかかり技術的にも難しい。


 氷が割れたり、ザイルが溝から外れる恐れは充分にある。氷の亀裂との遭遇は予想外の幸運であった。うまいことに亀裂には、30cm大の岩まで挟まっでいる。


 急遽作戦を変更し、茸氷を岩に変えザイルを岩に結び、岩をアイスハーケンにして亀裂に嵌め込む。ザイルを強く引いて支点強度を確かめてみる。ビクともしない。思わずラッキーと叫ぶ。固定したザイルをハーネスにセットし、セルフビレー(自己確保)をとり、タシ、村上にコールする。

 「OK!まずザックを上げるぞ」
坂原のザックを引き上げ、次に村上が固定ザイルを登り、最後にタシが重い荷を背負って上がってくる。
 
 第一回目の偵察では左岸を巻いて、岩雪崩と落石の恐怖に怯えながら氷河上部に逃げたが、今回は正面からの突破に成功。
まずは第一関門をクリアーしたが、この先の津波のように荒れ狂いのたうつ巨大氷河にルートが見出せるか、大いなる不安。

 

 

 偵察の帰路で、何度もこの正面氷河の下降を試みたが、下部に行くに従い氷河は急峻になり、ルートを見いだすことは出来なかったのである。仕方なく右岸を下ったが、右岸を下るとベースキャンプに戻るには、激しい本流の徒渉を余儀なくされる。流されたら一巻の終わり。


 最後の選択肢としては、氷河正面突破しかない。不安を抱いたまま、頭上に屹立する氷壁を見上げる。直上して最短距離で氷稜上に出たいが、最上部での傾斜は垂直を越えてオ-バーハングになっている。一方、右の氷河上流へ出るルートは、氷壁をトラバース(横断)した後の亀裂が、どうなっているか予測出来ないのだ。先まで行ってから判断するしかない。
 

 1ピッチ目に使ったザイルを氷壁に固定し、新たに50mザイルを取り出し、慎重にトラバースを開始。急峻なトラバースほど嫌なものは無い。側面のアイゼンが僅かに食い込んでいるだけで、常に滑落の危険性に晒され、神経がヒリヒリと痛む。

 右に急角度で落ち込んでいる氷壁に目をやると、危機感が増大し更に神経を刺激するので前方のみを見つめる。だが前方も凄まじい光景が展開する。大津波を一瞬にして凍らせたような、氷稜と氷壁のコンポジション。トラバース終了点でルートの先が見え、初めて希望に出会ったような気分になる。

 壁の傾斜が緩くなり、暫くの間は危険地帯から脱出出来そうである。問題は帰路。このトラバース地点の入り口を見失ったら、下降出来ない。ザイル固定点に出られず、重い荷を捨てて再度登り返し、他のルートを探さねばならない。


 アタックを終えた後の疲労困憊した肉体が、その辛苦に耐えられるか自信は無い。
「タシ!岩を集めてくれ」
やや斜度の緩くなった氷壁には、幸いなことにモレーンの破片が幾つか止まっている。

 氷の亀裂に岩を嵌め込みケルンを建てて、帰路の目印にする事にした。ガスや吹雪で視界を失っても識別出来るよう、可能な限り大きなケルンを積まねば。

 ここから4ピッチ(約200m)程進むと剃刀の刃のような鋭い氷稜に出る。片足の靴の幅にも満たない氷の上に立つのは、何度経験しても神経がボロボロになる。最後尾のタシが叫ぶ。
「Too much dengerous!」

 村上、タシ両名に付いて来れるか聴いてみる。村上は、ザイルで確保してくれれば何とか登れると答えたが、タシは拒否。仕方ないのでタシには、右斜面へのトラバースを指示する。

 


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 剃刀の刃は上部に行くに従って、鋭さを増し最早立っていることは不可能となり氷稜を跨ぎ馬乗りになる。尾骨に氷の刃が食い込み重いザックがプレスをかけ、痛いの何の。

 氷刃の終点は30m程の垂壁。ザックを担いでいては登れない。ザックを氷刃に固定し空身で垂壁に挑む。最後の数mで身体が空間に浮き出てしまい、墜落の恐怖を味わう。垂壁の出口にピッケルを打ち込み、身体をそろり上げると上部氷原のなだらかなスロープが目に入った。ヤッター!

 少女チュンダの弦の音色が、広大な氷原から風に乗って流れ来た。チベットでは見かけない吟遊詩人の少女が、出発直前に現れ奏でた音色は、風と氷が触れ合って生まれたのかも知れない。

 であるならば、あの見たこともない少女が突然現れ、我々の為に奏で歌ってくれたことには何の不思議もない。今ここで極度の緊張感からの開放が聴いた幻聴と同じく、あの出発の瞬間のチュンダも、遥かなる天空から送られた風と氷のメッセージだったのだ。

 チュンダの弦の音色を聴きながら、ザイルを手繰り村上を上げる。すると世にも不思議な光景が展開した。チュンダの音色に惹かれて出てきたかのように、一匹の小さなアップラと呼ばれているモルモットが、赤いザイルを登って来るではないか。

 
 

 ザイルを齧られると切断の恐れがあるのでザイルを揺すって何度も振り落とすが、へこたれず登ってくる。やがて村上も気づき声を上げる。草原に住むアップラにとって氷河は死そのもの。

 餌をとることが出来ないどころか、氷河の寒気には耐えられない。緑の地からこの高さまで、アップラの足では数日を要する。生きてこに在ることは奇跡である。ついに私の所まで登ってきて、手袋にもぐり込み身を丸める。

 幾ら寒くてもこいつを高所キャンプに連れて行くわけにはいかない。3人で相談して、可哀相だが氷河の下へ追いやることにした。緑のベースキャンプではとても敏捷で、人間の気配を感じるとすっ飛んで逃げ去るのにここでは私の手袋の温もりを慕ってくる。

 寒気と空腹で助けを求めているのであろうが、やはりキャンプに連れて行くことは、余りにも危険である。氷河へ放つ事が死に繋がることは充分に予測出来る。未必の故意による死を覚悟でアップラを放つ。

 アップラに後ろ髪惹かれながら、ザイルを解き高所キャンプへ向かう。ここで氷河は垂直の構成を終え、なだらかな氷原となる。

 氷原であっても隠れたクレバス、見えない氷の裂け目・ヒドンクレバスが至る所に走り、氷河上でのアンザイレンは不可欠である。ザイルを結んでいれば、例えクレバスに落ちても即救助は可能である。にもかかわらずアンザイレンを無視した。ザイルを解いた理由は2つある。

 一つは前回の偵察で、比較的安定したヒドンクレバスの少ない氷河であると判明したこと。偵察後2日経ち、新雪に覆われていた氷河上の雪が溶け、ヒドンクレバスが顔を出し視覚でクレバスの存在を判断出来るようになったこと。

 二番目は重いザック。垂直に近い氷壁登攀の連続で肉体的、精神的疲労の個人差が激しく、ザイルを結んでの同一歩調がとれそうもないことである。体力のある者が先行し、高所キャンプを機能させることにより、疲労困憊した隊員の援護が可能になる。

 実はもう一つ理由がある。太陽の出ている内に高所キャンプに入ると、水を手に入れることが可能なのだ。テントは氷河上にあるものの、総ては凍りつき水は氷を溶かして作らねばならない。氷を溶かすには余分な燃料が必要な上、時間がかかる。


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 これは時に高所キャンプでは死活問題となる。まず貴重な燃料・ガスボンベが足りなくなり、炊事が不可能となる。高所では大量に採らなくてはならない水分の補充が出来ず肉体へのダメージが増大する。

 元気な隊員が先行し、太陽のある内に氷河上を流れる水を得なければならぬ。軽量化を図り、ガスボンベの荷揚げ数を最小限に抑えたのは、当初からの私の作戦であった。その作戦を可能にするのが氷河上でのザイルを解くこと。

 これで隊員がヒドンクレバスに落ちたら、このような判断をした隊長に責任の総てはある。タシ、村上にアンザイレンを解くとの同意を得たものの、一抹の不安を抱きながら、坂原がトップで高所キャンプへ向かう。

 登りだして直ぐに、キャンプへの距離の長さを思い知らされる。氷壁登攀で緊張していたため、肉体疲労の予想外の激しさに気がつかなかったのだ。休息を兼ねてビデオとカメラを出して撮影。

 タシが追い上げてきて私を抜いていく。さすが高所チベット族!ファインダーにタシを入れる。タシの遥か先に小さな黄色い点が見える。高所キャンプだ。まだまだ遠い。村上は相当ばてているようで、遅々として進まない。

 

 
 

 15時30分、高所キャンプ着。氷河にザックを下ろし、テントのチャックを開ける。チャックは細紐で結んである。風の強い高所キャンプでは、風の力で簡単にチャックが開いてしまうことがある。

 そうなると一瞬でテントは飛ばされてしまう。問題はチャックだけではない。テント下に風がもぐり込むと、同様に一瞬でテントは吹っ飛ぶ。テントのぐるりを切り出した氷で覆わねばならない。

 2日前の設営でタシに教えながら立てたテントは、細紐も氷の壁もしっかりしており、少々の風にはびくともせず、我々を迎えてくれた。テントにもぐり込み、即エアーマットに空気を入れ、コッフェル、ガスを出し紅茶を作る。同時に水汲みを急ぐ。陽が落ちて氷河の融水が凍らない内に汲まねばならない。

 16時30分、テントに3人が集結した。テントの入口から真っ正面に、爪の形をした氷壁で着飾った無名峰が見える。高所キャンプにやって来て、高揚した気分で眺める未踏無名峰は、宝石のようにキラキラ輝いて見える。この輝きを求めて、とうとうここまでやって来たんだ。

 垂直氷河登攀の緊張感も、重い荷で疲労困憊した肉体も、テントの目前に展開する未踏峰群の煌きに昇華され、深い悦びに満たされる。

 ミルクと砂糖をたっぷり入れた紅茶が五臓六腑にしみわたり、深い悦びに体細胞の一つ一つが応える。高所登山では体内から奪われる水分は、一気圧の下界とは比べ物にならない。高高度の登山の肉体消耗度、カロリー消費も下界の運動とは比較にならない。


 水分、カロリーを失った肉体にとって、ミルクと砂糖をたっぷり入れた紅茶は、この世に存在する最高級の飲み物なのだ。夜、広大な氷河の天空は無数の光が鏤められ、時間と空間を超えた物語を雄弁に語り始めた。


 6万年ぶりに地球に大接近した火星が天空を支配し、アリアを歌う。荷がどんなに重くても、これだけはとザックに忍ばせておいたテープが、ストラヴィンスキーに変わった。雪崩の映像場面でBGMに使った懐かしい「春の祭典」。あの時のような雪崩に襲われませんように!

 氷河劇場での天空ドラマとストラヴィンスキーのコンサートに酔いしれて、贅沢な眠りにつく。明日はアタックだ。

《3》 アタック

 八月七日(木)晴 マイナス6度


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  動脈血中酸素濃度70%
  起床安静時心拍数57
  体温36.4度
  高山病自覚症状5段階の2

 血中酸素濃度が10%低下した。標高が500m以上高くなったので、肺は空気中からの酸素摂敦が更に困難になったのだ。しかし心拍数は逆に10減少している。

 肺の酸素摂取量が減少した分を補うため、心臓は回転数を高め、酸素供給量を元のレベルに戻そうとする。従って心拍数は上昇するはずなのである。にもかかわらず10も減少した理由は2つ考えられる。

 1つは心臓機能の低下。もう1つは血中のヘモグロビンが、低酸素の刺激を受け増加しはじめたことである。酸素濃度が減少してもヘモグロビン数が多くなれば、細胞に供給される酸素量も増える。酸素量が増えれば心拍数は減少する。

 酸素濃度の測定器が、ヘモグロビン数をカウントしているならば、この推測は意味を持たないが、体調が良好である現在、考えられる理由は、二番目のヘモグロビンの増加以外に無い。いずれにしてもアタックの朝としては、申し分ない良好な体調である。

 

 

 ぐるりの山嶺が払暁の光を浴びて、仄かな薔薇を帯びる。氷河上の高所テントは、未だ七千m峰の蔭の中にあるが、もうすぐ光はやって来る。

 9時22分、坂原をトップに村上、タシとアンザイレンし高所キャンプを出る。氷河中部から望見出来た山頂は、ここからは見えない。山頂から南東に連なる尾根がⅡ峰、Ⅱ峰を従え、クレオパトラと名付けたⅣ峰で急激に高度を下げ、山頂を遮るのだ。

 氷河に落ち込んでいる尾根へのルートには雪崩の跡が生々しい。あの雪壁の何処にラインを引くかによって、今日の我々の命運は決まる。早朝の固く締まってラッセルの無い快適な氷河を歩みながら、ラインをイメージする。

 昨夜も考え続けたⅢ、Ⅳ峰問のコルへの直上が理想的ではある。しかし直上は安全ではあるが、体力の消耗が激しい。登頂の可能性が読めない未知の未踏峰では、体力の消耗は極力避けねばならない。

 雪壁を刺激しないよう出来るかぎり急角度で、トラバースするしかないだろう。と改めて雪壁に目をやると、朝一番の太陽が氷河に飛び込んで来た。こいつが雪壁を暖め雪崩を誘発することを考えると歓迎しかねるが、氷点下の世界では幸せな気分になる。

 

 雪壁の手前でこれからのラッセルに備え、食料を腹に詰め込む。急斜面のラッセルを開始したら、途中で止まるわけにはいかない。雪崩の恐れのある場所は、フルスピードで駆け抜けねばならないのだ。

 重いザックの荷上げに躊躇いつつも、敢えて詰め込んだ林檎にかぶりつく。アタックの行動食に贅沢な林檎。重いだけでなく高所に荷上げした林檎は、厳しい寒さで凍りつき行動食としては不適格である。

 気温の下がる夜間は寝袋の間に入れて、凍らぬようケアせねばならぬ。そこまでして高所キャンプに林檎を荷上げするアタック隊は聴いたことがない。にもかかわらず何故我々は林檎を荷上げしたのか?

 アタック当日は誰もが新たなる高高度に突入することになり、前夜の高所キャンプでは眠れず食欲は減退する。食べられなければ当然エネルギー不足で登れない。アタック日の食欲不振は、深刻なのである。

 この食欲不振の救世主が林檎なのだ。空腹であるのにどの食物も受け入れない胃が、唯一林檎だけにはOKサインを出すのだ。となりを見ると、食欲が無く今朝はミルクしか飲めなかった村上が、美味しそうに林檎を食べている。良かった。


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 これならこの先のラッセルに耐えられるかも知れない。タシもビスケットには目もくれず、林檎にかぶりついている。どうやら重い荷にめげず持ってきた甲斐があったようだ。

 口内に広がる林檎の甘い果汁を楽しみながら、雪崩ルートに目をやる。Ⅳ峰の南面は既に殆ど雪崩れてしまい、壁の黒い氷が露出している。下の黒い氷まで雪崩れる底雪崩は、この高度では滅多に起きないので、ここでの雪崩は無いと考えてよい。

 問題はⅢ、Ⅳ峰間の急雪壁だ。雪崩の兆候である小さな雪玉の落下跡は幾筋もあるが、雪崩跡は無い。雪崩が起こるとしたら表層雪崩であろう。

 ラッセルの深さから判断して表層雪崩の雪の厚みは約1m。表層雪崩の速度は発生後10秒で時速90kmに達する。Ⅲ、Ⅳ峰間の急雪壁の幅は約7百m。雪壁の斜度は表層雪崩にとって理想的な40度前後。

 その上、朝の太陽をたっぷり浴びて雪の温度は上昇中。村上とタシの顔を見る。表情から何を考えているかは判断できないが、登高意欲に大きなプレッシャーを急雪壁が与えていることは、確かであろう。

 

 

 

   だが希望はある。この壁の下には雪崩の痕跡であるデブリが全く無い。ここ数週間は少なくとも、雪崩は発生していないと考えられる。逆にその事実は、発生した場合は巨大雪崩になることを示しているのだが。

 その発生がいつになるかの判断が、希望か絶望かに繋がる。登頂したいと言う昂った感情を冷静に見つめ判断を下さねば、死がやって来る。まずラッセルをしてみて、そのラッセルの感触で最終判断を下そう。

 雪壁のラッセル開始後数10分で村上がギブアップ。
「もう登れません。ここで待ってます」
「ここは危険だ。駄目なら可能な限り速く下るしかない」
「待っていてはいけませんか?」

 単独で下降させるのにも危険は伴うが、ここで待つよりは遥かに安全である。思ったより雪は安定している。短時間で通過出来れば雪崩のリスクは、小さいだろう。

 タシと二人になったのでスピードアップする。膝上までの苦しいラッセルが延々と続くが、緊張しているため筋肉の痛みを脳が感知しない。安全なコル(鞍部)まで100mの位置に達したところで、タシが突然大声で叫ぶ。何を言っているかよく分からない。

 「What's happen?」
と何度か聞き返す。どうやら
「No bilieve!」
と言っているようだ。何が信じられないんだ、と無視して進もうとしたが、タシは一歩も動かず、ピッケルで雪面を叩く。
 「Avalanche!」

 そうか。雪が不安定で雪崩が起こると叫んでいるのか。タシの所まで戻る。チベット登山学校の優秀な三年生にとって、初めての恐怖なのかも知れない。無理をさせる訳にはいかない。ここからザイルを離してタシを下らせ、単独登頂を試みるしか無い。
「OK!Tashi Go back]

 この急斜面でモタモタしている訳にはいかない。ザイルを解くようタシを促すが、タシはザイルを解かない。一緒に戻ろうと言う。話している時間は無い。高所キャンプを指さし再度 「Go back」を繰り返しラッセルを続行する。

 暫くするとタシが追いつき、もう少しだけ登ってみると言う。コルへ出るまでに数回タシの逡巡が繰り返され、12時17分ついに危険な雪崩地帯を抜け、未踏無名峰の稜線に立った。ピークが見えた。Ⅱ峰、Ⅱ峰を従え南側に雪庇を大きく張り出したたおやかな山容。


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 南壁は雪崩に削られ、中央部が岩を露出しているものの、私が描いていた登攀ラインは穏やかな様相を呈している。タシが笑顔を見せる。雪崩危険地帯を脱出した喜びと、目標のピークが見えたからだろうか。


 村上も雪崩の危険地帯から抜け出し、氷のプラトーに小さな点影を宿している。最初の危機は乗り越えられたが、帰路、再びここを下ることを考えるとゾットする。


 太陽によって暖められた雪が融け、固体部分が液状化を始めた雪壁がどう出るか、自明の理である。生きて帰るにはスピードアップし、危険地帯の滞在時間を短くする以外にない。

《4》 消えた音色

 稜線に出てから暫くはラッセルの苦しみから開放され、クラストした快適な登攀が続いたが、Ⅱ峰への登りで様相が一変。足首までだったラッセルが膝までの深さになり、次の一歩で腰まで沈む。

 吹き晒しの稜線では雪が飛ばされ積雪はない。逆に風の影になるⅢ峰への登り斜面は吹き溜まりとなり、雪のプールになっていたのだ。雪がさらさらで腰まで沈み込んだ体を持ち上げることが出来ない。

 

 

 

 

 ピッケルで雪を掻いて固め、その上に右足を乗せようとすると左足が更に深く沈み込んでしまう。沈み込んだ体を持ち上げようと両手を雪面に置くと、両手は何の抵抗も無く雪の中にもぐりこむ。

 Ⅲ峰を左に巻いてⅡ、Ⅲ峰問のコルへのラッセルを試みるが、雪の深さは変わらず前進不能。左に巻いてトラバースすると雪崩を誘発することにもなるので、早々に断念し直上を決意。

 Ⅲ峰頂上の右に顕著な角岩が突き出している。あの角岩へのラインが最短距離でラッセルも楽そうに見える。角岩目指して必死でもがき続ける。体を前に倒し上半身をハンマーにして数回雪を叩き、次に膝で更に固め最後に足を乗せ雪をプレスする。


 ザイルがいっぱいに延びきった所で、タシに登って来いと合図するが又もやタシは登ってこない。タシの強さとクライミングの巧さを知っているだけに、タシの恐怖の意味することが実感として伝わって来る。

 タシはこのⅢ峰の登り斜面全体が、人間2人の重さに耐えられず雪崩ると恐れているのであろう。世界最高峰チョモランマの麓の村ティンリで育ったタシにとって、雪山は日常空間である。

 雪の恐ろしさは骨身に染み込んでいる。肉体が本能的に拒否をして動けないのだろう。タシ、無理をするな。怖かったら帰れ、との思いを込めて叫ぶ。
 「Tashi!Go back .No probrem!」

 すると何を勘違いしたか、逡巡の後タシが猛スピードで登り始めた。私が悪戦苦闘し、もがいて作ったトレースを、あっという間に登ってしまった。upとback
を聞き間違えたのだろうか?

 腰までの雪は例え二番手であっても、容易に通過を許さない。タシの強靭さに改めて驚嘆させられる。Ⅲ峰のピークに出るとラッセルの深さは膝下になり、目前に雪庇を張り出した優美な銀嶺が展開する。主峰、Ⅱ峰へのラインは雪庇の崩壊さえなければ、危険は無さそう。

 稜線の雪庇から下に視線を移し、雪庇崩壊による雪崩痕を数えてみる。主峰のピーク直下に1つ。主峰、Ⅱ峰間のコルに1つ。Ⅱ峰からコルにかけて6つ。計8つの大きな雪庇崩壊がある。

 いずれも下の黒い氷を剥き出しにしており新しい崩壊痕跡では無い。雪庇上と稜線上の判断を誤らず、更に雪庇崩壊による稜線上の雪面の引き込みラインを見極めルートを採れば、問題無いであろう。


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 Ⅱ峰を越えて主峰とのコルへ下り、水分とエネルギーの最終補給をする。再びラッセルが深くなれば、膨大なカロリーが消費され山顛を目前にして、前進不能に陥るだろう。

 テルモスの湯に雪を入れ冷たくなった液体を胃に流し込む。こうすると2倍から3倍の水分を摂取出来る。高所で失われる水分は、一気圧の下界とは比べものにならない。脱水症状を起こし、痙攣、精神障害を伴い致命的なダメージを受けるのだ。

 水分補給だけでなく、猛烈なラッセルによる体力消耗、脱水症状を防ぐためには、ザックをコルにデポし最小限の荷でアタックせねばならない。タシは派手なシャンデリアのように張り出した雪庇を見つめながら、何か言いたそうである。

 トランシーバーでBCと高所キャンプを呼び出す。BCのツェリンの声が飛び込んでくる。今日初めての交信になる。BCと我々との間に六千mを越える山脈が横たわり、今まで交信不良だったが、遮っていた山脈より高い位置まで登り、BCとの交信が可能になったのだ。

 

 

 

 「タシが雪崩の危険性を訴えているが、ここまで登ってきてしまった。ツェリンからも無理をせず下るよう説得してくれ」と伝え、トランシーバーをタシに渡す。チベット語、中国語の混じった会話が暫く続き、結局タシはアタックを決意したようである。

 BCのツェリンと高所キャンプの村上に、2人でこれからアタックするのでトランシーバーをオープンにしておくよう指示し、主峰に向かう。ラッセルの出だしは膝上までの深さで、まずは順調。ルートのラインを慎重に読む。左の雪庇上に乗ってしまったら、雪庇崩壊と共に落下してしまう。

 しかし右に寄り過ぎ雪壁に踏み込むと、ラッセルが深くなり雪崩を誘発する恐れがある。音も無く雪面に亀裂が走る。本能的に右へ飛ぶ。亀裂は左に半楕円を描き静かに雪面を切り取った。次の瞬間、崩壊した雪庇がスローモーションのように落下を始める。

 ルートのラインの読みはぎりぎりセーフだが冷や汗が滲む。安全ラインよりさらに右にルートを変更し、ザイルを延ばす。何故かここから山頂直下まで記憶が消えてしまい、タシとのやり取りも思い出せない。ビデオカメラだけを持ったタシが、ザイルに繋がって登ってきたことは確かなのだが。

 次の心象映像は山頂に立った私が、ザイルを手繰りながらタシを迎え、握手し抱き合うシーンである。雪庇崩壊のショックを消去する為、潜在的に感覚を麻痺させる何かが働いたのだろうか?

 タシはザイルを手繰る私にビデオを向けたまま、一歩一歩ゆっくり近づいてくる。あれほど雪崩を恐れていたタシの面影は無い。自信に満ちた登山学校の優秀生徒の手が、差し伸べた私の手に触れる。

 抱き合うタシの肩越しに、チベット最大級のナム湖の群青が広がる。登攀中も右側に見えていたはずなのに、覚えていない。雪崩に意識を集中していたので、インプットされていないのだろう。

 惑星の雪と氷の摺曲を包むように、群青を湛えた湖が北の空に浮く。雪と氷の無彩色に占められていた私の心象風景に、今初めて刻まれる彩。   

 白銀を溶かした群青は、群青が本質的に秘める漆黒の気配を感じさせず、明るい光で惑星の壮大な摺曲に歌いかける。曲に耳を傾けようと心象風景の彩に意識を集中する。


 湖の奏でる音色は、チュンダの五弦の弦楽器から紡ぎ出されると直観した。しかし幾ら耳を傾けても、ラサで聴いたチュンダの音色は元より、何の響きも聴こえなかった。

「幻の天空氷河」を追い求める旅は,終わってしまったのだ。


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アタック・メモ
                八月七日(木)晴

(1) 高所キャンプ出発・・9時22分
(2) 村上下山開始‥11時45分
(3) 稜線上に達する‥12時17分
(4) Ⅲ峰頂上着‥12時40分
(5) 雪崩発生‥13時37分
(6) 主峰(6455m)登頂・・14時04分
(7) Ⅲ峰の角岩下でヒドンクレバスに坂原が落下。首まで落ち止まる。

(8) 雪崩2回発生
   太陽熱で午後の雪が緩み
   腰上のラッセルが続き、
  足が雪から抜けなくなる。
  タシの靴が何度も脱げて
  しまい雪崩の恐怖の中で
  パニック。タシ大幅に遅れる。
(9) 坂原、高所キャンプ着・・16時40分
(10) タシ、高所キャンプ着・・17時15分

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