仙人日記
 
 その113の4C2015年  卯月

4月4C週・・・

村上隊員の記録

奥大日岳の頂に

さあ、立山縦走へ出発
【1】
風邪が抜けきれず

4月後半の天気予報図は、
それまでの不順な天候とは
打って変わって、晴れマークが続く。
24日の金曜日からの実行を
予定との連絡が入り、木曜日の晩までに
山荘へと向かう。


初めは週末か来週初めかなと
予測していたので、
かなり慌てて準備して飛んで行った。
ずっと風邪が抜けきれず、
トレーニングもしていないのに、
何故か何とかなるだろうとの甘い判断。

むろん仙人がアキレス腱痛の為、
本格的トレーニングが出来ないでいる
ことを知っているからだろう。

しかし、山でのトレーニングは
控えているとはいえ、
腹筋もストレッチも欠かさず、
畑仕事でかなりの力仕事を
こなしている仙人は、
並の体力で無いことは当然。
 
 
【2】
ヒュッテで温泉三昧


以前、女性の最高齢で
チョモランマ登頂の
渡辺玉枝さんが、
特別なトレーニングではなく
毎日の畑仕事が体力を作っていると
話しているのを聞いたことがある。

つまり体力に問題無い筈の仙人と
同行するのに、なんでそんなに
呑気に居られるのだろう。

室堂のヒュッテで
温泉三昧でもいいや、、、
と云う、とても楽天的な気持ちが
どこかに在るからなのだろう。


とにかく雪の立山に行きたい!
その気持ちが
他の不安要因を抑えて、
行動へと踏み出させた。

いつもなら荷物の重さを
1グラムでも減らそうと、
無駄なものは
持参しないよう吟味する。

ヒュッテまで小1時間とのことで、
油断しすぎた。
ついでに持っていくかと云うものが
いつの間にか
ザックに一杯突っ込まれ、
入りきらない食糧は
手提げ袋に詰める。
それでも、
1時間だものとのんきな気分で。
 
雷鳥沢へは近道を

でも最初からこれ?

そーら太陽がグングン



【3】 
安曇野の春は桜が開いたところ

雪山を嘗めてんのか!?と恫喝されそうな、何とも安易な荷づくり。これが命取りとも知らずに。
24山荘を6時半に出発。東山梨からは通勤通学電車で混雑している。甲府で松本行きの鈍行に乗り換え。
ところがこの列車も通勤列車スタイルの長椅子型車両なのにはガッカリさせられる。
旅に出ると云う情緒には程遠いこの座席スタイル、なぜ長距離列車が次々この形の座席に変更されてしまうのか、
最近JRに乗る度に不満に思う。

窓外には南アルプス、八ヶ岳と次々現れるが、この座席ではせっかくの景色が堪能できない。
松本では3分の乗り換え時間で大糸線へ。
こちらはワンマン運転の、半分がボックス型、山並みが対面にみえる半分が長椅子型の車両。
ボックス席に座り車窓の景色を楽しむ。未だ安曇野の春は桜が開いたところ。
雪の連峰に桜の桃色が何ともいえずに優しく美しい。


立山縦走
アキレス腱の痛みが酷ければ真砂岳から大走沢へと
4月25日(土)晴 室堂平から



【4】 
ああ雪山に還って来たんだ


相席の老夫婦は山好きで、車窓から臨む山々にずいぶん登ったらしい。
地元の新聞の観光版を広げて説明してくれる。信濃大町の手前でここが実家だと指さしながら降りて行った。
信濃大町で下車すると、まずは扇沢まで路線バスで40分。ここで往復の切符を買う。
扇沢からはトロリーバス、徒歩、ケーブルカー、ロープウエイ、再びトロリーバスと乗り継いで、
室堂へは予定通り
1330分に到着。

金曜日で、連休の前なので混み具合はさほどではないが、
外国人
(特に中国人)の団体が多くいたるところで目に付いた。
室堂ターミナルのロッカーに不要な荷物を預けて、さっそく立山を目指す。外に出ると、眩しい白さが世界を形作る。
ああ雪山に還って来たんだ。思わず深呼吸する。
雪の回廊が切ってある。
一般観光客が入らないようロープが張ってある場所から、雪面へと踏み出す。


1
昨年の西穂登山で、長年愛用してきたプラブーツが遂に崩壊した。
新しい冬山登山靴は調達していないので、大昔に履いていた革靴と、昨夏使用した紐アイゼンを持参してきた。
実際この革靴でどの程度歩けるか、事前に他の山で登山してみていないので、大いに不安がある。



雷鳥坂からのヒュッテ

さて此処から長い登り
【5】
つい夏用靴まで持ってきて


登山を始めた初期の頃に、
最初に購入した登山靴だ。
確か、当時の青いけしの
メンバーと共に、
隊長の助言で選んだ靴だ。

初期には
ずいぶん愛用していたが、
ワンタッチアイゼンを使用する為に
プラブーツを穿くようになり、
その後海外遠征も
国内トレーニングも、もう革靴は
使用しなくなっていた。

もっと軽くて履き易い登山靴が
手に入ったからだ。

原初に戻って、革靴に紐アイゼン、
体力の衰えた今も通用するのかとの
半信半疑ながら、
新しい雪山用シューズを
買い込むほどの余裕はない。


そんな不安があるものだから、
つい夏用靴まで持ってきてしまった。
昨夏アイゼンが付くことは
実証済みなので、いざ初日の
立山登山で革靴が難しそうなら、
そっちを穿こうかと・・。

雪の上を歩くと靴は
予想以上に快適だ。

重さも気にはならない。
体力だけは思うに任せず、
隊長とは直ぐに差がつくが、
もともとそれは
織り込み済みなので
焦ることはない。
一の越でやっと隊長に追いつくが、
ここで私はスパッツを付ける。
もたもたしてる間に隊長は
またどんどん先行。

【6】 
無駄な荷物が肩に食い込む

私はマイペースで行かれる
ところまでにしようと、
のんびり進む。
積雪は予想外に少なく、
岩稜帯はアイゼンなしで問題ない。
途中雪斜面にステップを
切ってある場所があるが、
しっかりステップが
蹴り込まれているので
不安なく登れる。

小さな小さな祠が
岩の途中に祭ってある。
岩に紛れて見逃しそうだが、
山頂まで
行かれないかもしれないので、
この祠に手を合わせて
登山の無事を祈る。
更に登ると、
頂上に人影が見えるが
隊長がいるかどうかは分からない。
しばし待つと、やがて隊長が
下山してくるのが分かり、
私も急ぎ下山を開始。

途中で追い抜かれ、隊長は
そのまま室堂ターミナルへ。
ターミナルの手前で
隊長の姿が見えたが、コールしても
聞こえないらしく、
そのまま出発して行った。
交信の用意をしてみたが、
全く返答が無いので、
諦めてターミナルのロッカ
ールームへ向かう。

ここで荷物をできるだけ、
ザックにまとめようと悪戦苦闘。
それでも入りきらない食糧を
手提げ袋に入れて、
結局
30分近くも
時間を食ってしまい、出発。

予備の靴を始め、無駄な荷物が
肩に食い込む



2日目のアキレス腱痛はどうかな?

剣岳見ゆ

剣御前小屋は今日25日から営業

【7】 
甘い判断に後悔


つくづく甘い判断に後悔しながら、暮れはじめようとする道をとぼとぼ歩く。
途中で交信が可能になり、山小屋には7時まで夕食を待ってもらえるよう交渉してくれたとのこと、
それでも
7時に着くのかどうか危ぶまれる。
みくりが池温泉の前では、大勢の人が夕焼けて来る山に向かってカメラを構えている。
地獄谷温泉の煙を見ながら、雷鳥山荘への道を大きく下る。途中で中年か初老の男性が一緒になったが、
彼に雷鳥沢ヒュッテの場所を訊いて見たが分からないらしい。

毎年この時期に来ているそうだが、今年は雪が少なくてこれじゃあ滑れないと、短いスキーを手にしてぼやく。
こんなに雪が無い年は初めてだと云いつつ、「せめて少しは吹雪いてくれりゃいいのにね」と
同意を求められるが、とても縦に首を振れない。
雷鳥荘への登り階段に差しかかったら、荷物も少ないのに急に進めなくなったらしくて、私が追い越しても遅々としていた。
私はまだ先があるので、休むわけにはいかない。雷鳥荘迄到着した。


稜線の雷鳥は真っ白

【8】
降り始めて絶望的な気分に


此処だったら
いいのにと思いつつ、
まだ見えない
雷鳥沢ヒュッテを探す。

交信では
テント場を右に見て下れば
其処がヒュッテだとのこと。
降り始めて絶望的な気分に。
とにかく急な斜面が延々と
続いたその彼方に、
かまぼこ型の
ヒュッテの屋根が見えている。

まだヒマラヤへ行く以前、
連休の剣へ登った時に、
30キロもの荷を背負って、
この雷鳥沢でテントを張った。
何だかそんな体験が、
ヒュッテまでは
たいしたことないなんて
錯覚を抱かせていた。
20キロもない程度の
荷に過ぎないのに、
本日の荷の重さときたら・・・

7
7分ようやくヒュッテに到着。
隊長が入口の先まで迎えに来て、
荷を少し持ってくれた。
靴を脱ぐのももどかしく、
そのまま食堂へ。

すっかりおかずは
冷えてしまったが、
暖かいみそ汁とご飯。
ビールで労ってもらい乾杯。
でも今夜はさすがに食欲が出ず、
ご飯を残してしまった。
あーあ、我ながら
情けないスタート、
明日が思いやられる。
 
とは言え熱い温泉に浸かり、
疲れを流して、
明日のことを考えると
星がきれいに瞬いていた。
きっと明日も晴天だ。
隊長には、本当は隠れた願望があり、
天気が続きそうなら、
もう
1泊して剣を
攻めたいと思っていることが判明。
 
 


【9】 
アイゼンもなし


剣御前小屋まで或いは剣山荘まで行って1泊すれば、村上でも剣まで行かれると踏んでいるらしい。
隊長のアキレス腱はどんな具合なのだろう。
剣に登れる力が今の自分に在るとは思えないが、明日の事は明日考えよう。暖房が利いて暑いくらいの寝床で早々と寝る。
25予想通り快晴。剣を目指すらしいパーティーが夜明け前から、もう雷鳥坂に取りついている。
朝食を済ませ、ポットにお湯を貰い、7時半に出発。いきなりぐずぐずに崩れた急斜面を降下。どうもこういう場面には弱い。

まだ雪が締まって歩き易いので、ストックのみでアイゼンもなし。

本日の予定は、雷鳥坂から別山を目指し真砂岳から大走り沢を下ることになるらしい。
村上には雄山までの縦走は体力的にきついだろうから、との理由だが、隊長のアキレス腱との兼ね合いもあるのだろう。
膨大な斜面が広がる大走りを横目に、雷鳥沢の急斜面を上り続ける。
高度を稼ぐと彼方には白山も見えてくる。


エスケープルート大走り

【10】
今年の夏は白山に


今年の夏は
白山に行くのもいいななどと、
もう夏山の事を
想ってる自分が不思議だ。

斜度が増してくる雪面を前に、
「此処から先じゃ
アイゼンが付けられないから、
此処でアイゼンを穿こう」。


あの雪稜を下ろう
紐アイゼンはどうしても
時間が掛かってしまうが、
きちんと装着すれば心強い味方だ。

丁寧に装着して、
遅れながらも出発。
一歩づつがしっかり
雪に食い込み歩き易い。

スキーに絶好ルート

黒々と剣の雄姿

後方に大日岳
朝の快晴の空に比べると、
少し雲が広がって来ているが、
その分陽射しが緩やかで
むしろ疲れないかもしれない。


斜面はきついが、
一歩登るごとに確実に
高度が増してゆく。
だから急な登りは辛くても愉しい。
それにこの雪の斜面は
歩き易く、辛さを
感じることもない。

昨日よりは調子良さそう
スキーヤーがけっこう登っている。
隊長の姿はとっくに見えないが、
今更焦ることはない。


別山乗越への最後の急登を
一気に攀じ上ると、
すぐ隣にいたスキーヤーらしき
おじさんに「ベテランですね!」と
声を掛けられ失笑。
いやいやとんでもない!
 
真砂岳からの下降ルート
 本日より営業と云う
剣御前小屋の横で隊長が
待っていてくれた。
中で休むのは飲食禁止とかで、
外の方が遥かに気分が良いので、
ここで一休み。


水分補給と行動食を摂り、
随分待たせた隊長と共に、別山へ。
のんびり写真を撮りながら、
更に進む。

早くも剣に積雲 


【11】 
縦走と云うことだと覚悟


稜線は岩がむき出しになり、アイゼンはむしろ邪魔なので外して歩く。
此処まで来ると、スキーヤーは居ないせいか、人がほとんどいない。

アイゼン歩行の練習をしているのか、岩稜帯もアイゼンを外さず、一人はザックも背負わない中年の夫婦らしき登山者が
暫く前後していたが、他には誰もいない。

先行する隊長が、岩と雪のミックス地帯でアイゼンの装着をしているらしい。

グンと衝き出た黒々した岩の途中に、隊長の小さい姿が留まっているのが見える。

雪稜はさほど急峻には見えないが、どんな状態なのだろう。暫くしてシーバーから指示が。
「右側を登れば雪稜は短いし、アイゼンはなくても問題ない」

もしかして、アイゼンなしでも登れるかもと思案していたところなので、そのまま行くことに。
ちょうど下降してくる若い男性がいた。アイゼンは無かった。

彼を遣り過ごして、ゆっくり取り付く。一部雪が不安定な部分もあったが、慎重に登りきることが出来た。
振り返ると剣岳の方向から少しずつ雲が広がってくる。

未だ立山の頂上は遥か彼方に聳える。大走りからの下山はどうなったのかなと、漠然と思いつつも、
おそらくこのまま縦走と云うことだと覚悟する。

広い稜線で急にガスが掛かってくる。太陽が隠されると寒さが急激に感じられ,風も強まる。
さっきまで見えていた目の前の大汝山の大きな山塊も霧の中。



別山山頂の祠

【12】
今回初めての雷鳥に遭遇


トランシーバーが此処から先への
道程を指示してくれる。
全く人の気配が絶えたこの山懐では、
シーバーの明瞭な声だけが頼りだ。
微かな踏み跡を頼りに、
しっかりと足跡を刻む。
途中でアイゼンを装着。
ついでに上着を一枚防寒着の下に着込む。
手袋も厚手の毛糸のものにする。
これで体が温まり楽になる。
ちょっとしたことを
面倒がらずに行うことが、
雪山では大切なのだ。

4月の末とは云え、
吹雪けば3000mの山は、
真冬と同じだ。決して侮れない。

あとどれほどかかるのか、
気の遠くなるような彼方に思えるが、
一歩ずつ歩を進めれば、
必ず目指すところに
辿りつけるのだと、
気力を奮い立たせる。


誰もいない広大な山を、
独り占めに歩くのは、
どんな状況であっても、
ワクワクするものがある。


大走りの分岐点(後方:奥大日岳)

別山から真砂岳への稜線

真砂岳稜線に雪なし
もちろん本当に吹雪いてきたら、
そんな暢気なことは
言ってられないが。

途中で今回初めての雷鳥に遭遇。
雄の雷鳥が1羽だけ、
岩に紛れるように居た。
かなり近づいても
逃げることをしない。
惧れてないと云うより、
逃げる術を持たないかのように、
その場所から動かない。

奥大日岳の室堂乗越
写真を撮ったが、
可哀想になってもう1歩近づくのを
躊躇ってしまい、
「もう心配しないでいいよ」と
呟きながら別れた。

結局その1羽しか
雷鳥には逢えなかった。


雄山まであとどれくらいか
交信時に尋ねると、

大汝山の標識にサングラス 
「おそらく30分もすれば着く、
ただし時間がかかれば
1時間ぐらいかな?」とのこと。
時間はかかるだろうが、
何とかなりそうだ。

「最後のところで少し
厳しい登りがあるから、そこは
ストックしまって
ピッケルで来るといい」

その厳しい登りは、
どうやら直登して社の
真横に出るらしい。
岩と雪のミックスした壁が真上に続く。
攀じた跡が見えるので、
此処を登れば出られるだろうと、
見上げる。
ちょっと緊張するが、
恐さは感じない。
 

誰も居ない一乗越で自分撮り 


【13】 
最後の雪の壁は可成り垂直


真上に人が一人、覗きこんでいる。降りてくるのかなあ?と待つが気配はない。
トランシーバーでこちらの場所と状況を説明して、其処を直登すれば良いのか確認。
「多分右側に回り込めば、もっと緩やかなルートがあると思う」との返答に、一瞬迷ったが,とりあえず安全ルートを探してみる。
岩場ではあるが、緩やかで危険の無い道を選び、社の登り階段の下に出た。
階段を上ると、ちょうど2人の若い女性が写真を撮っていた。


私もカメラを渡して、頂上の写真を撮ってもらう。2人を交代で撮ってあげ、満足。
さっきの直登ルートを覗き込んで見ると、最後の雪の壁は可成り垂直で手掛かりも怪しい。
一寸登ってみたかったと思っていたが、無理せず安全ルートにして正解だった。
其処で交信が入り、下山はアイゼンなしでOK、ただし疲労がたまっていると、小さなミスでも命取りになるから、
ゆっくりでいいので慎重に降りてくるよう指示される。


隊長は間もなくヒュッテに到着らしい。16時過ぎ雄山を後に下山開始。
途中のミニ社の前で、行動食と水分の補給。慎重に下山すると予想以上に時間が掛かってしまう。
上から見てると、総てが俯瞰できるが、地獄谷の下に在るヒュッテまでは未だまだ遠い。



奥大日岳の大雪庇を後にして


【14】 
贅沢な一日の終わりを想う


室堂小屋を経由して帰ると近道と言われるが、近道の行き方がはっきりせず、みくりが池経由で昨日と同じルートで帰る。
途中で真っ赤な夕陽が雪の稜線を染め、地獄谷の噴煙も染め、辺り一面の景色がどんどん幻想的になって行く。
時間に追われているのに、つい立ち止まって風景に見とれてしまう。
雷鳥山荘への長い下りで少し間違えそうになり、時間のロス。
昨日に比べれば大いに飛ばしたつもりだが、ヒュッテに到着したのが
7時ちょうど。
急かされて夕食はもうビールも注文できない。でも熱々のスープが美味しく胃袋に収まった。

昨日よりはきちんと食べられ、早々に引き揚げる。
2日も続けて夕食の時間が遅れ、隊長は大分文句を言われたらしい。
申し訳ない。
一人先客がいたせいか、温泉はゆっくり浸かれる熱さで、のんびり肩まで湯に入れた。
立山縦走とはいえ、12時間もを費やすとは・・信じられないけど、それが現実。
窓を開けると目の前に奥大日岳の秀麗な姿が聳え、贅沢な一日の終わりを想う。
26
昨日以上の快晴。12時ころまでに下山すればいいと云うことで、本日は奥大日岳を目指す。
7時過ぎには出発して、雷鳥平から一気に雪の斜面をトラバースしてぐんぐん高度を稼ぐ。
雪がしっかり締まっていて、長いトラバースも一歩ごとにアイゼンが小気味よい。



広大な雪原の彼方に浮かぶ奥大日岳


【15】 
思う様なアングルが狙えない


それでも目を下に向けると、雪原は深い裂け目で遮断され、落ちれば黒い川が待ち受けている。
登りきって稜線に出るまで、やはり緊張を解く訳にはいかない。

稜線をぐんぐん登り一峰を越えると、一寸道を外れて、撮影だと云う。
隊長が雪庇を登下降する様子をバンバン写す訳だ。
あー此処が以前の撮影現場かと、その様相にどこか見覚えがあるなと納得。

いつ崩れてもおかしくないような雪の渡り廊下、さすがにそこに留まっての撮影は出来ないから、真下へは回りこめない。

なかなか思う様なアングルが狙えない。それでも、雪の白さと空の蒼さ、この対比が上手く出ればと夢中でシャッターを切る。

稜線に戻ると、先ほど少し先行していた登山者が、もう遥かな高みへ消えようとしている。
私は今日もあまり調子が上がらず、歩みは遅い。
登りになると、相変わらず、隊長とはあっという間に差が付いてしまう。
時間さえかければ登れるだろうが、帰りのことが気に掛かっている。



贅沢な眺め・さらば奥大日岳!


【16】 
稜線を感慨深く目で辿る


ゆっくり雪の上を歩くのは気持ちが良い。もう奥大日に登頂するかどうかはあまり気にならない。
この一歩一歩を味わいたい。
空へと延びる急斜面の途中で隊長が交信してきた。
「何処にいる?」「向かいの広いところです」手を振ると、
「何だ、まだそんなところにいるの?此処まで来られるかな?いい雪庇があるんだけど」
「行かれるけど、時間掛かります。隊長が先に山頂まで行って、戻って来て下さい。」

「そうか!その手があるな、では直ぐ戻ってくるから」

と云う訳で、私は慌てずに隊長が止まっていた斜面まで登る。
下から見てるときは、ずっと遠いと感じていたのに、実際に登りだすと思ったより直ぐに到着できた。

このまま登ってみようかなと思いながらも、這い松の上に荷を下ろして座ってみると、何とも贅沢な眺めが眼下に広がっている。
風も無く暖かな光が世界を包んでいる。あまりの気持ちよさに、しばらくこの世界を堪能しようと決めた。
昨日12時間も歩き続けた総てが臨める。あんなに歩いたんだ、と山の稜線を感慨深く目で辿る。



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